極星寮・今日も平和(?)です!
日本一の料理学園・遠月茶寮料理学園。その片隅に建つ、築六十八年のおんぼろ寮「極星寮」――通称・変人の巣。
発酵食品を爆発させる先輩、風呂上がりは常にふんどし一丁の一色先輩、そして笑顔の奥に鬼を飼う寮母・文緒さん。そんな個性豊かな住人たちに囲まれて、創真の寮生活は今日も賑やかだ。
ある日突然言い渡された「部屋の掃除チェック」。最低評価には地獄の読書レポート十冊が待っている――はずが、創真の部屋は不用品と謎の食材に埋め尽くされた、もはや災害現場。
「この食材、まだ使えるんじゃね?」
掃除そっちのけで始まる新作料理への挑戦。北欧産の激臭缶詰、刃こぼれ包丁、謎の乾物たち。果たして創真は、一週間でこの惨状を切り抜け、文緒さんの逆鱗から逃げ切れるのか――?
騒がしくて、ちょっと美味しそうな寮生活コメディ、開幕!
極星寮・今日も平和(?)です! - 極星寮、絶体絶命の掃除予告
日曜の夕方。
極星寮のリビングは、なんだか妙に静かだった。
いつもなら夕飯の仕込みをする誰かの包丁の音とか、変な食材を発酵させてる実験の匂いとか、一色先輩のふんどし姿がチラついたりとか、とにかく騒がしいのに。
今日は寮生十人くらいが、全員ソファに座らされてピシッとしてる。
理由は一つ。
目の前に立ってる小柄な女性――大御堂文緒さんが、すごく怖いからだ。
「……創真くん」
隣に座ってる田所恵が、俺の袖をちょいちょいと引っ張る。声が震えてる。
「やっぱり文緒さん、今日なんだか怖い顔してない……?」
「そうか? いつも通りじゃねえか」
俺は言いながら、文緒さんを見た。
白髪交じりの短い髪を後ろで小さなお団子にしてて、普段は細くて優しい目をしてる。身長は百五十二センチくらいかな。いつもニコニコしてて、たまに厨房で失敗した料理を「もったいないから」って食べてくれる、優しい寮母さん。
でも今日は、その目がちょっと開いてる。
しかも、鋭い。
「皆さん、お揃いのようですね」
文緒さんが口を開いた。声は静かだけど、リビングの空気がピンと張り詰める。
俺は左腕に巻いた白い布巾をちょっと触りながら、彼女の様子をうかがった。
遠月茶寮料理学園――日本で一番すごい料理の学校。ここは東京の郊外にあって、敷地はめちゃくちゃ広い。東京ドーム百個分って聞いたときは、冗談かと思った。
その学園の中でも、極星寮はちょっと変わってる。
築六十八年の木造二階建て。今は十人くらいしか住んでないけど、昔から「変人の巣」って呼ばれてるらしい。確かに、夜中に発酵食品を作って爆発させるやつとか、ふんどしでうろつく先輩とか、普通じゃない。
でも俺は、ここが結構好きだった。
「本日、皆さんにお知らせがあります」
文緒さんが一歩前に出る。
その瞬間、寮生たちの背筋がピンと伸びた。
「一週間後、部屋の掃除チェックを行います」
「うっ」
誰かが息を呑む音。
「基準は清潔度、整理整頓、食材の適切な保管。五段階評価で最低評価を受けた者には――」
文緒さんの目が、スッと細くなる。
「課題図書十冊分の読書レポートを課します」
リビングがざわついた。
「じゅ、十冊……!」
「図書館の料理専門書って、一冊四百ページはあるよな……?」
「一週間で十冊って、寝る間ないんじゃ……」
みんなの顔が青ざめてく。
俺は頭をガシガシかきながら考えた。
(十冊のレポートかあ……めんどくさそうだな)
でもまあ、なんとかなるだろ。
父さんの口癖じゃないけど、「そのうちやればいい」ってやつだ。
「創真くん、大丈夫なの!? 部屋、片付いてるの!?」
恵が焦った顔でこっちを見る。花柄のピン止めが揺れてた。
「まあ、なんとかなるだろ。まだ一週間あるし」
「で、でも……文緒さんが怒ると、すごく怖いんだよ……?」
「大丈夫大丈夫。俺、部屋のことはちゃんと――」
言いかけた時だった。
「――創真くん」
後ろから声がした。
振り返ると、風呂上がりらしい一色慧先輩が立ってる。
……ふんどし一丁で。
「一色先輩、服着てください」
「うん? ああ、すまないね。風呂上がりはこれが一番落ち着くんだ」
一色先輩はニコニコしながら、タオルで濡れた髪を拭いてる。茶色がかった髪がしっとりしてて、細めの体格がよくわかる。
遠月の高等部二年生で、料理の腕はすごい。でもそれ以上に、この人の「ゆるさ」は極星寮でもトップクラスだ。
