それぞれの「帰る場所」
剣と魔法の世界。冒険者ギルドが管理する無数のダンジョンを抱える商業都市アヴェル。鋼の双剣を振るう細身の青年ジルと、弓と付与魔法を操る少女フィナは、利益の分配をめぐる終わりのない口論の末、渋々コンビを組まされていた。素直になれない二人はいつも言い争いながらも、地下では完璧に息を合わせて戦う。フィナはジルに一目惚れしていたが、実家の大家族への義理を盾にその想いを隠していた。ジルは自分は価値がないと信じ込み、己の感情を抑えつけていた。周囲の誰もが真実に気づいている——二人自身を除いて。
母が倒れたという手紙を受け取ったフィナは、金を稼ぐため密かに危険な高難度クエストを受ける。ジルは彼女の様子がおかしいことに気づき、深層ダンジョンへと後を追う。そこで二人は予想外の強敵に直面する。フィナを守るため、ジルは無謀な双剣流を解き放ち、フィナは必死に付与魔法で彼を支える。危機を乗り越えたジルは、フィナを失うことの方が自分の弱さを認めるより辛いと悟り、フィナもようやく素直な気持ちを受け入れる。
街に戻ると、お節介な不動産仲介人バルドに出会う。傷だらけの二人を若いカップルと勘違いした彼は、上機嫌でアパー
それぞれの「帰る場所」 - 雨宿りの誤解 ~若いカップルさん、いらっしゃい!~
アーヴェルの空は、朝からずっと重たく曇っていた。
東区の街道沿い、石畳の上を歩く二人の影。ジルとフィナは、買い出しの帰り道だった。ジルの背中には、宿屋で使う日用品の入った麻袋。フィナの手には、弟妹に送るための小さな包み。二人の間には、いつものように少しだけ距離があった。
「……雲、あんなに黒いのに。あんた、傘持ってきてないの?」
フィナが空を見上げて言った。朱が入った金髪が、湿った風にふわりと揺れる。緑がかった灰色の瞳が、不機嫌そうに細められた。
「ごめん。朝はまだ晴れてたから、大丈夫かと思って」
ジルは困ったように笑った。褐色がかった黒髪が、湿気で少しぺたんとしている。海のように深い青の瞳が、申し訳なさそうに揺れた。
「思って、じゃないわよ。この時期の空は、すぐ変わるんだから」
フィナはぷいっと横を向いた。だが、その口調には、本気で怒っているわけではない柔らかさがあった。二人がコンビを組むようになってから、こういうやりとりは何度も繰り返してきた。お互いに、もう慣れている。
(でも、本当に降りそうだな)
ジルは空を見上げた。分厚い雲が、今にも泣き出しそうに低く垂れ込めている。遠くの空で、ゴロゴロと低い音が聞こえた。
「急ごう。宿まであと少しだ」
ジルが足を速めようとした、その瞬間だった。
ポツリ。
額に、冷たいものが落ちた。
ポツリ、ポツリ、ポツポツポツ。
次の瞬間には、もう土砂降りだった。
ザァァァァッ!!
