銀魂残影抄 ~万事屋の帰る場所~
万事屋の帰る場所を失った少年が、再び立ち上がるまで――
銀時の失踪から一年。万事屋に残された新八は、空っぽの事務所で、動けない日々を過ごしていた。姉の死、道場の閉鎖、幼馴染との断絶。守りたいものはすべて失われ、彼の手は、刀の柄を握ることさえ拒む。
そんなある夕暮れ、郵便受けに届いたのは、銀時の愛刀・洞爺湖だった。柄に刻まれた血文字は、たった一言、「探すな」。
同じ頃、幼馴染の結衣が、三日前に銀時を見たと告げる。甦る希望と、背筋を這う恐怖。銀時は生きているのか。それとも――。
これは、喪失の先で、それでも前へ進もうとする少年の物語。守るべきものを見失った男の、再出発の物語。そして、万事屋が再び帰る場所になるまでの、長い長い第一歩。
銀魂残影抄 ~万事屋の帰る場所~ - 失うことで知る――守れなかった者の哭
事務所の戸を開けた瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。
夕暮れの光が窓から細く差し込み、埃が光の筋の中でゆっくりと舞っている。
三日ぶりの我が家は、ひどく静かだった。
新八は玄関の框に手をつき、荒い息を整えた。肋骨が呼吸のたびに鈍く痛む。包帯の下で、折れた骨がきしむ感覚。
「……ただいま」
声は暗い部屋の中に吸い込まれるように消えた。返事はない。
新八は痛む脇腹をかばいながら、ゆっくりと靴を脱いだ。かかとを揃える。その動作の一つ一つが、やけに大きく感じられた。
居間の空気は、いつもと違っていた。
神楽の匂いが、薄い。
あの、日向のような乾いた草のような匂い。いつもなら部屋の隅々まで染みついているはずの匂いが、今日は、かすかに残っているだけだった。
新八は居間の真ん中に立って、部屋の中を見回した。
座卓の上には、飲みかけの茶碗が一つ。神楽がよく使っていた、ひびの入った茶碗。
壁際に置かれていた神楽の私物。紫色の日傘を立てかけていた傘立ては、空だった。彼女が集めていた地球の雑貨やガラクタのような小物。それらが、いくつか、なくなっている。
新八は、その事実を、ゆっくりと、噛み締めるように理解した。
胸の奥が、冷たくなっていく。
結衣を守れなかった。神楽にまで、去られる。
二つの喪失が、同時に、新八の肩にのしかかってきた。
新八は座卓の前に、崩れるように座り込んだ。畳の冷たさが、痺れた足の裏から伝わってくる。
「銀ちゃんのいない万事屋は、万事屋じゃないアル」
神楽の声が、耳の奥で、繰り返し響いていた。
あの日、神楽は確かにそう言った。
銀時がいない。そして、今、神楽もいない。
新八は、自分が何も守れなかったことを、改めて思い知った。
新八は、ぎゅっと拳を握りしめた。指先が、冷たくなっている。
夕暮れの光が、少しずつ、部屋の奥へと沈んでいく。新八はしばらくの間、動けなかった。
オオエド港の風は、潮の匂いと機械油の匂いが混ざり合っていた。
神楽は港の待合所の前で足を止めた。朱色がかったオレンジの長い髪が海からの風にふわりと揺れる。サイドで結んだ二房の髪が、肩の上で小さく跳ねた。
手には銀時の形見である紫色の日傘。左腕の日焼け跡が、西日に照らされて、ほんのりと赤く見えた。
「……もう、時間アルか」
翠色の大きな瞳が、遠くの空を見つめている。
星海坊主からの帰郷命令。地球を離れ、故郷の星へ戻る。それはもう決まっていたことだった。銀時のいない地球に留まる意味を、神楽は見つけられなかった。
新八には、別れを告げていない。告げる勇気が、なかった。新八の顔を見れば、きっと帰れなくなる。そう思ったから。
