裏で嗤う
教室の片隅で、今日も鳴海快斗の机が蹴られる。隠される教科書、捨てられる上履き、そして決まり文句の「空気読めよ、陰キャ」。東京の名門私立・明鏡学園で、快斗は誰にも見えていない。誰も気にしない。誰も助けない。ただのいじめられっ子だ。
だが、誰も知らない真実がある。放課後、誰もいない教室で、快斗のスマホは鳴り止まない。「天音さん、過去の中間テストの過去問ありますか?」「あの先生の裏情報、いくらですか?」「彼氏の浮気調査、できますか?」
そう、快斗こそが“天音”——学園の裏市場を牛耳る伝説の匿名情報屋なのだ。半年間、彼は静かにいじめっ子たちの秘密を集めてきた。リーダー格・黒川竜也のカンニング証拠。No.2・田辺健太の万引き。他の連中の裏アカや、あやしいパパ活の噂。すべての証拠は、いつでも撃てる状態にある。
唯一の味方は、快斗の正体を知るクールでドライな一学年下の後輩、真島理久。「ただのビジネスです」と言い張る理久だが、なぜか稼いだ金はいつも「調査費用」として快斗の懐に戻ってくる。
舞台は整った。学園文化祭。メインステージ、全校生徒の面前で。華麗なる逆転劇が幕を開ける——だが、物語はそこ
裏で嗤う - 復讐の終わりと新たな依頼
十月の朝の光は、文化祭の熱狂が嘘のように静かだった。
鳴海快斗は、明鏡学園の正門をくぐる。黒縁のメガネの奥の深い茶色の瞳が、まぶしさにわずかに細められた。無造作に伸びた黒髪が、生ぬるい風に揺れる。制服の襟元は、いつも通り少し乱れていた。
(何も変わらない)
心の中で、そう呟く。
昨日、体育館の巨大スクリーンに黒川竜也のカンニング映像が流れた。田辺健太の万引きが暴かれた。取り巻きたちの裏アカウントとパパ活疑惑が晒された。そして、黒川の父親である黒川征一郎のPTA会計横領の証拠までが、全校生徒と保護者の目の前に映し出された。
あれから、まだ一日しか経っていない。
校舎へ続くケヤキ坂の並木道を歩く。十月のケヤキは、まだ緑が濃い。葉擦れの音が、朝の空気に溶けていく。快斗は、その音を聞きながら、昨日の騒動を頭の中で反芻していた。
(黒川は、どうなった)
(田辺は)
(取り巻きたちは)
答えの出ない問いが、胸の奥でぐるぐると渦を巻く。
教室のある本館二階へ上がる。廊下には、文化祭の後片付けを始めた生徒たちの姿がちらほらと見えた。ダンボールを抱えた女子生徒。脚立を運ぶ男子生徒。みんな、どこか疲れた顔をしている。
快斗が教室の前に立つと、中から話し声が聞こえていた。
「ねえ、黒川くん、今日も休みかな」
「そりゃそうでしょ。あんなことになって、学校来られるわけないって」
「田辺くんも、連絡取れないらしいよ」
「マジで? あいつら、もう終わったな」
快斗は、教室のドアを開けた。
ガラリ、と音がして、教室の中の空気が一瞬で変わった。
さっきまで、ひそひそと噂話をしていたクラスメイトたちが、一斉に口を閉ざす。視線が、一斉に快斗へと集まった。
誰も、声をかけない。
ただ、じっと快斗を見つめている。
その視線には、昨日までの嘲笑はなかった。代わりにあったのは、戸惑いと、恐れと、そして、ほんの少しの好奇心。
(そうか)
(お前たちは、何も知らないまま、ただ俺を見ているのか)
快斗は、無表情のまま教室の中を進んだ。
自分の席は、窓側の最後列。
近づいて、足を止める。
机の上に、落書きはなかった。
昨日まで、毎日のように誰かが書いていた「キモイ」「消えろ」「死ね」という文字。それが、きれいに消されている。いや、消したというより、誰かが丁寧に拭き取ったような跡があった。
(誰が)
(誰が、こんなことを)
快斗は、机の表面に指先を触れた。
ひんやりと冷たい。
ロッカーの方へ目をやる。端から二番目、壁との隙間に物を落とされやすい自分のロッカー。その扉を、静かに開けた。
中は、空っぽだった。
昨日まで、ゴミや紙くずが詰め込まれていたロッカーが、何も入っていない。
(……そうか)
快斗は、小さく息を吐いた。
勝った。
復讐は、完璧に成功した。
