猫の物語
短毛で琥珀色の瞳の黒猫が主人公の短編物語
猫の物語 - 第1話 ノワール
本棚の特等席に佇む、琥珀色の瞳を持った黒猫。彼の名前はノワール。
水彩画のような温かみのある世界に暮らす、ちょっぴり知的な街の飼い猫です。
彼が主人公の、小さな冒険の物語をお届けします。
『本棚のノワールと消えた栞』
ノワールの日課は、主人の書斎にある古びた本棚の上から、静かに部屋を眺めることでした。
背表紙の並ぶ木の棚は、彼にとって誰も立ち入ることのできない、お気に入りの「城」だったのです。
ある日の午後、主人が引き出しの奥から、不思議な模様が描かれた**「黄金の栞(しおり)」**を取り出しました。
それは、読んでいる本に挟むと、その物語の世界が少しだけ現実にはみ出してくるという、不思議な魔法の栞でした。主人が席を外したその一瞬、窓から吹き込んだ強い風が、栞をひらひらと窓の外へと運んでいってしまったのです。
「にゃあ(これは僕が出動するしかなさそうだ)」
ノワールは静かに本棚から飛び降り、開いた窓から外の世界へと一歩を踏み出しました。
街の中の小さな大冒険
普段は家から出ないノワールにとって、外の世界は驚きに満ちていました。
風の噂を頼りに、彼は街のあちこちを巡ります。
魚屋の店先: 栞の行方を尋ねるも、美味しい焼き魚の匂いに誘惑されそうになり、ぐっと堪える。
公園の時計塔: 高いところが好きなノワールは一気に駆け上がり、上空からキラリと光るものを探す。
路地裏の秘密集会: 野良猫たちに遭遇。持ち前の賢さと、黒く艶やかな毛並みの気品で彼らを圧倒し、有力な情報を手に入れる。
「あっちの古い図書館のほうへ、光る紙切れが飛んでいったぜ」と、片目の野良猫が教えてくれました。
ノワールがたどり着いたのは、街の片隅にある古い図書館。
そこは、彼の家にある本棚を何倍にも大きくしたような、最高の空間でした。
静まり返った館内を進むと、最奥の「おとぎ話の部屋」から、淡い光が漏れています。
そっと覗くと、そこには一匹の子ネズミがいました。子ネズミは、拾った黄金の栞を大切そうに抱え、絵本を熱心に読んでいたのです。栞の魔法で、絵本から飛び出した小さな星たちが、子ネズミの周りをくるくると踊っていました。
本来なら、猫とネズミは天敵です。
しかし、本を愛する者同士、ノワールにはその子ネズミの気持ちがよく分かりました。
ノワールは足音を立てずに近づくと、優しく声をかけるように「にゃお」と鳴きました。
驚いて身構える子ネズミに、ノワールは自分の肉球をそっと差し出し、敵意がないことを示します。そして、栞を指さし、困っている主人の顔を思い浮かべました。
子ネズミは少し寂しそうにしましたが、ノワールの琥珀色の瞳にある誠実さを感じ取り、そっと栞を差し出してくれました。ノワールはお礼代わりに、持っていたキャットニップ(西洋マタタビ)の匂いがついたお気に入りのおもちゃを、子ネズミにプレゼントしました。
栞をそっと口にくわえ、ノワールは夕暮れの街を駆け抜けました。
主人が「困ったな、どこへ行ったんだろう」と書斎で頭を抱えているところへ、ノワールは窓から音もなく飛び降りました。そして、机の上にカランと音を立てて黄金の栞を置いたのです。
「おや、ノワール! 見つけてきてくれたのかい?」
主人は大喜びでノワールを抱き上げ、大好物のマグロのオヤツを奮発してくれました。
すっかり夜も更け、お腹いっぱいになったノワールは、再びいつもの本棚の特等席へと飛び上がりました。
窓の外を見つめながら、ノワールは思います。
――たまには、あの静かな図書館へ、あの子ネズミに会いに行くのも悪くないな、と。
琥珀色の瞳をきらりと光らせ、黒猫のノワールは、今夜も満足そうに喉を鳴らすのでした。