七つの大罪 if ~怠惰の妖精王と、恋を知らない人形の姫~
妖精王の森の奥深く、ティアラの滴の泉の畔で眠っていた、心を持つ小さな陶器の人形の姫・シャルロット。500年ものあいだ巨人族の少女ディアンヌへの片思いをこじらせ、失恋の傷も癒えぬまま、なぜか彼女を守ると誓ってしまった妖精王キング。魔神王にその存在を嗅ぎつけられ、狙われた人形の姫をめぐり、〈七つの大罪〉の面々が再び動き出す――。恋を知らない人形と、恋に破れた妖精王が織りなす、もどかしくも温かなロマンス。はたしてキングの心は、500年の想いと新たな感情のあいだで、どこへたどり着くのか。
七つの大罪 if ~怠惰の妖精王と、恋を知らない人形の姫~ - 豚の帽子亭に人形の姫がやってきた!~700歳妖精王、恋に敗れて三日寝込む~
「500年片思いして振られた男が、三日も布団にくるまって泣いてたってか!傑作だなオイ!」
移動酒場〈豚の帽子〉亭の一階に、バンの野太い笑い声が響き渡った。カウンターの向こうで特製エールの入ったジョッキを掲げながら、銀髪の男は腹を抱えて笑っている。朝だというのに酒場はすでに常連客で賑わっていた。木の床は何度も磨かれて飴色に光り、壁には各地で集めたらしい古びた武器や地図が無造作に掛けられている。
ブリタニア大陸の中央、リオネス王国の郊外に停泊中のこの移動酒場は、一見するとどこにでもある木造二階建ての酒場だった。だが、ここが〈七つの大罪〉──かつてリオネス王国最強と謳われ、今は名誉回復を果たした伝説の騎士団──の拠点の一つであることを知る者は少ない。一階の酒場スペースにはカウンターと十席ほどの丸椅子が並び、二階には団員たちのための宿泊部屋が四つ。店主バンの淹れる特製エールは一杯五シリングで、大陸中を旅する商人や情報屋たちがこぞって立ち寄る評判の味だった。
「うるさいなあ、放っといてよ……!」
カウンターの隅っこで、黒髪の少年が顔を真っ赤にして突っ伏していた。後ろで束ねた長めの黒髪が、しょんぼりと肩に垂れている。白と緑を基調とした妖精族の衣装は上等な布地なのに、今はくしゃくしゃのしわだらけだ。背中の小さな羽が、主人の感情を映したようにぺたりと閉じている。左耳の小さなピアスが、窓から差し込む朝日を反射してちかりと光った。
キング。三代目妖精王にして、〈七つの大罪〉の団員。その実力は本物なのに、今の姿はどこからどう見ても落ち込んだ子供だった。
「三日だぜ? 三日間も布団から出てこねえって、どんな乙女だよ」
「ち、違うもん! 考え事してただけだもん!」
キングはがばりと顔を上げて反論した。琥珀色の瞳が潤んでいる。この700歳の妖精王は、普段はおっとりしていて優しい。仲間のためなら命を張れる一途な男だ。だが、こと恋愛に関してだけは、どうしようもなく弱かった。
五百年。ディアンヌに恋をして、五百年。
巨人族の少女ディアンヌは、キングにとってのすべてだった。出会ったのは今からずっと昔、妖精王の森の近くにある巨人族の遺跡、ドロールの環のあたり。記憶を失くしていた彼女と過ごした日々は、キングの宝物だ。彼女が〈七つの大罪〉に加わってからも、その想いは一度も揺らいだことがない。
なのに。
──キングはいい友達だよ。
あの言葉を思い出すたび、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。ディアンヌに悪気がなかったことは分かっている。彼女はただ、素直にそう言っただけだ。それが余計に辛い。
「……だって、ディアンヌが、いい友達って」
「ハハッ、言われた瞬間の顔、想像しただけで笑えるわ。お前、あの場で固まって、そのまま倒れたんだろ?」
「な、なんで知ってるの!?」
「ホークが嬉しそうに報告してくれたんだよ。残飯食いながらな」