黒川は学校に来られなくなり、田辺も姿を消した。取り巻きたちも、もう快斗をいじめる余裕などないだろう。教室の空気は、一夜にして変わった。
(これで、俺は)
(自由になったはずだ)
そう思うのに、胸の奥は、驚くほど冷えていた。
快斗は、自分の席に座った。
カバンから教科書とノートを取り出す。いつも通りの動作。いつも通りの朝。
でも、何かが違う。
(何が違うんだ)
(分からない)
(分からないけど、確かに違う)
窓の外を見る。十月の空は、雲ひとつない青空だった。
文化祭の後片付けを告げる校内放送が、遠くから聞こえてくる。
「本日は、昨日の鏡花祭で使用した備品の片付けを行います。担当の生徒は、指定の場所に集合してください」
その声を聞きながら、快斗は、目を閉じた。
(終わったんだ)
(本当に、終わったんだ)
そう、心の中で繰り返す。
昼休み。
快斗は、カフェテリア「ミラージュ」へ向かった。
本館一階に隣接する食堂。いつものように、配膳カウンターには日替わり定食のメニューが貼られている。今日の日替わりは、鶏の唐揚げ定食。四百八十円。
カフェテリアの中は、文化祭の後片付けで疲れた生徒たちで賑わっていた。
快斗は、入口近くの端の席に座る。
いつもの席。誰にも邪魔されない、壁際の一人用のテーブル。
(ここが、俺の場所だ)
そう思うと、少しだけ落ち着いた。
周囲の生徒たちが、快斗に気づく。何人かが、軽く会釈をした。昨日まで、快斗の存在を無視していた者たちが。
(……面倒くせぇ)
快斗は、会釈を返さなかった。
無視を決め込み、トレイを持って配膳カウンターへ向かう。
「あら、快斗くん。今日も日替わり?」
カウンターの向こうから、稲葉節子が声をかけてきた。六十代のベテランスタッフ。白い割烹着を着て、にこにこと笑っている。二十年間、このカフェテリアで働き続けている、明鏡学園の台所を支える存在だ。
「……ああ」
快斗は、小さく頷いた。
稲葉は、快斗のトレイに、唐揚げ定食を盛り付ける。
そして、他の生徒には絶対にやらないことを、今日もやった。
唐揚げを、ひとつ、ふたつ、みっつ。
こっそりと、多めに盛る。
「今日は、サービス」
稲葉が、いたずらっぽくウインクした。
快斗は、無言で、小さく頷いた。
(この人だけだ)
(俺に、普通に接してくれるのは)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
「……ありがとう」
声に出したのは、たったそれだけだった。
でも、稲葉には、十分伝わったらしい。
「いいのよ。あんた、ちゃんと食べなさい。最近、痩せたんじゃない?」
稲葉の言葉に、快斗は、何も答えなかった。
ただ、トレイを受け取って、自分の席に戻る。
席に座り、箸を取る。
唐揚げを、ひとつ口に入れた。
熱い。
衣がカリッとしていて、中から肉汁が溢れ出す。
(うまい)
(いつも通り、うまい)
快斗は、無言で食事を続けた。
周囲の視線は、まだ快斗に注がれている。でも、もう気にならなかった。
ただ、食べる。
唐揚げを。ご飯を。味噌汁を。
(復讐が終わったのに)
(俺は、こんなに普通の飯を食っている)
そのことが、不思議だった。
祝勝感は、ない。
達成感も、ない。
あるのは、ただ、言い知れぬ空虚さだけ。
(勝ったのに)
(勝ったのに、なんで)
快斗は、箸を置いた。
窓の外を見る。カフェテリアの窓からは、体育館の白い壁が見えた。
昨日、あの体育館で、すべてが変わった。
(俺は、何を手に入れたんだ)
(何を失ったんだ)
答えは、出なかった。
放課後。
快斗は、本館四階の第二資料室へ向かった。
文化祭の後片付けで、校内はまだ慌ただしい。廊下を歩く生徒たちの声が、遠くから聞こえてくる。
でも、四階は静かだった。
特別教室が並ぶこの階は、放課後になると人通りがほとんどなくなる。第二資料室は、その突き当たりにある。
快斗は、ポケットから合鍵を取り出した。
旧式のシリンダー錠に、鍵を差し込む。
カチリ。
小さな音がして、ドアが開いた。
中は、薄暗い。
