都市伝説真相語録
高校教師の青山颯夜(26)はある夜、元教え子の水羽涼(20)から突然メッセージを受け取る。「先生、私『口裂け女』の都市伝説を追ってるんですけど——手伝ってくれませんか?」人気コスプレYouTuberの涼は、視聴者から投稿された「闇の噂」を検証するプロジェクトを始めていた。颯夜は渋々承諾するが、調査を進めるうちに、単なる都市伝説に見えたものが実際の失踪事件や陰謀と繋がっていることに気づく。
涼の配信アーカイブの中には、彼女自身も気づいていない「ある映像」があった——高校の卒業名簿にいるはずのない人物の姿。颯夜と涼はその人物の足取りを追う。涼の配信にだけ届く「消せ」という警告メッセージ、颯夜の教室に現れる存在しない生徒の席、そして二人が共有する「あの事件」の記憶が少しずつ歪んでいく。
その過程で、涼は颯夜にだけ見せる弱さを見せる。「先生、私……あの時、本当は助けを求めてたんです」。それは高校時代に経験した虐めと失踪の記憶だった。颯夜は教師として、大人として彼女を守りたいと思う。しかし涼は彼を突き放す。「守ろうとしないでください。これは私の問題です」
やがて二人は、都市伝説の裏に隠され
都市伝説真相語録 - 夜明けの教室 — 罠を張り替えた二人と、消える記憶の全貌
夜の空気が、部屋の中まで冷たく沈んでいた。
颯夜は床に座り込み、ノートパソコンの画面をじっと見つめていた。部屋の灯りはデスクスタンドだけで、画面の青白い光が顔を照らしている。散らかったままの部屋。あの日、何者かに荒らされた時の爪痕が、まだあちこちに残っていた。
(祖父さん……あんたは、本当に事故で死んだのか)
画面には、涼から預かったバックアップHDDから復元した解析データが並んでいた。旧裏山駅の壁面に刻まれていた記号。あれが、1987年に失踪した二十七人の名前と日付を、換字式の暗号で書き換えたものだということは、もうわかっている。
颯夜は、そのリストの一番下の行を、何度も何度も見返していた。
『青山 宗一郎』
祖父の名前だった。
(俺は、てっきり事故だと思ってた。親父からも、そう聞かされてた。だけど……)
颯夜は、中学時代の記憶を手繰り寄せた。祖父の家の仏壇。その裏に隠されていた古いノート。子供だった颯夜は、それを一度だけ見たことがある。中身は難しくて読めなかった。でも、あのノートは、誰かに奪われた。そして、祖父は死んだ。
(ノクターンが、祖父を消した。そして、俺の記憶も書き換えた)
颯夜は、自分のこめかみを指で押さえた。記憶の空白。中学生の頃、旧裏山駅で誰かを守った記憶。でも、相手の顔も名前も思い出せない。あれは、ノクターンの記憶改変技術によるものだ。美咲が教えてくれた。薬物と心理療法を組み合わせて、特定の出来事を「夢だった」と思い込ませる技術。
(消された記憶の中に、事件の核心がある)
颯夜は、拳を握りしめた。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンの音が、静かな部屋に響いた。
颯夜の肩が、小さく跳ねた。
(誰だ。こんな時間に)
時計を見る。夜の十時を回っている。
颯夜は慎重に立ち上がり、玄関へ向かった。ドアのモニターを覗く。そこには、黒いパーカーのフードを目深に被った小柄な女性が立っていた。
水羽涼だった。
颯夜は急いでドアを開けた。
「先生……入れてもらえますか」
涼の声は、かすかに震えていた。顔色も、モニター越しよりも青白く見える。颯夜は何も言わずに、涼を部屋の中へ招き入れた。
涼は、リビングの床に座り込むと、両手で自分の肩を抱いた。小さな体が、まるで寒さに耐えるように縮こまっている。
「また……いました。黒いワゴン車。今度は、私の自宅の前だけじゃなくて、駅からずっと、後ろをつけてきたんです」
涼の声が、言葉を紡ぐたびに細くなっていく。
「私、怖くて……でも、先生に知らせなきゃって。それで、走って、電車を乗り継いで……あ、でも、まさか尾行されてここまで……いえ、それは多分、大丈夫だと……」
「落ち着け、涼」
颯夜は、努めて穏やかな声で言った。
「大丈夫だ。ここは安全だから。まずは、水でも飲め」