カウンターの下から、ぶひ、と間の抜けた声が聞こえた。
「いやー、あの時のキングの顔はマジで傑作だったぜ。あれは残飯三杯分の価値があったな」
そう言いながら姿を現したのは、小さなしゃべる豚だった。ピンク色の丸々とした体に、やたらとつぶらな瞳。〈豚の帽子〉亭の残飯処理係にして、名物マスコット。口は悪いが、どこか憎めない。ホークはキングの隣の椅子にぴょんと飛び乗ると、テーブルの上のニンジンを鼻先でつついた。
「ほら、ニンジンでも食って元気出せよ。落ち込んでる暇があったら残飯処理手伝え」
「残飯処理って……俺、妖精王なんだけど」
キングはテーブルに突っ伏したまま、ため息をついた。窓の外では、朝の市場へ向かう人々が行き交っている。リオネス王国の首都リオネスまでは馬車で半日。このあたりはのどかな田園地帯で、遠くに聖騎士団の巡回兵の姿が見えた。
聖騎士団──リオネス王国の軍事組織で、約二千名の騎士が所属している。入団には魔力適性が必須で、合格率は応募者の約十五パーセントという狭き門だ。かつてキングたち〈七つの大罪〉を冤罪で追い詰めた組織だが、今は協力関係にある。
「ったく、いつまで落ち込んでんだよ。お前、妖精王だろ。妖精王の森を治める王様が、失恋ごときで寝込んでる場合か」
バンがジョッキを拭きながら呆れたように言った。彼の言葉に、キングはむくりと体を起こす。
「……バンには分かんないよ。五百年だよ? 五百年も想い続けて、友達って」
「あー、そうかよ。俺は不死身だった頃に色々あってな。まあ、長い片思いの辛さは知らねえでもないが」
バンは一瞬だけ遠い目をした。彼にもまた、報われない恋がある。妖精王の森の生命の泉を飲んで不死身になった過去と、その力を失ってまで蘇らせようとした恋人のことを、キングは知っていた。
でも、今はそれに触れる気にはなれない。
「……ディアンヌは、俺のこと、なんとも思ってないのかな」
「さあな。巨人族の女心なんて、妖精の俺たちに分かるかよ。つーかお前、告白すらしてねえんだろ? 友達って言われただけで落ち込むとか、どんだけ繊細なんだ」
「うっ……! だ、だって、告白なんて……もし嫌われたら、もう二度と一緒にいられないかもしれないし……」
「お前なあ、五百年も一緒にいて、今更嫌われるわけねえだろ。いい加減、玉砕覚悟でぶつかれよ」
キングは口をへの字に曲げて、エールのジョッキを両手で抱えた。琥珀色の液体が揺れる。泡がぱちぱちと弾ける音が、やけに耳についた。
妖精族の寿命は八百年から千年。キングはもう七百年生きた。残りの時間は、人間で言えばあと十年かそこらだ。それなのに、たった一言が言えない。
妖精王の森の掟──森の外の争いに干渉しないこと。それはキングが生まれながらに背負った枷だ。妖精王として森を守りながら、〈七つの大罪〉の一員として大陸中を旅する。その矛盾を、キングはずっと抱えてきた。ディアンヌと一緒にいたい。でも、森の王としての責任もある。
その狭間で、五百年。
「はあ……俺、どうしたらいいんだろ」
キングが深いため息をついた、その時だった。
酒場の扉が、ゆっくりと開いた。
「こんにちは。キング、それにバン。ちょっと面白いものを見つけたので、見てもらえますか」
現れたのは、ピンク色のふわふわした髪を揺らす中性的な美少年だった。丸いメガネの奥で、穏やかな紫色の瞳が静かに瞬いている。背は高く、すらりとした体をシンプルな服に包んでいた。
ゴウセル。〈七つの大罪〉の団員で、〈色欲の罪〉を背負う男。その正体は、かつて〈十戒〉の魔術士が作り出した心を持つ人形だ。感情の機微には疎く、いつもマイペース。だが、彼の好奇心は時として、とんでもないものを持ち込んでくる。
キングは顔を上げた。ゴウセルの両腕に、何かが抱えられている。白い布に包まれた、小さな何か。
