幼馴染と、ふたりきりの夏が、熱を帯びるまで。
幼馴染と、ふたりきりの夏が、熱を帯びるまで。
大学二年の夏、俺、風間カイトは火事で家を失った。両親は海外に長期出張中で、頼れるのは幼馴染の水無瀬ミサキだけだった。「部屋、余ってるから住めば?」そんな気軽な一言から、俺たちの予期せぬ同居生活が始まった。
昔から完璧な優等生で生徒会長だったミサキは、大学でも人気者で、料理上手で優しくて、スタイルも抜群。そんな彼女と同じ屋根の下での生活は、刺激が強すぎた。
風呂上がりの薄着、干しっぱなしの下着、ソファでうたた寝する姿。彼女はそんなの気にするどころか、どんどん距離を詰めてくる。「昔みたいに、一緒に寝よっか?」無邪気な誘いに、俺の理性は毎日限界だった。
でも、それは全部計算だった。ある夜、俺は真実を知ってしまう。ミサキは何年も前から、俺だけを狙って全てを計画していたんだ。彼女の部屋は、長年にわたる俺の写真や記録の博物館だった。「やっと誰にも邪魔されないね、カイト」優しい笑顔で、彼女は俺のスマホとノートパソコンを取り上げた。逃げ場を失った俺は、彼女の執着愛に囚われてしまった。
外では毅然としているのに、家では何も隠さない。「外で女の子と仲
幼馴染と、ふたりきりの夏が、熱を帯びるまで。 - 愛の檻、開幕——幼馴染の部屋で眠る夜
深夜0時を過ぎた頃だった。
消防車のサイレンで、俺は目を覚ました。
窓の外がやけに明るい。オレンジ色に揺れている。
心臓がドクンと変な音を立てた。
部屋を飛び出すと、煙のにおいが鼻をつく。階段を駆け下りる足がもつれそうだった。玄関を開けた瞬間、熱風が顔を叩いた。
俺の家が、燃えている。
「なんで……」
リビングだった場所から炎が噴き出している。二階の窓も真っ赤だ。隣のおばさんがパジャマ姿で叫んでいる。消防士たちが走り回る中、俺はただ突っ立っているしかなかった。
着の身着のままって、本当にこういうことを言うんだな。着替えも財布も、スマホだけは握ってたけど。
火が消えたのは、それから二時間後だった。
家はもう、骨組みだけになっていた。においがすごい。焦げた木と、プラスチックと、よくわからないものが混ざったむせるような空気。
近所の人たちが「火元が三箇所だったらしい」とヒソヒソ話しているのが聞こえた。不審火かも、と。警察も顔をしかめている。でも俺は考える力が残ってなくて、ただボーっとしていた。
スマホを開く。
ミサキからメッセージが届いていた。日付は午前0時半――火事が起きた直後だ。
『今テレビで星海の火事映ってた。もしかしてカイトの家?』
俺は震える指で『そうみたい』と返した。
10分も経たないうちに、彼女は現場に現れた。
黒くて艶やかな長い髪が、夜風にふわりと揺れている。冷たく光る金色の瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。身長は165センチくらい。細身の体にふわっとしたカーディガンを羽織っている。
星海大学の生徒会長、水無瀬ミサキ。俺の幼馴染だ。
「[gentle]カイト」
声はいつも通り、落ち着いていて優しい。
彼女は燃え跡をちらっと見てから、また俺を見た。
「[gentle]うち、空き部屋あるからさ。今夜から来なよ」
当然みたいに言う。まるで最初から決まっていたみたいに。
俺は逆らえなかった。いや、逆らう理由もなかった。他に選択肢、どこにもないし。
でも、なんだろう。このタイミングの良さ。メッセージも、到着も、提案も、すべてがあまりに出来すぎている気がする。気のせいかな。
星海駅から歩いて10分。夜でも明るい通りを抜けると、高級タワーマンションがそびえ立っていた。ルミナス星海――全部で15階建て。入り口にはオートロック、ロビーにはコンシェルジュがいて、防犯カメラもあちこちについてる。
普通の大学生が住む場所じゃない。ミサキは4階の405号室を親の仕送りで借りているらしい。家賃は月18万って言ってたっけ。俺のバイト代の三倍だ。
この星海市には海があって、夏は潮風が吹く。最近じゃ再開発で大きなショッピングモールもできた。でも夜の人通りが少ない道もあって、古い住宅街には死角もある。都会と地方がぐちゃっと混ざったような、ちょっと不思議な街だ。
部屋は2LDK。広いリビングに、大きな液晶テレビ。高そうなソファ。ベランダには掃き出し窓――でも、なんでか補助錠がたくさんついてる。
「[gentle]書斎、使っていいよ。ベッドもあるから」
案内された部屋はきれいに片付いていた。天井の隅に小さな黒い点があったけど、埃だろう。そんなことより疲れすぎてて、俺はベッドに倒れ込みたかった。
でもミサキの部屋のドアには鍵がかかっている。
「[gentle]散らかってるから、入らないでね」
笑顔だった。でも、なんとなく有無を言わせない感じがした。
リビングに戻ったとき、俺は固まった。
ミサキが風呂上がりだったからだ。
肩にタオルをかけただけの白いキャミソール姿。濡れた黒髪から水滴がポタリと落ちて、鎖骨を伝う。肌はほんのりピンク色で、湯気のせいかちょっと潤んで見えた。彼女は冷蔵庫を開けて、冷たい麦茶を取り出す。
「[gentle]お腹減ったでしょ。ご飯作るね」
俺は必死で目を逸らした。