颯夜は台所へ行き、コップに水を注いで涼に差し出した。涼は両手でコップを受け取り、一口、二口とゆっくり飲んだ。少しだけ、呼吸が落ち着いてきたようだ。
「すみません……取り乱して」
「気にするな。それで、ワゴン車は、ずっとお前の後をつけてきたんだな」
「はい。それで、途中で撒いたつもりなんですけど……自信がなくて」
涼は、コップを握りしめたまま俯いた。長い黒髪が、顔の横に落ちている。
颯夜は、涼の隣に腰を下ろした。
「涼、よく知らせてくれた。ありがとう」
涼が、顔を上げる。大きな瞳が、不安そうに颯夜を見つめていた。
「先生……私たち、どうなっちゃうんでしょうか」
その問いには、答えなかった。いや、答える代わりに、颯夜は立ち上がった。
「涼、ちょっと見せたいものがあるんだ」
颯夜は、ノートパソコンを涼の前に置いた。
「これは、お前がくれたバックアップデータの解析結果だ。旧裏山駅の記号が、一九八七年の失踪者二十七人の名前と日付を暗号化したものだっていうのは、もう知ってるな」
涼は、こくりと頷いた。
「ああ。それで、そのリストの中に、俺の祖父の名前があった。青山宗一郎。俺が中学生の頃、事故で死んだと聞かされていた。でも、違った。祖父は、ノクターンに消されたんだ」
涼の目が、大きく見開かれた。
「先生……」
「それだけじゃない。俺は、この解析を進めていくうちに、あることに気づいた。俺の記憶の空白は、ノクターンの記憶改変技術によるものだ。消された記憶の中に、事件の核心がある。お前の記憶も、多分同じだ」
颯夜は、涼の目をまっすぐに見た。
「だから、俺は決めた。ノクターンに、正面から乗り込む。証拠を突きつけて、きさらぎ駅が偽装工作だってことを、白日の下に晒してやる」
涼は、息を呑んだ。
「でも、そんなことしたら……危険です。黒霧さんが、何をしてくるか……」
「だからこそ、だ。涼、俺はな、実はもう準備を進めてるんだ」
颯夜は、ノートパソコンの画面を切り替えた。そこには、送信済みメールの一覧が表示されている。
「この解析結果と、旧裏山駅の記号の写真、それから美咲先生が持っていた当時の取材メモの写し。これらを全部、俺はもう、藤堂美咲先生と、信頼できる複数のメディア関係者に送付してある」
涼は、ぽかんと口を開けた。
「え……いつ、そんなことを」
「昨日の夜から、今日の昼にかけてだ。証拠を一箇所に集めるんじゃなくて、分散して持たせる。そうすれば、ノクターンが証拠隠滅を図ろうとしても、同時多発的に公開される仕組みになる。俺の記憶を消そうが、世界中に届いた写しは消せない」
颯夜は、静かに、しかしはっきりと言った。
「罠を仕掛けるのは、ノクターンだけじゃない。こっちも、罠を張り返すんだ」
涼は、しばらくの間、言葉を失っていた。
それから、ゆっくりと、口元がほころんだ。
「ふふ……先生、やっぱりすごいです。私、先生がそこまで考えてるなんて、全然知らなかった」
「お前を危険に巻き込む前に、できることはやっておきたかったんだ」
颯夜は、少し照れくさそうに頭をかいた。
「でも、これで少しは、先生のことを信じてもらえたかな」
涼は、こくりと頷いた。その瞳には、先ほどまでの恐怖はもうない。
「信じてます。私、先生のこと、最初から信じてました」
涼の声は、柔らかく、温かかった。
颯夜は、その言葉に、胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。
(ああ、そうだ。俺は、この笑顔を守りたかったんだ)
颯夜は、涼の隣に座り直した。
「涼、明日、品川のノクターン・リサーチ・インスティテュートに行く。黒霧蓮司と、直接対決だ。お前は、来るか?」
涼は、一瞬だけ迷ったように見えた。
でも、すぐに、まっすぐな目で颯夜を見た。
「行きます。私も、戦います。もう、逃げません」
その声には、一片の迷いもなかった。
颯夜は、静かに頷いた。
「わかった。なら、今日はもう休め。明日に備えてな」
「はい。……あの、先生」
「ん?」
「守るべきは、君たちだ。俺の正義感で誰かを傷つけるのは、もう終わりにしたい——って、先生、前に言ってましたよね。あれ、本当にそう思ってますか?」