神楽は紫色の日傘をぎゅっと握りしめた。胸の奥が、ちくりと痛む。
新八は神楽にとって、頼れる兄貴分だった。でも、それだけじゃない。銀時を失った喪失感を共有できる、唯一の存在。置いていかれる恐怖。新八への複雑な想い。それらが神楽の心の中で、ぐるぐると渦を巻いていた。
「……行くアル」
自分に言い聞かせるように、そう言った。そして一歩、踏み出した。
その時だった。神楽の足が、ぴたりと止まった。
港へ向かう道の途中。万事屋事務所の前を通りかかった。二階の窓に、明かりが灯っている。
神楽は無意識のうちに、建物の陰に身を隠していた。心臓が早鐘を打っている。
頭では分かっていた。見てはいけない。見たら帰れなくなる。
でも神楽の目は、二階の窓から離れなかった。
窓越しに新八の姿が見えた。座卓の前に座っている。その手には木刀。洞爺湖。銀時の愛刀。新八は洞爺湖を、じっと見つめていた。
その横顔は、神楽が知っている優しい新八ではなかった。何かを決意した者の顔だった。
神楽は息を呑んだ。
新八の手が、洞爺湖の柄を強く握る。その瞬間、神楽の目に熱いものが込み上げてきた。
神楽は唇を噛みしめた。涙が一筋、頬を伝う。
神楽はその場に立ち尽くした。窓の向こうの新八と、今ここにいる自分。二人の間には、言葉にできない深い溝があった。
神楽は涙を拭うこともせず、ただ新八を見つめていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。やがて新八が、ゆっくりと立ち上がった。神楽ははっとした。新八が窓の外を見たような気がした。
神楽は慌てて建物の陰に深く身を隠した。心臓が痛いほどに脈打っている。
しばらくじっとしていた。でも新八が窓から顔を出すことはなかった。神楽はほっと息を吐いた。
そしてもう一度だけ、二階の窓を見上げた。
「……新八」
消え入りそうな声で呟いた。涙が止まらなかった。神楽はその場を走り去った。夕闇が神楽の後ろ姿を、ゆっくりと包み込んでいった。
万事屋事務所。
新八は洞爺湖を膝の上に置いた。木刀の柄に刻まれた血文字。
――探すな。
新八はその文字を、指でなぞった。
その時だった。一階の玄関から、ガラガラ、と引き戸が開く音がした。新八の体がびくりと強張る。一瞬、神楽ちゃんかと思った。でも違った。
階段を上がってくる足音は、重く、一定のリズムで床を踏みしめるような音だった。
新八は洞爺湖を握りしめた。指先が震えている。
新八はゆっくりと立ち上がった。肋骨が痛みを訴える。でもそんなことは気にしていられなかった。
階段を上がり切った男が、二階の居間の入り口に立った。
黒い髪を片側に流したスタイル。鋭い青灰色の瞳が新八を真っ直ぐに射抜く。長身で、左胸には真選組の紋章。右手の指先には、古い刀傷の痕が見える。
真選組副長、土方十四郎。
「よう」
低い声で、短く言った。
「……土方さん」
新八は洞爺湖を構えたまま、土方を見据えた。
「その木刀、まだ持ってやがったか」
土方は新八の手に握られた洞爺湖を、一瞥した。
「……銀さんの、形見ですから」
声はかすれていた。土方は新八の返事を待たずに、部屋の中へと足を踏み入れた。
「立てるか」
「……ええ、まあ。何とか」
新八は痛む脇腹をかばいながら、土方と向かい合った。土方は座卓の前にどかりと腰を下ろした。懐から煙草を取り出し、火をつける。紫煙が薄暗い部屋の中にゆっくりと漂った。
「お前の名前が、残党狩りの対象リストに正式に記載された」
煙草の煙を吐き出しながら、静かに言った。
新八は息を呑んだ。
「……残党狩りの、対象リストに?」
