服従訓練
静かな郊外の町で、エリーは孤独な転校生だった。シングルマザーの母親は長時間働きづめで、彼女は誰もいないアパートにひとり取り残される。通い始めた高校は、表面上は清潔で整然としているが、その裏側にはミオという少女が築き上げた冷たいネットワークが張り巡らされていた。
ミオは単なる人気者ではない。あらゆる部活や委員会のコネクションを掌握し、エリーを、金や便宜を差し出す少女たちの共有玩具として売り出したのだ。エリーの初日は体育館の用具室で幕を閉じる。五人の少女が待ち構えていた。彼女たちはエリーを床にひざまずかせ、ためらいもなくたらい回しにする。その様子は撮影され、嘲笑され、掃き溜めのようにマットの上に置き去りにされた。
毎日、新たな呼び出しが届く。二時限目と三時限目の間の三階トイレ。昼休みの美術室。水泳部の練習後のロッカールーム。バレー部員、水泳部員、生徒会。違う顔、違う手、違う命令。最初はただ痛みと無感覚だけがあった。しかし日が経つにつれ、エリーの中で何かが壊れ始める。
「上手くなってきたじゃない」絵の具の染みた布で顎を拭きながら、一人の少女が言う。その言葉にエリーの胸に広がった温もりは
服従訓練 - トイレの水音——二日目の呼び出し
夜の闇がまだ部屋の隅にこびりついている時間だった。
エリーは自分の叫び声で目を覚ました。喉の奥に、悲鳴の残骸が張り付いている。心臓が耳の裏でドラムのように打っていて、パジャマは汗でぐっしょりと背中に張り付いていた。
(夢……)
そう思おうとした。でも、違う。夢じゃない。夢だったらどんなに良かったか。体育館倉庫の黴臭い空気、壊れた蛍光灯のチカチカという音、そして——口の中に今も残っている、苦い味の記憶。
胃がぎゅっと縮み上がった。エリーはベッドから転がり落ちるようにして、廊下を這い、洗面所に駆け込んだ。便器にしがみつき、胃液を吐き出す。酸っぱい液体が喉を焼いた。涙が勝手ににじんで、視界がぼやける。
「……ぅ、ぁ……」
声にならない声が漏れた。タイルの冷たさが膝に染みる。個室の鍵、閉めたのに——現実からは逃げられない。
しばらくそうしていた。吐き気が治まった後も、動けなかった。壁にもたれて座り込む。窓の外では、桜台市の丘陵地帯に朝日が差し始めていた。鳥の声が聞こえる。世界はいつも通りに動いている。自分の体の中だけで、何かが決定的に壊れてしまったみたいなのに。
制服のブラウスのボタンを留めながら、洗面台の鏡を見た。そこに映っているのは、昨日までの自分とは思えない顔だった。深い茶色の瞳は落ち窪み、その周りにはうっすらと青い隈ができている。首筋には、昨日誰かに噛みつかれたような微かな赤みが残っていた。指で触れると、鈍い痛みがある。
現実だった。
全部、現実だった。
キッチンに行くと、母の多恵子はもう仕事の準備をしていた。電子レンジの音と、スプレー式のアイロンの蒸気。食パンが一枚、何の感情もなくテーブルに置かれている。それだけ。目玉焼きも、一言もない。
多恵子の目はずっとスマートフォンに向いていた。何かの業務連絡を確認している。指の動きだけが忙しない。エリーが椅子に座っても、顔を上げない。
「[whispers]……今日、ちょっと、体がだるくて」
絞り出すように言った。せめて、少しだけでも——何かを聞いてほしかった。
多恵子はスマートフォンから目を上げなかった。ただ、唇の端だけで嘲るように歪める。
「[cold]今月引っ越したばかりなのに、もうサボる気?」
その声には、娘を心配する温度が全くない。ただ、また面倒を起こすのか、という苛立ちだけがあった。エリーはスカートの裾をぎゅっと握りしめた。爪が手のひらに食い込む。
三度目の転校。母はいつもこうだ。仕事で忙しいのはわかっている。生活費を稼ぐためには、遅くまで働かなければならないことも。でも——本当に欲しかった言葉は、そんな説明じゃなかった。
