灰の星に咲く問い
地球は完全に廃墟と化し、人々はいくつかの丸いドーム状の都市で暮らしていた。
19歳のアレク・ハーティンは、そのドーム内で壊れた機械を修理する天才的なリーダーだった。誰もが彼に頼り、彼自身も自分の才能に自信を持っていた。彼の唯一の心の支えは、幼馴染で親友のサイラス・ヴェインだった。
しかしある日、生命維持装置の重要な機械を修理している最中、アレクは恐ろしい罠にかかってしまう。ドームの空気が漏れ、爆発が起こり、気がつくと彼は死の荒野へと一人追放されていた。これは誰かの故意の仕業だった。そして、彼はそれが親友のサイラスにしかできないことだと悟る。
裏切りへの怒りと悲しみに満ちたアレクは荒野を彷徨い、古代の衛星を操作する装置を偶然見つける。それは宇宙から地上を強大な力で攻撃できる最後の兵器だった。アレクはその装置を使いこなし、次々と襲いかかる無法者たちをまるで魔法のように撃退する。『空の魔術師』の噂は瞬く間に荒野中に広まり、やがてドームのサイラスの耳にも届く。
その力を手に入れたアレクはついにサイラスのいるドームへと戻る。町の人々は衝撃と恐怖に包まれながらも、どこか温かく彼を迎え入れる
灰の星に咲く問い - 崩れる信頼——観測所に潜む旧姓
工具室の小さな通気口から、夜明け前の冷たい空気が流れ込んでいた。
アレク・ハーティンは、固い床の上で目を覚ました。背中が痛い。でも、それはいつものことだった。
体を起こす。胸のそばに置いたオルビタ・キーが、青く光っていた。
(今日だ)
(観測所へ行く)
昨夜、ハンスから受け取った旧観測所の構造図が、床に広げてある。何度も見返した紙は、折り目が擦り切れて柔らかくなっていた。
アレクは、構造図に手を伸ばした。
旧時代の観測所。ドーム外壁北側に位置する、選別の実務拠点。上層部が耐性のない住民を外へ送るための、事務的な死の処理場だ。
(あそこに、すべての記録がある)
(ラナのことも、選別のことも)
立ち上がる。
体のあちこちが軋んだ。右腕の古傷が、朝の冷え込みに痛む。墓守に砕かれた骨は、もうくっついている。でも、寒さには弱い。
アレクは、オルビタ・キーを手に取った。
青い光が、指先に吸い込まれるように広がる。端末が起動する。ヘリオスネット衛星群との接続が、かすかな振動で伝わってきた。
(力を使うのは、最後の手段だ)
(探査機能だけ。警戒網の死角を割り出すためだけに使う)
アレクは、自分にそう言い聞かせた。
衛星の力で制圧するのは簡単だ。観測所ごと焼き払うことだってできる。でも、それでは何も解決しない。力で押し入っても、真実は手に入らない。
(自分の足で、自分の目で、確かめる)
(そう決めたはずだ)
アレクは、工具室の扉を開けた。
金属の軋む音。薄暗い通路。下層の機関区画は、まだ静まり返っていた。
歩き出す。
足音が、通路に響く。壁に沿って並ぶ配管。天井から垂れるケーブル。すべて、三ヶ月前と変わらない。
(変わったのは、俺のほうか)
中層への階段を上がる。居住区画に出ると、空気が変わった。人がいる。でも、まだ朝早いせいか、人影はまばらだった。
配給所の前を通りかかる。
そこにいた数人の住民が、さっと道を空けた。まるで、汚染物質が通るかのように。
(……また、これか)
アレクは、足を止めなかった。
(好きに言え)
(俺が何者か、お前らが決めることじゃない)
コモンズ・ホールの前を通る。あの夜、アレクがサイラスの名を呼んだ場所。誰も応えなかった。ただ、静寂だけが残った。
今朝のホールは、配給の準備で少しだけ賑わっていた。でも、アレクが近づくと、その賑わいも、波が引くように消えていく。
(荒野の孤独とは、別の種類の孤独だ)
(人がいるのに、誰も、俺の世界に入ってこない)
中層の奥へ進む。