「わっ!?ちょっと、すごい雨!」
フィナが悲鳴を上げる。ジルはとっさに自分の上着を脱ぎ、フィナの頭の上に広げた。
「走るぞ!あそこ、あの店の軒下!」
ジルが指さしたのは、街道沿いに建つ木造二階建ての建物だった。店先には「お気軽にご相談ください」と書かれた看板が、雨に濡れて揺れている。バルド不動産——アーヴェル東区で三代続く、建物売買の仲介業だ。
二人は濡れた石畳を蹴って、その軒下に駆け込んだ。
「……びしょびしょ」
フィナは濡れた前髪を手で払いながら、ため息をついた。ポニーテールに結った金髪から、水滴がぽたぽたと落ちている。軽装の革鎧も、木綿のシャツも、ぐっしょりと濡れていた。
「これで拭けよ。まだ乾いてる部分があるから」
ジルは麻袋から、買ったばかりの布を取り出してフィナに差し出した。
「……いいの?それ、あんたが買ったやつでしょ」
「使ったらいい。俺は平気だから」
フィナは一瞬ためらったが、素直に布を受け取った。濡れた頬を、ごしごしと拭く。
(あんたは、そうやってすぐ自分を後回しにするんだから)
フィナは心の中でそう思った。でも、口には出さない。出せない。
ジルは自分の髪を手で絞りながら、雨の様子をうかがっていた。街道にはもう人通りがなく、雨音だけが世界を満たしている。水しぶきが石畳に跳ね、軒先からは滝のように水が流れ落ちていた。
「……しばらく止みそうにないな」
「そうね。こんな時に限って」
フィナは腕を組んで、雨をにらんだ。濡れたシャツが体に張り付いて、少し肌寒い。
その時だった。
ガラリ、と音がして、店の扉が内側から開いた。
「おやおや、こりゃ大変ですな!」
現れたのは、白髪交じりの豊かな髭を蓄えた小太りの男だった。頭頂部は少し薄いが、それを気にしている様子はない。人の良さそうな茶色の瞳が、笑うと糸のように細くなる。腹を擦りながら、にこにこと二人を見た。
「こんな土砂降りの中、軒下で雨宿りとは。風邪をひいてしまいますぞ。ささ、中へどうぞどうぞ!」
「え、でも、俺たち買い物に来たわけじゃ」
「何を言いますか!こんな若いお二人さんを、雨の中に放っておけるわけがないですな。さあさあ、遠慮はいりませんぞ!」
男は有無を言わせず、二人の背中を押して店の中へ招き入れた。
店の中は、木の温もりを感じる落ち着いた空間だった。壁には所狭しと物件の間取り図が貼られ、棚には分厚い帳簿が並んでいる。カウンターの上には、小さな魔石ランプが暖かな光を放っていた。
「ほれ、タオルですぞ。お二人さん、頭を拭きなされ」
男は奥からタオルを二枚持ってきて、ジルとフィナに手渡した。
「ありがとうございます。助かります」
「……ありがとう、ございます」
フィナは小さな声で礼を言って、濡れた髪をタオルで拭いた。
男は二人をじっくりと眺め、にこにこと笑った。
「いやあ、それにしても」
男は腹を擦りながら、うんうんと頷いた。
「お若いカップルさん、いらっしゃい!いやあ、雨宿りとはまた、風情がありますなあ!」
「えっ」
「なっ……」
二人の声が重なった。
「ち、違います!俺たちはそういうのじゃなくて!」
ジルが慌てて否定する。
「そ、そうです!あたしたちは、ただの冒険者で、パーティーで、それも成り行きで組んでるだけで!」
フィナも顔を赤くして、早口でまくし立てた。
だが、男はまったく聞く耳を持たなかった。
「ははあ、照れ屋さんですねえ。いやいや、若いっていいですなあ。わしにも若い頃はありましたぞ」
男は遠い目をして、それから急に身を乗り出した。
「して、お二人さん。新居をお探しですな!?」
「は!?いや、だから違うって」
「探してません!全然探してません!」
二人は同時に叫んだ。だが、男はにこにこと笑ったまま、カウンターの下から何かを取り出した。
分厚い、間取り図の束だった。
「いやあ、お二人さん、いいところに来られましたな。わし、バルドと申します。このバルド不動産、三代続きの老舗でございますぞ。若いカップル向けの物件なら、アーヴェルでわしの右に出る者はいませんでごわす!」
バルドは間取り図の束をカウンターに広げ始めた。目が輝いている。完全に商売モードだ。
「……話を聞いてないな、この人」
フィナがジルに小声で言った。
「……ああ。でも、雨が止むまでだ。我慢しよう」
ジルも小声で返す。
「ではまず、こちらから!東区の静かな住宅街にある、厨房付きのアパートですぞ!」
バルドは一枚の間取り図を指さした。
「お二人で住むにはちょうどいい広さですな。台所が広いのが自慢で、若い奥様方に人気の間取りでございます。朝は市場で買った新鮮な野菜を、ここで調理できる。素晴らしいですなあ!」
「だから、あたしたちはカップルじゃないって言ってるでしょ!」
フィナの声が裏返る。顔は耳まで真っ赤だ。
「ははあ、照れ隠しですな。分かりますぞ、そのお気持ち。わしも若い頃は、妻のセラにそうやって照れ隠しをしておりましたでごわす」
「違います!照れ隠しとかじゃなくて、本当に違うんです!」
ジルも必死だ。
「いやいや、最初はみんなそう言うんですよ。でも、住まいを決めるのは大事なこと。将来設計は、早ければ早いほどいいですからなあ」
バルドはまったく動じない。むしろ、二人の反応を楽しんでいるようにさえ見える。
「では次は、こちら!庭のある一軒家ですぞ!将来、お子さんができたら、庭で遊ばせることもできますな。この辺りは子育てにもいい環境で、学校も近い。安心ですぞ!」
「こ、子育てって……」
フィナの顔が、さらに赤くなった。耳の先まで真っ赤だ。
(あたしと、ジルと、子供……?)