涼の問いは、静かだった。
颯夜は、少しだけ間を置いてから、答えた。
「ああ。本気だ。俺は、教師として、お前たち生徒を守る。それが、俺の正義だ。でも、その正義のせいで、誰かが傷つくのは、もう見たくない。だから、今回は、俺一人で全部背負うんじゃなくて、お前や美咲先生の力を借りる。そう決めたんだ」
涼は、颯夜の言葉を、一言一言噛みしめるように聞いていた。
「私も、先生を一人にしません。絶対に」
涼は、小さく、でも力強く言った。
その夜、涼は颯夜の部屋のソファで仮眠を取ることになった。
颯夜は、涼に毛布をかけてやりながら、思った。
(明日、全てが動き出す)
窓の外では、東京の夜が、静かに更けていった。
翌朝。
品川区の雑居ビルが立ち並ぶ一角。その地下二階に、ノクターン・リサーチ・インスティテュートはあった。
表向きは、国際的な民間調査機関。受付には、穏やかな笑みを浮かべた若い女性が座っている。壁には、会社のロゴが掲げられ、観葉植物が置かれていた。一見すると、どこにでもある普通のオフィスだ。
だが、颯夜は知っていた。この奥に、ノクターンの東京拠点があることを。
颯夜は、スーツ姿だった。涼は、黒いジャケットにジーンズという出で立ちで、颯夜の半歩後ろを歩いている。
「先生……大丈夫ですか」
涼が、小さく囁いた。
「ああ。お前こそ、無理はするなよ」
颯夜は、涼にだけ聞こえる声で返した。
受付に近づくと、女性が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「青山颯夜と申します。黒霧蓮司さんにお会いしたい。アポイントはありませんが、伝えていただければ、会っていただけるはずです」
颯夜は、落ち着いた声で言った。
受付女性は、一瞬だけ表情を硬くした。
「少々お待ちください」
彼女は内線電話を取り、何かを短く話した。
それから、颯夜たちに向き直る。
「黒霧が、すぐに参ります。こちらでお待ちください」
颯夜と涼は、受付横のソファに腰を下ろした。
待つこと、数分。
奥のドアが開き、一人の男が現れた。
黒いスーツ。整えられた短い髪。無精ひげのない清潔な顔。そして、笑っていない目。
黒霧蓮司だった。
「青山先生、それに水羽さん。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
黒霧は、ゆっくりと頭を下げた。その仕草は、相変わらず丁寧で、自然だった。
「こちらへどうぞ」
黒霧は、奥の会議室へと颯夜たちを案内した。
会議室は、殺風景だった。白い壁に、長方形のテーブルと椅子が四つ。窓はない。天井の蛍光灯が、部屋全体を均一に照らしている。
黒霧は、颯夜たちに座るよう促し、自分も向かいに座った。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
黒霧の声は、穏やかだった。
颯夜は、持ってきた鞄から、一枚の紙を取り出した。
「これを、見てほしい」
颯夜は、その紙を黒霧の前に置いた。
そこには、旧裏山駅の壁面記号の解析結果と、1987年の失踪者二十七人の氏名、失踪日が記されていた。
黒霧は、その紙を手に取り、じっと見つめた。表情は、変わらない。
「これは、旧裏山駅の壁面に刻まれていた記号の解析結果だ。記号は、換字式の暗号で、一九八七年に失踪した二十七人の名前と日付を表している。そして、この失踪事件は、警察によって『事故』として処理された。だが、実際は違う。これは、きさらぎ駅の都市伝説を隠れ蓑にした、大規模な失踪事件だ。そして、その隠蔽工作を行ったのが、あんたたちノクターンだ」
颯夜は、黒霧の目をまっすぐに見据えて言った。
黒霧は、紙から目を離さなかった。
「なるほど。面白い仮説ですね」
黒霧は、紙をテーブルに置いた。
「ですが、青山先生。仮説はあくまで仮説です。証拠としては、あまりにも薄弱だ。それに、仮にこれが事実だとしても、あなた方に何ができるというのですか」
黒霧の口調は、相変わらず丁寧だった。だが、その目は、颯夜を値踏みするように細められている。
