マッシュル・リライト ~筋肉で運命をぶち壊す~
魔法が使えない少年マッシュ・バーンデッドには、誰にも言えない秘密がある。世界が何度も絶望の結末へと書き換えられていく中、彼だけがその記憶を保持していた。裏切られ、倒れていく仲間たち。冷たくなったフィン、ランス、ドット、レモン――その光景を、彼は何度も見てきた。これは夢でも幻でもない。これから起きることだ。だが、今回は違う。マッシュは運命を変えるために、たった一つの武器を磨き続けてきた。魔法の才能を持たない空紋の少年が選んだ道、それは筋肉。鉄の杖を握りしめ、懸垂百回、逆立ち腕立て百回。養父レグロとの小さな家で、彼は静かに牙を研ぐ。神覚者になる。イノセント・ゼロの野望を砕き、六人の子の心臓を守り抜く。そして、仲間を誰一人死なせない。偽のアザを左頬に貼り、グランヴェルド魔法学院の門をくぐるマッシュ。差別と屈辱が渦巻く世界で、彼は無表情のまま心の中で誓う。今度こそ、この世界ごと変えてやる、と。筋肉で運命をぶち壊す、痛快無比の冒険譚が今、幕を開ける。
マッシュル・リライト ~筋肉で運命をぶち壊す~ - 父と兄と、筋肉と——書き直された因果への一撃
夜明け前。
空はまだ、墨を流したような暗さだった。
マッシュ・バーンデッドは、学院の地下通路を進んでいた。黒いマッシュルームカットの髪が、湿った空気に張り付く。深い茶色の瞳は、まっすぐ前だけを見ている。手には鉄の杖。ずしりと重い。
後ろから、四人の足音が続く。
フィン・エイムズ。黒髪の左側だけが金髪の少年。顔のそばかすが、かすかな光の中で浮かんで見える。右目の下のまっすぐなアザ。その顔に、もう迷いはなかった。
ランス・クラウン。水色がかった銀髪。青い瞳。首には妹の写真入りペンダント。無表情のまま、一歩一歩を確かめるように歩いている。
ドット・バレット。逆立った赤髪にバンダナ。拳を握りしめ、今にも飛び出しそうな足取り。
そして、レモン・アーヴィン。セミロングの金髪に赤いリボン。大きな赤い瞳が、暗闇の中で不安そうに揺れていた。
「マッシュさん、本当に私、アンナさんのところへ行かなくてよろしいのでしょうか」
レモンが、小さく言った。
「ああ。お前はアンナを守れ」
マッシュは振り返らない。
「でも、私も皆さんと一緒に戦いたいですわ。未来のフィアンセとして、マッシュさんのお側に……」
「レモン」
マッシュが、足を止めた。
ゆっくりと、振り返る。
深い茶色の瞳が、レモンをまっすぐに捉えた。
「お前がアンナを守ってくれれば、ランスは全力で戦える。フィンも、ドットも、俺も。だから、頼む」
レモンの赤い瞳が、大きく揺れた。
「……マッシュさんが、私に『頼む』とおっしゃってくださいましたわ」
レモンは、両手を胸の前で組んだ。
「わかりました。私、必ずアンナさんをお守りいたします。だから、皆さんも、必ず帰ってきてくださいませ」
「ああ」
短い返事。
でも、レモンには、それが何より確かな約束に聞こえた。
「レモン、アンナのことは頼んだぞ。あいつは、俺の妹だ。傷ひとつつけさせるな」
ランスが、低い声で言った。
「当然ですわ。ランスさんこそ、ご無事で。アンナさんが待っていますのよ」
「……ああ」
ランスの青い瞳が、一瞬だけ、柔らかくなった。
レモンは、四人に深く一礼すると、来た道を戻っていく。
赤いリボンが、暗闇に消えるまで、四人は見送った。
「行くぞ」
マッシュが、再び前を向いた。
通路は、さらに深く、暗くなっていく。
壁には、かび臭い空気が染みついている。松明の火が、ゆらゆらと揺れて、四人の影を長く伸ばした。
しばらく歩くと、マッシュの足が、ぴたりと止まった。
「……おかしい」
「どうした、マッシュ?」
フィンが、隣に並ぶ。
「この分岐。前は、なかった」
マッシュは、目の前の二股に分かれた通路を見た。
右と左。どちらも、同じように暗い。
「前って……お前、この通路に来たことがあるのか?」
「……ある」
マッシュは、それ以上言わなかった。
未来の記憶。何度も繰り返した世界。その中で、この通路は、一本道だった。
なのに、今は、分岐している。
「敵が、先回りしてるってことか」
ランスが、鋭く言った。