一瞬、想像してしまった。小さな庭で、金髪の子供が走り回っている。それを、ジルと一緒に眺めている自分。
(な、なに考えてるのよ、あたし!?)
フィナはぶんぶんと首を振った。心臓が早鐘のように鳴っている。顔から火が出そうだ。
「フィナ、大丈夫か?顔、真っ赤だぞ」
ジルが心配そうにフィナの顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫に決まってるでしょ!別に、何でもないわ!」
フィナはジルから顔を背けた。声が上ずっている。
(あんたのせいで、こんなにドキドキしてるのに)
フィナは心の中でジルに八つ当たりした。
バルドはそんな二人の様子を、にこにこと見守っていた。
「おやおや、お二人さん、本当に仲がよろしいですなあ。見ているこちらが恥ずかしくなりますぞ」
「仲良くないです!」
「仲良くないわよ!」
二人の声が、また重なった。
「ははあ、息ぴったりですな。これぞまさに、以心伝心。若いっていいですなあ」
バルドは感動したように、目頭を押さえた。
「……何を言っても無駄みたいね」
フィナは諦めたように、小さくため息をついた。
(でも、この人、悪い人じゃないのよね。ただ、ちょっとお節介なだけで)
フィナはバルドの顔をちらりと見た。白髪交じりの髭、人の良さそうな笑顔。悪意は、かけらも感じられない。
「ではでは、次はこちらですぞ!南区の新しい物件で、なんと、バルコニーから螺旋迷宮の入り口が見えるんですなあ!」
バルドはさらに間取り図を広げた。
「冒険者さんにはたまらない立地ですぞ!朝起きて、バルコニーで深呼吸。今日も頑張るぞ、と気合を入れて、すぐにダンジョンへ。帰りもすぐに家に着く。素晴らしいですなあ!」
「……いや、だから、俺たちは新居を探してるわけじゃ」
「お二人さん、冒険者さんですな?いやあ、それはそれは。冒険者さんなら尚更、帰る場所は大事ですぞ!」
バルドは身を乗り出した。
「ダンジョンで命がけで戦って、帰る家がなかったら、どこで休むんです?休まらなかったら、次の戦いで死んでしまいますぞ。わしはね、冒険者さんの帰る場所を用意するのが、この仕事の誇りでございますでごわす!」
その言葉に、ジルは少しだけ心を動かされた。
(帰る場所、か)
ジルには、故郷と呼べる場所がない。宿屋の一室が、今の彼のすべてだった。
(でも、俺なんかが、そんなことを考えても仕方ない)
ジルは小さく首を振った。
「……お気持ちはありがたいんですけど、本当に、そういう予定はないんです」
ジルは丁寧に、もう一度だけ伝えた。
バルドはじっとジルの顔を見て、それから、にっこりと笑った。
「ええ、ええ、分かっておりますとも。今日は雨宿りですからな。でも、いつか必要になったら、ぜひわしを思い出してくださいな」
バルドはそう言って、二人に温かいお茶を出してくれた。
「……ありがとうございます」
「……ありがとう、ございます」
二人は湯気の立つお茶を、少しずつ飲んだ。冷えた体に、温かさが染みていく。
(この人、やっぱり悪い人じゃないわ)
フィナはお茶を飲みながら、そう思った。
(でも、カップルって……あたしと、ジルが……)
フィナの胸が、またドキドキと音を立てる。
(違う。違うわ。あたしたちは、ただのパーティーメンバー。分け前の話で、仕方なく組んでるだけ。それだけなんだから)
フィナは自分に言い聞かせた。でも、心臓の音は、ちっとも静かにならなかった。
ジルはジルで、フィナの様子をちらちらと気にしていた。
(フィナ、さっきから黙り込んでる。やっぱり、カップルだって言われて、嫌だったんだろうか)
ジルの胸に、ちくりと小さな痛みが走る。
(俺なんかとカップルに間違われたんじゃ、不愉快だよな。申し訳ないことをした)
ジルはそう考えて、さらに自己評価を下げた。
雨は、まだ降り続いていた。
「お、雨が小降りになってきましたな」
バルドが窓の外を見て言った。
いつの間にか、土砂降りは小雨に変わっていた。空はまだ暗いが、遠くの雲の切れ間から、うっすらと光が差している。
