ユニークスキル、パペットマスター(木人)の可能性を信じて
ロックは、木人形を一体だけ動かせるだけの外れスキル「パペットマスター」を持つDランク冒険者。周囲から嘲笑され、日々は薬草採取で細々と食いつなぐ孤独なものだった。しかし、酒場で出会った中年の薬草師バルドを助けたことから、その日々が少しずつ動き始める。
バルドのおかげで安定した収入を得られるようになり、木人形との連携も日増しに上達していくロック。そんな彼を、エルフの土魔術師リリア・ファロンディールが、魔の森の三ヶ月に及ぶ調査任務に誘う。彼女が操る二体の強力なゴーレムに圧倒されながらも、ロックは人形と共に戦う自分だけのスタイルに、確かな手応えを感じ始めていた。
突如、キラーアントの巣に足を踏み入れ、クイーンアントと対峙する危機が訪れる。絶体絶命の窮地の中、ロックとリリアは共闘し、辛くもこれを討伐。リリアは礼として、ロックにクイーンの魔石を託し、人形への融合方法を伝授する。すると人形は、味方を強化し敵を弱体化させる新たな支援能力「リンクフィールド」を覚醒させるのだった。
それは、決して無能なスキルなんかじゃない。誰にも真似できない、自分だけの力。ロックは初めて、心からの自己肯定を得る。支
ユニークスキル、パペットマスター(木人)の可能性を信じて - はじめての王都、ぶっきらぼうな鍛冶師
ラステラの街を出る朝は、不思議と静かだった。
ロックは『風見鶏』の相部屋で、荷物をまとめていた。といっても、大したものはない。着替えが二着。小さな巾着に入った銀貨が十五枚。
それから、隣で食料が入っている荷袋を担いだ木人。
(よし)
最後に、バルドからもらった封筒を手に取る。上質な紙だ。ラステラじゃ見かけない、きれいな白。ひっくり返しても、裏には何も書いてない。
「[curious]……開けていいのかな」
バルドは「開けろ」とも「開けるな」とも言わなかった。ただ、『お前なら使いこなせる』と。
ロックは封を切った。
中から出てきたのは、一枚の便箋。走り書きのような、でも力強い字。
——王都グランセルタ、東石畳通り、ガルド工房——
「ガルド工房……」
バルドの字じゃない。誰か別の人の字だ。でも、内容ははっきりしてた。『ロックという若者を紹介する。パペットマスターの使い手で、木人の扱いに長けている。一度、見てやってほしい』。
ロックは三回、読み返した。
(俺を、紹介してくれてる)
バルドはいつも無口だった。必要なこと以外、ほとんど喋らない。酒場で絡まれてたのを助けた時も、礼の一言もなかったっけ。
でも——この手紙は、違う。
「[whispers]バルドさん……」
胸の奥が、じわりと温かくなった。
宿を出る。
ラステラの朝市は、もう動き出してた。屋台からは焼きたてのパンの匂い。果物を並べる商人。眠そうな顔で荷を運ぶ若い衆。
「おっ、ロック。もう行くのか?」
酒場『赤キツネ亭』の前を通りかかると、店主のハークが顔を出した。
「[casual]ええ、まあ。ちょっと王都まで」
「[surprised]王都!? そりゃまた遠くまで。何しに行くんだ?」
「[embarrassed]いや……俺もよくわかってなくて」
苦笑いして、荷物を背負い直す。ハークはしばらくロックの顔をじっと見てから、カウンターの下から小さな包みを出した。
「[calm]豚肉の干し肉。道中で食え。腐らん」
「[surprised]え……ありがとうございます」
ハークは何も言わず、ひらひらと手を振った。
(ラステラは、いい街だったな)
ロックは街の出口に向かいながら、そう思った。
——
馬車は揺れた。
商人たちが使う定期便の馬車だ。幌馬車にはすでに何人かが乗っていて自分が最後のようだった、王都グランセルタへと向かう。五日間の旅。ロックは一番後ろの隅で、木人と一緒に座っていた。
初日は草原だった。見渡す限りの緑。遠くに風力の水車が見える。フォルネス王国の穀倉地帯だ。馬車が通るたび、麦の穂が波のように揺れる。
