マッシュル・リライト ~筋肉で運命をぶち壊す~
魔法が使えない少年マッシュ・バーンデッドには、誰にも言えない秘密がある。世界が何度も絶望の結末へと書き換えられていく中、彼だけがその記憶を保持していた。裏切られ、倒れていく仲間たち。冷たくなったフィン、ランス、ドット、レモン――その光景を、彼は何度も見てきた。これは夢でも幻でもない。これから起きることだ。だが、今回は違う。マッシュは運命を変えるために、たった一つの武器を磨き続けてきた。魔法の才能を持たない空紋の少年が選んだ道、それは筋肉。鉄の杖を握りしめ、懸垂百回、逆立ち腕立て百回。養父レグロとの小さな家で、彼は静かに牙を研ぐ。神覚者になる。イノセント・ゼロの野望を砕き、六人の子の心臓を守り抜く。そして、仲間を誰一人死なせない。偽のアザを左頬に貼り、グランヴェルド魔法学院の門をくぐるマッシュ。差別と屈辱が渦巻く世界で、彼は無表情のまま心の中で誓う。今度こそ、この世界ごと変えてやる、と。筋肉で運命をぶち壊す、痛快無比の冒険譚が今、幕を開ける。
マッシュル・リライト ~筋肉で運命をぶち壊す~ - 夜明け前の再起——筋肉と絆が絶望を砕く
夜明け前。空はまだ、墨を流したような暗さだった。
マッシュ・バーンデッドは学院の校舎の影に、ひとり立っていた。黒いマッシュルームカットの髪が、夜の湿った空気を吸って重く垂れている。深い茶色の瞳は、半開きのまま、地面の一点を見ていた。
胸の奥が、ずっと冷えている。
レインが倒れた。フィンの兄が。あの赤い光の下で、血まみれになって。
一命は取り留めた。でも、意識は戻らない。
ドミナの言葉が、耳の奥で繰り返す。
『お前の仲間は、お前が守ろうとするほど、死ぬ』
マッシュは、ゆっくりと息を吐いた。白く濁って、すぐに消える。
(守る、と言った。でも、守れなかった)
拳を握る。指の骨が、ごきりと鳴る。
その時、口の中に、ふと、甘い味が広がった気がした。
じいちゃんのシュークリーム。
小麦粉を練って、卵を混ぜて、牛乳を入れて、砂糖を足す。オーブンで焼く。あの、ふわっと膨らむ瞬間。カスタードクリームをたっぷり詰めた、じいちゃんの手作り。
マッシュがこの世界で、たったひとつの、温かい記憶。
「……食いたい」
声に出していた。誰もいないのに。
家族は、じいちゃんしかいない。
ずっと、そう言ってきた。そう思ってきた。
でも、今は。
フィンがいる。ランスがいる。ドットがいる。レモンがいる。
あの四人が、頭に浮かぶ。
フィンの、泣きながらも兄の分まで戦うと言った顔。
ランスの、妹を想う時にだけ崩れる無表情。
ドットの、馬鹿みたいに真っ直ぐな叫び。
レモンの、こちらを真っ直ぐ見る大きな赤い瞳。
(俺には、仲間がいる)
胸の奥が、ほんの少し、動いた。
冷たかった場所が、じわりと、温度を持ち始める。
「マッシュ」
声がした。
振り向くと、フィン・エイムズが立っていた。黒髪の左側だけが金髪の少年。顔のそばかす。右目の下のまっすぐなアザ。おどおどした、でも、今は違う表情。
目が、赤い。泣いていた。
「……お前、眠ってないのか」
「眠れないよ。兄貴のことが、頭から離れなくて」
フィンが、マッシュの隣に立った。肩が、小刻みに震えている。
夜の風が吹く。ノワールの森の方から、木の葉の擦れる音が聞こえた。
「俺、さっきまで、ずっと泣いてた。兄貴のベッドの横で。……そしたら、思ったんだ」
フィンが、顔を上げた。
涙が、まだ頬に残っている。
「兄貴が守ろうとしたもの。それを、俺が守る。俺が、兄貴の分まで戦う。絶対に、イノセント・ゼロを、倒す」
声が、震えている。
でも、目は、真っ直ぐだった。
