パヴォリア・レイネの明日はどっちだ?
【あらすじ】
「ウチのパン、硬すぎるんだよ!」
王都の小さなパン屋『小麦のしっぽ』で、元第六王女パヴォリア・レイネは新たな人生を歩んでいる。だが、平和なその店に、突然変わり者たちが押し寄せる。隣町から食費を浮かせに来た魔法使い、伝説の剣技を持ちながらメニューが読めない元勇者、なぜか客と間違われる城の筆頭侍女。レイネに「もっと柔らかいパンを」と頼むたび、彼女の捏ねる手は強くなり、パンは硬くなるばかり。歯ごたえに文句を言われつつも、皆が毎日集まる理由――それは、パン以上に、ここが誰もが何でも話せる居場所になっていたからだ。
そんなある日、隣町の大型新店から美しい顔立ちの男が『小麦のしっぽ』の前に立ち、「お前の店を潰す」と宣言する。その男セインは、かつてレイネが王女だった頃に城でパンを焼いていた元料理長だった。追い出された恨みを抱くセインは、驚くほど柔らかいパンで勝負を挑んでくる。街の人々はあっという間にその虜になり、『小麦のしっぽ』は一気に窮地に陥る。
いつもはどこか抜けた仲間たちも、レイネの異変に気づく。そして、それぞれの妙な特技で彼女を助けようとする――魔法使いはパンを光らせ、元
パヴォリア・レイネの明日はどっちだ? - かたいパンと、素直になれない二人の答え
朝の光が、フォルナ中央市場の石畳を金色に染めていた。
「[excited]ここですわ、ここ!わたくしたちの出店場所は!」
レイネは大きな包みを抱え、広場の指定された区画に駆け寄った。腰まである金色の巻き毛は、今日も自分で適当にサイドで一つに編んでいる。少し崩れているが、エプロンのリボンだけはきちんと蝶結びだ。
「[serious]さあ、準備を始めますわよ」
包みを開くと、中からかたいパンが顔を出す。一晩かけて熟成させた固焼き麦パン。表面はこんがりと焼けていて、叩けばコンコンと音がしそうなくらいかたい。
それを並べる台を運ぼうとした、まさにその時。
「[simple]おい。台、運んだぞ」
のっそりとグランが現れた。燃えるような赤い短髪に、前髪が目にかかっている。百九十センチ近い巨体は、市場のどこにいても目立つ。その両腕に、台を二つ、ひょいと抱えている。
「[surprised]あら、ありがとうございます!……って、あれ?グランさん、それ、どこに運んだんですの?」
レイネは周囲を見回した。出店スペースに台がない。
「[simple]あっち」
グランがあごでしゃくった先――広場の反対側。遠くの方で、二つの台がぽつんと置かれている。あまりにも遠すぎる。
「[angry]遠すぎますわよ!?どうしてあんな端っこに!?」
「[simple]人がいなかったから、置きやすかった」
「[crying]それ、人がいなかったんじゃなくて、出店場所じゃないだけですの……!」
「[serious]だいじょうぶ、わたしが取ってきます!」
銀髪に紫色のメッシュが二筋入った少女が、元気よく飛び出した。肩までの髪が揺れ、右のほっぺたの三つのそばかすが三角形を作っている。
だが――。
「[serious]待ちなさい」
きっちりと後ろでまとめた栗色のシニヨン。落ち着いたグレーの瞳。胸元には小さな銀時計。ドロテアが、ミルフィーの肩をぐっと掴んだ。
「[cold]あなたは走ると転びます。前回、光彩魔法でパンを光らせたのもあなたです。今日は魔法禁止。よろしいですか」
「[sad]ええ〜!?わたし、役に立ちたいのに!」
「[cold]役に立ちたいなら、まず大人しくしていなさい。台は私が取りに行きます」
そう言うと、ドロテアはスタスタと広場の反対側へ歩き出した。背筋はピンと伸び、迷いのない足取り。あっという間に二つの台を回収し、きちんと出店スペースに並べる。
「[serious]レイネさま。台はこれでよろしいですか」
「[gentle]え、ええ……ありがとう、ドロテア」
「[sad]……わたし、やっぱり役立たず?」
ミルフィーがしょんぼりと肩を落とした。
「[gentle]そんなことないですわ。……ではミルフィー、これを持っていてくださる?」
レイネは、麦のしっぽの旗をミルフィーに手渡した。麦穂をくわえた猫の絵が描かれている。
「[excited]旗持ち係ですの!よろしくて?」
「[excited]うん!まかせて!旗なら落とさないし、光らせたりしないもん!」
ミルフィーは両手で旗を握りしめ、ぴょんと跳ねた。
その横で、グランが手持ち無沙汰に立っている。
「[simple]……おれ、何すればいい」
