七つの大罪 if ~怠惰の妖精王と、恋を知らない人形の姫~
妖精王の森の奥深く、ティアラの滴の泉の畔で眠っていた、心を持つ小さな陶器の人形の姫・シャルロット。500年ものあいだ巨人族の少女ディアンヌへの片思いをこじらせ、失恋の傷も癒えぬまま、なぜか彼女を守ると誓ってしまった妖精王キング。魔神王にその存在を嗅ぎつけられ、狙われた人形の姫をめぐり、〈七つの大罪〉の面々が再び動き出す――。恋を知らない人形と、恋に破れた妖精王が織りなす、もどかしくも温かなロマンス。はたしてキングの心は、500年の想いと新たな感情のあいだで、どこへたどり着くのか。
七つの大罪 if ~怠惰の妖精王と、恋を知らない人形の姫~ - 恋の修羅場は突然に!~ゴウセル爆弾発言と炎の夜~
朝の光が、移動酒場〈豚の帽子〉亭の窓から差し込んでいた。木の床に映る光の四角が、ゆっくりと形を変えていく。カウンターの上では、昨夜のうちに磨かれたジョッキがきらきらと輝いていた。
キングは一階の厨房で、小さな鍋を火にかけていた。木べらで中身をかき混ぜる手つきは、どこかぎこちない。背中の小さな羽が、真剣な表情の主人に合わせるようにぴんと立っている。
「……うん、こんなもんかな」
鍋の中では、野菜と豆を煮込んだスープがとろりと湯気を立てていた。香草の匂いがふわりと広がる。キングは木の椀にスープをよそうと、そっと息を吹きかけて冷ました。
二階への階段を上る。一番奥の部屋の前で、キングは小さく深呼吸した。
「シャルロット、起きてる? 朝ごはん持ってきたよ」
扉の向こうから、かすかな衣擦れの音がした。それから、小さな足音。カチリ、カチリ、と軽やかな音が近づいてくる。
扉が、内側からゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、高さ四十センチほどの小さな人形の姫だった。陶器のように白い肌。肩までまっすぐに切りそろえられた白磁の髪。大きなガラス玉の瞳は淡い空色で、朝の光を受けて透き通るように輝いている。関節にはうっすらと継ぎ目が見えたが、その動きは驚くほど滑らかだった。
「おはようございます、キング様」
シャルロットは、スープの入った椀を見上げると、小さな手を胸の前で組んだ。
「まあ……私のために? 嬉しいですわ」
「べ、別に大したもんじゃないよ。ただの残り物だし……」
キングは照れくさそうに後ろ頭をかいた。黒髪が肩の上でさらりと揺れる。琥珀色の瞳が、シャルロットの空色の瞳と合った。
部屋の中に入ると、キングはシャルロットを窓際の小さなテーブルに座らせた。人形用に整えられたその場所には、柔らかい布が敷かれている。キングがスプーンにスープをすくって差し出すと、シャルロットは首をかしげた。
「私、食べなくても平気よ。人形ですもの」
「でも、味は分かるんだろ? 昨日、甘いものが美味しいって言ってたじゃないか」
シャルロットは一瞬ためらってから、小さな口を開けた。キングがそっとスプーンを近づける。シャルロットの唇が、スープに触れた。
「……あら」
空色の瞳が、ぱっと輝いた。
「温かい。それに、なんだか胸の奥がほっとする味ですわ」
シャルロットは嬉しそうに、もう一口と口を開けた。その無邪気な様子に、キングの頬がゆるむ。
その時だった。
「おいおいおい、朝っぱらから何やってんだオイ」
部屋の入り口に、銀髪の男が立っていた。白いシャツの袖をまくり、腕を組んでいる。口元には、からかうような笑みを浮かべていた。移動酒場〈豚の帽子〉亭の店主であり、〈七つの大罪〉の団員でもあるバンだ。
「バ、バン! 勝手に入ってくるなよ!」
「人形にスープを飲ませてる男が、よく言うぜ。なあ、ホーク?」
バンの足元から、小さな豚がひょっこり顔を出した。ピンク色の丸い体。つぶらな瞳が、キングとシャルロットを交互に見つめる。
「キングの奴、ついに人形に走ったか。これは残飯処理係としても見逃せねえな」
「ち、違う! これはただの世話だよ! シャルロットは体が小さいから、食事の手伝いをしてるだけだし!」
キングは顔を真っ赤にして反論した。しかし、手に持ったスプーンが小刻みに震えている。
