深淵の残響 ~プルシュカの石と失われた腕~
「失ったものを、もう一度この手に。」
左手の指が動かない。それでもリコは包丁を握り、今日もスープを作る。深界五層・セレニエの調理場で、彼女は笑顔を作ることに慣れていった。隣には右腕を失ったレグ。無理に笑うリコと、気づかないふりをするレグ。二人の間には、言えない後悔だけが積もっていく。
そんなある日、白笛オーゼンが地上から持ち帰ったのは、母ライザからのたった一言——「底で待つ」と、深界六層《還らずの都》に眠るという「失ったものを取り戻す遺物」の噂だった。
麻痺した左手。失われた右腕。亡くしたミーティ。そして、首元で静かに震えるプルシュカの石が、リコにだけ語りかける。
『六層……行って……でも……気をつけて……あの……』
途切れた声の続きを、リコはまだ知らない。
六層の呪いは「人間性の喪失」。帰還者なしと呼ばれる深淵で、リコたちは何を選び、何を失うのか。
これは、喪失を抱えた者たちが「取り戻す」ために足掻く物語。そして、希望の光の裏に隠された、重すぎる代償の物語。
——それでも、行くんです。失ったものを、諦めるのは、もっと嫌だから。
深淵の底で待つ母と、消えかけた声の主。