「……今のうちに帰りましょう。ありがとうございました」
ジルは立ち上がり、バルドに頭を下げた。
「お世話になりました」
フィナも続いて頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ、楽しい時間をありがとうございましたぞ。またいつでもいらしてくださいね!良い物件が入ったら、ギルドのほうにも知らせに行きますから!」
「ギルドに!?いや、本当に大丈夫ですから!」
ジルは慌てて手を振った。
「ははあ、遠慮なさらず。お二人さんの未来のために、わしが一肌脱ぎますぞ!」
バルドは腹を擦りながら、豪快に笑った。
(この人、絶対にギルドに来るわ)
フィナは確信した。そして、その時のことを想像して、さらに顔が赤くなった。
「……行くわよ、ジル」
フィナは早足で店を出た。
「あ、ああ。それでは、本当にありがとうございました」
ジルはもう一度礼をして、フィナの後を追った。
小雨の中、二人は宿屋へ向かって歩き出した。
しばらく、無言だった。
雨に濡れた石畳が、足音を吸い込む。遠くで、雷の音が小さく聞こえた。
(気まずい)
ジルは思った。
(さっきの、カップルだって話。フィナはどう思ったんだろう。やっぱり、嫌だったよな。俺なんかと間違われて)
ジルはちらりとフィナを見た。フィナは前を向いたまま、何も話さない。その横顔は、雨に濡れて、どこか寂しそうに見えた。
(俺が、彼女に不愉快な思いをさせたんだ)
ジルはそう結論づけた。
「……なあ、フィナ」
ジルは意を決して、口を開いた。
「……何よ」
フィナは前を向いたまま答えた。
「さっきみたいに、誤解されるようなこと、するなよ」
ジルは、精一杯の気遣いのつもりで言った。
(俺なんかと一緒にいると、お前まで変な目で見られる。だから、距離を置いたほうがいい)
そう伝えたかった。
でも、フィナの耳には、まるで違う言葉として届いた。
(誤解されるようなこと、するな?)
(あたしが、あんたと一緒にいるから、誤解されたって言うの?)
(あたしが、悪いみたいじゃない)
フィナの足が、ぴたりと止まった。
「……そっちこそ」
フィナは振り返らずに、小さな声で言った。
「そっちこそ、あたしと一緒にいなきゃ、誤解されないんじゃないの」
「……え」
ジルは、フィナの言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
フィナは、それ以上何も言わなかった。
ただ、早足で、雨の中を歩き出した。
「お、おい、フィナ!待ってくれ!」
ジルは慌てて追いかけた。
でも、何を言えばいいのか分からなかった。
(俺は、何か間違ったことを言ったのか?)
(でも、何が?)
ジルには、フィナがなぜ怒っているのか、まったく分からなかった。
二人は、無言のまま、宿屋「銀の匙」に着いた。
「……おやすみ」
フィナは、それだけ言って、自分の部屋に消えた。
「……おやすみ」
ジルは、フィナの部屋の扉が閉まる音を、じっと聞いていた。
――
その夜。
フィナは、宿屋の自室で、布団にくるまっていた。
雨はもう上がっていた。窓の外から、月明かりが差し込んでいる。
(バルドさんの言葉、思い出しちゃう)
フィナは目を閉じた。
「この辺りは子育てにもいい環境で、学校も近い。安心ですぞ!」
バルドの声が、頭の中で繰り返される。
(子育て。学校。庭で遊ぶ子供)
(あたしと、ジルの……)
「……何考えてるのよ、あたし」
フィナは枕に顔を埋めた。
(違う。違うわ。あたしたちは、ただのパーティーメンバー。分け前の話で、仕方なく組んでるだけ)
(それなのに、どうして)
(どうして、こんなに胸が苦しいの)
フィナは、自分の心臓の音を聞いた。
ドキドキ、ドキドキ。
うるさいくらいに、鳴っている。
(あんたのせいよ。ジル。あんたが、あんなこと言うから)
(誤解されるようなこと、するな、だって)
(あれは、あたしと一緒にいたくないって、そういうこと?)