「キングはとても優しいのよ。私が何も分からないから、いろいろ教えてくれているの」
シャルロットが真剣な顔で言うと、バンとホークは顔を見合わせた。
「こりゃあ、ますます怪しいな」
「間違いねえ。人形にデレデレの妖精王だ」
「だから違うってば!」
キングの叫び声が、酒場の朝に響き渡った。
――シャルロットが目を覚ましてから、三日。キングはこうして、毎朝シャルロットの世話を焼いていた。
その日の午後。
キングが一階のカウンターで、バンと他愛のない話をしていると、酒場の入り口の扉が、ゆっくりと開いた。
入ってきたのは、ピンク色のふわふわした髪の男だった。丸い眼鏡の奥で、穏やかな紫色の瞳が、静かに店内を見渡している。手には大きな本を抱えていた。
「こんにちは。しばらく、ここに滞在させてもらいますね」
ゴウセルは、そう言うと、勝手知ったる様子でカウンターの隅の席に座った。
「ゴウセル? お前、何でここに……」
キングは、突然の来訪者に戸惑いを隠せない。
「シャルロットの観察です。彼女の心が、どのように育っていくのか。とても興味深いでしょう?」
ゴウセルは、本を開きながら、淡々とした口調で言った。
キングの胸に、ちくりと棘が刺さる。
「……お前、シャルロットに心を込めた張本人だって、マーリンが言ってたよ」
キングの声が、少し低くなる。
「ええ、そうです。彼女は私が作った人形ですから」
ゴウセルは、本から目を離さずに答えた。
「何で、あんなことをしたんだ? 人形に心を宿らせるなんて、普通じゃないだろ」
キングは、カウンター越しにゴウセルをじっと見つめた。
ゴウセルは、ようやく本を閉じると、キングの方を向いた。
「感情とは厄介ですね。私は、それを知りたくて、実験しただけです。悪意はありませんよ」
「実験……だと……?」
キングの拳が、カウンターの上で握りしめられる。
だが、ゴウセルは、どこ吹く風だ。
「彼女の心は、私の予想を超えて成長しています。特に、あなたに対する感情は、とても興味深い」
「なっ……! お、俺に対する感情って……」
キングの顔が、一瞬で真っ赤になる。
その時、二階から、かすかな足音が聞こえてきた。
カチリ、カチリ。
階段の上から、シャルロットが、小さな体でゆっくりと降りてくる。
「あら、お客様ですの?」
シャルロットは、ゴウセルの姿を見つけると、小首をかしげた。
「初めまして、シャルロット。私はゴウセルです。あなたに心を込めた、張本人ですよ」
ゴウセルは、穏やかな微笑みを浮かべた。
シャルロットの空色の瞳が、大きく見開かれる。
「……あなたが、私に心をくれたの?」
シャルロットは、ゴウセルをじっと見つめた。その表情は、複雑で、嬉しそうなのか、悲しそうなのか、キングには判断がつかなかった。
「ええ。ですが、あなたの心は、もう私の手を離れています。あなた自身のものですよ」
ゴウセルの言葉に、シャルロットは、そっと胸に手を当てた。
「私自身の……心……」
シャルロットは、小さく呟いた。
キングは、そのやり取りを、複雑な思いで見つめていた。
夕方。
酒場に、ディアンヌがやってきた。
紫がかった黒髪のツインテールを揺らし、大きな琥珀色の瞳が、店内をきょろきょろと見回している。
「キング! 遊びに来たわよ!」
ディアンヌは、いつもの明るい声で、酒場の入り口から声をかけた。
その時、ディアンヌの目に、カウンターの隅で、キングがシャルロットに話しかけている姿が飛び込んできた。
キングは、シャルロットに、今日のスープの味について、真剣な顔で話している。
ディアンヌの足が、ぴたりと止まった。
「……キング、あんた、何してるの?」
ディアンヌの声が、一気に低くなる。
「ディ、ディアンヌ!? い、いつからそこに……」
キングは、慌てて振り返った。
「キング、あんたってば、人形相手に告白でもしたの!?」
ディアンヌは、ツインテールを揺らしながら、ずんずんとキングに詰め寄る。
「ち、違う! 俺はそんなこと一言も……!」
キングは、顔を真っ赤にして否定した。
その時、シャルロットが、キングの服の裾を、小さな手でくいっと引っ張った。
「告白……私、キングに好きって言われたの?」
シャルロットは、空色の瞳を輝かせて、キングを見上げた。