古い書架が六本、埃をかぶった百科事典が約二百冊。使われなくなった旧型プロジェクターが一台、部屋の隅に置かれている。
「遍」の作戦本部。
快斗は、書架の裏に手を伸ばした。
サブスマホと小型ノートPC、モバイルバッテリー、USBメモリ数本。それらが、埃まみれの百科事典の裏に隠されている。
サブスマホを取り出し、電源を入れる。
画面が明るくなる。
ヴェイルのアイコンをタップした。
暗号化メッセージアプリ「ヴェイル」。エンドツーエンド暗号化に加え、一定時間後のメッセージ自動消去機能を備えた、情報屋「遍」の生命線。
送信履歴が、画面に表示される。
昨日、文化祭の開会式で映像を流した後、快斗は何件かの依頼に返信をしていた。
「黒川のカンニング動画、見ました。すごいですね」
「遍さん、あの映像、どうやって手に入れたんですか?」
「今度、私もお願いしたいことがあるんですが」
そんなメッセージが、いくつも届いている。
(騒ぎになったからな)
(遍の名前も、さらに広まった)
快斗は、無表情で画面をスクロールした。
その時、ドアの鍵が回る音がした。
カチリ。
快斗は、反射的にサブスマホを書架の裏に隠した。
ドアが開く。
「……やっぱり、ここにいた」
入ってきたのは、真島理久だった。
白髪のロングストレートを後ろで一つにまとめた、切れ長の灰青色の瞳を持つ少年。明鏡学園の制服を、だらしなく着崩している。顔立ちは整っているが、感情をあまり出さない、クールな印象の後輩。
快斗の正体を知る、唯一の共犯者。
「合鍵、まだ使ってるんだ」
理久は、手に持った鍵をポケットにしまいながら言った。
「……お前もな」
快斗は、書架の裏からサブスマホを取り出した。
「それ、まだ使ってるの?」
理久が、サブスマホを指差す。
「当たり前だろ」
快斗は、サブスマホをポケットにしまった。
理久は、部屋の中央まで歩いてくると、古い椅子に腰を下ろした。
ギシリ、と椅子が軋む。
「黒川家の件、情報が入ったよ」
理久の声は、相変わらず淡々としていた。
「……聞かせろ」
快斗は、窓際に立った。
窓からは、体育館が見える。文化祭の後片付けで、生徒たちが機材を運び出しているのが見えた。
「まず、警察がPTA会計の帳簿を押収した」
理久が、指を一本立てる。
「黒川征一郎は、任意聴取を受けた。まだ逮捕はされてない。でも、時間の問題だと思う」
快斗は、黙って聞いていた。
「それから、二階堂事件の担当だった元管理職。もう異動してる。今の学校には、あの事件のことを詳しく知ってる教師は、ほとんど残ってない」
理久の言葉に、快斗の眉がわずかに動いた。
(二階堂事件)
四年前。快斗が中学一年生の時に起きた、明鏡学園中等部でのいじめ隠蔽事件。
当時の中等部三年生・二階堂という生徒が、いじめ被害を学校に訴えた。しかし学校側は、PTAの圧力を理由に調査を握り潰し、二階堂は転校を余儀なくされた。公式には「家庭の事情による転校」として処理され、記録上、いじめの痕跡は残っていない。
快斗は、その事件を、間近で見ていた。
(あの事件が、俺の原点だ)
(学校に助けを求めても無駄だって、あの時、学んだ)
「……そうか」
快斗は、短く答えた。
窓の外では、生徒たちが体育館から機材を運び出している。
理久は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、鳴海先輩」
理久が、快斗の方を向いた。
灰青色の瞳が、快斗を真っ直ぐに見つめる。
「文化祭のステージを選んだ理由、教えてくれる?」
快斗は、窓の外を見つめたまま、しばらく沈黙した。
体育館の白い壁。
あのステージ。
あの百五十インチのスクリーン。
(教えても、いいか)
(いや、教えなくても、こいつはもう知ってるんだろう)
快斗は、ゆっくりと息を吐いた。
「……半年かけて、証拠を集めた」
ぽつり、と言葉をこぼす。
「黒川のカンニング。田辺の万引き。取り巻きの裏アカ。パパ活疑惑。全部、俺が一人で調べた」
理久は、黙って聞いている。
