猫の物語
短毛で琥珀色の瞳の黒猫が主人公の短編物語
猫の物語 - 第6話 ネフェル
夕暮れ時、ナイル川が夕日に染まり、大地が黄金色に輝く頃。大都市テーベの片隅で、一匹の猫が目を覚ましました。
彼の名前はネフェル。高貴な黒漆のような艶やかな短毛に、沈む夕日をそのまま閉じ込めたような、深い琥珀色の瞳を持つ美しい黒猫です。
古代エジプトにおいて、ネフェルとその一族はただの動物ではありません。家を悪霊やネズミから守り、豊穣をもたらす女神バステトの使いとして、人間たちから深く愛され、敬われていました。
『琥珀色の瞳の守護者ネフェル』
ネフェルの朝は、お気に入りの場所である穀物倉庫の屋根の上から始まります。
朝の太陽(太陽神ラー)が昇ると、ネフェルは琥珀色の目を細め、入念に毛づくろいをします。
しかし、のんびりしてばかりはいられません。ネフェルには大切な仕事があります。
倉庫のパトロール: エジプトの命の綱である小麦や大麦を狙うネズミやヘビを監視します。ネフェルが軽く足音を立てるだけで、コソコソと動く影は一散に逃げ出します。
家族の守護: 彼が暮らす職人の家へと戻り、小さな子供たちの枕元を回ります。エジプトの人々は、猫が眠る姿には魔除けの力があると信じていました。
家の主人である職人のアメンは、起きてきたネフェルを見ると、嬉しそうに目を細めました。
「おはよう、ネフェル。今日も我が家を守ってくれたのだね」
アメンは、ネフェルの大好物であるナイル川の水生鳥の肉と、新鮮なヤギのミルクを、美しい陶器の器に注ぎました。ネフェルは満足げに喉を鳴らし、それを平らげます。
午後になると、ネフェルは少し遠出して、街の中心にあるバステト女神の神殿へと向かいました。今日は年に一度の大きなお祭りです。
街じゅうが香油や花の香りで満たされ、人々は白いリンネル(亜麻布)の衣服をまとって踊っています。ネフェルが悠然と神殿の階段を歩いていると、参拝客たちが次々と足を止め、彼に向かって頭を下げました。
「見て、あの琥珀色の瞳。バステト様のご加護をその身に宿しているわ」
一人の若い女性が、そっとネフェルの前にひざまずき、彼の首に**「ウジャトの目(全てを見通す知恵と保護のシンボル)」**が彫られた美しい青いラピスラズリの首飾りをかけました。
ネフェルは誇らしげに胸を張り、琥珀色の瞳をきらりと輝かせました。彼は人間たちの祈りを聞き届けるかのように、一度だけ静かに「ニャー」と鳴き、神殿の涼しい影へと身を潜めました。
夜が訪れ、パピルスの茂みから涼しい風が吹き抜ける頃、ネフェルは再びアメンの家の屋根へと登りました。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったテーベの街。見上げると、満天の星空が広がっています。エジプトの人々は、太陽神ラーが夜の間、地下の世界で悪の蛇アペプと戦っていると信じていました。
ネフェルは静かに、しかし力強く、闇の先を見つめます。彼の黒い毛並みは夜の闇に完全に溶け込み、ただその琥珀色の瞳だけが、星のように怪しく、そして温かく輝いていました。
「明日の朝も、また美しい太陽が昇るように」
ネフェルは小さくあくびをすると、前足の間にあごを乗せ、静かに目を閉じました。エジプトの夜を、そして愛する人間たちの眠りを守るために、黒い守護者はそっと深い眠りへと落ちていくのでした。