48歳のシングルマザー、水無月栞は、一人息子の颯太が大学院へ進学した後、心にぽっかりと穴が開いたように漂う日々を送っていた。立派に育て上げたという静かな誇りも、すぐに空虚感に飲み込まれてしまう。毎晩彼女が見るのは、霧に閉ざされた森の夢。暖かな風に乗って、優しい声が囁きかけてくる。最初はただの夢だったはずのものが、やがて現実へと滲み出し、霧は彼女のアパートにまで忍び込み、幻の木の葉の冷たさが指先にまとわりつくようになる。彼女は、『嘆きの森』と呼ばれる霧の海の底に隠された異界、ミストヴェイルへと呼び寄せられていたのだ。森そのものには意志があり、訪れる者の強烈な後悔を餌代わりに、最も大切な記憶と引き換えに導きを与えるという。 ある夜、栞は完全に夢の中へと引きずり込まれ、本当に霧の中で迷子になってしまう。そこで彼女を出迎えたのは、森の意識体であるヴィスプという名の存在。恐ろしいほどの優しさで、『真実の泉』へ導くと約束するが、霧の奥深くへ一歩踏み入れるごとに、颯太に関する記憶が溶け去っていくという警告を突きつける。息子の幼い日々、その笑顔、共に乗り越えた苦労が、煙のように霧の中へと流れ去ってい