「ああ。黑霧がお前を銀時の手がかりとして監視している。その監視の報告を元に、幕府がお前をリストに載せたんだ」
新八の頭が真っ白になった。自分が残党狩りの対象。つまり正式な裁判もなく、逮捕され、処刑される可能性があるということ。
「それと、もう一つ。結衣という少女の処刑が、三日後に迫っている」
土方の言葉が新八の心臓を、鋭く貫いた。
「……結衣ちゃんの、処刑?」
声が震えた。
「ああ。黑霧の霧楼で、三日後に公開処刑が行われる予定だ。銀時の居場所を吐かせるための見せしめだ」
新八は膝から崩れ落ちそうになった。
結衣が処刑される。三日後に。
視界が揺れた。
「だから、言っておく」
土方は煙草の火を、畳に押し付けて消した。
「お前は、銀時を探すな」
声は冷たく、重かった。新八は顔を上げた。土方の青灰色の瞳が、新八を射抜くように見つめている。
「銀時を探すな。お前は自分の身を守ることに専念しろ。そうすれば、少なくともお前の命は助かる」
「……それじゃ、結衣ちゃんは、どうなるんですか」
新八は土方を睨みつけた。
「結衣のことは、俺が何とかする。お前は首を突っ込むな」
「……何とかするって、どうやって?」
「真選組の権限で、幕府に処刑の延期を申し入れる。それで時間を稼ぐ」
「……そんなの、上手くいくんですか?」
声は震えていた。
「やってみなきゃ分からねぇ。だが、お前が今、黑霧に近づけば確実に殺される。それは分かってるだろ」
新八は唇を噛んだ。土方の言っていることは正しい。今の新八では黑霧の戦闘員に敵うはずがない。エーテル兵器の前に完敗した。結衣を守れなかった。
「それに、その木刀の柄に刻まれた文字。お前も見たんだろ」
土方が洞爺湖を指差した。
「……探すな」
新八は小さく呟いた。
「そうだ。銀時からのお前への警告だ。銀時はお前に自分を探させる気はない。お前を危険に巻き込みたくないんだ」
土方の言葉が、新八の胸に深く突き刺さった。銀時は新八に探すなと言った。土方も新八に探すなと言った。二人の言葉が重なった。
新八は洞爺湖の柄の血文字を、じっと見つめた。
――探すな。
赤黒い文字が薄暗い部屋の中で、不気味に浮かび上がっていた。
「俺の言っていることが分かったら、その木刀を置け」
土方は立ち上がった。
「お前が銀時の代わりに死ぬ必要はない。それは銀時だって望んでいない」
それだけ言うと、背を向けた。
「……土方さん」
新八は土方の背中に声をかけた。土方が足を止めた。
「……結衣ちゃんの、処刑の日時と場所を、教えてください」
声は震えていた。でもその目は真っ直ぐに、土方の背中を見つめていた。
土方は振り返らなかった。
「教えねぇよ。お前を死なせるわけにはいかねぇ」
「……お願いします」
新八は土方の背中に向かって、深く頭を下げた。
「……何を言ってる」
土方が振り返った。その顔には苛立ちと困惑が浮かんでいた。
「結衣ちゃんを助けたいんです。銀さんを見つけたいんです。そのためには霧楼への道を、教えてもらうしかない」
新八は頭を下げたまま言った。
「お前、自分の置かれてる状況が分かってるのか? お前も残党狩りの対象なんだぞ」
「分かってます。でも、それでも、行かなきゃいけないんです」
声に迷いはなかった。土方はしばらくの間、新八をじっと見つめていた。
「……どうして、そこまでする」
土方の声が、少しだけ低くなった。新八は顔を上げた。
「……結衣ちゃんは、俺を守ってくれました」
脳裏に、あの日の光景が鮮明に蘇った。黑霧の戦闘員が万事屋を襲撃した日。エーテル兵器の光が新八を襲った。その時、結衣が新八の前に飛び出した。
「新八くんを守って!」
