プリコネ・リグレット:失われた笑顔を取り戻す旅
記憶を失うたび、大切な人たちとの思い出が消えていく——。それでも彼は、時を戻すことを選んだ。
黒いもやに全てを奪われた夜から目覚めたユウキは、見知らぬ痣が刻まれた自分の体に戸惑いながら、時の塔の裏で謎のクリスタルと出会う。それは時間を巻き戻す代わりに記憶を代償として奪う、禁断の力だった。
迷いはなかった。ペコリーヌ、コッコロ、キャル——クロノファージに食われて消えた大切な仲間たちを、今度こそ守るために。
目を覚ました先は、彼女たちと出会う前の時間。けれど力を使った代償は既に始まっていた。些細な記憶が、少しずつ欠けていく。初めて交わした言葉も、見た景色の色さえも、思い出せない。
それでも「守りたい」という想いだけは消えない。
記憶と引き換えに紡がれる、もう一度の物語。笑顔を取り戻すため、ユウキは禁断の力を使い続ける——たとえ自分自身を失ってでも。
時間魔法が支配する学園都市ランドソルを舞台に贈る、切なくも温かい冒険譚、開幕。
プリコネ・リグレット:失われた笑顔を取り戻す旅 - 記憶が消えても――最後の一撃と、始まる物語
払暁。空が白み始めたばかりのランドソル下町。石畳は冷たく、吐く息が薄く白い。
ユウキは胸に手を当てて、ゆっくりと息を吸った。包帯の下で、傷がまだ脈打っている。あの戦いでクロノファージの触手に貫かれた胸の傷。コッコロが縫ってくれたが、深い傷は簡単には癒えない。
それでも、立っている。
(俺は……誰だ)
頭の奥が、白く霞む。名前が、浮かばない。自分の名前なのに。
「俺は……誰だ……」
その声は、あまりにも小さく、消え入りそうだった。
「あんたはユウキよ!」
金髪の少女が、叫んだ。大きな赤いリボンが、払暁の風に揺れる。空色の瞳が、涙で潤んでいる。それでも、まっすぐにユウキを見つめていた。
「ユウキは、ユウキでしょ!私の、大切な仲間でしょ!」
——ユウキ。
その音が、頭の中に響く。
そうだ。俺はユウキだ。
名前が、戻ってくる。ペコリーヌの声が、消えかけた記憶の錨を引き上げる。
「……ああ。俺は、ユウキだ」
ユウキは、拳を握った。
その時。
空気が、震えた。
下町の広場の中央。石畳の上に、黒いもやが渦巻き始める。
クロノファージ。
過去を変えた代償。時の歪みが生んだ、記憶を喰らう怪物。
「また……!」
翠色の髪を後ろで束ねた少女が、金色の瞳を大きく見開いた。長いエルフの耳が、緊張でぴんと立っている。小柄な体を震わせながらも、杖を握る手はしっかりしていた。
「ご主人さま、お下がりください。ここは私が」
「いや、俺がやる」
ユウキは、一歩前に出た。
(守るべきものを、守る)
それだけが、今の俺を動かしている。
記憶の代わりに、胸に残る熱。
「また一人で突っ走る気?バカじゃないの」
銀色のツインテールを揺らして、キャルが横に並んだ。紫のメッシュが、朝の光を反射する。紫色の瞳が、ちらりとユウキを睨んだ。
「あんた、まだ胸の傷が癒えてないんでしょ。無理したら死ぬわよ」
「死なない。みんなを守るって決めたから」
「……ほんと、バカ」
キャルは、小さく呟いた。
クロノファージが、形を成していく。
黒いもやは、高さ三メートルほどの人型になった。無数の触手が、背中から生えている。目はない。口もない。それなのに、こちらを見ているのが分かる。
「キシャァァァァァ!!!」
耳を裂く叫び。
「こいつ、前のより大きい……!」
