幼馴染と、あまくてぬるい檻の中で
高校卒業後、漠然とした夢を追いながらフリーターをしている真翔は、とある事情から幼馴染の灯里と同棲することになる。
驚くほど美しく成長した灯里との生活は、真翔の理性を容赦なく削っていく。部屋着姿で無防備にくつろぐ彼女、ちょっとしたことで赤くなる頬——正気を保つだけでも精一杯の毎日だ。
そんなある夜、酔った灯里が真翔の布団にもぐりこみ、こう囁く。「昔からずっと、好きだったんだよ」——触れ合う手、吐息が混ざるほど近づく顔。長年の友情は、激しく生々しい欲望へと溶けていった。汗ばむほどに絡み合う身体、彼の名を喘ぐ彼女の声と、肺を満たす灯里の匂い。
だが、これは甘い恋の始まりなんかじゃない。互いを焼き尽くす執着の幕開けだった。灯里は真翔のスマホをチェックし、仕事のシフトをすべて把握し、十分の遅刻にも百回の着信を残す。「ずっと一緒にいてくれるよね?」という甘い囁きには、「逃したら許さないから」という本気の脅迫が潜んでいる。
真翔が友人・静生に相談すると、涙目の灯里は「私のこと、誰かに話した?」と詰問。翌日には、朗らかな笑顔で静生との縁を完全に断ち切ってしまう。性的な支配は武器となり、彼女の身
幼馴染と、あまくてぬるい檻の中で - 帰る場所がない夜、君が手を差し伸べた
六月の始め。夕方でもまだ暑さが残ってる。
真翔はアパートの前で、段ボール箱とリュックを抱えて突っ立ってた。
鍵はもうない。取り上げられたんだ。
「[sad]……どうしようかな」
大家が帰ってきたのは、バイトから戻ったばかりの五時すぎだった。いつものように「今月こそは」って言おうとしたら、先に言われたんだ。
「今日中に出てって」
そりゃそうだ。三ヶ月も家賃を払ってない。
時給千五十円のコンビニバイトと、倉庫の夜勤を掛け持ちしても、月に十二万も稼げなかった。家賃が七万五千円もするのに。
真翔は深い茶色の瞳で、古くなった二階建てのアパートを見上げた。黒い髪が額にはりついてる。ちょっとうねりのあるショートヘアが、汗でぺったりしてた。
白いシャツと黒のスラックスも、倉庫での作業でちょっと汚れてる。ほんとはパーカーでも羽織りたいけど、この暑さじゃどうにもならない。
左耳のピアスを指でいじる。銀色のちっちゃなやつ。高校のとき、なんとなく開けた。
(ま、いっか)
思った。
今夜どこに泊まるかなんて、まだ考えてなかった。
商店街をぶらぶら歩く。
自転車がカラカラと通りすぎて、どこかの店から焼き鳥の匂いがした。腹が鳴る。でも金はない。
コンビニ「シルバー24」に寄って、缶コーヒーを買った。百五十円。手持ちの小銭がどんどん減ってく。
店を出ると、夕日がまぶしかった。
高校を卒業して一年。都会に出れば何かになれると思ってた。でも気がついたら、ただのバイト暮らしだ。資格もない。スキルもない。身長百七十センチの、細身で頼りない体だけがここにある。
道路わきの用水路の水が、キラキラ反射してた。
(なんにも変わってないな、俺)
七歳のとき、母さんが出て行った。
荷物をまとめて、夜のうちに。
父さんはずっと黙ってた。でも俺はわかってた。俺が足りなかったからだって。いい子じゃなかったから、捨てられたんだって。
その感覚は、いまも消えない。
誰かに必要とされたい。すごく、すごく。
でもどうすればいいかわからない。
無精ひげがうっすら伸びてきたあごを、手のひらでこすった。
角を曲がろうとしたときだった。
「[excited]……マナトじゃん!」
前から来た女の子と、ぶつかりそうになった。
コンビニ袋を両手に持ってる。
(……誰だっけ)
一瞬わからなかった。でも、その深紅の長い髪に見覚えがある。ゆるくウェーブがかかってて、夕日に透けるとすごくきれいだ。
そして目。
右が琥珀色で、左が淡い銀色。左右で色が違う、不思議な瞳だった。
「[surprised]灯里……?」
五年ぶりだった。
中学のときはあんなに一緒にいたのに、高校になって離れて。それっきりだ。
灯里は昔と全然違って見えた。
身長は百六十センチくらいで、真翔よりちょっと低い。でも雰囲気が大人っぽい。落ち着いた色のブラウスと、シンプルなデニム。清潔感があって、ちゃんとした社会人って感じだ。
「[gentle]どうしたの、その荷物」
灯里が首をかしげる。
艶やかな赤毛が、サラッと揺れた。
「[sad]あー……ちょっと、家賃がヤバくて」
恥ずかしかった。情けなかった。でも正直に言うしかなかった。
灯里はほんの一瞬だけ、琥珀と銀の目を細めた。
でもすぐに、ぱあっと笑った。
「[excited]じゃあ、うち来なよ!」
「[surprised]え?」
「[gentle]部屋、余ってるし。リビングにソファもあるし」
「[scared]いや、でも悪いし……」
「[laughing]いいからいいから。昔から遠慮とか似合わないじゃん」
そう言って、灯里はさっと段ボール箱に手を伸ばした。
「[gentle]ほら、行こ」
断るまもなく、箱を持って歩き出す。
真翔はあわてて追いかけた。
(いつもこうだったな)