マッシュは、フィンの目を見た。
(こいつは、強い)
前の周回では、フィンは兄とのすれ違いに苦しんで、戦う力を持てなかった。でも、今は違う。
「ああ」
マッシュは、短く頷いた。
「一緒に戦う」
フィンの目から、また、涙が溢れた。
「……ありがとう、マッシュ」
フィンが、袖で涙を拭いた。
マッシュは、空を見上げた。
雲の切れ間から、わずかに星が見える。
(俺は、無力だった)
(ドミナに、時間を止められた。指一本、動かせなかった)
(でも、次は)
(次は、失敗しない)
「フィン」
「な、なに?」
「みんなを、集める」
「……え?」
「ランスと、ドットと、レモン。全員だ。話したいことがある」
マッシュは、フィンの肩を、ぽんと叩いた。
「筋肉で、なんとかする」
フィンが、少しだけ笑った。
「……お前って、本当に、そういう奴だよな」
二人は、夜明け前の学院を歩き出した。
西寮の一階、談話室。
暖炉の火が、ゆらゆらと揺れている。
四人が、古びたソファと椅子に座っていた。
マッシュ、フィン、ドット、レモン。
ランスだけが、壁にもたれて立っている。水色がかった銀髪。青い瞳。首には、妹の写真入りペンダント。いつもの無表情。でも、その青い瞳の奥に、何かが潜んでいる。
「おい、マッシュ! こんな時間に呼び出しやがって、何の用だ! この世の主人公たる俺様の睡眠時間をどうしてくれる!」
逆立った赤髪にバンダナを巻いた少年が、吠えた。
「話がある」
マッシュは、静かに言った。
「レインが倒れた。イノセント・ゼロが、動いてる」
「……はい。私も、お話は伺いました。フィンさんのお兄様が、大変なことに」
金髪のセミロングに赤いリボン。大きな赤い瞳が、不安そうに揺れている。レモンは、手に持った手帳を、ぎゅっと握りしめた。
「でも、それだけじゃない」
マッシュは、ランスを見た。
「ランス。お前の妹のことを、話せ」
ランスの眉が、ぴくりと動いた。
「……なぜ、俺が」
「アンナの病のことだ。魔力消失を伴う不治の病。お前が神覚者を目指す理由。違うか」
沈黙。
暖炉の薪が、ぱちりと爆ぜた。
ランスは、しばらくマッシュを睨んでいた。
「……どこで知った」
「知ってるんだ。俺は」
マッシュは、それ以上言わなかった。
ランスが、深く息を吐いた。
「……そうか。お前には、隠し事は無駄らしいな」
ランスは、ペンダントに触れた。
銀の蓋を、そっと開く。
中には、小さな女の子の写真。
「アンナ・クラウン。俺の妹だ。病名は、魔素枯渇症。体内の魔力が、少しずつ、消えていく。治癒魔法も、薬も、効かない。このままだと、アンナは……」
ランスの声が、わずかに、震えた。
「この世界では、魔法が使えない者は、間引かれる。空紋として、社会の底辺に落とされる。アンナは、まだ七歳だ。魔紋検査を受けた。魔紋の密度は、年々、薄くなっている。このままでは、処分の対象になる」
「そんな……!」
レモンが、口元を押さえた。
「だから、俺は神覚者になる。神覚者になれば、貴族階級に昇格できる。魔法局の中枢に入れる。制度を変えられる。アンナみたいな子供が、もう、間引かれない世界にできる」
ランスの声が、強くなった。
「これは、俺の戦いだ。お前らには関係ない」
「関係ある」
マッシュが、即座に言った。
「イノセント・ゼロが、アンナを狙ってる」
空気が、凍った。
ランスの青い瞳が、鋭く細められる。
「……なんだと」
「六人目の心臓だ。あいつらは、六人の血縁者の心臓を集めて、不老不死を得ようとしてる。レインの次に狙われるのは、アンナだ」
「ふざけるな! アンナは、ただの子供だぞ! 心臓なんて、あいつらに渡すものか!」