ペコリーヌが、剣を構える。両手で握り、腰を落とす。いつもの明るい表情が消え、剣士としての鋭さが浮かぶ。
「数は一匹。でも、力は段違いです。おそらく、今までのクロノファージを統合したような存在」
コッコロの分析が、戦場に響く。
「あんたたち、下がってなさい!私の記憶魔法で、こいつの核を探るわ!」
キャルが、両手を掲げた。
紫の光が、彼女の周囲に渦巻く。銀色のツインテールが、風もないのにふわりと浮き上がる。
「記憶魔法・深層解析」
光が、クロノファージに向かって放たれる。
怪物が、触手を振り回す。光を弾こうとする。しかし、キャルの魔法は、触手の隙間を縫うようにして、怪物の体に浸透していく。
「……見えた」
キャルの紫色の瞳が、赤く光った。魔眼の兆候。
「こいつの核は、複数の塊じゃない。単一の記憶の結晶よ。今までのクロノファージが集まって、一つの核を形成してる」
「単一の……結晶」
「そう。だから、一点に絆の記憶を集めてぶつければ、核を砕けるわ!」
キャルが、叫んだ。
「でも……それは、あんたが残った記憶のすべてを注ぎ込むってことよ」
沈黙。
風が、四人の間を吹き抜ける。
(記憶のすべてを、注ぎ込む)
ユウキは、自分の左手の甲を見た。
時計の針のような痣。記憶の代償の刻印。
この刻印が、消えた記憶の量を物語っている。
すでに、多くの記憶を失った。
自分の名前すら、危うかった。
それでも。
(守りたい)
この想いだけは、消えない。
「バカ、死なないでよ」
キャルが、ユウキの背中に、小さく呟いた。
その声は、ツンデレの仮面の下から漏れた、本音だった。
「死なない。約束する」
ユウキは、振り返らずに答えた。
「ご主人さま」
コッコロが、ユウキの手を握った。
「私の記憶も、お使いください。ご主人さまとの思い出は、私のノートに記録してあります。だから……失っても、また思い出せます」
コッコロの金色の瞳が、まっすぐにユウキを見上げている。
「コッコロ……」
「私も!私の記憶も使って!ユウキとの楽しい思い出、いっぱいあるんだから!」
ペコリーヌが、ユウキの肩に手を置いた。
「……私の記憶も、使わせてあげるわよ。別に、あんたのためじゃないんだから」
キャルが、顔を背けながら、ユウキの袖を掴んだ。
ユウキの胸が、じわりと温かくなる。
(みんな……)
ありがとう、と言いたい。
でも、言葉にならない。
だから、代わりに。
「ペコリーヌ。コッコロ。キャル」
三人の名前を、呼んだ。
「ありがとう。お前たちと出会えて、よかった」
ユウキは、胸元のトワイライト・メモリアの紋章を握った。
四人の笑顔が描かれた、小さな金属のバッジ。
「ユウキ……やだよ、そんな別れみたいな言い方」
ペコリーヌの声が、震える。
「大丈夫。これは別れじゃない。始まりだ」
ユウキは、笑った。
「みんなの笑顔を守るための、新しい始まりだ」
クロノファージが、動いた。
無数の触手が、一斉にユウキへと伸びる。
「させるか!」
ユウキは、地面を蹴った。
胸の傷が、悲鳴を上げる。
無視する。
(痛みより、守るべきものの方が重い)
ユウキの右手に、光が集まる。
記憶の光。
ペコリーヌと食べた料理の味。
コッコロが手当てしてくれた時の温もり。
キャルがツンデレながらも心配してくれた声。
それらが、光の粒子となって、ユウキの拳に宿る。
「これは、お前たちとの絆だ」
ユウキは、紋章を握りしめたまま、拳を突き出した。
「喰らえ——!!」
光が、爆発した。
ドォォォォォン!!!