「おそらくな。罠がある。どっちか、あるいは、両方」
「なら、俺様がぶっ飛ばして進むぜ! この世の主人公が、罠ごときで立ち止まるわけにはいかねえんだよ!」
ドットが、拳を振り上げた。
「待て、ドット。罠を踏むのは、一番の馬鹿だ」
「なんだと!?」
「フィン、頼めるか」
「え? あ、ああ、位置移動魔法で、罠の位置を調べるんだな」
フィンが、両手を前に掲げた。
「……セコンズ」
フィンの掌から、淡い光が放たれる。
光は、通路の先へと伸びていき、壁や床に触れる。
「あった……! 右の通路、三歩先の床。それと、天井。左は……五歩先に、魔法の糸が張ってある」
フィンの額に、汗が浮かぶ。
「左だ。右は、踏んだ瞬間に崩れる」
「なんで分かるんだよ!?」
「右の床の石の色が、ほんの少しだけ違う。継ぎ目が、新しい」
マッシュは、鉄の杖で右の通路の床を、軽く突いた。
ガラガラガラ——。
床が、崩れ落ちた。
下は、深い闇。落ちたら、終わりだ。
「うわっ、マジかよ……!」
フィンが、後ずさった。
「左の糸は、フィンのセコンズで切断できるか」
「やってみる」
フィンが、再び手を掲げた。
光の刃が、魔法の糸を切り裂く。
パチン、と音がした。
「よし、行くぞ」
四人は、左の通路へと進んだ。
通路は、さらに狭く、暗い。
空気が、冷たい。
肌に、何かが張り付くような、嫌な感覚があった。
「……なんか、空気が重いな」
フィンが、小声で言った。
「魔力が濃い。本拠地に近づいている証拠だ」
ランスの青い瞳が、細められる。
「気を抜くな。ここからは、いつ何が起きてもおかしくない」
マッシュが、鉄の杖を握り直した。
その時だった。
「待っていたよ、マッシュ」
声。
通路の奥から、静かに、響いてきた。
マッシュの足が、止まる。
四人の前に、一人の男が立っていた。
長身。黒いローブ。
顔立ちは、マッシュとよく似ている。いや、マッシュが、この男に似ているのだ。
ドミナ。マッシュの実兄。
イノセント・ゼロ側につく、S級魔導士。
「お前の仲間は、お前が守ろうとするほど、死ぬ。そう、教えたはずだ」
ドミナが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「それでも来たか。愚かな弟だ」
「どけ、ドミナ」
マッシュが、鉄の杖を構えた。
「……なぜ、そこまでする。お前は、父上の計画を知っているはずだ。世界は、書き換えられる。お前が何度足掻いても、結末は変わらない」
「変える」
「何でだ」
「仲間が死ぬ未来は、見たくない。それだけだ」
マッシュの声は、淡々としていた。
でも、その一言には、ずっと胸の奥にあったものが、初めて言葉になったような重みがあった。
ドミナの目が、わずかに揺れた。
「……そうか。なら、力で示せ。お前の筋肉が、時間を超えられるか」
ドミナが、右手を上げた。
「時間操作魔法——」
ドミナの周囲の空気が、歪む。
「——クロノ・フリーズ」
世界が、止まった。
フィンが、ランスが、ドットが、動かない。
空気も、光も、音も。
すべてが、静止している。
前回の周回で、マッシュはこの魔法に為す術もなく敗れた。
指一本、動かせなかった。
でも、今度は。
マッシュは、目を閉じた。
(時間が、止まっている)
(でも、俺の筋肉は、生きている)
心臓の音が、聞こえる。
ドクン。ドクン。ドクン。
血液が、流れている。
筋肉が、熱を帯びている。
(魔法は、魔力の流れでできている)
(時間を止める魔法も、同じだ)
(なら、その流れを、断ち切ればいい)
マッシュは、極限まで集中した。
全身の筋肉が、悲鳴を上げる。
骨が、軋む。
血管が、浮き上がる。
(見える……)
マッシュの目に、ドミナの魔法の構造が、見えた気がした。
無数の糸。因果の糸。それが、この空間を縛りつけている。
(そこだ)
マッシュは、拳を握りしめた。
筋肉が、膨張する。
「——筋肉で、なんとかする」
マッシュは、拳を、目の前の空間に、叩きつけた。
ゴッ。
鈍い音。
次の瞬間——。
パリン、と、何かが砕ける音がした。
空気が、動き出す。
光が、戻る。
音が、溢れる。
「な……!?」