「……はい、ごめんなさい」
結局、そう言うしかなかった。それ以上、何かを伝える言葉を、エリーはもうとうに諦めていた。
朝のバスは、いつも通りの風景を流していた。桜台市の北部、丘陵地帯の住宅街を抜け、低い雑木林の間を走る。バスの中は、私立清月館高校の生徒たちで混み合っている。笑い声、スマートフォンを操作する指、誰かのイヤホンから漏れる音楽。
エリーは窓際の席で、外を見ていた。窓ガラスに映る自分の顔が、どうにも他人みたいに見える。胃のあたりがまだ締め付けられるように痛んだ。
(明日も楽しみにしています)
昨日、ミオから届いたメッセージが脳裏に浮かぶ。画面を開く。履歴はもう消えていた。痕跡すら残っていない。でも、文字は頭の中に焼きついて離れない。
(逃げられない)
バスが学校の最寄り停留所に着き、生徒たちが降り始める。エリーも立ち上がった。自分の意志で足を動かしているのか、ただ流されているだけなのか、自分でもよくわからなかった。
一限目の数学。二限目の現代文。
外の陽射しは明るくて、教室の窓からは中庭の桜が見えた。春の風がカーテンを揺らす。先生の声は遠く、黒板の文字はただの線にしか見えなかった。
その時だった。
ポケットの中で、スマートフォンが短く震えた。通知ではない。もっと細かい、まるで虫の羽音のような振動。この感覚は初めてだった。エリーは心臓が一瞬止まったように感じた。
先生が黒板を向いている隙に、机の下で画面を確認する。ロック画面に表示されていたのは、見たことのない通知だった。アプリのアイコンもない。ただ、白い文字だけが浮かび上がっている。
『3F東女子トイレ。休み時間。時間厳守。遅れたら後悔するから。ミオ』
唇の内側を、ぎりっと噛んだ。鉄の味がじんわりと広がる。手が震える。指先が冷たくなっていく。
(行きたくない)
全身の細胞が拒否していた。昨日の倉庫での出来事が、鮮明にフラッシュバックする——押さえつけられた手首、無理やり開かされた口、冷たいタイルの感触。
でも。
(行かないと、もっと酷いことになる)
その直感だけは、何よりも強かった。ミオのあの冷たく美しい笑顔。彼女から逆らうことは、この学校で生きていくこと自体を放棄することに等しい。そして——もっと深いところで、エリーはすでに理解していた。クレイドルの呼び出しは任意じゃない。これは「強制」だ。選択肢なんて、最初から与えられていない。
チャイムが鳴った。
休み時間の喧騒が教室に広がる。エリーは自分の体が立ち上がるのを、まるで遠くから見ているように感じた。足が勝手に動く。教室のドアをくぐり、廊下へ出る。
三階へ続く階段。一段一段が異様に重たく感じる。手すりを握る手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。東女子トイレは、普段あまり使われていない場所だった。廊下の奥まった角にひっそりと入口がある。他の生徒たちの姿はまばらで、笑い声も遠い。
個室の扉の前に立つ。手をかける。息を、吸って、吐いて。
開ける。
——次の瞬間、後ろから誰かの手が肩を掴み、強く引き寄せられた。バランスを崩し、視界が揺れる。体がぐんと引っ張られ、奥の障害者用トイレへと放り込まれた。
扉が閉まる音。鍵がかかる。
「[cold]遅刻しなかったのは偉いね」
そこにいたのは、桜庭莉奈だった。肩まで届くボブの髪は、湿り気を帯びて額に張り付いている。吊り目の灰色の瞳は、相変わらず何の感情も浮かべていない。彼女の後ろ、狭い空間には、バレーボール部のユニフォームを着た女生徒が五人、壁にもたれて立っていた。
汗と制汗スプレーの混ざった匂いが充満している。赤くなった頬、ユニフォームの汗染み、荒い呼吸——部活のトレーニングを終えた直後なのが一目でわかった。彼女たちは全員、エリーを見ていた。好奇でも、敵意でもない。まるで、今日の練習メニューの一つを見るかのような、そんな目だった。