灯里のペースに巻き込まれて、気がついたら流されてる。それでいて、嫌じゃない。
灯里のアパートは、商店街から十五分ほど歩いたところにあった。
「グリーンハイツ」っていう名前の、築十年くらいの三階建て。駅からは遠いけど、周りは静かな住宅街だ。
階段を上がって、三〇一号室。
ガチャリと鍵が開く。
「[gentle]ちょっと散らかってるけど」
中に入ると、意外と片付いてた。
ワンルームじゃなくて、ちゃんとリビングと寝室が分かれてる1LDK。家賃を聞いたら、七万五千円だって言ってた。真翔が払えなかったのと同じ金額。
リビングの隅にはデスクがあって、大きいモニターがついてる。画面にはデザインソフトらしきものが映ってた。
「[surprised]在宅で仕事してるんだ?」
「[gentle]うん。グラフィックデザイン。会社に行かなくてもできるからラクだよ」
灯里はテキパキと夕飯の支度を始めた。冷蔵庫から野菜を出して、包丁の音がリズムよく響く。
真翔はリビングのソファに座った。
一人用の、ちょっと小さめのやつ。体を横にすると、足がはみ出る。完全には伸ばせないサイズだ。
(ここで寝ろってことか)
まあ、充分だ。段ボールの中で寝るよりはマシ。
夕飯は温かかった。
肉じゃがに、味噌汁に、ほうれん草のおひたし。
真翔は黙って食べた。
こういうの、ずっとなかった。
コンビニの弁当か、カップ麺ばかりだった。誰かと一緒にちゃんとした食事をするのなんて、いつぶりだろう。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「[gentle]大変だったね。ゆっくりしてていいから」
灯里は向かいに座って、笑いながら味噌汁をすする。
琥珀と銀の目が、やわらかい光を帯びてた。
(助かった……)
本当にそう思った。
食後、灯里は「仕事があるから」と寝室に引っ込んだ。
真翔はソファに寝転んで、スマホをいじる。
時間はどんどん過ぎて、気がついたら深夜の一時すぎ。
画面の明かりを消して、目を閉じた。
疲れてたから、すぐ眠りに落ちた。
どのくらい経っただろう。
ふと、目が覚めた。
理由はわからない。ただ、なんとなく。
リビングは真っ暗だった。
スマホの充電ランプだけが、緑色に点滅してる。
空気が、ひんやりしてた。
(……?)
目を開けたまま、動けなかった。
ソファのすぐ横。
床に座り込んでる影がある。
灯里だ。
膝を抱えて、じっとこっちを見てる。
無表情だった。
さっきまでの笑顔は、どこにもない。琥珀と銀の目が、ただ真っ黒な穴みたいに、真翔の顔をとらえてる。
背中に冷たいものが走った。
(なんで……)
声をかけようとした。
でも、できなかった。
目が合いそうになった瞬間、真翔は反射的にまぶたを閉じた。心臓がドキドキと嫌な音を立てる。
(見なかったことにしよう)
(気のせいだ)
(絶対、気のせいだ)
暗闇の中で、耳をすませる。
灯里の気配は動かない。
どれくらいそうしてただろう。
やがて、かすかな衣擦れの音がして、寝室のドアが閉まる音がした。
翌朝。
カーテンの隙間から日が差して、真翔は目を覚ました。
キッチンから、いい匂いがする。
「[gentle]おはよう、マナト」
灯里が振り返って、にっこり笑った。
フライパンで目玉焼きを焼いてる。
「[gentle]昨夜、ちゃんと眠れた?」
昨夜の光景が頭をよぎった。
でも、今の彼女はこんなに明るくて、ふつうだ。
(やっぱり夢だったのかも)
「[serious]……うん、まあ」
真翔は起き上がって、朝食の用意ができたテーブルについた。コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「[gentle]しばらく、ここにいていいよ」
灯里がコーヒーを差し出しながら言った。
「[gentle]家賃とかも気にしなくていいから」
「[sad]でも……」
「[gentle]いいの。私、一人だと広すぎるし。それに」
灯里はちょっとだけ目を伏せた。
「[whispers]マナトとまた一緒にいられて、嬉しいから」
その声は、少しだけ震えてた。
真翔の胸に、じんわりと温かいものが広がる。
でも、同時に、ほんの小さな引っかかりもあった。
(なんで、こんなに優しくしてくれるんだろ)
疑問は、すぐに消えた。
(ま、幼馴染だからな)
それで納得できた。
食器を洗う灯里の背中を見ながら、真翔はぼんやり考えた。
大人っぽいな。
ちゃんと仕事があって、部屋も片付いてて、料理もできて。
自立してる。
(ちゃんとした人間だな)
自分とは全然違う。
でも、そんな彼女が「いていいよ」って言ってくれた。
それが、すごく嬉しかった。
「[gentle]……お世話になります」
小さくつぶやく。
灯里は振り返って、もう一度笑った。
窓の外では、もう六月の日差しがきつくなってる。これから、暑い夏が来る。
真翔は、少しだけ、ここでお世話になろうと決めた。
この「少しだけ」が、あとでどうなるかなんて。
まだ、なにも知らない。