結衣の叫び声が、新八の耳の奥で繰り返し響いていた。
「結衣ちゃんは俺を庇って、叫んだんです。新八くんを守ってって。……だから今度は、俺が結衣ちゃんを守る番なんです」
声は震えていた。でもその言葉は、新八の心の底から溢れ出たものだった。
「……姉が、言ってました」
新八は続けた。
「守りたいものができたら、強くなれるって。……俺は今まで、その意味が分かりませんでした。でも今、分かった気がするんです。俺が守りたいのは結衣ちゃんで、神楽ちゃんで、万事屋で……銀さんの帰る場所なんです」
声は涙で濡れていた。
「だから俺は、守るためじゃなく、探すために、この木刀を握ります。銀さんを探すために。結衣ちゃんを救うために」
新八は洞爺湖を、ぎゅっと握りしめた。
土方は新八を、じっと見つめていた。その青灰色の瞳に、何かが揺れた。
「……お前、銀時の面影があるな」
土方は小さく呟いた。
「分かった。教えてやる。ただし、無茶はするな。生きて帰れ」
懐から一枚の紙切れを取り出した。
「黑霧の本拠地、霧楼への潜入経路だ。裏カブキチョウの廃遊郭の地下に旧水路が通っている。そこから霧楼の地下二階に繋がっている。警備は地上に集中している。地下は比較的手薄だ」
紙切れを新八に渡した。
「……ありがとうございます、土方さん」
新八は紙切れを受け取り、深く頭を下げた。
「礼なんていらねぇ。それと、これも持ってけ」
もう一枚の紙切れを渡した。
「霧楼の内部の見取り図だ。正確なものじゃねぇが参考にはなる。それと黑霧の戦闘員の配置と、エーテル兵器の特徴も簡単にまとめてある」
新八は紙切れを丁寧に畳んで、ポケットにしまった。
「それから、これは俺からの最後の忠告だ」
土方は新八の目を、真っ直ぐに見た。
「黑霧の首領、霧の王。あいつにだけは絶対に近づくな。あいつはお前の想像を絶する」
「……霧の王」
新八はその名を心に刻んだ。
「ああ。正体不明の化け物だ。お前が今、あいつに会えば間違いなく殺される」
声は真剣そのものだった。
「……分かりました」
新八は頷いた。土方は新八の返事を聞くと、満足したように小さく頷いた。
「それじゃあな。死ぬなよ、小僧」
それだけ言うと、階段を下りていった。
新八は土方の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。部屋の中に、再び静けさが戻った。
新八は座卓の前に座り込んだ。手の中の洞爺湖をじっと見つめる。
――探すな。
血文字が、新八を見つめ返していた。
新八はポケットから、もう一つのものを取り出した。小さな銀色の鍵。結衣から以前預かっていた道場の鍵。新八はその鍵を、洞爺湖の隣にそっと置いた。
木刀と鍵。二つが並んだ。
その瞬間、新八の胸の奥で、何かが弾けた。
「……探すな、か」
小さく呟いた。銀時の警告。土方の忠告。二つの「探すな」が、新八の心の中で重なった。
新八は洞爺湖の柄を、ぎゅっと握った。
脳裏に、結衣の笑顔が浮かんだ。神楽の泣き顔が浮かんだ。銀時の背中が浮かんだ。姉・妙の優しい笑顔が浮かんだ。
「新八。守りたいものができたら、強くなれるのよ」
姉の声が、新八の耳の奥で優しく響いた。
「……姉上」
新八の目から、涙が溢れ出した。涙が洞爺湖の上に、ぽたり、ぽたりと落ちた。
「俺は、弱い。弱くて、情けなくて、何も守れない」
声を押し殺して泣いた。
「でも、それでも……守りたいものが、あるんだ」
洞爺湖を胸に抱きしめた。
「結衣ちゃんを守りたい。神楽ちゃんを守りたい。万事屋を守りたい。銀さんの帰る場所を守りたい」
声は涙でぐしゃぐしゃだった。