二日目は小さな村を三つ通り過ぎた。どこもラステラと同じか、少し小さいくらいの村だった。村人たちが馬車に手を振る。商人の一人が大声で挨拶を返す。
三日目。景色が変わり始めた。
畑が減って、石造りの建物が増えてくる。街道も広くなった。行き交う人も増える。馬車、徒歩の旅人、騎乗の兵士たち。
四日目。
遠くに、壁が見えた。
「[whispers]……でか……」
思わず声が漏れた。
高い石壁が、地平線の端から端まで続いてる。ラステラの街を囲む防壁とは、比べものにならない。その向こうには、塔がいくつも突き出てた。石造りの、大きな塔。
「お兄ちゃん、初めてか?」
隣の商人が笑った。
「[embarrassed]あ、はい」
「グランセルタはな、フォルネス王国で一番でかい街だ。人が十二万人も住んでる。ラステラみたいな小さな街から来た奴は、みんな同じ反応するよ」
十二万。
ラステラは六千人だった。
(二十倍……)
数字で考えても、実感が湧かない。
——
五日目。
王都グランセルタの城門をくぐった。
「[excited]うわぁ……」
ロックは思わず声をあげた。
門を抜けた瞬間、音の洪水が押し寄せてきた。商人の呼び声。馬のいななき。鍛冶屋の金槌の音。荷車の車輪が石畳を叩く音。どこかから聞こえる口論。笑い声。子供の泣き声。
石畳の通りは、十人並んでもまだ余裕があるくらい広い。その両側に、木造と石造りの建物がぎっしりと並んでる。どの建物も二階建てか三階建て。看板がいくつも突き出てて、色とりどりの布が風に揺れてた。
空気も違う。
パンの匂い、香辛料の匂い、汗の匂い、馬の匂い。すべてが混ざり合って、ラステラとはまったく別の街の匂いになってる。
(ここが……王都)
ロックは馬車を降りて、しばらくその場に立ち尽くしてた。
行き交う人々は、誰もロックに目を止めない。それが逆にすごい。十二万人の街では、一人の若者が木の人形と並んで立ってようが、誰も気にしないんだ。
(すげえな)
ワクワクと——同時に、足の裏から冷たいものが這い上がってくる。
(俺みたいなD級が、通用するのかな)
でも、そんなことを考えても仕方ない。ロックは封筒を取り出して、住所を確認した。
「東石畳通り……」
——
東区は、職人の街だった。
鍛冶屋、革細工屋、木工所、石工所。通りを歩くだけで、いろんな作業音が聞こえてくる。金槌の音、ノミの音、ろくろの回る音。空気は金属の粉と木くずの匂いが混ざって、少しくすぐったい。
ロックは三回、道を間違えた。
看板の文字が読めなかったり、路地が行き止まりだったり。そのたびに通りの人に道を聞く。親切なパン屋の女将が、わざわざ店の前まで出て指を差して教えてくれた。
「あんた、農夫かなんかかい?木の人形なんて連れて。」
「[embarrassed]あ、俺、冒険者で……」
説明しようとして、やめた。
どうせ説明しても、長くなるだけだ。
やがて、通りを一本入った静かな路地に、その工房はあった。
看板には『ガルド工房』とだけ、焼き印が押してある。
飾りは何もない。文字だけ。でも、その文字は力強くて、見ているだけで腕のいい職人なんだろうな、と思わせる何かがあった。
建物も質素だった。石造りの、低い平屋。大きな窓が一つだけある。中は薄暗くて、よく見えない。
ロックは深呼吸をした。
(よし)
扉を叩こうとした——その時、中から声がした。
「[cold]開いてる」
低い、しわがれた声。
ロックはそっと扉を押し開けた。
中は、薄暗かった。
鍛冶場の炉が、ぼんやりと赤く光ってる。壁一面に道具。金槌、ヤスリ、ノミ。どれも使い込まれて、鈍く光ってた。床には金属の削りかすと木くずが散らばってる。
鉄と油と、焦げた炭の匂い。
そして、炉の前に立つ一人の男。
(……でか)
ロックは、見上げた。
男は、大きかった。横幅も、身長も。ラステラの武具店のゴルツも大概だったけど、この男も相当だ。灰色の髪を後ろで無造作に束ねて、無精ひげが顔の下半分を覆ってる。腕は太い。傷だらけの腕。
何より、目つきが鋭かった。
