AIが構造的に苦手なジャンル — 逆算・間・同時進行
言語モデルは左から右へ、一語ずつ確率で選びながら進みます。この一点から、苦手なものが決まります。結末から逆算する作業、沈黙の長さを測る作業、複数の線を同時に進める作業。 どれも「先を知っていること」か「書かないこと」を要求するので、原理的に相性が悪い。ただし、どこが苦手かが分かれば、そこだけ人間が持てば済みます。
本格ミステリ — 伏線は逆算でしか置けない
推理小説の伏線は、真相から逆算して置かれます。犯人が左利きだと決めてから、三十ページ前に「カップの取っ手が逆を向いていた」を埋める。結末が先に存在しないと成立しない作業です。
モデルは左から右にしか進みません。三十ページ前に戻って埋めることができない。だから、書きながら伏線らしきものは置けますが、それが後で効くかは保証されない。結果、回収されない小道具が散らばるか、唐突に真相が宣言されるかのどちらかになります。
分担ははっきりしています。真相と、そこへ至る手がかりの一覧は人間が先に決める。 そのうえで各場面を書かせる。手がかりを「この場面に必ず入れる」と指定すれば、モデルは正確に埋め込みます。逆算は人間、埋め込みはAI。この順番なら書けます。
(書きながら怪しい描写が増える)
→ 終盤で回収されない小道具が七つ残り、真相は唐突に語られる
(先に決める)犯人=料理人/決め手=左利き/手がかり=3話のカップ、5話の包丁、7話の握手
→ 各話に「この手がかりを入れる」と指定して書かせる
コメディ — 間は、書かないことで作られる
笑いの多くは、間で起きます。ボケの後の沈黙、返ってこない返事、一拍置いてからの反応。書かない時間が笑いを作ります。
モデルは次の語を選び続ける仕組みなので、放っておくと空白を埋めます。沈黙を書こうとして「長い沈黙が流れた」と説明してしまう。説明された沈黙は、沈黙ではありません。
コメディで使うなら、改行と一行の空白を人間が入れるのが現実的です。台詞はAIに出させて、間の設計だけ手で入れる。タイミングは構造なので、人間の領分です。
「ここが俺の実家だ」
長い沈黙が流れた。気まずい空気が場を支配していた。
「……なんて言えばいいか分からない」
「ここが俺の実家だ」
城だった。
「……なんて言えばいいか分からない」
群像劇 — 複数の線を同時に進められない
五人の登場人物が別々の場所で同時に動く話を、モデルは苦手とします。一語ずつ進む以上、いま書いている線しか見ていないからです。他の四人は文脈の中で薄れ、気づくと全員が同じ場所にいます。
症状は分かりやすい。誰かが黙って消える、時系列がずれる、Aの場面で死んだ人物がBの場面で生きている。
対策は、一話一線に限定することです。今回はAの話、次はBの話、と決めて、話数で切り替える。同じ一話に二つの線を入れないだけで、破綻はほぼ消えます。群像劇は書けないのではなく、同時に書かせなければ書ける。
長い時間をかけた変化 — 制約が増えるほど取りこぼす
十年かけて人が変わる話、親子二代にわたる話。こうした物語は、守るべき約束が積み上がり続けるという点で、モデルの弱点に正面から当たります。
書くたびに、過去に決めた設定・口調・関係が制約として増えます。増えきると、どこかを取りこぼす。人間は取りこぼしに気づいて直しますが、モデルは気づかずに進みます。
ここも分割で解決します。一区切りを短く取り、区切りごとに人間が「いま何が確定しているか」を更新する。私たちが7話で一度閉じる作りにしているのは、この理由です。
尖った悪意と、救いのない結末
もう一つ、仕組みではなく調整に由来する苦手があります。モデルは学習後に「無難で親切な応答」へ寄せる調整を受けています。その結果、物語の中でも無難な方へ寄る傾向が残ります。
具体的には、悪役が途中で改心する、絶望的な場面に救いが差し込まれる、加害者に同情的な説明が足される。作者が「救わない」と決めていても、勝手に救おうとします。
対処は禁止です。「改心させない」「和解させない」「最後に救いを入れない」と明示的に書く。禁止は最も効く指示で、これは調整由来の偏りを打ち消す唯一の手段です。
彼は剣を下ろした。「……もう、やめよう。俺たちは同じ痛みを知っている」
二人は互いの過去を語り合い、和解した。
彼は剣を下ろした。相手も下ろすと思ったからだ。
下ろさなかった。
苦手なジャンルほど、分担がはっきりする
ここまで挙げた弱点は、どれも「AIには無理」ではありません。人間が持つべき部分が明確だというだけです。
ミステリなら逆算。コメディなら間。群像劇なら線の切り分け。長い年代記なら区切りの管理。暗い結末なら禁止の指定。
逆に言えば、それ以外は全部渡していい。苦手ジャンルこそ、どこを自分で握るかを決めれば、一人で書くより速く進みます。
苦手なジャンルほど、読者にとっての価値は上がる
苦手なジャンルの話をしてきましたが、読む側から見ると評価が変わります。AIが苦手なジャンルほど、これまで供給が細かったからです。
逆算が要る、間が要る、書き手の固有の恐怖や笑いのツボが要る。こうした条件は、人間の書き手にとっても難しい条件でした。だから作品数が少なく、自分の好みに合うものを見つけられる確率も低かった。
ここで効いてくるのが、一人のために作れるという条件です。難しい部分だけ人間が決めて、残りを機械に任せる。 苦手なジャンルほど、人間が持つべき一点が明確なので、分担がはっきりします。
そして完成した物語は、市場では成立しなかった配合になります。それでいい。読むのが一人なら、部数は要りません。
苦手ジャンルを書く前の確認
- 結末と、そこへ至る手がかりを先に決めたか
- 一話に入れる視点は一つに絞ったか
- 間や余白を、自分で入れる前提になっているか
- 救わない・和解させない等の禁止を明示したか
- 区切りごとに、確定事項を更新しているか
よくある質問
ミステリはAIで書けませんか
書けます。逆算だけ人間が持てば、各場面の執筆はAIのほうが速い。書けないのは「真相も含めて全部考えさせる」場合です。
暗い話や後味の悪い話を書きたい
禁止で指定してください。「和解させない」「救いを入れない」と明示すれば、そのまま書きます。指定しないと無難な方へ寄ります。
伏線を後から足せますか
足せます。既に書いた話を書き直せる形なら、後から前の話に手がかりを埋めるのが現実的です。逆算を人間が担うとは、つまりそういう作業です。