ランスが、壁を殴った。
どん、と重い音。
「だから、守る。俺たちが」
マッシュは、ランスを真っ直ぐ見た。
「レインの敵討ちじゃない。アンナを守るために、イノセント・ゼロの本拠地に乗り込む」
「本拠地……!? お前、正気か!? 相手は、あのデリザスタやエピデムがいるんだぞ!?」
フィンが、立ち上がった。
「正気だ。行く。アンナを守るためには、先に動くしかない」
「おいおいおい、待て待て! 面白そうな話になってきたじゃねえか! この世の主人公たる俺様が、イノセント・ゼロの本拠地に乗り込む! 完璧なシナリオだぜ!」
ドットが、拳を握って立ち上がった。
「ドット。お前の自戒人の力は、制御できてるのか」
「ああ! 見せてやるぜ! 感情の高まりを、爆発じゃなくて、一点に集中させる方法を、やっと掴んだんだ! これなら、仲間を巻き込まずに戦える!」
ドットが、右手を開いた。
手のひらの上で、小さな爆発が、ぽん、と弾けた。
火花が散る。
「すごい……! ドットさん、あの時とは全然違いますわ!」
「だろ!? 俺様は、やればできる男なんだよ!」
「……マッシュ。お前、本気で、アンナを守るために戦うのか」
ランスが、マッシュを見た。
「ああ。お前の妹は、俺の仲間の妹だ。守る」
マッシュの声は、淡々としていた。
でも、その言葉には、確かな重みがあった。
ランスは、しばらく黙っていた。
「……くだらん」
ランスが、小さく言った。
「だが、お前のその馬鹿正直さには、何度も助けられた。……分かった。協力する」
ランスが、マッシュに手を差し出した。
マッシュは、その手を握った。
「ああ」
「よっしゃあ! 四人で、イノセント・ゼロをぶっ潰すぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私も、私もお供しますわ!」
レモンが、慌てて立ち上がった。
「レモンは、学院に残れ」
「え……!? なぜですか!? 私だって、マッシュさんのお役に立ちたいのに!」
レモンの大きな赤い瞳が、涙で潤み始めた。
「アンナの護衛を頼む。学院に残って、アンナを守ってくれ。お前の拘束魔法は、守りに向いてる」
「でも……!」
「頼む」
マッシュは、レモンの目を、真っ直ぐ見た。
レモンは、その真剣な目を見て、言葉を飲み込んだ。
「……分かりましたわ。マッシュさんが、そこまでおっしゃるなら。私、アンナさんをお守りします。絶対に、指一本触れさせません」
レモンは、手帳を胸に抱いて、強く頷いた。
「作戦だ。学院の地下に、イノセント・ゼロの本拠地へ続く抜け道がある。俺の知ってる情報だと、地下通路の西側、旧倉庫の下に隠し扉があるはずだ」
マッシュは、テーブルに地図を広げた。
「お前、そんなことまで知ってるのか……?」
「まあな」
マッシュは、前の周回の記憶を頼りに、地下通路のルートを指でなぞった。
四人は、夜明け前の暗闇の中、学院の地下へ向かった。
地下への入り口は、本棟の裏手にある、古い石造りの階段。
普段は立ち入り禁止の札がかかっている。
マッシュが、その札を外した。
「足元、気をつけろ」
四人は、狭い階段を降りた。
ひんやりとした、かび臭い空気。
壁に掛けられた松明が、ゆらゆらと揺れている。
石の壁は、湿っていて、触ると冷たい。
「……気味が悪いな」
フィンが、小さく呟いた。
「ここが、学院の地下か。初めて入る」
ランスが、松明の火を、青い瞳で見つめた。
「旧倉庫は、この先の突き当たりを左だ」
マッシュが、先頭を歩く。
鉄の杖を、しっかりと握りしめて。
しばらく歩くと、突き当たりに、古い木の扉があった。