ドミナが、目を見開いた。
時間停止が、解除されている。
「ば、馬鹿な……時間操作魔法を、物理で破っただと……!?」
「筋肉は、魔法の因果すら、砕ける」
マッシュが、一歩、踏み出した。
「……なぜだ、マッシュ。なぜ、そこまでして、戦う。お前が守ろうとすればするほど、世界はお前から大切なものを奪っていく。それでも、お前は……」
ドミナの声が、震えていた。
「仲間が死ぬ未来は、見たくない。それだけだ」
マッシュは、もう一度、同じ言葉を繰り返した。
ただ、それだけだった。
ドミナは、しばらくマッシュを見つめていた。
その目に、複雑な感情が、渦巻いていた。
「……行け。この先に、父上がいる」
ドミナが、ゆっくりと、道を開けた。
「ドミナ……」
「ただし、次に会った時は、容赦しない。お前の心臓は、父上の計画に必要なのだからな」
ドミナは、そう言い残すと、暗闇の中へ消えていった。
「マ、マッシュ……今の、何が起きたんだ……?」
フィンが、呆然としている。
「後で説明する。今は、先を急ぐ」
マッシュは、歩き出した。
フィンとランスとドットは、顔を見合わせた。
「……行くぞ。あいつを一人にするな」
ランスが、続いた。
「ああ! この世の主人公たる俺様も、あの筋肉バカに負けてられねえ!」
ドットも、続いた。
「待ってろ、マッシュ……!」
フィンも、駆け出した。
通路の先に、巨大な扉があった。
鉄の扉。重厚で、冷たい。
マッシュは、その扉を、両手で押し開けた。
ギギギ——。
重い音を立てて、扉が開く。
中は、広大な石造りの空間だった。
壁には、無数の燭台。青白い炎が、ゆらゆらと揺れている。
そして、奥の玉座に——。
一人の男が、座っていた。
黒いマント。顔の上半分を覆う仮面。
その姿からは、底知れない魔力が、溢れ出していた。
イノセント・ゼロの頭目。
マッシュの、実の父。
「よく来たな、マッシュ」
低く、重い声が、空間に響き渡った。
「……父さん、か」
マッシュが、鉄の杖を構えた。
「父、か。お前が、私をそう呼ぶか。だが、私はお前を、息子とは思っていない。お前は、私の計画に必要な、六人目の器に過ぎない」
頭目が、ゆっくりと立ち上がった。
「六つの心臓。すでに五つは、集め終えた。最後の器は、アンナ・クラウン。クラウン家の末娘の心臓だ」
「……アンナに、手は出させない」
ランスが、前に出た。
青い瞳が、怒りに燃えている。
「ほう。重力魔法の名門、クラウン家の嫡男か。だが、お前の重力ごときで、私の闇魔法を止められるかな?」
頭目が、右手を掲げた。
「闇魔法——アビス・ノヴァ」
頭目の掌から、黒い奔流が、放たれた。
闇。
すべてを飲み込む、漆黒の奔流。
それが、四人に、襲いかかる。
「うわっ……!」
「セコンズ——位置移動!」
フィンが、四人の位置を、強制的にずらした。
闇の奔流が、さっきまで四人がいた場所を、飲み込んだ。
床が、消し飛んでいる。
「消し飛んでる……!?」
「フィン、もう一度だ。あの闇を、一瞬でも遅らせろ!」
「わかった! セコンズ——遅延!」
フィンの光が、闇の奔流に絡みつく。
闇の動きが、わずかに、鈍った。
「ランス!」
「分かっている。グラヴィティ・クラッシュ!」
ランスが、両手を突き出した。
周囲10メートルの重力が、十倍に跳ね上がる。
闇の奔流が、床に、押し付けられる。
「ドット!」
「待ってたぜ! この世の主人公の、爆発魔法を食らいやがれ! 制御爆発——バースト・スパーク!」
ドットが、両腕から、爆発を放った。
制御された爆発が、闇の奔流を、分散させる。
闇が、薄れる。
「今だ」
マッシュが、駆けた。
床を蹴る。
一歩。二歩。三歩。
頭目との距離が、縮まる。
「無駄だ。筋肉ごときで、私の闇魔法に触れられるものか」
頭目が、再び、闇を放った。
黒い奔流が、マッシュを飲み込もうとする。
マッシュは、鉄の杖を、振りかぶった。
(見える)
(闇魔法の、魔力の流れが)
(ドミナの時と同じだ)
(魔法は、魔力の構造でできている)
(なら、その構造を、粉砕すればいい)
「——筋肉で、なんとかする」
マッシュは、鉄の杖を、闇の奔流に、叩きつけた。
ガキィィィン——!!