「あなたの記憶を書き換えれば、そんな紙切れは、ただの落書きと同じです。あなたがたの記憶も、証拠も、すべてなかったことにできる。それが、我々の仕事ですから」
黒霧は、薄く笑った。
「お前の言う『記憶改変』とやらも、もう通用しない」
颯夜は、静かに言った。
黒霧の笑みが、わずかに揺れた。
「どういう意味です?」
「その証拠の写しは、もう、俺の手元にはない。藤堂美咲先生と、信頼できる複数のメディア関係者に、事前に送付してある。俺の記憶を消しても、世界中に届いた写しは消せない。俺たちに手を出せば、その瞬間、この証拠が世間に公開される。そういう仕組みになっている」
颯夜は、黒霧の目を見据えたまま、続けた。
「これ以上、俺たちや、俺の生徒たちに手を出すなら、ノクターンの存在そのものが、白日のもとに晒されることになる。お前たちの偽装工作も、一九八七年の事件も、すべてな」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
涼は、固唾を呑んで、二人のやりとりを見守っている。
黒霧は、しばらくの間、颯夜の顔をじっと見つめていた。
それから、ゆっくりと、笑みを消した。
「……なるほど。やはり、あなたは面白い。青山先生」
黒霧の声から、それまでの穏やかさが消えていた。代わりに、底冷えするような響きがあった。
「ですが、お気づきではないようですね。あなたがたは、何も知らない。自分たちが、どれほど危険なものに触れているのか。どれほど深い闇を覗き込んでいるのか。あなたがたの知っていることなど、氷山の一角にも満たない。……いや、氷山の表面に付着した、霜の結晶ほどにも、価値のない情報です」
黒霧は、立ち上がった。
「本日は、これで失礼します。どうぞ、お帰りください。ご足労いただき、ありがとうございました」
黒霧は、一礼すると、背を向けて会議室の奥へと消えていった。
颯夜と涼は、しばらくの間、動けなかった。
「先生……今の、どういう意味なんでしょう」
涼の声は、かすかに震えていた。
「わからない。だが、少なくとも、今日のところは、俺たちの勝ちだ。黒霧は、手を引いた。いや、引かざるを得なかった」
颯夜は、立ち上がった。
「行こう、涼。ここに長居は無用だ」
二人は、ノクターン・リサーチ・インスティテュートを後にした。
外の空気は、地下の冷たい空気とは違い、生ぬるく湿っていた。梅雨の気配が近い。
颯夜は、空を見上げた。厚い雲が、太陽を隠している。
(勝った。だが、何かが引っかかる)
黒霧の最後の言葉。
『お前たちは、何も知らない』
(俺たちが知らない、何かがある。ノクターンの真の目的。きさらぎ駅の向こう側。そして、俺の消された記憶の、その先に)
颯夜は、拳を握りしめた。
(いや、今は、まず目の前のことを片付けるんだ。教職に復帰して、生徒たちの前に立つ。それが、俺の戦いの第一歩だ)
それから数日後。
颯夜は、教頭から謹慎解除の正式な辞令を受け、担任業務に復帰した。
職員室の自分の席に座ると、隣の席の藤堂美咲が、ちらりとこちらを見た。
「おかえりなさい」
美咲は、それだけ言って、微笑んだ。
颯夜は、その一言に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ああ。ただいま」
颯夜は、短く返した。
美咲は、それ以上何も言わずに、自分の仕事に戻った。でも、その横顔は、以前よりも、どこか晴れやかに見えた。
(美咲先生も、自分の過去と向き合う決意を固めたんだな)
颯夜は、そう思った。
教室の扉を開けると、生徒たちのざわめきが、ぴたりと止んだ。
四十人近い視線が、一斉に颯夜に注がれる。
颯夜は、教壇に立った。
「おはよう。久しぶりだな。元気にしてたか」
颯夜は、いつものように、軽い調子で言った。
生徒たちは、一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに、あちこちから声が上がった。
「先生、大丈夫だったんですか?」
「ニュースになってましたよ! 謹慎って本当ですか?」
「もう授業に出られないかと思ってました!」
颯夜は、生徒たちの顔を一人ひとり見渡した。
(ああ、俺の居場所は、ここだ)