「[serious]そこに立っていてください。……それだけで、なぜか安心しますの」
「[simple]わかった」
グランは本当に、ただ立っていた。でもその巨体が、なんだか壁みたいで。
(不思議ですわ。いるだけで、心強い)
レイネは小さく笑った。
準備が整い、かたいパンがずらりと台に並ぶ。
広場にはすでに大勢の観客が集まっていた。秋の収穫祭の前夜祭――フォルナ製パン同業会主催のパン品評会。フォルナ中のパン屋が出店を構え、自慢のパンを競い合う。
通りを挟んだ向かい側には、ひと際目立つ白いテントがあった。『パニフィーク』の看板。その下で、銀灰色の長い髪を後ろで束ねた男が、冷たい青い目でこちらを見ている。
セインだ。
「[cold]相変わらず、田舎くさい出店だな、パヴォ」
通りすがりに、わざわざそんな言葉を投げてくる。
「[serious]こちらは手作り感が売りですの。あなたこそ、今日はおひとりで?」
「[cold]スタッフは中で最終調整中だ。俺は偵察だよ」
「[sarcastic]偵察、ご苦労さまですわ」
二人の視線がかち合う。青い目と青い目。
先に逸らしたのは、セインの方だった。
「[cold]……せいぜい恥をかかないように祈ってるぜ」
それだけ言い残し、セインは自分のテントへ戻っていく。
「[angry]……もう!あの言い方!」
「[serious]まあまあ、レイネさま。ああいう手合いは無視が一番です」
「[excited]でもセインさん、なんだかんだ言ってレイネさんのこと気にしてるよね!見に来たんだよ、きっと!」
「[shy]……そんなわけないですわ」
レイネは小さくつぶやいた。
でも、胸の奥がチクリと痛む。
(師匠……)
――その時。
ドドドドドッ……!
地響きのような太鼓の音が響き渡った。
品評会の開始だ。
中央の舞台に、三人の審査員が登壇する。フォルナ製パン同業会の重鎮たちだ。真ん中には、ゴルダ・マイゼン。白髪まじりの老婦人。よれよれのエプロン姿だが、その目だけはぎらぎらと光っている。
「[serious]これより、パン品評会を始めます!出店者は、自信の一品を審査員のもとへ!」
順番が回ってきた。
レイネは、深呼吸を一つ。固焼き麦パンを木の皿に載せ、審査員の前へと進み出た。
「[serious]『麦のしっぽ』の出品ですわ。どうぞ」
パンを差し出す。
審査員の一人が、それを受け取った。
「……ほう」
手に取った瞬間、眉をひそめる。その手にずしりと重い。
「これは……ずいぶんとかたい」
「かたすぎやしないかね」
観客席からも、ざわめきが起こった。
「なにあれ、石みたいなパン」「フォルナでかたいパンなんて聞いたことない」「あの店、最近光るパン出したとこだろ?」
ひそひそと、聞こえよがしの声。
レイネは唇を噛んだ。
でも――逃げない。
「[serious]……こちらは、一晩寝かせて熟成させた固焼き麦パンですの。そのままではなく、チーズとスープに合わせてお召し上がりください」
レイネは、用意していたチーズと温かい野菜スープを差し出した。
ゴルダが、にやりと笑った。
「[gentle]ふん。やってみな」
審査員たちは、しぶしぶといった様子でパンを一口サイズに割る。
ギギギ……。
かたい音が、静かな会場に響いた。
それでも、なんとか口に入れる。
一人目。
「……ん?」
二人目。
「……これは」
三人目。
「……!」
無言だ。
誰も、何も言わない。
ただ、パンを噛む音だけが続く。
噛むたびに、小麦の甘みがじわりと広がる。かたいだけじゃない。深い味わいが、口の中にゆっくりと満ちていく。
一人目が、スープを一口飲んだ。
そして、またパンをかじる。
二人目も、チーズを乗せて食べ始めた。
三人目は、何度も何度も噛みしめている。
会場が、しんと静まり返った。
さっきまでのひそひそ声が、嘘みたいに消えた。
「[whispers]……これは」
一人目の審査員が、ようやく口を開いた。
「……なんと言えばいいのか……」
言葉を探すように、天井を見上げる。
「[excited]噛めば噛むほど……甘いんだ!今まで食べたどのパンよりも、小麦の味がする!」
二人目が、大声で言った。
会場が、ざわつき始める。
「かたいけど……これはこれで、ありじゃないか?」「腹持ちよさそうだしな」「職人の朝飯にいいかも」
さっきまでの嘲笑が、少しずつ、驚きと興味に変わっていく。
「[gentle]レイネのパンはね。ちゃんとした、お腹を満たすパンだよ」
ゴルダがそう言うと、会場からパラパラと拍手が起こった。
レイネは、胸の前で両手をぎゅっと握った。
(認められた……!)