かつて主任修繕技師に与えられていた区画が近づいてきた。その手前の角を曲がった時、一人の男が立っていた。
背が高く、肩幅が広い。刈り上げた金髪。鋭い緑色の目。右手首には、古い拘束痕。
ハンス・グレイヴァーだった。
「よう。眠れたか」
ハンスの声は、低く、よく通った。
アレクは、少しだけ肩の力を抜いた。
「まあな。お前は」
「俺は、機関区画の隅で仮眠した。ああいう場所には慣れてる」
ハンスは、壁に背を預けたまま、通路の先に視線を向けた。
「観測所の構造図、見たか」
「ああ。何度も見た。北側の外壁に隣接してるんだな」
「ああ。旧時代の気象観測施設を改装した建物だ。地上二階、地下二階。地下に保管室がある」
ハンスは、ポケットから折りたたまれた紙片を取り出した。構造図とは別の、小さなメモだ。
「警備の交代時間を、俺が調べておいた。朝の六時から七時の間、北側の見張りが一人になる。そこが狙い目だ」
アレクは、メモを受け取った。
「助かる」
「ただし、無茶はするな。中で何かあれば、すぐに戻れ。俺は、外で待ってる」
「分かってる」
アレクは、メモを胸元にしまった。
(六時から七時の間)
(あと一時間もない)
「……なあ、アレク」
ハンスが、低い声で呼びかけた。
「何だ」
「ラナのことは、どうするつもりだ」
アレクの胸が、少しだけ重くなった。
(ラナ)
(あいつは、何を隠している)
「……まだ、分からん。ただ、観測所に行けば、何かが見えるかもしれない」
「そうか。まあ、お前が決めたことなら、俺は付き合うぜ」
ハンスは、そう言って、アレクの肩を軽く叩いた。
「行くぞ。北側の外壁まで、案内する」
二人は、中層の通路を北へ向かった。
***
ドームの北側外壁に近づくにつれて、空気が冷たくなっていく。
外壁ゲート「ラストドア」から続く通路の分岐点。そこから先は、一般住民の立ち入りが制限されている区域だ。
ハンスが、足を止めた。
「ここから先は、俺が先に様子を見てくる。お前は、あの物陰で待ってろ」
ハンスが指さした先には、古い配管が積み重なった影があった。
アレクは、頷いた。
「ああ」
ハンスは、身を低くして、通路の先へ進んでいった。
アレクは、配管の影に身を隠した。
(ここから先は、自分の足で行く)
(ハンスに頼りすぎるな)
オルビタ・キーを取り出す。青い光が、手の中で静かに脈打つ。
(探査機能)
(警戒網の死角を割り出す)
アレクは、端末に指を走らせた。
ヘリオスネット衛星群からのデータが、端末に流れ込んでくる。ドーム北側の熱源分布、警備員の位置、監視装置の配置。それらが、青い光の地図となって、アレクの目に映る。
(北側の見張りは、一人)
(監視装置は、西側に三基。東側に二基)
(死角は、北西の角だ)
アレクは、端末をしまった。
(力で制圧するんじゃない)
(死角を割り出すために使っただけだ)
(そうだ。そういうことだ)
ハンスが戻ってきた。
「見張りは一人だ。今なら行ける。北西の角に、監視の穴がある」
「ああ。俺も、そう見た」
二人は、物陰から抜け出した。
外壁沿いの狭い通路を、音を立てずに進む。壁は冷たく、手を触れると氷のように冷たい。
(観測所は、もうすぐだ)
(あそこに、真実がある)
北西の角に着いた。
そこには、外壁の補修用に開けられた小さな作業用通路があった。警備の死角。監視装置の届かない場所。
ハンスが、通路の入り口を指さした。
「この先が、観測所の外壁に繋がってる。俺は、ここで待つ。何かあれば、すぐに戻ってこい」
「分かった」
アレクは、一人で通路に入った。
暗い。狭い。天井が低く、背を丸めなければ進めない。
(ここを抜ければ、観測所だ)
(選別の実務拠点)
(上層部が、人を捨てるための場所)
通路の先に、かすかな光が見えた。