「ゴウセル、それ何?」
「妖精王の森の奥、ティアラの滴という泉の畔で見つけました。とても古いものです」
ゴウセルはカウンターの上に、そっと布を置いた。バンが興味深そうに身を乗り出す。ホークも椅子の上で首を伸ばした。
白い布が、するりと取り払われる。
そこにいたのは、小さな人形だった。
高さ四十センチほどの、陶器でできた可憐な姫君。白磁の髪が肩までまっすぐに流れ、大きなガラス玉の瞳が淡い空色に輝いている。ドレスの裾には繊細な花の模様が彫られ、小さな手には銀の指輪がはめられていた。何年も森の奥に眠っていたとは思えないほど、美しい姿。
キングは、その人形を見た瞬間、なぜか胸の奥がきゅうっと痛むのを感じた。
見覚えのない痛みだった。なのに、どこか懐かしい。
「……なんだ、これ。すげえ精巧な人形じゃねえか」
「これ、ただの人形じゃないわ」
いつの間にか、二階から降りてきた女性がカウンターに近づいていた。漆黒のローブをまとい、長い黒髪を揺らす妖艶な美女。ブリタニア一の魔術士と称されるマーリンは、人形をじっと見つめると、細長い指をその額に当てた。
淡い光が、人形の体を包む。
「……なるほど。これは〈十戒〉のゴウセルが使った禁術、人形憑依術の痕跡ね」
「人形憑依術って、あの?」
「無機物に疑似的な心を宿らせる魔法よ。本来は操り人形を作るための術。でも、これは……偶発的に自己意識が芽生えている。術者も意図していなかったでしょうね」
マーリンの言葉に、酒場の中がしんと静まり返った。
心を持つ人形。それは、ゴウセル自身と同じ存在。
「おもしれえじゃねえか。人形に心が宿るなんて、聞いたことねえぞ」
「持続期間も副作用も未知数。下手をすれば、心が壊れてしまう可能性もあるわ」
マーリンが淡々と告げる。その声には、ほんの少しだけ興味が混じっていた。
キングは人形から目が離せなかった。白磁の肌、空色の瞳、小さな唇。まるで眠っているかのような静かな顔。
その時、人形のまぶたが、ぴくりと動いた。
「うわっ!? 動いた!?」
ホークが椅子から飛び上がる。キングも思わず息を止めた。
ゆっくりと、人形の目が開かれる。淡い空色の瞳が、ぼんやりと天井を見つめ、それからゆっくりと周囲を見回した。カウンター、酒瓶、バン、ホーク、マーリン、ゴウセル。そして──キング。
人形の視線が、キングの顔で止まった。
「あなた……私のことを、悲しそうに見るのね」
その声は、鈴の音のように澄んでいた。
キングの心臓が、どくりと大きく跳ねる。初対面のはずなのに、なぜか胸の奥が熱い。琥珀色の瞳が、人形の空色の瞳とぶつかった。
「お、俺が、悲しそうだって……?」
「ええ。あなたの瞳の奥に、深い悲しみが見えるわ。誰かを想って、でも届かなくて、苦しんでいる。……そういう目をしている」
キングは言葉を失った。
人形に、見透かされた。ディアンヌのことで落ち込んでいた自分の心を、たった一目で。
生まれたばかりの心だからこそ、彼女には見えるのだろうか。キングの表情から、感情をそのまま読み取ってしまう。純粋で、まっすぐで、隠し事のできない心。
「ぶはっ! 人形にナンパされてやんの!」
「キング、お前って奴は、人形にまで失恋を見抜かれるのかよ! 傑作だな!」
「な、なんでそこで笑うの!? 別にナンパされてないし!」
キングは顔を真っ赤にして叫んだ。背中の羽が、ばたばたと慌てたように動く。
シャルロットは、そんなキングの様子を、じっと見つめていた。空色の瞳が、きらりと光る。
「ごめんなさい。私、失礼なことを言ったかしら。……まだ、よく分からないの。自分の心が、どう動いているのか」
「あ、いや、その……別に、失礼じゃない、けど……」
キングはしどろもどろになりながら、人形から視線を逸らした。耳の先まで熱い。