金属音が、空間に響き渡る。
闇の奔流が、真っ二つに、裂けた。
「なに……!?」
頭目の仮面の下で、目が見開かれる。
「お前の魔法は、筋肉で砕ける」
マッシュは、さらに踏み込んだ。
鉄の杖が、頭目を、捉える。
「——終わりだ」
マッシュは、鉄の杖を、頭目に、叩き込んだ。
ズドン。
重い一撃。
頭目の体が、吹き飛んだ。
玉座に、激突する。
ガラガラと、瓦礫が崩れた。
「……ぐっ……! 小癪な……!」
頭目が、瓦礫の中から、立ち上がる。
仮面が、割れていた。
その下から、マッシュとよく似た顔が、覗いた。
「……良いだろう。今回は、退いてやる。だが、忘れるな、マッシュ」
頭目が、不気味に笑った。
「六つの心臓のうち、五つは、すでに私の手にある。そして、最後の器は……お前自身の心臓だ、マッシュ・バーンデッド」
マッシュの動きが、止まった。
「アンナ・クラウンは、囮だ。お前をおびき寄せるための、な。お前の心臓こそ、不老不死の儀式に必要な、最後のピース。お前は、私の計画のために、生まれてきたのだ」
「……なに、を」
「また会おう、息子よ。次は、お前の心臓を、もらい受ける」
頭目の体が、黒い霧に包まれていく。
「待て!」
マッシュが、駆け出した。
でも、間に合わなかった。
頭目の姿は、黒い霧とともに、消えていた。
「……くそ」
マッシュは、拳を、床に叩きつけた。
石の床が、砕ける。
「マッシュ……今の、本当なのか。お前の心臓が、最後の器だって……」
フィンが、震える声で言った。
「……ああ、本当だ」
マッシュは、ゆっくりと、立ち上がった。
表情は、変わらない。
でも、その拳は、血が滲んでいた。
「……帰るぞ。アンナと、レインのところへ」
マッシュは、来た道を、歩き出した。
学院に戻ると、東の空が、白み始めていた。
朝の光が、ノワールの森の木々を、淡く照らしている。
医務室の前で、レモンが待っていた。
「マッシュさん! 皆さん! ご無事でしたのね!」
レモンが、駆け寄ってくる。
大きな赤い瞳に、涙が浮かんでいた。
「ああ。アンナは」
「はい、私がずっとお側にいましたわ。病状は、悪化していません。今は、眠っていらっしゃいます」
「そうか」
マッシュは、小さく頷いた。
「レモン、ありがとう。アンナを守ってくれて」
ランスが、レモンに、深く頭を下げた。
「ランスさんが、頭を下げるなんて……! いえ、当然のことをしたまでですわ」
レモンが、慌てて手を振った。
その時、医務室の扉が開いた。
「あら、皆さん、お帰りなさい」
現れたのは、若々しい外見の女性だった。
メリアドール。回復・肉体強化魔法の達人。
「メリアドールさん、兄貴は……!」
フィンが、前に出た。
「大丈夫よ。レインくんは、一命を取り留めたわ。まだ意識は戻っていないけれど、命に別状はない。私の回復魔法で、傷は塞がった。あとは、ゆっくり休ませてあげて」
「……よかった……本当に、よかった……!」
フィンの目から、涙が、溢れた。
「兄貴……兄貴が、生きてる……!」
フィンは、その場に、崩れ落ちた。
「フィンくん、中に入って、お兄さんの顔を見てあげて」
「あ、ああ……! ありがとうございます……!」
フィンは、涙を拭いながら、医務室へ駆け込んだ。
「……俺も、アンナの顔を見てくる」
ランスも、医務室へ入っていった。
「俺様も、レモンと一緒に、アンナの見舞いに行くぜ!」
「え? 私もですの?」
「当たり前だろ! この世の主人公が、仲間の妹を見舞わないわけにはいかねえ!」
