リムルのとなりで、君は泣いて、そして笑う
いつもみんなを引っ張る気の強い女・シュナには、リムルの前でだけ見せる秘密の顔があった。普段の強気な態度は、彼の役に立ちたいがために作った仮の姿。
ある日、ほんの小さな傷をきっかけにリムルはシュナの部屋を訪れる。しかし、二人きりになった途端、シュナは大粒の涙をこぼしてしまう。「リムル様の前だと、私、どうしても抑えられなくなるんです」。それは彼女の特別な告白だった。
ずっと痛みをこらえ、弱さを見せまいとしてきたシュナ。リムルは優しく彼女を抱きしめ、髪を撫で、戦いで溜め込んだストレスを解放するように、二人の身体は深く求め合う。その夜、シュナは初めての痛みと、それ以上の甘い悦びを知る。
しかし、それは秘密の恋の始まりだった。毎夜のように逢瀬を重ねながら、人前ではこれまで通りの主従関係を演じる日々。それが少しずつ、シュナの心を蝕んでいく。
そんなある夕暮れ、リムルの部屋から出てきたベニマルとソウエイの姿を目撃してしまうシュナ。問い詰める彼女に、「特別なのはお前だけだ、シュナ」と言うリムル。それでも拭えない不安。そこへ、シュナを心配したシオンが現れ、泣きじゃくるシュナを抱きしめながら、自分
リムルのとなりで、君は泣いて、そして笑う - 全員の前で言ってください——リムル様、私はあなたの恋人ですか?
セントラルオフィスの廊下に、朝の光が細く差し込んでいた。
シュナは執務室の前で立ち止まる。胸の前で、指をぎゅっと組んだ。
(今日だ。今日、言うんだ)
心臓がうるさい。昨夜、リムルの胸に額を預けながら「明日、ちゃんと話を聞いてください」と告げた時の自分の声が、まだ耳の奥に残っている。あの時は静かに言えたのに、今は声が出るかどうかもわからない。
目を閉じて、息を深く吸う。
「リムル様、おはようございます」
扉を開ける。執務机で書類をめくっていたリムルが顔を上げた。
「おう、シュナ。なんだ、改まって」
「お願いがあります。今日の午前中、臨時の幹部会議を開いてほしいんです」
リムルの手が止まった。金色の瞳が、シュナをじっと見つめる。
「議題は何だ?」
シュナは答えなかった。ただ、まっすぐリムルを見つめ返す。唇を結び、首を振る。言えない。言ったら、ここで全部話してしまう。それはできない。皆の前で、言わなければならないことだから。
「……わかった」
リムルは短く頷くと、手元の魔石通信機を手に取った。シオン、ベニマル、ソウエイ、ハクロウを招集する指示を、静かに、しかしはっきりと伝える。
シュナはもう一度、深く息を吸った。
震える指を、拳に握りしめる。
(これでいい。これで、やっと——)
三十分後。
会議室に全員が揃った。大きな窓からは朝の光が差し込み、長方形のテーブルの上に、いつもなら山積みの報告書や資料があるはずなのに、今日は何もない。シュナの手元にも、何もない。
シオンは首をかしげている。いつもの明るい笑顔が、今日は少しだけ心配そうだ。
「あれ、資料なしですか?珍しいですね」
ベニマルは腕を組んで、背もたれにどっかりと寄りかかった。
「……なんだ、ただ事じゃねえな」
ソウエイは壁際に立ち、無表情のまま金色の縦スリットの瞳でシュナを見つめている。何も言わない。でも、何かを知っているような、静かな眼差しだった。
ハクロウは穏やかに目を細め、ゆっくりと席に着いた。
リムルが上座に座る。
「始めるぞ。シュナ、お前からだ」
シュナは立ち上がった。
膝が震える。手のひらに、爪が食い込む。いつもの凛とした参謀の仮面が、音を立てて剥がれ落ちそうだった。
皆の視線が、自分に刺さる。
(怖い)
(でも、言わなきゃ。今、言わなきゃ——)
顔を上げた。リムルを、まっすぐ見つめる。
「リムル様」
声が震えているのが、自分でもわかった。
「皆の前で、教えてください。リムル様は、私のことを……あなたの恋人として、見てくれていますか」
一瞬、部屋の空気が凍った。
シオンの口が開いたまま固まる。ベニマルが腕を解き、背筋を伸ばした。ソウエイの金色の瞳が、かすかに細められる。ハクロウが、そっと顎に手を当てた。
シュナは唇を噛んだ。
「もし、そうでないなら、私は——」
最後まで言えなかった。喉が詰まる。震えが止まらない。
その時だった。
ガタン、と椅子の音が響いた。
リムルが立ち上がる。
「シュナ」
全員の視線が、リムルに集まった。
「シュナが好きだ。選ぶのは、シュナだけだ」
息を呑む音が、どこかから聞こえた。
シュナの目から、涙が溢れる。だが——
「私もです!私もリムル様が大好きです!!」
バンッ!と机を叩いて、シオンが立ち上がった。紫色の長い髪が揺れる。その顔は満面の笑顔で、いつものストレート全開の光が溢れている。
「今こそ言わなきゃと思いました!誰にも負けません!」
「私も、記録しておく」
ソウエイが壁から背を離し、半歩前に出た。
「リムル様に対して、通常の主従を超えた感情がある。情報共有の必要があると判断した」
「おいおいおい!」
ベニマルが顔を真っ赤にして叫んだ。