なんだろう、この感じ。ディアンヌと話す時の緊張とも違う。もっと、胸の奥がくすぐったいような、落ち着かないような。
「シャルロット。それが、この人形の名前よ」
「シャルロット?」
「ティアラの滴の泉のほとりに、そう刻まれた石碑があったの。おそらく、この人形の持ち主の名前でしょうね」
シャルロット。古い人形の姫の名前。
キングはもう一度、その名前を心の中で転がした。なぜだろう。初めて聞く名前なのに、妙にしっくりくる。
その時だった。
ホークの目が、突如として金色に光り輝いた。
「な、なんだ!? 俺の目が……!?」
ホークが慌てて前足で顔をこする。だが、金色の光は消えない。その瞳は、何か遠くのものを見つめるように、虚ろに輝いていた。
そして、ホークの口が、自分の意思とは無関係に動き始めた。
「……報告。妖精王の森にて、心を持つ人形を確認。〈十戒〉ゴウセルの禁術による偶発的産物。現在、〈七つの大罪〉の保護下にあり」
その声は、ホークのものではなかった。もっと低く、冷たく、底知れない闇を感じさせる声。
酒場の空気が、一瞬で凍りついた。
「お、おい、俺、しゃべってないのに口が動いてる! なんだこれ!? 体が勝手に!」
ホークの叫び声が、酒場に響く。金色の光は、ゆっくりと消えていった。
マーリンが、冷たい目でホークを見下ろす。
「魔神王の目ね。面倒なことになったわ」
「魔神王の目って……それ、どういうことだよ!?」
「ホークの正体は、魔神王がメリオダスを監視するために送り込んだ目。その目は煉獄と繋がっていて、見た情報を魔神王に共有することがあるの。本人の意思とは無関係にね」
キングはごくりと唾を飲み込んだ。魔神王──魔神族の頂点に君臨する存在。メリオダスの父であり、エリザベスに永劫の輪廻の呪いをかけた張本人。その目が、今、シャルロットの存在を捉えてしまった。
「ってことは……魔神王に、シャルロットのことがバレたってこと?」
「ええ。それだけじゃないわ。魔神王は心を持つ人形を秩序の乱れと見なすはず。おそらく〈十戒〉の残党に、シャルロットの抹殺を命じるでしょうね」
シャルロットが、小さく震えた。
キングは、その震えを見逃さなかった。
「俺のせいじゃねえ! 体が勝手に動いたんだ! 俺は何も報告してねえ!」
ホークが必死に弁解する。その声は、今にも泣き出しそうだった。
「お前のせいだろ。お前の目が勝手にチクったんだからな」
「バン、お前、ひどくねえ!? 俺だって被害者なんだぞ!」
「被害者面すんな。豚の分際で」
バンとホークの言い合いをよそに、キングはシャルロットを見つめた。人形の姫は、カウンターの上で小さくうつむいている。白磁の髪が、さらりと揺れた。
「私……消されてしまうのね」
その声は、あまりにも静かだった。
キングの胸が、また痛んだ。
「……シャルロット」
キングは、人形の前に手を置いた。小さな肩に触れようとして、ためらう。人形の体は、触れたら壊れてしまいそうなほど繊細に見えた。
「大丈夫。俺が、守るから」
言葉が、自然と口をついて出た。
シャルロットが、顔を上げる。空色の瞳が、キングの琥珀色の瞳をまっすぐに見つめた。
「……あなたが?」
「うん。俺が守る。絶対に、消させたりしない」
その言葉に、自分でも驚いた。ついさっきまで、ディアンヌのことで落ち込んで、三日も布団から出られなかった男が。
なのに、今は、この小さな人形を守りたいと、心の底から思っている。
キングは、その感情の正体が分からなかった。
ただ、シャルロットの悲しそうな顔を見たくない。それだけは、はっきりしていた。
「……ありがとう。あなたは、優しいのね」