アレクは、足を速めた。
***
観測所の外壁に着いた。
旧時代の気象観測施設を改装した建物。地上二階、地下二階。壁はひび割れ、所々に補修の跡がある。でも、警備の厳重さは、外から見ただけでも分かった。
(北側の見張りは、一人)
(今のうちに、地下へ)
アレクは、構造図を頭に浮かべた。
地下への入り口は、建物の東側にある。そこから地下二階の保管室へ続く階段がある。
身を低くして、外壁沿いに東側へ回る。
足音を殺す。呼吸を浅くする。
(誰も、いない)
(今だ)
アレクは、東側の入り口に滑り込んだ。
扉は、古い金属製だった。鍵がかかっている。でも、アレクは、ポケットから小さな工具を取り出した。
(この程度の鍵なら)
(主任修繕技師を舐めるな)
カチリ。
小さな音がして、鍵が開いた。
アレクは、扉を押し開けた。
中は、薄暗かった。
非常灯の赤い光が、壁をぼんやりと照らしている。空気は、冷たく、黴臭い。旧時代の建物特有の、閉ざされた匂いだ。
(地下へ)
(保管室は、地下二階)
アレクは、階段を下りた。
一段、一段、慎重に。
地下に下りるほど、空気が重くなっていく。
(ここで、人が選別されている)
(耐性なし・外部移送)
(つまり、殺される)
地下二階に着いた。
廊下の先に、金属製の扉が見えた。保管室だ。
アレクは、扉の前に立った。
鍵は、かかっていなかった。
(不用心だな)
(いや、こんな場所に、誰も来ないと思ってるのか)
扉を開ける。
中は、書類で溢れていた。
棚に並ぶファイル。床に積み上げられた箱。壁に貼られた地図。すべて、選別に関する書類だ。
(ここが、選別の心臓部か)
アレクは、部屋の中に入った。
まず、目に入ったのは、壁に貼られた大きな名簿だった。
「選別対象者リスト」
三十余名の名前が、整然と並んでいる。
(耐性なし・外部移送)
(この人たちが、外へ捨てられる)
アレクは、名簿に近づいた。
名前を、一人ずつ、目で追う。
知らない名前。知らない名前。知らない名前。
そして、
(……リィナ・ソル)
アレクの指が、止まった。
リィナ・ソル。
中層居住区で、アレクが暮らしていた頃に顔見知りだった少女だ。
(あの子が、選別対象?)
(まだ、十四か十五のはずだ)
アレクは、名簿を握りしめた。
紙が、くしゃりと音を立てる。
(移送予定日、翌朝)
(明日の朝、あの子は、外へ捨てられる)
胸の奥が、冷たくなっていく。
(選別は、もう始まっている)
(机上の計画じゃない。実行目前の現実だ)
アレクは、名簿を剥がし、折りたたんで胸元にしまった。
(リィナを、助けなければ)
(でも、どうやって)
(力を使えば、簡単だ)
(衛星の力で、移送を止められる)
(でも、それじゃ駄目だ)
(力に頼れば、俺もまた、誰かを選別する側になる)
アレクは、部屋の中を見渡した。
棚の上に、別のファイルが積まれている。
「上層部内部文書」
(内部文書)
(何が書かれている)
アレクは、ファイルを手に取った。
ページをめくる。
そこには、上層部の人事記録が並んでいた。
(これは……)
(上層区画の職員名簿か)
アレクは、ページをめくる手を止めた。
(……ヴィンセント=アルド)
(ラナ・ヴィンセント=アルド)
心臓が、ドクンと跳ねた。
(ヴィンセント)
(ラナの、姓)
アレクは、そのページを、じっと見た。
「ラナ・ヴィンセント=アルド」
「旧役職:上層区画情報統括補佐」
「現況:記録抹消済み」
(上層区画情報統括補佐)
(ラナは、元上層部の人間だった)
(しかも、情報を扱う立場にいた)
頭の中で、何かが音を立てて崩れていく。
(あいつは、荒野のダストウォーカーだと言っていた)
(情報網を駆使して、俺に助言を与えてくれた)
(でも、それは全部、嘘だったのか?)