炉の炎が、その目に映って揺れてる。
「[nervous]あ、あの……ガルドさん、ですか?」
男は、ゆっくりと振り向いた。
「[cold]そうだ」
声は、低くて短かった。
「[embarrassed]えっと、ラステラのバルドさんの紹介で来ました。ロックっていいます。これ、紹介状……」
封筒を差し出す。
ガルドは無言で受け取った。封を切り、便箋を取り出す。炉の明かりに近づけて、読む。
沈黙。
ロックは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
炉の中で、炭が爆ぜる音だけが響く。
(何を考えてるんだろう)
ガルドの表情は、まったく変わらなかった。眉一つ動かない。口元も、目も。ただ、文字を追っているだけ——そう見えた。
やがて、ガルドが顔を上げた。
その目が、じっとロックを見据える。
それから、ゆっくりと、背中に視線を移した。
木人を、見てる。
「[cold]それか」
「[surprised]え? あ、はい!」
ロックは慌てて背中の木人を下ろした。抱え直して、ガルドの方に向ける。
下手くそな笑顔が、炉の明かりに照らされて浮かび上がった。
ガルドは炉から離れた。
重い足音。床がきしむ。
ロックの前に立つと、無言で手を伸ばした。大きな、節くれだった手。その指が、木人の胸に触れる。
亀裂。
ラステラの街でできた傷痕だ。ゴルツさんのお店の素材で直してみたけれど、跡は残ってる。
ガルドの指が、その亀裂をなぞった。
「[cold]……テッコウジュか」
「[surprised]え、わかるんですか?」
ガルドは答えない。
指は、さらに木人の関節をなぞっていく。肩、肘、手首。まるで怪我の具合を調べる医者のように、丁寧に、何度も。
ロックは、息を詰めて見つめてた。
(どうなんだろう)
不安が、じわじわと広がる。
「[hopeful]あの……どうでしょうか」
思わず声に出た。
ガルドの指が、止まった。
無表情の目が、ロックに向けられる。
「[cold]置いていけ」
「[surprised]……へ?」
「三日後に来い」
それだけ言って、ガルドは背を向けた。
「[confused]え、ちょ、ちょっと待ってください! 何を——」
でも、ガルドはもう炉の前に戻ってる。金槌を手に取り、作業を再開する姿勢。話は終わり、と言わんばかりの背中。
ロックは、立ち尽くした。
(なんなんだ……)
何をされるのか、まったくわからない。
褒められもせず、否定もされず。ただ「置いていけ」の一言だけ。
木人を見下ろす。
下手くそな笑顔が、こっちを見てる。
ロックは、木人をそっと床に置いた。
「[whispers]……頼んだぞ」
木人に言ったのか、ガルドに言ったのか、自分でもよくわからなかった。
——
冒険者協会カルディナ本部。
王都のギルドは、ラステラ支部とは比べものにならなかった。
三階建ての石造り。正面玄関は三つもあって、絶えず冒険者が出入りしてる。エントランスホールの天井は、はるか高くまで吹き抜け。
掲示板が何枚も並んでて、依頼票がびっしり貼られてた。
人が多い。
ロックは受付の列に並びながら、周りを見回した。
剣を背負った戦士、ローブ姿の魔導士、弓を持つエルフ、ドワーフの斧使い。ラステラじゃ見ない、色とりどりの装備。武器も防具も、質がいい。
(みんな、強そうだな)
自分が場違いに思えて、ちょっと縮こまる。
「[businesslike]次の方」
カウンターに進む。若い女性の受付嬢が、疲れた顔でこっちを見た。
「[casual]ラステラ支部から来ました。ロックです。王都ギルドの登録をしたくて」
冒険者証を差し出す。
受付嬢はそれを確認して、台帳に書き写す。手際がいい。
「[monotone]D級、パペットマスター……はい、登録完了です。王都ギルドへの登録、おめでとうございます」
棒読みだった。
ロックは苦笑いした。
(まあ、D級じゃそんなもんか)
掲示板に向かう。
依頼票を一枚一枚、めくっていく。