「最初は、ただの腹いせだった」
快斗の声は、静かだった。
「いじめられて、悔しくて、でも、やり返す力なんてなくて。だから、せめて、あいつらの弱みを握ってやろうと思った」
(そうだ)
(最初は、本当に、ただの腹いせだった)
「でも、調べていくうちに、分かったんだ」
快斗は、窓ガラスに手を触れた。
ひんやりと冷たい。
「黒川の父親が、PTAの副会長で。学校に、ものすごい権力を持ってるって」
「だから、教師たちは、黒川を処分できない」
理久が、静かに続けた。
「ああ。宮園も、教頭も、みんな知ってるのに、見て見ぬふりをしてる」
(あの教師たちは、俺がいじめられていることを知っていた)
(でも、誰も助けなかった)
「……それで、文化祭を選んだ」
快斗は、窓の外の体育館を、じっと見つめた。
「全校生徒が集まる場所で、保護者も来る場所で、あいつらの秘密を全部ぶちまけてやれば、もう逃げられない」
「学校も、PTAも、世間も、全部巻き込んで、黒川を終わらせられる」
快斗の声は、最後の方は、ほとんど囁きだった。
「……それが、俺の復讐だった」
理久は、何も言わなかった。
ただ、快斗の背中を見つめている。
沈黙が、部屋の中を満たした。
遠くから、文化祭後片付けの校内放送が聞こえてくる。
「体育館の機材を運び出した生徒は、ステージ袖の道具を整理してください」
その声が、やけに遠く感じられた。
「……二階堂事件のことは、知ってるだろ」
快斗が、ぽつりと言った。
「四年前、中等部でいじめがあって、被害者の生徒が訴えたのに、学校が握り潰した」
「知ってる」
理久が、小さく頷いた。
「俺は、あの事件を、間近で見てた」
快斗の声が、わずかに震えた。
「二階堂先輩が、どんなに必死に訴えても、誰も聞いてくれなかった。先生も、親も、誰も」
(あの時の、二階堂先輩の顔)
(今でも、覚えている)
「だから、俺は、学校に助けを求めなかった。自分の力で、復讐するって決めた」
快斗は、窓から離れた。
理久の方へ、体を向ける。
「……これで、全部だ」
快斗の目は、冷たかった。
でも、その奥に、ほんの少しだけ、何かが揺れていた。
理久は、快斗の目を、じっと見つめていた。
それから、ふっと、口元を緩めた。
「……そう。よく分かった」
理久の声は、少しだけ、柔らかかった。
「じゃあ、僕の番だ」
理久が、椅子から立ち上がった。
「黒川家の横領証拠、勝手に追加したこと、謝るつもりはないよ」
快斗の眉が、ぴくりと動いた。
「勝手にやった。でも、面白かっただろ?」
理久は、にこりとも笑わずに、そう言った。
快斗は、一瞬、カチンときた。
(こいつ)
(相変わらず、人の神経を逆撫でするのが上手い)
「……お前な」
快斗が、低い声で言いかける。
しかし、理久は、まるで気にした様子もなく、続けた。
「でも、あの横領証拠がなかったら、黒川征一郎はまだ生き残ってたよ。息子のカンニングくらいじゃ、PTA副会長は潰せない」
(……それは、そうだ)
(理久の言う通りだ)
快斗は、反論できなかった。
理久が集めた黒川征一郎の横領証拠は、正確で、完璧だった。あれがなければ、黒川家は、まだ学校に居座り続けていたかもしれない。
「……情報は、正確だった」
快斗は、不本意ながら、認めた。
「助かった」
理久は、少しだけ目を見開いた。
それから、ふっと、微笑んだ。
「……どういたしまして」
その笑みは、今まで見た中で、一番、柔らかかった。
(こいつ、こんな風に笑うのか)
快斗は、少しだけ、理久のことを見直した。
ビジネスを超えた、静かな信頼。
それが、確かに、二人の間に生まれていた。
恋愛とも、怒りともつかない、微妙な空気。
理久が、窓の外を見た。
夕暮れが近づいている。空が、オレンジ色に染まり始めていた。
「……明日から、教室でどうする?」
理久が、突然、そう尋ねた。
「いじめは、終わった。黒川も、田辺も、もういない。君は、これから、どうするの?」
快斗は、答えに詰まった。
(どうする)
(そんなこと、考えたこともなかった)