アレクは、ファイルを握りしめた。
指が震える。
(出所をはぐらかし続けた)
(ドーム内部事情に異様に詳しかった)
(すべての辻褄が合う)
(ラナは、上層部の人間だったんだ)
(最初から、俺を監視するために近づいたのか?)
(それとも、何か別の目的が?)
分からない。
でも、一つだけ確かなことがある。
(ラナは、俺に嘘をついていた)
(あいつは、俺が思っていたような、荒野の味方なんかじゃない)
アレクは、ファイルを胸元にしまった。
(証拠を持ち帰る)
(そして、ラナに直接、確かめる)
(いや、待て)
(証拠を突きつけるべきか?)
(それとも、本人の口から聞くべきか?)
頭が、ぐるぐる回る。
(今は、ここを出よう)
(見張りが来る前に)
アレクは、保管室を出た。
廊下を戻る。階段を上がる。
(早く、外へ)
(ハンスのところへ)
東側の入り口から外に出た。
外の空気が、冷たい。
でも、その冷たさが、今は心地よかった。
(観測所の外壁沿いを、北へ)
(ハンスが待っている場所へ)
アレクは、身を低くして、外壁沿いに進んだ。
その時、
声が聞こえた。
アレクは、足を止めた。
(誰かいる)
物陰に身を隠す。
息を殺して、声のする方を見た。
観測所の外壁沿い。
薄暗い朝の光の中に、二人の人影があった。
一人は、上層部の手の者らしい男。黒い外套を着て、フードを深く被っている。顔は見えない。
もう一人は、
(……ラナ)
アレクは、呼吸を止めた。
ラナ・ヴィンセント。
片側だけ刈り上げた黒髪。切れ長の灰色の瞳。左耳に複数のピアス。
荒野で、アレクと共に生き抜いた、あのラナが、そこに立っていた。
(なぜ、ここに)
(あいつは、上層部の手の者と、何を話している)
ラナは、男に封筒を差し出した。
男は、それを受け取り、代わりに別の封筒をラナに渡した。
(封筒を、渡している)
(受け取っている)
(何のやり取りだ)
ラナの表情は、いつものように冷ややかだった。
動揺も、怯えもない。
淡々と、事務的に、封筒をやり取りしている。
(あの顔は、俺が知ってるラナだ)
(でも、違う)
(荒野で共に生き抜いたラナとは、別人のようだ)
アレクは、物陰から出られなかった。
声も、かけられなかった。
(あいつは、今、上層部と取引している)
(何を渡して、何を受け取った)
(あの封筒の中身は、何だ)
胸の奥で、何かが、音を立てて崩れていく。
(信頼)
(ラナへの信頼が、崩れていく)
(荒野で、あいつは、俺を支えてくれた)
(情報をくれた。助言をくれた。孤独を分かってくれた)
(でも、それは全部、上層部の指示だったのか?)
(最初から、俺を鍵として使うつもりで、近づいたのか?)