「だから違うって! 誰も好きなんて言ってないだろ!」
キングは、思わず叫んだ。
「ぶはっ! こりゃ傑作だ!」
バンが、腹を抱えて笑い出した。
「キングの奴、ついに三角関係か! 残飯処理係の俺でも、これは見逃せねえな!」
ホークも、ぴょんぴょん跳ねながら笑っている。
「じゃあ、何でそんなに優しくしてるのよ! 毎朝スープを飲ませて、頭を撫でて、手を握って……!」
ディアンヌは、目に涙を浮かべながら、キングに食ってかかる。
「な、何でそんなことまで知ってるんだ!?」
「見てたからよ! ずっと、昨日も一昨日も!」
ディアンヌの言葉に、キングは言葉を失った。
――ディアンヌが、ずっと自分のことを見ていてくれた。
その事実が、キングの胸を、ぎゅっと締め付ける。
だが、今は、そのことを喜んでいる場合ではない。
「ディアンヌ、私、キングのこと、好きよ?」
シャルロットが、静かに、しかしはっきりと言った。
瞬間、酒場の中が、しんと静まり返った。
「なっ……!?」
ディアンヌは、絶句した。
「お、俺はどうすれば……」
キングは、頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
バンとホークは、もはや笑うことすら忘れて、三人のやり取りを、固唾を飲んで見守っている。
その夜。
酒場の二階の自室で、キングは、ベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。
昼間のディアンヌの顔が、頭から離れない。
――キング、あんたってば、人形相手に告白でもしたの!?
あの時の、ディアンヌの悲しそうな、怒ったような顔。
そして、シャルロットの、真っ直ぐな言葉。
――私、キングのこと、好きよ?
「……俺は、どうすればいいんだ……」
キングは、小さく呟いた。
その時だった。
一階から、ホークの悲鳴が聞こえてきた。
「うわあああ! まただ! また目が勝手に光りやがる! 俺のせいじゃねえぞ!」
キングは、飛び起きると、階段を駆け下りた。
一階では、ホークが、目を金色に光らせながら、床を転げ回っていた。
「ホーク! どうした!?」
キングが駆け寄ると、ホークの口から、重苦しい声が漏れ出した。
『心を持つ人形、シャルロット。その位置を確認した。〈十戒〉残党よ、直ちに抹殺せよ――』
その声は、ホークのものではなかった。
魔神王の声だ。
「や、やべえ! 魔神王が、俺の目を通して、ここを突き止めたんだ! 俺のせいじゃねえ! 体が勝手に……!」
ホークは、青ざめた顔で、必死に言い訳をした。
「……来るのか。〈十戒〉残党が」
キングの表情が、強張る。
その時、酒場の外から、不気味な気配が近づいてくるのを感じた。
――数は、三つ。
キングは、霊槍シャスティフォルを手に取ると、静かに構えた。
「バン! シャルロットを頼む!」
「おうよ。任せとけ」
バンは、カウンターの下から、愛用の大剣を取り出した。
次の瞬間、酒場の窓ガラスが、粉々に砕け散った。
――ドガァァァン!!
爆音とともに、炎が、酒場の中に雪崩れ込んでくる。
「来たぞ!」
キングは、シャルロットを背中に庇うように立った。
炎の中から、三つの影が、ゆっくりと姿を現した。
いずれも、人間の形をしているが、その目は、不気味な赤い光を宿している。魔神族〈十戒〉の残党だ。
「心を持つ人形……見つけたぞ」
「魔神王の命により、消させてもらう」
斥候たちは、手にした黒い槍を、一斉にキングたちに向けた。
「お前ら、シャルロットには指一本触れさせない!」
キングは、霊槍シャスティフォルを、前に突き出した。
淡い緑色の光が、槍の先端から溢れ出す。
「おいおい、今度は花火付きかよ! 景気がいいな!」
バンは、大剣を肩に担ぎながら、不敵に笑った。
戦闘が始まった。
バンが、大剣を振り回し、斥候たちの攻撃を弾き返す。
キングは、霊槍を操り、斥候たちの動きを封じる。
だが、敵の数は三体。しかも、魔神族の精鋭だけあって、一筋縄ではいかない。
「キング様! 危ない!」
シャルロットの悲鳴が、戦場に響く。
キングは、咄嗟に、シャルロットを抱えて、横に跳んだ。
――ズドン!!