「だから俺は、探す。守るためじゃなく、探すために、この木刀を握る」
涙を拭い、顔を上げた。その目はもう、迷っていなかった。
新八は洞爺湖を腰に差した。そして、立ち上がった。
オオエド港。
神楽は港の待合所の前で、立ち尽くしていた。出立の準備はもう終わっていた。でも神楽の足は、前に進まなかった。
「……神楽」
後ろから声がした。振り返ると、土方が立っていた。
「……土方」
神楽は土方を睨みつけた。
「お前、新八に何も言わずに行くのか」
煙草に火をつけながら尋ねた。
「……関係ないアル」
神楽は土方から目を逸らした。
「そうか。なら、いいんだがな」
煙草の煙をゆっくりと吐き出した。
「……何か用アルか?」
冷たい視線を向ける。
「ああ。一応、教えておく。新八が結衣の救出のために、霧楼へ向かおうとしている」
神楽は息を呑んだ。
「……新八が、霧楼へ?」
「ああ。結衣の処刑が三日後に迫っている。新八はそれまでに結衣を助け出すつもりだ」
神楽の心臓が激しく脈打った。新八が一人で黑霧の本拠地へ。
「……アンタ、バカアルか」
小さく呟いた。でもその声は震えていた。
「ああ、バカだ。だが、あいつは本気だ」
土方は神楽を真っ直ぐに見た。
「お前は、どうする」
神楽は答えなかった。ただ、紫色の日傘をぎゅっと握りしめた。
銀時の言葉が蘇った。
「誰かを守るために、力を使え」
優しい声。
神楽の心の中で、二つの想いが激しくぶつかり合っていた。故郷の星へ帰る。地球に残る。父の命令。銀時の言葉。新八への想い。
「……私は」
顔を上げた。翠色の瞳が、決意の色に輝いていた。
「……私は、帰らないアル」
はっきりと言った。
「そうか」
小さく頷いた。
「新八のところへ、行くアル」
土方に背を向け、走り出した。
「待て、神楽!」
呼び止められた。神楽は足を止め、振り返った。
「新八はもう万事屋にはいない。裏カブキチョウの旧水路から、霧楼へ向かう」
「……分かったアル」
頷いた。
「気をつけろ。黑霧の連中は、お前のことを夜兎族の戦士として警戒している」
「……知ってるアル」
それだけ言うと、再び走り出した。
土方は神楽の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
「……銀時。お前の周りは、本当にバカばかりだな」
小さく呟き、煙草の煙を深く吸い込んだ。
万事屋事務所。
新八は洞爺湖を腰に差し、一階の玄関に立っていた。外はもう、すっかり暗くなっていた。
カブキチョウの夜。天人の高層ビル群のネオンが、まるで無数の星が落ちてきたかのように、街を照らしている。
新八は土方から受け取った紙切れを、もう一度確認した。裏カブキチョウの廃遊郭の地下。旧水路。霧楼の地下二階へと続く隠し通路。紙切れをポケットにしまった。
「……行くよ、銀さん」
静かに呟いた。
「結衣ちゃんを助けに行く。そして、銀さんを見つけ出す」
新八は一歩、踏み出した。夜のカブキチョウへ。
その背後で、路地の陰から黒い影が、新八の後を追い始めた。影は懐から小さな通信機を取り出した。
「こちら、骸。万事屋の小僧が単身、裏カブキチョウ方面へ移動。……監視を続行する」
通信機の向こうから、短い応答が返る。
「了解。……報告を待つ」
影は通信機をしまい、再び闇の中へと、音もなく消えていった。
新八はそのことに気づいていなかった。ただ前だけを見て、夜の街を歩いていた。
その背中は小さく、頼りなかった。でもその足取りは、確かだった。
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