衝撃波が、広場を駆け抜ける。
石畳が、ひび割れる。
周囲の建物の窓ガラスが、粉々に砕ける。
クロノファージの核——単一の記憶の結晶——に、ユウキの拳が、突き刺さった。
「キシャァァァァァァァァァ!!!」
怪物が、断末魔を上げる。
黒いもやが、光に灼かれて、消えていく。
「やった……!」
「ご主人さま!」
「……終わったの?」
三人が、駆け寄ろうとする。
その時。
ユウキの体が、ふらりと傾いた。
「ユウキ!?」
ペコリーヌが、ユウキの体を支える。
「……俺は……ユウキだ。ペコリーヌ……お前の名前も、覚えてる」
ユウキは、かすれた声で、言った。
自分の名前と、ペコリーヌの名前。
それだけは、確かに残っていた。
でも。
他の記憶は、白く霞んでいた。
コッコロと初めて会った時のこと。
キャルと喧嘩した時のこと。
三人と過ごした、大切な時間の大半が、消えていた。
「ユウキ……ユウキ……!」
ペコリーヌが、ユウキを抱きしめる。
「ご主人さま……私のことは……覚えていらっしゃいますか……」
コッコロが、恐る恐る尋ねる。
ユウキは、コッコロの顔を見た。
翠色の髪。金色の瞳。長い耳。
……知っている。
でも、思い出せない。
「……ごめん。名前は……コッコロ、だよな。でも……詳しいことは……」
ユウキは、正直に答えた。
コッコロの瞳が、涙でいっぱいになる。
「それでも……私の名前を呼んでくださっただけで、十分です。ご主人さま」
コッコロは、涙を拭いて、微笑んだ。
「……あんた、ほんとバカ。私のことは、どうせ忘れてるんでしょ」
キャルが、俯きながら言った。
「キャル。お前の名前も、覚えてる。魔法が得意で、ツンデレで、でも本当は優しい奴だってことくらいは」
「……っ!?誰がツンデレよ!」
キャルの顔が、真っ赤になる。
「あはは、キャルちゃん、顔真っ赤だよっ!」
「うるさいわね!」
四人の笑い声が、払暁の下町に響いた。
戦いは、終わった。
記憶は、失われた。
でも、絆は、残った。
——。
下町の広場。
朝日が、石畳を金色に染め始めていた。
四人は、広場の中央に集まっていた。
「みんなに、伝えたいことがある」
ユウキは、三人の顔を見渡した。
「俺は、記憶を失いながら戦っている。これからも、もっと多くの記憶を失うかもしれない。自分の名前すら、思い出せなくなる日が来るかもしれない」
三人が、黙って聞いている。
「でも、俺は、みんなと一緒にいたい。失われた記憶の代わりに、これから新しい思い出を作りたい」
ユウキは、胸の紋章を外した。
「今日、ここに、ギルドを正式に結成する」
「ギルド……?」
「ああ。名前は、トワイライト・メモリア。黄昏の記憶。俺たちの思い出を、守るためのギルドだ」
「トワイライト・メモリア!素敵な名前だよっ!」
ペコリーヌが、目を輝かせる。
「はい。私も、そのギルドに、お供させてください」
コッコロが、深く頷く。
「……仕方ないわね。あんたたちだけじゃ、何もできなさそうだし。私が入ってあげるわよ」
キャルが、ツインテールをいじりながら、照れくさそうに言った。
「みんな……ありがとう」
ユウキは、紋章を握りしめた。
「これが、俺たちの始まりだ」
「あたし、ユウキと一緒にいられて幸せよ!これからも、ずっと一緒に食べようねっ!」
ペコリーヌが、ユウキに抱きつく。
「私も、ご主人さまのお役に立てるよう、精一杯努めます。今日のことを、ノートに記録しておきますね」
コッコロが、小さなノートを取り出し、丁寧な字で書き始める。
「……私も、紋章に魔法を刻んであげるわ。あんたがまた記憶を失っても、この紋章があれば、私たちのことを思い出せるように」
キャルが、ユウキの手から紋章を受け取り、紫の光を注ぐ。
「これで……よし」
紋章が、ほんのりと紫色に光った。
「すごい……温かい」
「べ、別に、あんたのためじゃないんだから。ギルドのためよ、ギルドの」
キャルが、顔を背ける。
四人の笑い声が、朝の下町に響き渡った。
——。
夜。
ランドソル下町の小さなアジト。
元々は、倉庫だった建物。
四人で掃除をして、テーブルと椅子を置いた。
壁には、トワイライト・メモリアの紋章が飾られている。
「今日は、ギルド結成記念パーティーだよっ!」
ペコリーヌが、テーブルに料理を並べる。
「コッコロちゃんの薬草で作ったスープに、市場で買ってきたパンに、あと、お肉も焼いたの!ユウキ、たくさん食べてねっ!」
「ペコリーヌさん、お料理お上手ですね。このスープ、とてもいい香りです」
「あんた、食べすぎよ。いくらお祝いだからって、太るわよ」