キングがさっきまでいた場所に、黒い槍が突き刺さった。
「くそ……数が多い!」
キングは、歯を食いしばった。
その時、シャルロットが、キングの腕の中から、するりと抜け出した。
「私、キングを守るって決めたの!」
シャルロットは、小さな体で、キングの前に飛び出した。
「シャルロット! 何を……!」
キングが叫ぶのと同時に、シャルロットの全身から、淡い光が溢れ出した。
それは、キングが分け与えた魔力の光だった。
シャルロットは、その光を盾のようにして、斥候たちの攻撃を防ごうとした。
「無駄だ。人形ごときが」
斥候の一人が、黒い槍を、シャルロット目掛けて投げ放った。
――ヒュッ。
空気を裂く音。
黒い槍は、シャルロットの張った光の盾を、紙のように突き破った。
「え……?」
シャルロットの空色の瞳が、大きく見開かれる。
――ズシャッ。
黒い槍が、シャルロットの小さな胸を、貫いた。
「シャルロットォォォォ!!」
キングの絶叫が、炎に包まれた酒場に響き渡る。
シャルロットの体が、ゆっくりと、後ろに倒れていく。
キングは、倒れゆくシャルロットを、両手で抱き止めた。
その胸から、光る液体が、とめどなく零れ落ちていく。
――それは、彼女の心だった。
「シャルロット! シャルロット! しっかりしろ!」
キングは、シャルロットの体を揺さぶりながら、必死に呼びかけた。
だが、シャルロットは、もう動かない。
空色の瞳は、虚ろに開かれたまま、光を失っていた。
「お前ら……お前らぁぁぁ!!」
キングの全身から、怒りが爆発した。
霊槍シャスティフォルが、緑色の光をまとい、その形を、巨大な槍へと変えていく。
「全員、ここで消えてなくなれぇぇぇ!!」
キングは、霊槍を、力の限り振り回した。
――ゴウッ!!
緑色の光が、炎を切り裂き、斥候三人を、一瞬で薙ぎ払った。
三体の魔神族は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。
「お、おい、やりすぎだろ……」
バンは、あまりの光景に、顔を引きつらせた。
だが、キングの耳には、もう何も届いていなかった。
キングは、シャルロットを抱きかかえると、その場に崩れ落ちた。
「目を覚ませ……お前、まだ……まだ俺に守られるだけじゃ嫌って言っただろ……!」
キングの涙が、シャルロットの白磁の頬に、ぽたり、ぽたりと落ちていく。
しかし、シャルロットは、ピクリとも動かなかった。
その時、静かな声が、キングの背後から聞こえた。
「人形の心は、一度消えれば戻りません。それが、本来の定めです」
ゴウセルは、燃え盛る酒場の中で、いつもと変わらぬ穏やかな表情で立っていた。
「ふざけるな! お前が、お前が心を込めたんじゃないのか! 責任を取れ!」
キングは、ゴウセルに詰め寄った。
「だから、実験だったのです。でも……ここまで強い感情になるとは、思いませんでした」
ゴウセルは、少しだけ、眉を曇らせた。
その時、酒場の入り口に、ディアンヌが立っていた。
彼女は、キングの必死な姿を、ただ黙って見つめていた。
――私、キングの隣に立ててないのね。
昼間、自分がシャルロットに嫉妬していたことが、今、恥ずかしくてたまらなかった。
同時に、キングのシャルロットへの想いの深さを、痛いほど悟ってしまった。
ディアンヌは、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるのを感じた。
キングは、シャルロットを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「俺は……俺は、お前を失いたくない……」
キングの声は、震えていた。
その目からは、涙が、止めどなく溢れ続けている。
キングは、シャルロットを胸に抱きしめたまま、燃え盛る酒場の外へと、一歩踏み出した。
――妖精王の森の泉へ。
そこなら、もしかしたら、彼女の心を呼び戻せるかもしれない。
キングは、かすかな希望を胸に、夜の闇へと消えていった。
その後ろ姿を、ディアンヌは、ただ見つめ続けていた。Noveliaとは?
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