フィナの目に、涙が浮かんだ。
(違う。違うの。あたしは、あんたと一緒にいたいの。でも、それを言ったら、あんたに迷惑をかけるから)
フィナは、ぎゅっと布団を握りしめた。
「……ばか」
小さな声が、暗い部屋に消えていった。
――
同じ頃。
ジルは、自分の部屋で、天井を見つめていた。
(俺は、またやらかした)
ジルは、昼間の自分の言葉を、何度も反芻していた。
「さっきみたいに、誤解されるようなこと、するなよ」
(あんな言い方、しなければよかった)
(フィナが、あんなに傷ついた顔をするなんて、思わなかった)
(でも、俺は、彼女を守りたかったんだ。変な噂から、守りたかった)
(なのに、逆に傷つけてしまった)
ジルは、深くため息をついた。
「……やっぱり、俺なんかが、彼女と組むのが間違いだったんだ」
ジルは、左の手首に巻かれた古い包帯の跡に触れた。幼い頃の火傷の痕。
(俺は、誰かを守れるような人間じゃない。ずっと、そうだった)
(フィナは、俺なんかより、ずっと強い。一人でも、やっていける)
(なのに、俺は、彼女の足を引っ張ってる)
ジルは、目を閉じた。
(でも、それでも)
(俺は、彼女と、もう少しだけ、一緒にいたいと思ってしまってる)
(こんなの、ただのわがままだ)
ジルは、眠れない夜を過ごした。
――
翌朝。
鉄路の手の受付ホールに、一人の男が現れた。
白髪交じりの豊かな髭。人の良さそうな笑顔。腹を擦りながら、にこにこと歩いてくる。
「おはようございます!わし、バルド不動産のバルドと申します!本日は、こちらにいらっしゃる若いカップルの冒険者さんに、ぜひご紹介したい物件がありまして、ご案内に参りましたでごわす!」
受付カウンターにいたミレーヌが、琥珀色の瞳をぱちくりとさせた。
「若いカップルの冒険者……?ねえ、それ、誰のこと?」
ミレーヌは、嫌な予感がした。いや、良い予感か。
「ほれ、二人組の若い冒険者さんですぞ。男の子は二本の剣を腰に差して、女の子は金色の髪の、それはそれは可愛らしいお嬢さんで。昨日、わしの店に雨宿りに来られましてなあ」
ミレーヌの口元が、にやりと歪んだ。
(それ、絶対にジルくんとフィナちゃんじゃない)
ミレーヌは、笑いをこらえながら、バルドに言った。
「あらあら、も~。それ、きっとジルくんとフィナちゃんのことよ。でも、あの二人、カップルじゃないのよ?ただのパーティーメンバー」
「ははあ、またまた。照れ屋さんですなあ。わしには分かりますぞ。あのお二人さんは、もう、目と目で通じ合っておられましたからなあ!」
「ふふっ、そう?そう見えた?」
ミレーヌは、完全に面白がっていた。
「ええ、それはもう!あの息の合いよう、あの照れ隠し。間違いなく、あれは恋ですぞ。若いっていいですなあ!」
「あら、あなた、分かってるじゃない。そうなのよ、あの二人、周りから見たら完全にそうなのよ。本人たちだけが、認めてないだけで」
「おお、そうでしたか!やはり、わしの目に狂いはなかったですな!」
バルドは嬉しそうに、腹を擦った。
「それで、物件のご案内でしたら、掲示板の横にでも貼っておくといいわ。あの二人、毎朝ここに来るから」
「おお、それはいいですな!では、失礼して、一枚貼らせていただきますぞ!」
バルドは、間取り図の束から一枚を選び、掲示板の横に貼り付けた。
そこには、大きくこう書かれていた。
「若いカップルさん必見!庭付き一軒家、子育て環境抜群!」
ミレーヌは、それを見て、にっこりと笑った。
(明日の朝が、楽しみね)
ミレーヌは、そう思った。
(ジルくんとフィナちゃんが、これを見たら、どんな顔をするかしら)
ミレーヌの密かな楽しみが、また一つ増えた。
――
その頃、ジルとフィナは、まだ宿屋の自室で、それぞれに昨夜のことを考えていた。
二人の気まずさは、まだ始まったばかりだった。
雨は上がった。でも、二人の心には、まだ、暗い雲がかかっていた。
それでも、朝は来る。
新しい一日が、また始まる。
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