「[cold]時間ないから、急ぐよ」
莉奈が顎でしゃくると、二人の女生徒が動いた。手慣れた動作でエリーの両肩を掴み、床に押し付ける。膝が冷たいタイルに打ちつけられ、鋭い痛みが走った。抵抗しようにも、肩を押さえる力はまるで万力のように強い。
女生徒たちは事前に打ち合わせたかのようにローテーションを組んだ。一人がエリーの前に立ち、他の者たちは壁にもたれて順番を待つ。スマートフォンで何かを操作している者もいる。ペットボトルの水を飲んでいる者もいる。
(六人……)
エリーは彼女たちの人数を無意識に数えていた。そして、教室の時計を思い起こす。休み時間は十分間。この人数を、この短時間で——。
絶望が胃の底に沈んでいく。クレイドルは、ただ暴行するだけの集団じゃない。時間も、人数も、計算されている。エリーに息つく間も与えず、処理させることで、精神的な限界まで追い詰める——それが彼女たちのやり方だった。
一人目の女生徒が、無言でエリーの髪を掴んだ。指が頭皮に食い込む。何も言わない。ただ、動きだけで要求する。エリーの口を使うこと。
(わかってる……)
昨日の経験が、鈍い確信として体に染みついていた。抵抗しても無駄だ。それなら、せめて——自分から。
エリーは目を閉じた。まぶたの裏で、何かが切れる音がした。口を開く。自分から、開いた。
その瞬間、彼女の意志が初めてクレイドルの要求に折れた。
一人目の女生徒のペニス——ではなく、汗ばんだ性器がエリーの口に押し込まれた。塩の味と、制汗スプレーの残り香が混ざって舌に広がる。女生徒は腰を動かし始めた。リズムは一定で、感情がこもっていない。ただ、機械的に。
口の端から唾液が溢れ、顎を伝って制服に落ちる。息ができない。鼻で呼吸しようとするが、女生徒の下腹部が顔に押し付けられて、空気が足りなかった。
一人目が終わると、間髪入れずに二人目が入れ替わる。エリーが息を整える間もない。今度はより深く、喉の奥まで押し込まれた。嘔吐感がこみ上げて、喉の筋肉が勝手に痙攣する。
三人目が、エリーの顔の上に跨った。
太腿の内側がエリーの鼻と口を塞ぎ、酸素が遮断される。同時に、別の女生徒が背後からエリーの体を弄り始めた。スカートをまくり上げられ、下着をずり下ろされる。指が無遠慮に膣内に侵入してきて、グチョグチョという水音が、狭い個室に響いた。
(あ、あ……)
声を出そうとしても、口はふさがれたままだ。頭がくらくらする。意識が、少しずつ薄れていく。それでも、体だけは勝手に反応していた。膣を掻き回されるたびに、腰が小さく跳ねる。自分のものじゃないみたいだった。
女生徒たちは互いに声をかけあわない。笑いもしない。ただ、時間割をこなすみたいに、手際よく進めていく。
壁に寄りかかっていた莉奈だけが、腕時計にちらりと目をやって、それから一歩前に進み出た。
しゃがみ込み、エリーの顎に冷たい指をかける。莉奈の指はひんやりとしていた。その灰色の目は、怒りも、楽しみもなく、ただ作業の進捗を確認するかのようだった。
「[cold]昨日よりずっと良いよ」
まるで部活のフォームを指導するみたいな口調だった。
「[cold]でも、まだ首の角度が硬いね。次はもっとリラックスしないと、喉を痛めるよ」
その言葉は、エリーの奥底にあった何かを抉り取った。
(指導されてる……)
行為を強要されているのに、その質について採点されている。改善を求められている。つまり——自分はこの行為において、能動的な役割を担っている? まるで、自分が選択して、もっと上手くなろうと努力しているみたいじゃないか。
頭が、ぐるぐるする。何が自分の意志で、何が強制されているのか、境界線が曖昧になっていく。
四人目と五人目が同時に動いた。一人がエリーの口を、もう一人が背後から膣を使う。前後から同時に陵辱され、エリーの視界は白くかすんだ。太腿を伝って、生温かい液体が流れ落ちる。自分の体液なのか、それとも別のものなのか、もうわからなかった。