「……今までと同じだ」
快斗は、静かに答えた。
「静かにしてる」
でも、その声には、わずかな迷いが混ざっていた。
(今までと同じ)
(本当に、それでいいのか)
(復讐は、終わった)
(もう、戦う相手はいない)
(じゃあ、俺は、何のために)
快斗の胸の奥に、ぽっかりと穴が開いたような感覚があった。
目的を失った。
復讐という、半年間の目標を。
「……そっか」
理久は、それ以上、何も言わなかった。
夕暮れの光が、第二資料室の中に差し込んでくる。
古い百科事典の背表紙が、オレンジ色に照らし出された。
——その時だった。
ブーッ。
快斗のポケットの中で、サブスマホが振動した。
新着通知。
快斗は、サブスマホを取り出した。
画面を開く。
ヴェイルの新規メッセージが、一件届いていた。
差出人は、匿名ハンドルネーム。
「K」という、一文字だけの名前。
(誰だ)
快斗は、メッセージを開いた。
そこには、短い依頼文が書かれていた。
『黒川征一郎が、かつて息子の竜也ではなく、別の生徒の件で関わった隠蔽工作に関する情報を調べてほしい。4年前の中等部、二階堂という名前を知っているか?』
快斗の顔色が、変わった。
(二階堂)
(黒川征一郎が、二階堂事件に関わっていた?)
(俺が知らない、黒川家の関与?)
指先が、わずかに震えた。
「……どうしたの?」
理久が、快斗の異変に気づいて、近づいてくる。
快斗は、無言で、サブスマホの画面を理久に見せた。
理久が、画面を覗き込む。
灰青色の瞳が、依頼文を読み取っていく。
「……二階堂」
理久の声が、わずかに低くなった。
「黒川征一郎が、あの事件に関わってたってこと?」
「……分からない。でも、そういうことだろ」
快斗は、サブスマホを握りしめた。
(二階堂事件には、俺が知らない黒川家の関与があった)
(もし、それが本当なら)
(俺の復讐は、まだ終わっていない)
理久が、快斗の顔を、じっと見た。
「……だから言ったんだ」
理久の声は、静かだった。
「これで終わりかどうか、って」
(あの夜、体育館で)
(理久は、確かに、そう言った)
(「お前、本当にこれで終わりだと思ってるのか?」)
(その意味が、今、分かった)
快斗は、唇を噛んだ。
遠くから、文化祭後片付けの校内放送が、まだ聞こえている。
「本日の片付けは、午後五時までです。生徒の皆さんは、時間までに作業を終えてください」
その声が、やけに、遠く聞こえた。
快斗は、第二資料室の窓の外を、静かに見つめた。
夕焼けが、体育館の白い壁を、赤く染めている。
(真実への扉が、また開いた)
(二階堂事件)
(黒川征一郎)
(そして、差出人不明の依頼者「K」)
(調べなければならない)
(調べずには、いられない)
快斗は、自分の歪んだ正義感を、自覚していた。
復讐は、終わったはずだった。
でも、真実は、まだ、快斗を離してくれない。
「……理久」
快斗が、静かに呼びかけた。
「何?」
理久が、快斗の横に立つ。
二人の影が、夕暮れの第二資料室に、長く伸びていた。
「……この依頼、受ける」
快斗の声は、小さかった。
でも、その目は、もう迷っていなかった。
サブスマホを握る手に、力がこもる。
画面には、まだ、依頼文が表示されたままだった。
『4年前の中等部、二階堂という名前を知っているか?』
その文字が、夕暮れの光の中で、じわりと浮かび上がっていた。
(知っている)
(知っているとも)
(あの事件は、俺のすべての始まりだ)
快斗は、サブスマホを、静かにポケットにしまった。
そして、もう一度、窓の外を見た。
体育館の向こうに、沈みかけた太陽が、最後の光を放っていた。
(二階堂事件の真実)
(黒川家の隠蔽工作)
(そして、俺に依頼を送ってきた「K」の正体)
(すべてを、暴く)
快斗の心の中で、新たな炎が、静かに燃え上がっていた。
復讐の終わりは、新たな復讐の始まりだった。Noveliaとは?
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