目の奥が、じわりと熱くなる。
その時だった。
「[loud]お待たせしました!パニフィークの出品です!」
白いテントから、セインが現れた。手にしているのは、ふんわりと膨らんだ超軟質パン。その表面は、絹のように滑らかで、指で押せばふわっと沈み込みそうだ。
会場の注目が、一気にセインへと移る。
「[proud]どうぞ、お試しください」
審査員たちがパンを手に取ると――。
「[excited]なんてやわらかいんだ!」
「[excited]口に入れた瞬間、溶けてなくなる……!」
「[excited]まるで雲を食べているようだ!」
会場から大きな歓声が上がった。
「やっぱりパニフィークはすごい!」「これがフォルナの新しいパンか!」「麦のしっぽも悪くなかったけど、やっぱりこっちだよな!」
セインは、満足げに口元を歪めた。
「[cold]どうだ、パヴォ。これが俺のパンだ」
レイネを見下ろすような視線。
でも――その目が、ほんの少しだけ揺れていることに、レイネは気づいた。
(……セイン。本当は、わかってるんですの)
レイネは、静かに手を上げた。
「[serious]審査員のみなさま。よろしいですか」
声が、会場に凜と響く。
ゴルダが、興味深そうにレイネを見た。
「[gentle]なんだい?」
「[serious]セインさんのパンには、ひとつだけ弱点がありますの」
会場がざわつく。
セインの顔から、笑みが消えた。
「[cold]……なに?」
「[serious]少し時間が経つと、水分が飛んで、パサついてしまうんです」
審査員たちが、目を丸くする。
「[angry]パヴォ、おまえ――!」
「[gentle]でも」
レイネは、セインの言葉を遮った。
「[gentle]それは、セインさんが『焼きたてを誰かにすぐ届けたい』と思って作るパンだからですわ」
セインの動きが、止まった。
「[gentle]パンは、誰かを想って焼くもの。焼きたてを、誰かに『はい、どうぞ』って渡すために。……わたくしは、かつて師匠からそう教わりましたの」
セインの青い目が、大きく見開かれた。
「[whispers]……それは」
「[crying]わたくしの言葉じゃ、ありません」
レイネの声が、震え始めた。
「[crying]あなたが、わたくしに教えてくれた言葉ですわ……!」
会場が、水を打ったように静まり返る。
「[crying]二年前……わたくしがあなたを城から追放したのは、王族への不敬なんかじゃなかったんですの」
涙が、こぼれ落ちた。
「[crying]わたくしが、城を出ようとしていたからです」
「[surprised]……なに?」
「[crying]わたくしは、王女のままじゃ自由にパンを焼けない。でも、勝手に城を飛び出したら、きっとあなたに迷惑がかかる。だから――だから、先にあなたを遠ざけたんですの……!」
声が、嗚咽に変わる。
「[crying]大切な師匠を、自分のわがままに巻き込みたくなかった……ただ、それだけだったんですの……っ」
涙が、止まらなかった。
広場の石畳に、ぽたぽたと染みを作る。
「……パヴォ」
セインが、かすれた声を出した。
「[whispers]あなたは本当に……昔から、そういう不器用な守り方をする」
冷たい仮面が、崩れていく。
「[sad]俺を守るつもりだったのか?……バカか、おまえは。俺は、おまえの師匠だぞ。弟子のわがままくらい、引き受けられたんだ」
セインの声が、震えていた。
切れ長の青い目が、みるみるうちに潤んでいく。
「[sad]俺は……俺は、てっきり、おまえに見限られたのだと……」
「[crying]そんなわけないですわ……!」
レイネは、声を振り絞った。
「[crying]あなたは……わたくしにとって、誰よりも大切な師匠で……大好きな、誇りだったんですの……!」
「[crying]……パヴォ」
セインの目から、一筋の涙が流れた。
左の手首の古いやけどの跡が、震える手で隠される。
会場の誰もが、息を呑んで見守っていた。
「[crying]……ずっと、言いたかったんですの。ごめんなさい……師匠」