「[cold]上手にできてる」
莉奈は立ち上がり、再び壁にもたれて腕を組んだ。
六人目がエリーの髪を掴み、強引に顔を上げさせた。最後の仕上げ。口の中に、生温かいものが広がる。女生徒は満足したのか、小さく息をついて離れた。
——その瞬間、始業のチャイムが鳴った。
途端に、空気が変わった。
女生徒たちは即座にエリーから離れ、手洗い場に向かう。せっけんで手を洗い、鏡の前で乱れた髪を直し、ユニフォームの汚れをはたく。その動きには一片の呵責もない。
「[excited]今日の練習、きつかったねー」
「[excited]まじで。あとで部室でアイシングしないと」
雑談が始まっていた。彼女たちにとって、これは練習の延長なのだ。トレーニングの合間の、ほんの少しの息抜き。それだけのことだった。
一人、また一人とトイレを出ていく。莉奈だけが、最後に振り返った。
床には、エリーが崩れたままだった。制服のブラウスは乱れ、スカートには精液と愛液がべったりと染みを作っている。口の端からは唾液が糸を引き、膝の痛みと、喉の奥の違和感と、下半身の鈍い感触が、断片的に意識に上っていた。
「[cold]四限、遅れないでね」
莉奈はそれだけ言うと、扉を閉めて去っていった。足音が遠ざかる。やがて、何も聞こえなくなった。
静寂。
エリーは冷たいタイルの壁に、しばらくもたれていた。咳き込む。口の中の苦い味が、まだ取れない。立ち上がろうとして、膝が震えてうまくいかなかった。壁を伝って、やっと体を起こす。
洗面台の前に立った。
蛇口をひねる。冷たい水が手を濡らす。口をすすぎ、顔を洗った。制服を軽くたたいて、なんとか汚れを落とす。でも、乾きかけた体液の跡は、まだうっすらと残っていた。
顔を上げる。
鏡の中の自分と、目が合った。
髪はボサボサで、目は赤く充血している。深い茶色の瞳は、何かを見ること自体を諦めたみたいに、虚ろだった。制服の襟元には、唾液の乾いた跡が、白くこびりついている。
でも、一番衝撃だったのは、その表情だった。
そこには、昨日まで存在していた普通の転校生の面影が、決定的に消えていた。代わりにいたのは、何かが壊れ、もう戻れない場所に一歩足を踏み入れた少女の顔だった。自分なのに、知らない誰かみたいだ。
(あたし……)
声にならない言葉が、喉の奥で消えた。
エリーは手をタオルで拭き、できる限り制服を整え、トイレを出た。四限の教室へ向かうために廊下を歩く。すれ違う生徒たちの笑い声が、遠い世界の音のように聞こえた。自分の足音だけが、やけに大きく響く。
教室のドアを開ける直前、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
新しい通知。差出人は莉奈だった。
『昼休み、保健室に来て。首の跡、見えるから』
エリーはその文字を見つめた。指が、小さく震える。
(傷の手当て……?)
恐怖が先に立った。また何かされるのかもしれない。でも——同時に、ごく微かな、本当に小さな安堵もあった。
(見えるから、隠さなきゃ……)
その感情を自覚した瞬間、エリーは激しい嫌悪に襲われた。
(なんで、あたし……)
傷の手当てを示唆されて、安堵した。自分を壊した相手からの、ほんの些細な気遣いに。
クレイドルの支配は、単なる暴力じゃない。暴力と施しを組み合わせて、少しずつ、少しずつ、エリーの心の奥底まで侵食してくる。
エリーは深く息を吸い、教室のドアを開けた。
前方の席では、ミオが何事もなかったかのように、友人たちと談笑していた。蜂蜜色のポニーテールが、笑い声に合わせて揺れている。その金色の瞳が、ほんの一瞬だけ、エリーの方を向いた。
彼女の口元が、ほんの少しだけ歪む。
それは、優越と確信に満ちた、冷たい微笑みだった。