「ところで創真くん、さっきの文緒さんの話、聞いていたかい?」
「掃除チェックのことっすか? まあ、大丈夫っすよ」
「きみの部屋、床が見えないよ」
一色先輩が、あくまで穏やかに言った。
「……は?」
「このあいだ通りかかった時、ドアが少し開いててね。ちらっと見えたんだが――」
一色先輩の目が、わずかに真剣な色になる。
「段ボール箱で床がまったく見えなかった。あれはちょっと、掃除チェック以前の問題かもしれない」
「ま、マジすか」
「マジだよ」
俺はごくりと唾を飲んだ。
一色先輩がこんなに真剣な顔をするなんて、めったにない。
(やばい)
俺は立ち上がった。
「ちょっと部屋見てきます!」
俺はリビングを飛び出して、廊下を走る。
二階の突き当たり、右側の角部屋。
ここが俺の部屋だ。
ドアを開けた瞬間――
「……うわ」
思わず声が出た。
六帖の和室。
窓からは学園の森が見える、いい部屋のはずなのに。
床が、ない。
段ボール箱が八つ。ビニール袋の山。何かの乾物っぽいものの束。柄の折れたフライパンが三枚、刃こぼれした包丁が二本、歪んだ泡立て器が五本。
それらが床を埋め尽くして、布団と机までの道もない。
「これ、全部俺の部屋に押し込まれたやつだ……」
思い返せば、先輩や同級生から「ちょっと預かってくれ」「これ、もう使わないからやるよ」って言われて、断れずに受け取ってた。
俺の部屋は、いつの間にか不用品の墓場になってたんだ。
「これ、一週間で片付くのか……?」
頭をガシガシかく。
(十冊のレポート、マジでやばいって)
文緒さんの怖さは、寮の伝説だ。
昔は遠月の十傑だったっていう噂もある。卒業後は有名レストランの料理長をしてたのが、なぜか極星寮の寮母に。
怒らせると一番怖いって、先輩たちは口を揃えて言う。
「……でも」
俺は段ボールの山を見つめた。
琥珀色の目が、好奇心でちょっと光る。
「この食材、まだ使えるのあるんじゃね?」
一番近くの段ボールを開けてみる。
中には真空パックの発酵食品、乾燥ハーブ、ラベルの剥がれた瓶詰め、見たこともない北欧産の缶詰。
「面白くなってきた!」
俺はニヤリと笑った。
(そうだ。この食材で新作料理を作れば、掃除もついでに終わる)
掃除しながら料理の実験もできる。一石二鳥じゃねえか。
俺は早速、缶詰を一つ手に取った。
スウェーデン語のラベルが貼ってある。何かの魚っぽいイラスト。
「これ、絵里奈が持ってたやつか……?」
そういえばあいつ、発酵食品の研究をしてたっけ。なんで俺の部屋に――まあいいか。
(開けてみるか)
プルタブに指をかける。
プシュッ。
「……ん?」
次の瞬間、部屋中に信じられないような匂いが充満した。
「うわっ、くっさ!!」
鼻をつまんでも無駄だった。目にまでしみる。
「なんだこれ、腐ってんのか!? いや、そういう仕様か……!?」
俺は咳き込みながら、窓を開け放った。
風が入ってきて、少しマシになる。
「はあ……はあ……すげえ匂いだな……」
缶詰を恐る恐る見る。
中には液体に浸かった魚が入ってる。発酵ニシン。
(北欧の発酵食品か。研究対象としては面白いけど、部屋で開けるもんじゃねえな)
俺は缶詰に蓋をして、ビニール袋に何重にも包んだ。
それから部屋を見渡す。
「やっぱ、まずは仕分けからだな」
俺は腕まくりをした。左腕の白い布巾をちょっと締め直す。
使える食材と、完全にダメなやつ。壊れた調理器具は修理できるかどうか。
(一週間でここを片付ける。料理の実験もする。レポートは絶対に回避する)
「やるぞ!」
声に出して、自分に気合を入れる。
ドアの向こうから、恵の声がした。
「創真くん!? なんだかすごい匂いが……!」
「入ってくんな! 今、危険地帯になってる!」
「ええっ!?」
俺は笑った。
(さて、一週間の戦いが始まるぜ)
部屋の奥には、まだ開けてない段ボールが山積みだ。
この中に何が入ってるかは、もう少し仕分けしてみないとわからない。
壊れたフライパン、刃こぼれした包丁、謎の乾物、絵里奈の缶詰。
全部を片付けて、料理に変える。
(掃除チェック、突破してやる)
窓から夕日が差し込んで、散らかった部屋をオレンジ色に染めてた。
明日から本格的に取りかかろう。
今夜はまず、この匂いをなんとかしないと――。Noveliaとは?
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