「[crying]……ああ。俺も、すまなかった」
二人は、ただ涙を流しながら、向かい合っていた。
二年分の誤解が、かたい殻が、ようやく溶けていく。
ミルフィーが、旗を抱きしめながら、ぽろぽろと泣いている。
「[crying]よかった……ほんとによかった……!」
グランは、無言で一度だけ、ゆっくりと瞬きをした。
「[simple]……いい話だな」
ドロテアは、レイネにそっとハンカチを差し出した。
「[gentle]……レイネさま。よく言えましたね」
ドロテアのグレーの瞳も、かすかに潤んでいる。
やがて、ゴルダがコホンと咳払いをした。
「[serious]……さて。審査の結果を発表するよ」
会場の視線が、ゴルダに集中する。
「[serious]今回の品評会――『麦のしっぽ』と『パニフィーク』、引き分けとする!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――。
「「「うわあああああ!!」」」
割れんばかりの歓声が、広場を揺らした。
「どっちもすごかった!」「俺はかたいパンが好きだ!」「私はふわふわ派!」
観客たちが口々に叫ぶ。
セインが、涙をぬぐいながら、フッと笑った。
「[sad]……引き分け、か」
「[gentle]……ええ。引き分けですわね、師匠」
「[serious]……今度は、ちゃんと勝負をつけさせてもらうぜ」
「[excited]望むところですわ!」
笑顔の中に、えくぼが浮かぶ。
品評会の二日後。
カランカラン――。
「[excited]いらっしゃいませ!」
麦のしっぽの扉が、ひっきりなしに開く。
「おう、レイネ!いつもの固焼きパン、二つくれ!」
「俺にも!腹持ちがいいから、仕事の合間にちょうどいいんだよ!」
「あたしはスープとセットで!」
常連客たちが、次々と店に帰ってきていた。
「[gentle]ありがとうございます!すぐにお包みしますわ!」
レイネはてきぱきとパンを包みながら、笑顔を輝かせる。
「[excited]レイネさん!わたし、旗を立ててくるね!」
ミルフィーが店の前に飛び出し、麦穂をくわえた猫の旗を掲げる。
「[simple]……おれも手伝う」
グランは店の隅で、かたいパンを半分に割っていた。剣でではなく、今日はちゃんとパン切り包丁で。
「[serious]グランさん、ありがとう。でも、包丁の持ち方が逆ですわ」
「[simple]……むずかしい」
「[laughing]あはは!グランさん、剣より包丁の方が苦手なんだね!」
笑い声が工房に響く。
その時、カウンターの隅で帳簿を整理していたドロテアが、レイネを手招きした。
「[serious]……レイネさま。少し、よろしいですか」
「[gentle]なんですの?」
レイネが近づくと、ドロテアは声を潜めた。
「[serious]ハンザ・トルムが動いているようです」
「[scared]……え」
「[serious]セインさんとの出資契約を盾に、パニフィークの経営に新たな条件を突きつけてきているとか。大規模な店舗拡大か、あるいは――フォルナへの全面進出を要求している可能性もあります」
「[scared]……セインに、ですか?」
「[serious]ええ。品評会で引き分けに終わったことで、焦っているのでしょう」
レイネは、そっと工房の棚を見つめた。
そこには、かたいパンがずらりと並んでいる。
(また、戦いが始まるのかもしれない)
でも――。
「[gentle]……わたくしのパンはかたいですわ。でも、それでいいんです」
レイネは、ひとつ手に取り、胸に抱いた。
「[excited]誰かを支えられる、このかたさで。胸を張って、これからも焼き続けますの!」
窓の外では、秋の日差しが職人通りを優しく照らしていた。
麦のしっぽの看板――麦穂をくわえた猫が、今日も変わらず、道行く人を見守っている。Noveliaとは?
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