「俺は兄貴的な感情だ!完全に別物だ!断じて恋愛感情じゃねえ!」
「儂もリムル殿のことは格別に思うておるぞ」
ハクロウが、穏やかな笑みを浮かべて参戦する。
「ちょっと!私は本気ですからね!」
「恋愛感情の定義は曖昧だ。情報の再分析が必要」
「いや、定義ははっきりしてるだろ!俺のは違うって言ってるんだ!」
「まあまあ、皆、そう熱くなるでない」
会議室が、カオスと化した。
シュナは涙目のまま、ぽかんと口を開けている。
「え……ちょっと、何ですかこの状況……」
「お前ら、今それを言うか!?」
リムルが頭を抱えた。その瞬間——
「はい!リムル様に愛のこもった差し入れです!」
シオンがどこからか取り出したのは、橙色に妖しく発光する特製おにぎりだった。表面が、ぶつぶつと泡立っている。
「うわあああ!また食えないもん作りやがって!」
ベニマルが腹を抱えて笑い転げた。
「……リムル様の生命の危機を確認。防衛行動に移る」
ソウエイが無言でリムルの前に立ちはだかる。
「もう、ソウエイさん邪魔です!」
「皆さん、落ち着いてくださ——」
「全員、静かにしろ」
低く、しかしはっきりとした声が、部屋に響き渡った。
静寂。
シオンの笑顔が止まる。ベニマルが姿勢を正す。ソウエイが壁に戻る。ハクロウが静かに目を閉じた。
リムルは、ただ一人、シュナだけを見ていた。
そして——歩き出す。
一歩、また一歩。
シュナの目の前で、リムルは立ち止まった。
「俺が選ぶのは、シュナだけだ」
リムルの手が、シュナの手を引き寄せた。
「今も、これからも、ずっとだ」
腕が、背中に回される。抱きしめられる。リムルの胸の温かさが、シュナの全身を包んだ。
「リ、ムルさま……」
膝の力が抜けた。崩れそうになるのを、リムルが強く支える。
「ずっと隠させて、悪かった。もう隠さなくていい」
耳元で、ささやくように。
シュナの視界が、涙で歪んだ。
「うあ……うああぁっ……!」
声が、溢れた。
人前で、全員が見ている前で、シュナは子供みたいに泣きじゃくった。リムルの胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。もう、完璧な参謀の仮面も、オーガの姫の誇りも、何もかも全部、この涙で流れ落ちていく。
リムルの指が、シュナの頬を拭った。
涙の跡を、優しくなぞる。
そして——
静かに、唇が重ねられた。
「うわあ……」
シオンが、呆然と呟く。
ベニマルは腕を組んだまま天井を見上げ、
「……ま、当然だな」
と、小さく笑った。
ソウエイはどこからか取り出した猫のぬいぐるみを、無表情のまま、さりげなく撫でている。
ハクロウは目を細め、
「うむ、良いものじゃな」
と、深く頷いた。
長い、長い口づけだった。
唇が離れる。
シュナは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
そして——
今まで誰にも見せたことがない、飾りっ気のない、ただただ嬉しそうな笑顔で。
「ありがとう、ございます……リムル様……」
そう、言った。
「シュナさんが泣きながら笑ってる!超レアです!」
シオンが叫んで、両手をバタバタさせる。
「めったに見られるもんじゃねえな……おい、心臓にきたぞ」
ベニマルが目を細めて笑った。部屋に、穏やかな笑いが広がる。
「でも!私は諦めませんから!」
シオンが宣言すると、リムルが
「いや、シオン——」
と言いかけたが、シオンはもう聞いていない。
「よし!こうなったら祝い酒だ!今夜の宴会は俺が仕切るぞ!ゲルドに最高の酒を出させろ!」
ベニマルが立ち上がり、ハクロウが
「儂も付き合おう。これはめでたい」
と頷いた。
「情報管理課として、今後の公式発表の文書を準備する」
ソウエイが淡々と言うと、ベニマルが
「仕事が早すぎるだろ!」
と、再び笑いが起きた。
会議室を出た廊下。
シュナとリムルは、並んで歩いていた。
少しだけ距離を置いて、それでも、さっきまでのように隠れもせず、逃げもせず。
「……私、ずっと怖かったんです」
シュナが、静かに言った。
「役に立たなかったら、リムル様にいらなくなられるんじゃないかって。役に立たなければ、愛してもらえないんじゃないかって」
リムルは立ち止まった。
そして、シュナの方を向く。
「違う。役に立つからじゃない」
「シュナだから、隣にいてほしいんだ」
シュナは答えなかった。
代わりに——そっと、リムルの袖を掴んだ。
指先で、そっとつまむように。
これが、今の、ありのままの自分だった。
「リムル様ーーー!!!」
遠くから、シオンの叫び声が響く。
「シオン!宴会の準備を先にしろって言ってるだろ!」
ベニマルの怒鳴り声が追いかける。
賑やかな声が、遠くに響いて、そしてテンペストのいつもの日常が、また動き始める。
シュナは、リムルの袖を掴んだまま、小さく笑った。
涙の跡が、乾いた頬に、朝の光が当たっている。Noveliaとは?
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