だって、小さい頃はずっと一緒だったけど、今のミサキはもう子供じゃない。165センチの細身の体に、ちゃんと女の人のラインがある。キャミソールの下のふくらみが――やめろ、考えるな。
洗面台の横の乾燥ラックを見て、さらに頭がおかしくなりそうだった。レースの下着が無造作に干してある。黒と、薄いピンクと。
マジか。
ここで生きていけるのか、俺。
夕食の後、ミサキはソファに横になった。スマホをいじりながら、ふいに聞いてくる。
「[gentle]ねえ、カイトって今、好きな子いるの?」
「いや、いないよ」
そっか、と彼女は微笑んだ。でも質問は続いた。
「[gentle]大学でよく話す女子は? 同じゼミの子は?」
「いや、別に……いないって」
居心地が悪い。世話になってる手前、強くも言えない。なんだこの尋問みたいなの。
でも俺は結局、「いないよ」としか言えなかった。
そのうちミサキがうたた寝を始めた。
そして――俺のひざに頭を乗せてくる。
「[surprised]ちょ、ミサキ!」
動かそうとすると、寝ぼけたままで彼女がぼやいた。
「[sleepy]んー、昔はよくこうしてたじゃん……」
確かにそうだ。子供の頃はよく、ふたりでひとつの布団に転がって、こうやって眠った。当たり前だった、あの頃。
でも今は違う。お互い大人で、大学生で、それに何より――彼女の寝顔が、昔よりずっと綺麗で、近くて。
シャンプーの甘いにおいがする。ひざに感じる体温が、やけに熱い。
心臓がうるさい。バクバク言ってる。
やばい。
これ、好きってやつじゃないのか。
いやいや、ミサキは幼馴染で、妹みたいなもんで。でもその言い訳はもう、効かない気がした。
夜9時過ぎ、インターホンが鳴った。
モニターに映ってたのは、銀色のショートボブがかわいい女の子。透き通るような水色の瞳をまんまるにして、花束を抱えている。背は俺より頭ひとつ分低くて、158センチくらい。
「[excited]あ、白鳥リオです! ミサキ先輩に用事があって!」
ミサキは笑顔で彼女を迎え入れた。リオって、たしか文学部の1年生で、ミサキをすごく慕ってる後輩だ。
でもリオは俺の姿を見た瞬間、表情がピタリと止まった。
「[cold]……この人、誰ですか」
声は平静だけど、目が笑ってない。水色の瞳が氷みたいに冷たい。
「[gentle]幼馴染のカイト。しばらくうちに住んでもらうの」
リオはミサキに耳打ちをして、席を外すよう求めた。俺は台所でお茶を入れながら、リビングの小声のやりとりをなんとなく聞く。内容はわからなかったけど。
帰り際、リオは玄関で一人残った俺に振り返った。
「[whispers]……ミサキ先輩に、必要以上に近づかないでください」
小さな声だった。でもやけにはっきりと聞こえた。
「[whispers]先輩の邪魔をするなら、覚悟してください」
彼女は微笑みを貼り付けたまま、ドアの向こうに消えた。
背筋が凍った。なんなんだ、今の。
リオが帰った後、ふと廊下を見ると、ミサキの部屋のドアが少し開いているのに気づいた。
隙間から壁が見える。
何かがびっしり貼ってある。
紙? いや、写真?
「[cold]何か、見えた?」
ドキッとして振り向くと、ミサキが廊下に立っていた。
いつからそこにいたのか、足音がまったくしなかった。
声はいつもの優しいトーンなのに、金色の瞳だけがまったく違う色をしている。冷たく、深く、俺の奥まで見透かすような目だった。
「な、なんにも見てない」
彼女は静かにドアを閉めて、鍵をかけた。
「[gentle]そっか。じゃあ、よかった」
笑顔に戻ったミサキ。でも俺はわかってしまった。この部屋には、俺が見てはいけないものがある。それに、もう少しで触れそうになった。
深夜。
書斎のベッドで横になっていると、扉がノックされた。
「[whispers]ねえ、昔みたいに一緒に寝ない?」
彼女が部屋に入ってくる。
「一人だとなんか落ち着かなくて」
断る理由を探したけど、いい言葉が浮かばない。それに、じゃあ俺がこっちのベッド使うから、と言おうとしたら、ミサキがするっと俺の布団に横に滑り込んできた。
「[surprised]お、おい……」
薄暗い部屋の中、彼女の体温がすぐそこにある。肩が触れるほど近い。シャンプーの甘いにおいが、さっきよりもずっと濃く感じる。
心臓がうるさくて、彼女に聞こえそうで怖い。
やっぱり、俺はミサキのことを意識している。昔は気にしなかったのに。
「[whispers]……昔は、もっと気にしなかったのにね」
ぽつりと彼女が呟いた。
俺の考えてること、バレてるのか。
返事ができない。ただ、隣で微かに寝息を立て始めた彼女の横顔を見つめるしかなかった。窓から漏れる街灯の光が、彼女の黒い髪をぼんやりと照らしている。長いまつげ。きれいな鼻筋。
好きになるのは怖い。
だって俺たちは幼馴染で、しかも今は一緒に住んでいて、もし気まずくなったら全部が壊れる。
でも、もう目を逸らせない。彼女の寝顔から目が離せない自分がいる。
窓の外で、遠くの海から潮風が吹いてきた。カーテンがふわりと揺れる。
星海市の夜は静かだった。でもこの部屋の中だけは、なにかが確実に動き始めている。
俺は天井の小さな黒い点を見つめながら、結局一晩中、寝付けなかった。
この部屋が、俺の新しい日常になる。
でもそれって、本当にただの日常なんだろうか。