「ここだ」
マッシュが、扉を押した。
ぎい、と音を立てて、扉が開く。
中は、暗い倉庫だった。
古い机や椅子、壊れた魔導具が、埃を被って積まれている。
「隠し扉は、床の下だ」
マッシュは、床の一部を、鉄の杖で叩いた。
こん、こん、と音がする。
「この辺りだ。音が違う」
マッシュは、床板を外そうとした。
その時。
「待て、マッシュ。……おかしい」
ランスが、マッシュの手を止めた。
「なんだ」
「この倉庫の構造が、妙だ。壁の位置が、歪んでる。重力魔法で空気の流れを感じ取れるんだが……ここ、本来の設計と違う」
ランスが、壁に手を当てた。
「どういうことだよ?」
「学院の構造が、微妙に変わってる。……マッシュ、お前が知ってる抜け道は、封鎖されてる可能性が高い」
マッシュは、床板を外した。
下には、暗い穴。
でも。
「……塞がれてる」
穴の先は、大きな岩で、完全に塞がれていた。
「くそっ! どういうことだ!?」
「敵が、先回りしてる。前の周回と、構造が変わってる」
マッシュは、拳を握った。
(未来の記憶が、通用しない)
(敵は、俺の行動を、読んでいる)
「……別ルートを探すぞ。ランス、お前の情報分析で、この倉庫の周辺に、空間の歪みや、隠し部屋がないか探せ」
「任せろ」
ランスが、両手を広げた。
重力魔法。
空気が、わずかに歪む。
「……東の壁の向こうに、空洞がある。幅は狭いが、人が通れる程度の空間だ」
「フィン、位置移動魔法で、その壁の向こうに誰かいるか探れるか」
「やってみる。……セコンズ、じゃなくて、位置移動の応用で、空間の気配を探る。うん、大丈夫。壁の向こうに、生き物の気配はない」
フィンが、壁に手を当てて、集中した。
「よし。壁を壊す。ドット、爆発で壁に穴を開けろ。ただし、制御して、小さくな」
「任せろ! 俺様の新しい力、見せてやるぜ!」
ドットが、壁の前に立った。
深呼吸。
右手を壁に当てる。
「……集中。感情を、一点に。爆発を、制御する」
ドットの額に、十字のアザが浮かんだ。
でも、前のように、暴走しない。
手のひらの下で、小さな爆発が、連続して起きた。
ぱん、ぱん、ぱん。
壁に、細かいひびが入る。
「今だ!」
ドットが、手を引いた。
壁が、音もなく、崩れた。
向こうには、狭い通路。
「すごい……! ドット、お前、本当に制御できてるんだな!」
「当然だ! この世の主人公を舐めるなよ!」
四人は、壁の穴を通って、新しい通路へ進んだ。
通路は、古い石造り。
ところどころ、天井から水滴が落ちている。
「この先、何があるか分からない。気を抜くな」
マッシュが、鉄の杖を構えた。
しばらく進むと、通路が広い空間に出た。
地下の空洞。
天井は高く、壁には、青白い光を放つ苔が生えている。
そして。
「な、なんだこれ……!?」
フィンが、足を止めた。
地面が、揺れている。
いや、地面の影が、蠢いている。
「影喰らい……!」
ランスが、叫んだ。
影から、黒い獣が、次々と現れる。
体長一・五メートル。影に潜む魔物。危険度C。弱点は光。
一匹、二匹、三匹……。
全部で、十匹以上。
「罠だ! 斥候が、ここに影喰らいを放ってやがったんだ!」
影喰らいの群れが、四人を取り囲む。
低い唸り声。
赤い目が、暗闇に光る。
「戦闘だ。ドット、爆発で影を散らせ! ランス、重力で動きを封じろ! フィン、負傷したら即座にセコンズだ!」
「了解!」
「ああ」
「わ、分かった!」
影喰らいが、一斉に飛びかかってきた。
「食らえ! 制御爆発・散弾!」
ドットが、両手を広げた。
小さな爆発が、無数に、影喰らいの群れに降り注ぐ。
ぱんぱんぱんぱん!