ドットが、レモンの手を引いて、医務室へ入っていった。
マッシュは、一人、廊下に残った。
朝の光が、窓から差し込んで、長い影を作っている。
「マッシュくん、あなたも、少し休んだら?」
メリアドールが、優しく声をかけた。
「……いや、行くところがある」
「どこへ?」
「じいちゃんの家だ」
マッシュは、そう言うと、歩き出した。
ノワールの森の奥。
木々の間を抜けて、小一時間ほど歩いたところに、一軒の家があった。
マッシュが、生まれ育った家。
じいちゃん、レグロ・バーンデッドの家。
マッシュが扉を開けると、甘い香りが、ふわりと漂ってきた。
「おお、マッシュ。帰ったか」
レグロが、台所から顔を出した。
白い髭。しわだらけの顔。でも、その目は、優しく笑っている。
「じいちゃん」
「腹が減ってるだろう。ちょうど、シュークリームが焼けたところだ」
レグロは、何も聞かなかった。
戦いのことも、傷のことも、頭目の言葉のことも。
ただ、焼きたてのシュークリームを、マッシュの前に差し出した。
「……食う」
マッシュは、シュークリームを、手に取った。
まだ温かい。
ふわっとした皮。たっぷりのカスタードクリーム。
マッシュは、それを、一口、頬張った。
甘い。
じいちゃんの味。
何度繰り返しても、変わらない、温かい味。
「……うまい」
マッシュは、小さく呟いた。
「そうか。よかった」
レグロは、マッシュの隣に座った。
何も言わない。
ただ、マッシュがシュークリームを食べるのを、静かに見守っている。
マッシュは、二つ目のシュークリームを手に取った。
(最後の器は、俺の心臓だ)
(頭目は、そう言った)
(俺は、計画のために生まれてきた)
(なら、俺は、その計画を、ぶっ壊す)
「……次こそ、全てを終わらせる」
マッシュは、静かに言った。
「筋肉で、なんとかする」
レグロは、何も言わなかった。
でも、その手が、マッシュの肩に、そっと置かれた。
温かかった。
その頃。
学院の地下深く。
石造りの隠し部屋。
黒いローブを着た斥候が、羊皮紙の書面を広げていた。
そこには、六つの名前。
五つには、すでに印がつけられている。
斥候は、ペンを取り、六人目の名前を、書き換えた。
「アンナ・クラウン」
その名前を、消して。
新たに、別の名前を、書き込む。
「マッシュ・バーンデッド」
斥候が、低く笑う。
「頭目は、すべてを見通している。お前の心臓は、すでに、我々のものだ」
松明の炎が、ゆらりと揺れた。
壁に、斥候の影が、長く伸びる。
その影が、不気味に、笑ったように見えた。
マッシュは、シュークリームを食べ終えると、窓の外を見た。
朝日が、ノワールの森を、金色に染めている。
「じいちゃん」
「なんだ」
「俺、もう少し、強くなる。誰も死なせない。俺の心臓を狙うなら、その心臓ごと、筋肉で、あいつらを砕く」
「そうか」
レグロは、にっこりと笑った。
「お前なら、できるさ。じいちゃんは、知ってるよ」
マッシュは、レグロの顔を見た。
深い茶色の瞳に、朝の光が、映っている。
「……ああ」
マッシュは、小さく、頷いた。
窓の外では、朝の光が、ノワールの森を、静かに照らし続けていた。
風が吹く。
木々が、ざわざわと揺れる。
その音は、まるで、何かの始まりを、告げているようだった。Noveliaとは?
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