【C級】グリフォン亜種の討伐。報酬:金貨五枚。
【B級】地下遺跡の調査。報酬:金貨十枚と成功報酬。
【C級】盗賊団の掃討。報酬:金貨三枚。
どれも、今のロックには手が出ないものばかり。
(他にもあるかな)
隅の方に、小さな依頼票が貼られてるのを見つけた。
【D級】ヴェルデ草の採取。五十束。報酬:銀貨四枚。
「[relieved]……これだ」
慣れた仕事だ。ラステラで何度もやった。
依頼主は、東門の近くに住む老薬師らしい。
——
その老薬師は、小さな店を営んでた。
「[surprised]おや、まあ。あなたが?」
店の奥から出てきた老人は、シワシワの顔でロックを見上げた。背丈はロックの胸くらいしかない。頭はつるつるで、白いひげだけがふさふさと伸びてる。小さな丸眼鏡の奥で、好奇心旺盛そうな目がきらきらと光ってた。
「[friendly]はい、受けたのは俺です。ロックって言います」
「随分と若い冒険者さんだけど、薬草採集はやったことあるかい?」
老人は、微笑みながらも確認するようにロックの顔を覗き込んできた。
ロックはちょっと面食らった。
「[embarrassed]え、ええ。もちろん」
「[excited]ほう! 少し手を見せてごらん?うん、いい手だ。」
「[surprised]わかるんですか?」
「[laughing]わしはこう見えて薬師歴五十年だよ。手についた薬草の匂いくらいわかる」
老人は、にこにこと笑いながらロックを見上げた。
「[gentle]若いのに、筋が良いのかね?見かけによらずアンタ苦労してるのかい?」
ロックは愛想笑いを浮かべつつ、答えられなかった。
——
王都の東門を出て、郊外の草原へ。
ヴェルデ草は、ラステラの魔の森の外れと同じで、日当たりのいい草原に群生してる。
ロックは歩きながら、草を探した。
風が吹く。
王都から離れて、少しだけ静かになった。
遠くで、羊の群れが草を食べてる。牧羊犬が走り回って、吠えてる。
空は、どこまでも青かった。
(王都に来たんだな)
ロックは、しゃがみ込んでヴェルデ草を摘みながら、そう思った。
ラステラを出て五日。
知らない街、知らない人、知らない空気。
でも——悪くない。
(まあ、なんとかなるって)
——
夕方。
ギルドに戻り、ヴェルデ草の束をカウンターに提出した。買取額は銀貨四枚。依頼通りの報酬だ。
ロックは銀貨を巾着にしまいながら、小さく息をついた。
(王都での、初めての仕事が終わった)
たいしたことじゃない。でも、確実に一歩だ。
——
夜。
ロックは安宿の相部屋にいた。
『風見鶏』よりも、ちょっとだけ高い宿。でも相部屋なら一泊銀貨一枚。ベッドが六つ、並んでる。今はロックの他に二人、先客がいた。
一人は大柄な男で、もういびきをかいてる。もう一人は痩せた若者で、壁に向かって丸まって寝てた。
ロックは硬いベッドに横になった。
天井を見上げる。
(木人は大丈夫かな)
ガルド工房に置いてきた。三日後まで会えない。
空っぽの腕が、寂しい。
いつもは、寝る時も木人が隣にいた。下手くそな笑顔を見てると、なぜか心が落ち着いた。
(ガルドって人は、結局なんなんだろう)
無骨で、無口で、何を考えてるかわからない。でも——あの目。
木人の亀裂をなぞった指。
あれは、ただの職人の目じゃなかった。何かを見極めてる目だった。
(腕のいい職人、なんだろうな)
バルドが紹介したくらいだ。
隣のベッドで、大柄な男がいびきを上げる。
痩せた若者が、寝返りを打つ。
ラステラの仲間たちの顔が、浮かんだ。
ガネッタさん。バルドさん。リリア。
(みんな、元気かな)
ロックは、ぎゅっと目を閉じた。
不安が、胸の奥でざわついてる。
本当に王都でやっていけるのか。
木人は、どうなるのか。
でも——
「[whispers]まあ、なんとかなるだろ」
小さく呟いて、ロックは眠りについた。
王都での最初の夜。
隣の男のいびきが、やけに耳について、なかなか寝つけなかった。
でも、それがまた——悪くないと思えた。