「大丈夫だよっ!動けば消費されるから!」
ユウキは、三人のやりとりを、静かに見つめていた。
(……いいな)
この光景を、忘れたくない。
でも、忘れてしまうかもしれない。
それでも。
(今、この瞬間は、確かに俺のものだ)
「ユウキ、どうしたの?食べないの?」
「ああ、食べるよ。いただきます」
ユウキは、スープを一口飲んだ。
「……美味い」
「でしょっ!コッコロちゃんの薬草がすごいんだよっ!」
「いえ、ペコリーヌさんの料理の腕があってこそです」
「……まあ、悪くないわね」
キャルも、スープを飲んで、小さく呟いた。
「キャルちゃん、素直じゃないんだからっ!」
「うるさいわね!」
四人の笑い声が、アジトに満ちる。
ユウキは、胸の紋章に手を当てた。
温かい。
キャルが刻んでくれた魔法が、まだ残っている。
(記憶が消えても、俺の想いは消えない)
ユウキは、改めて、胸に刻んだ。
——その時。
窓の外が、青白く光った。
「……?」
ユウキは、窓の外を見た。
ランドソル中央区の方向。
高さ約百二十メートルの、時の塔。
その頂上から、青白い光の柱が、空へと伸びていた。
光の柱は、ゆっくりと、下町の方へと向かってくる。
「なんだ……あれ」
ユウキは、立ち上がり、窓に近づいた。
「……時の塔が、光っています」
コッコロも、窓の外を見る。
「時の塔って、クロノス・ガーディアンズの本拠地でしょ?なんであんな光を……」
キャルが、眉をひそめる。
「あの光は……捜索の魔法です。誰かを探しています」
コッコロの声が、震える。
「捜索……?」
「ご主人さま……あの光は、あなたを探しています」
コッコロが、ユウキの手を握った。
「時のクリスタルの契約者を、見つけようとしているんです」
ユウキの心臓が、どくりと跳ねる。
時のクリスタル。
時を巻き戻す力を与えた、あの大きなクリスタル。
「……俺を、見つけたら、どうなるんだ」
「分かりません。でも、クロノス・ガーディアンズは、時間魔法の監視を目的とする組織。許可なく時間魔法を使った者には……終身刑もあり得ます」
「終身刑……」
ユウキは、青白い光を見つめた。
光は、ゆっくりと、確実に、下町へと近づいてくる。
——ランドソル地下深く。
ノクターン教団の秘密基地。
石造りの広間。
壁に刻まれた黒い砂時計の紋章が、どくん、どくん、と脈動していた。
「始原の刻印の器が、ついに完成した」
黒いローブをまとった幹部が、低く笑う。
フードの奥の冷たい目が、脈動する紋章を見つめている。
「三百年前に封印された、完全なる時の支配。その器となるべき少年の刻印が、今、完成の時を迎えた。あとは、器を我らの手に収めるのみ」
幹部の声が、広間に響く。
「クロノス・ガーディアンズも動き出したか。だが、遅い。我々の方が、先に動く」
黒い砂時計の紋章が、一際強く光った。
——。
下町のアジト。
ユウキは、窓の外の光を見つめていた。
青白い光は、まだ下町には届いていない。
でも、時間の問題だ。
「ご主人さま」
コッコロが、ユウキの隣に立った。
「何があっても、私がお守りします。ご主人さまの記憶も、お命も、私が」
「コッコロ……」
「私のノートには、ご主人さまとの思い出が、たくさん記録されています。だから、もしご主人さまが忘れてしまっても、私が何度でも、お伝えします」
コッコロの金色の瞳が、ユウキをまっすぐに見上げている。
「ありがとう」
ユウキは、コッコロの頭に手を置いた。
「ユウキ!コッコロちゃん!何してるの?お肉冷めちゃうよっ!」
「二人でこそこそして、何よ。気持ち悪いわね」
二人の声が、テーブルから聞こえる。
「今行く」
ユウキは、窓から離れ、テーブルに戻った。
(記憶が消えても、俺の想いは消えない)
(でも、その想いを狙う影が、迫っている)
ユウキは、笑顔の三人を見つめながら、静かに、決意を新たにした。
「さあ、食べよう。今日は、俺たちの門出の日だ」
「うん!乾杯しよっ!」
「乾杯ですわ」
「……仕方ないわね。乾杯くらい、付き合ってあげるわよ」
ユウキはグラスを持ち上げた。三つのグラスが、それぞれの高さで近づいてくる。ペコリーヌは勢いよく、コッコロは両手で丁寧に、キャルは肘を引いたまま少しだけ。
カチン。
小さな音が、四つの間で重なった。ペコリーヌが笑い、コッコロが目を細め、キャルが唇の端だけを上げた。ユウキは、そのすべてを、瞬きせずに見ていた。
窓の外では、青白い光が、静かに、下町へと近づいていた。Noveliaとは?
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