影が、爆発の光で、散り散りになる。
「重力魔法・グラヴィティ・フィールド!」
ランスが、地面に手を当てた。
周囲の重力が、一気に重くなる。
影喰らいの動きが、鈍った。
「今だ、マッシュ!」
「ああ」
マッシュが、地面を蹴った。
鉄の杖を、振りかぶる。
一匹目の影喰らいの頭を、叩き潰す。
ぐしゃ。
二匹目。胴体を、横に薙ぐ。
骨が砕ける音。
三匹目。突き。
鉄の杖が、影喰らいの胸を貫く。
「邪魔だ」
マッシュは、杖を振り回し、影喰らいを次々と叩き伏せた。
筋肉が、唸る。
一振りごとに、影が消える。
「マッシュ、右だ!」
フィンが、叫んだ。
マッシュの右から、影喰らいが、飛びかかる。
「位置移動!」
フィンが、マッシュの位置を、一瞬でずらした。
影喰らいの牙が、空を切る。
「助かった」
「まだだ! 後ろからもう一匹!」
フィンが、マッシュの背後に回り込んだ影喰らいを、位置移動魔法で壁に叩きつけた。
「すごいぞフィン! セコンズも、位置移動も、完璧に使いこなしてる!」
「お前こそ、爆発の制御、完璧だ! これなら、仲間を巻き込まない!」
戦闘は、長く続かなかった。
四人の連携が、影喰らいの群れを、圧倒した。
最後の一匹が、マッシュの鉄の杖の下で、消滅する。
静寂。
「……終わったか」
マッシュは、杖を地面に突き立てた。
息が、少しだけ乱れている。
「へへ、楽勝だったな! この世の主人公たる俺様にかかれば、影喰らいなんて雑魚も同然だぜ!」
「調子に乗るな。これは、罠の前哨戦だ。本命は、この先にある」
ランスが、通路の奥を見た。
「……あそこに、誰かいる」
ランスが、指をさした。
通路の奥、青白い苔の光の中に、人影があった。
黒いローブ。
フードを深く被っていて、顔は見えない。
「イノセント・ゼロの、斥候……!」
「よく来たな、マッシュ・バーンデッド。いや、『空紋』のくせに、生意気にも、我々の計画を邪魔する、忌々しいガキよ」
斥候が、低い声で笑った。
「お前が、影喰らいを放ったのか」
「ああ。お前たちの進路を、塞ぐためにな。だが、予想以上に手強い。まさか、影喰らいの群れを、こうも簡単に片付けるとはな」
斥候が、一歩、前に出た。
「だが、もう終わりだ。頭目は、すでに、次の器を決めている」
「……何の話だ」
「六人目の心臓だよ。レイン・エイムズは、惜しくも失敗した。だが、代わりは、すぐに見つかった。クラウン家の末娘。アンナ・クラウン。あの少女の心臓が、頭目の不老不死の、最後の鍵となる」
「てめえ……!」
ランスが、飛び出そうとした。
マッシュが、その肩を、掴んで止めた。
「待て、ランス。……斥候。お前の言うことは、もう知ってる」
マッシュは、静かに言った。
「……なに?」
「アンナのことは、俺たちが守る。お前らの計画は、必ず、ここで止める」
マッシュは、鉄の杖を、斥候に向けた。
「ふん。威勢がいいな。だが、お前たちが本拠地に乗り込もうと、もう遅い。頭目は、お前たちの動きを、すべて把握している。お前たちが、一歩進むごとに、計画は、加速する」
斥候が、懐から、何かを取り出した。
小さな、黒い球。
「これは、餞別だ。影喰らいの、親玉の卵。孵化させれば、お前たちなど、一瞬で喰い殺す。だが、ここで使うのは、惜しい。……だから、逃がしてもらおう」