シャルロットが、ふわりと微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、キングの胸の奥で、何かが溶けていくような感覚が広がった。
五百年間、ディアンヌに抱いてきた想いとは違う。もっと温かくて、もどかしい、名前のつけられない感情。
「おいおい、キング。人形相手に何イチャイチャしてんだよ。ディアンヌに言いつけるぞ」
「なっ!? イチャイチャしてないし! ディアンヌに言うとかやめてよ!?」
キングは慌てて手を引っ込めた。顔が火を噴くように熱い。
バンとホークが、またゲラゲラと笑い始める。
だが、キングの心の中は、笑い事では済まなかった。
魔神王に狙われたシャルロット。ディアンヌへの伝えられない想い。妖精王としての掟。すべてが複雑に絡み合って、キングの胸を締め付ける。
日が傾き始めた頃、キングは酒場の裏手で一人、空を見上げていた。
茜色の空に、渡り鳥の群れが一列になって飛んでいく。風が、妖精王の森の方角から吹いてきた。木々の匂いと、土の匂い。故郷の匂い。
「……明日、森の泉に返しに行くよ」
キングは、そう呟いた。
人形に心が宿ったこと。魔神王に狙われていること。そんな重い話を、ディアンヌに説明できるはずがない。説明したところで、彼女を危険に巻き込むだけだ。
だから、これは、キング一人で抱えるべき問題だった。
その時、背後から小さな気配がした。
振り返ると、シャルロットが酒場の裏口に立っていた。小さな体を夕日に染めて、じっとキングを見上げている。
「……返されるのね。私、あの泉に」
「シャルロット……聞いてたの?」
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。でも、あなたの声が聞こえて」
シャルロットは、小さな手を胸の前で組んだ。空色の瞳が、夕日を反射してきらきらと揺れる。
「……少し、寂しいわ。せっかく、あなたとお話しできたのに」
キングの胸が、きゅっと痛んだ。
なんでだろう。たった一日、いや、たった数時間一緒にいただけなのに。この人形の言葉が、こんなにも胸に刺さる。
「……でも、君の故郷だろ? あの泉は」
「そうね。私、あの泉の畔で、ずっと眠っていた。どれくらいの時間かも分からない。でも……目が覚めて、あなたに会えて、世界はこんなに鮮やかなんだって知ったの」
シャルロットが、一歩、キングに近づいた。
「あなたの悲しみも、優しさも、全部。私の心は、あなたを見ていると、ちくちくするの。これが何か、まだ分からない。でも、嫌な痛みじゃないの」
キングは、息をするのも忘れて、シャルロットを見つめた。
人形の姫の言葉は、あまりにも純粋で、まっすぐで。
その言葉が、キングの心の奥深くに、そっと染み込んでいく。
「……シャルロット、俺は」
キングが何かを言いかけた、その瞬間だった。
酒場の裏手の茂みが、ざわりと揺れた。
風のせいではない。明確な、殺気。
キングの背筋に、冷たいものが走る。
「……シャルロット、下がって」
キングはとっさにシャルロットを背に隠した。腰に下げた霊槍シャスティフォルに手を伸ばす。槍は、主の意思に応えるように、淡い緑色の光を放ち始めた。
茂みの奥から、黒い影がゆっくりと姿を現す。
それは、異形の者だった。黒い外套をまとい、頭には曲がった角。肌は青白く、瞳は血のように赤い。魔神族の斥候。その口元が、にたりと歪む。
「……見つけたぞ。心を持つ人形よ」
酒場の裏口から、バンが飛び出してきた。
「おい、客だ。しかも普通の客じゃねえ」
バンの手にも、愛用の神器が握られている。その目は、すでに戦闘態勢だった。
キングは、シャルロットを背に隠したまま、霊槍を構えた。
夕日が沈み、夜の帳が下りる。
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