颯夜は、心の底からそう思った。
「心配かけたな。でも、もう大丈夫だ。俺は、お前たちの担任として、ここに戻ってきた。今日は、少しだけ、真面目な話をさせてくれ」
颯夜は、教卓に手をついた。
教室が、静かになった。
「人は、なぜ真実を追うんだと思う?」
颯夜の問いに、生徒たちは首を傾げた。
「テストでいい点を取りたいから?」
颯夜は、少し笑った。
「それも、ある意味、真実を追うことだ。でも、俺が言いたいのは、もっと別のことだ。自分が信じていたことが、実は嘘だった。周りの人間が、みんなでその嘘に乗っかっている。そんな時、お前たちなら、どうする?」
教室は、静まり返っていた。
「俺は、最近、身をもって経験した。冤罪ってやつだ。何もしていないのに、悪者にされた。周りから孤立して、誰も信じてくれなかった。でも、そんな時に、俺を信じてくれた人がいた。かつての教え子が、俺の手を引っ張ってくれた。おかげで、俺は、真実を追い続けることができた。そして、ようやく、ここに戻ってこられた」
颯夜は、教壇の上から、生徒たち一人ひとりの顔を見た。
「真実を追うことは、辛い。しんどい。でも、それを諦めたら、人は、嘘に飲み込まれてしまう。お前たちには、嘘に負けないでほしい。自分が信じることを、諦めないでほしい。俺は、教師として、お前たちのその力を、信じてる」
颯夜の言葉が、教室に染み渡っていく。
生徒たちは、誰一人として、よそ見をしていなかった。
颯夜は、最後に、静かに言った。
「おかえり、じゃなくて……ただいま、だな。俺は、お前たちの担任として、ここに戻ってきた。これからも、よろしくな」
その瞬間、教室のあちこちから、拍手が沸き起こった。
最初はまばらだった拍手が、すぐに教室全体を包む大きな拍手へと変わっていく。
颯夜は、教壇の上で、何度も頭を下げた。
(小林由佳……お前のことは、絶対に忘れない)
颯夜は、転校していった教え子のことを、心の中でそっと呟いた。
その日の放課後。
颯夜は、職員室で、美咲と短く言葉を交わした。
「青山先生、本当に、おかえりなさい。あなたの教室、あんなに温かい拍手が聞こえてきて、私まで泣きそうになりました」
美咲は、少し目を赤くしていた。
「美咲先生、今回は、本当にありがとうございました。あなたの協力がなければ、俺は、黒霧に勝てなかった」
「いいえ。私の方こそ、ありがとう。あなたのおかげで、私も、自分の過去と向き合う勇気が持てました。十年前の私の分まで、真実を暴きましょう。これは、私の戦いでもあるんです」
美咲の声は、静かだったが、力強かった。
颯夜は、美咲に深く頭を下げた。
「はい。必ず、真実を暴きましょう」
夜。
颯夜は、自宅に戻っていた。
久しぶりに、自分の部屋で、一人きり。
颯夜は、本棚の奥にしまってあった卒業アルバムを取り出した。
あの時、存在しないはずの生徒が写っていたアルバムだ。
颯夜は、アルバムを開いた。
(あの写真は、どこだったか)
颯夜は、ページをめくった。
一枚、一枚、ゆっくりと。
しかし。
どこを探しても、あの「存在しない生徒」の写真は、見つからなかった。
いや、それどころか、その生徒が写っていたはずの集合写真には、最初からそんな人物は写っていないかのように、自然に、別の生徒の顔が並んでいた。
颯夜は、手が震えるのを感じた。
(消えている)
(あの写真が、跡形もなく、消えている)
颯夜は、アルバムを床に置いた。
(俺の記憶は、まだ、完治していない)
(ノクターンは、まだ、俺の記憶の中に、入り込んでいる)
颯夜は、自分のこめかみを押さえた。
(あの生徒は、誰だったんだ)
(なぜ、俺の記憶にだけ、あの生徒がいたんだ)
(ノクターンの真の目的は、一体……)
颯夜は、窓の外を見た。
東京の夜空は、厚い雲に覆われて、星一つ見えなかった。
でも、遠くの街明かりが、雲の下を、ぼんやりと照らしている。
(まだ、終わってない)
(これは、終わりじゃない。始まりだ)
颯夜は、静かに、拳を握りしめた。
夜明けは、まだ、遠い。Noveliaとは?
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