斥候が、黒い球を、地面に叩きつけた。
ぼん。
黒い煙が、辺りに充満する。
「待て!」
マッシュが、煙の中に飛び込んだ。
だが、斥候の姿は、もう、なかった。
「くそっ、逃げられた!」
「……わざとだ」
マッシュは、煙が晴れるのを待って、言った。
「え?」
「あいつは、俺たちに、アンナのことを、わざと教えた。俺たちを、焦らせるためだ。本拠地に、誘い込むためだ」
「……だろうな。あの斥候は、捨て駒だ。最初から、逃がすつもりで、情報を漏らした」
ランスが、拳を握った。
「だが、それでも、行くしかない。アンナを守るためには、本拠地を潰すしかない」
マッシュは、仲間たちを見た。
フィン。ランス。ドット。
「みんな、行こう。夜明け前に、本拠地への出口に、たどり着く」
「ああ」
「当然だ。アンナは、俺が守る」
「行くぜ! この世の主人公が、悪の組織をぶっ潰す! 最高の展開だ!」
四人は、再び、暗い通路を進み始めた。
通路の先に、光が見えた。
出口だ。
四人は、光の中へ、飛び出した。
夜明け前の、薄明かり。
そこは、ノワールの森の奥深く。
巨大な岩の裂け目から、四人は出てきた。
「ここが、本拠地への入口か」
マッシュは、周囲を見回した。
木々が、朝露に濡れている。
空は、東の空が、わずかに白み始めていた。
「マッシュ」
フィンが、マッシュの隣に立った。
「俺、思うんだ。兄貴が、守ろうとしたもの。それは、俺だけじゃない。この学院も、この世界も、全部だ。……俺、兄貴の分まで、戦う。絶対に、後悔しない」
フィンの目は、もう、涙で潤んでいなかった。
「ああ。お前の兄貴は、強い。お前も、強い」
マッシュは、フィンの肩を、軽く叩いた。
「……行くぞ。イノセント・ゼロの本拠地へ」
マッシュは、鉄の杖を握り直した。
朝の光が、四人の背中を、照らし始める。
闇の中へ、四人は、踏み出した。
学院。東寮の一室。
レモン・アーヴィンは、窓の外を見ていた。
夜明け前の空。
マッシュたちは、もう、学院を出た。
「マッシュさん……」
レモンは、手帳を開いた。
そこには、マッシュの観察記録が、びっしりと書かれている。
「私、ちゃんと、アンナさんをお守りしますわ。マッシュさんが、安心して戦えるように。……そして、帰ってきたら、たくさん、お話を聞かせてくださいね」
レモンは、手帳を、ぎゅっと抱きしめた。
大きな赤い瞳が、夜明けの光を、映していた。
その頃。
学院の地下深く。
石造りの隠し部屋。
黒いローブを着た斥候が、羊皮紙の書面を広げていた。
そこには、六つの名前。
五つには、印がついている。
斥候は、ペンを取り、六人目の名前を、はっきりと書き込んだ。
「アンナ・クラウン」
斥候が、低く笑う。
「マッシュ・バーンデッド。お前たちが、いくら足掻いても、無駄だ。頭目は、すべてを見通している。お前たちの進路を阻む罠は、すでに、起動している」
斥候は、書面を、月明かりにかざした。
松明の炎が、ゆらりと揺れた。
壁に、斥候の影が、長く伸びる。
その影が、不気味に、笑ったように見えた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。