アレクは、拳を握りしめた。
爪が、手のひらに食い込む。
痛い。
でも、その痛みだけが、今のアレクを現実に繋ぎ止めていた。
ラナと男は、何か短い言葉を交わすと、それぞれ別の方向へ歩き去った。
ラナの後ろ姿が、薄暗い朝の光の中に消えていく。
アレクは、それを見送ることしかできなかった。
(ラナ)
(お前は、何者なんだ)
(俺に、何を隠している)
物陰から出る。
足が、重い。
(ハンスのところへ戻らなければ)
(でも、何を話せばいい)
(ラナの旧姓と旧役職は、伝えられる)
(でも、密会のことは)
(口にすれば、自分の信頼が、完全に終わってしまう気がする)
アレクは、北西の角へ戻った。
ハンスが、待っていた。
「どうだった。何か見つけたか」
ハンスの声は、低く、落ち着いていた。
アレクは、しばらく黙っていた。
(何を話す)
(どこまで話す)
「……選別名簿があった。三十余名の名前が載ってた」
「三十余名……かなりの数だな」
「ああ。それと、上層部の内部文書もあった。人事記録だ」
アレクは、胸元からファイルを取り出した。
「この中に、ラナの旧姓が記されていた。ヴィンセント=アルド。旧役職は、上層区画情報統括補佐だ」
ハンスが、目を細めた。
「……ラナが、上層部の人間だったのか」
「ああ。少なくとも、昔はな」
「情報統括補佐……情報を扱う役職だ。あいつが、ドーム内部に詳しいのも、頷けるな」
ハンスは、腕を組んで、考え込んだ。
「それで、お前はどうするつもりだ」
アレクは、答えなかった。
(どうするつもりだ)
(俺は、どうしたい)
(ラナを問い詰めたい)
(でも、その前に、やらなければならないことがある)
「……名簿の中に、リィナ・ソルっていう少女がいた。俺が中層にいた頃に、顔見知りだった子だ」
「その子が、選別対象なのか」
「ああ。移送予定日は、明日の朝だ」
ハンスの表情が、厳しくなった。
「明日の朝……もう時間がないな」
「ああ」
「その子を守るなら、今夜しかない。移送実行の前夜に、何とかしなければ」
ハンスの言葉は、感情を挟まず、淡々としていた。
でも、その言葉の重みは、アレクの胸に深く突き刺さった。
(今夜しかない)
(リィナを守るなら、今夜動くしかない)
(衛星の力を使えば、容易に止められる)
(移送の護送隊を、空から照射すればいい)
(でも、それを使えば、俺も選別する側に回る)
(力で人を選び、力で人を守る)
(それは、上層部と同じだ)
アレクは、オルビタ・キーを、そっと握りしめた。
青い光が、指の間から漏れる。
(力に頼るな)
(自分の手で、動け)
「……ハンス」
「何だ」
「俺は、自分の手で、リィナを守る。衛星の力は使わない」
アレクの声には、迷いがなかった。
ハンスは、しばらくアレクの顔を見て、それから、小さく頷いた。
「……分かった。俺も、付き合うぜ。お前が決めたことなら、最後までな」
「助かる」
アレクは、空を見上げた。
ドームの天井が、朝の光を反射して、白く輝いている。
(明日の朝、リィナが連れ去られる)
(それまでに、何とかしなければ)
(そして、ラナ)
(お前のことも、必ず、問い詰める)
(お前が、何を隠しているのか)
(お前が、俺に何をしたのか)
(すべて、明らかにする)
二つの課題が、同時に、アレクの肩にのしかかっていた。
リィナを守ること。
ラナに真実を問うこと。
どちらも、今夜から明日の朝にかけて、決着をつけなければならない。
(誰を信じる)
(誰を守る)
(俺は、どうする)
アレクは、ゆっくりと、オルビタ・キーを胸元にしまった。
青い光が、消える。
朝の冷たい空気が、二人の間を吹き抜けていった。
***
工具室に戻ったアレクは、床に座り込んだ。
壁に背をつける。
目を閉じる。
(ラナ)
(リィナ)
(選別)
(サイラス)
頭の中を、いくつものことが、ぐるぐると回っている。
ラナへの疑い。
リィナへの責任。
選別への怒り。
そして、サイラスへの憎しみ。
どれも、まだ、決着がついていない。
(ラナは、上層部の人間だった)
(あいつは、俺に嘘をついていた)
(でも、選別を止めようと動いていた事実もある)
(単純に、切り捨てられない)
(だから、余計に、苦しい)
アレクは、胸元から名簿を取り出した。
折りたたんだ紙を広げる。
「リィナ・ソル」
その名前を、指でなぞる。
(あの子は、まだ子供だ)
(外の荒野で、生きていけるはずがない)
(移送は、事実上の死刑だ)
(上層部は、それを「外部移送」と呼んで、自分たちの手を汚さない)
(最低だ)
(あいつらは、人を、資源としてしか見ていない)
アレクは、名簿を握りしめた。
紙が、くしゃりと音を立てる。
(リィナを守る)
(絶対に、守る)
(衛星の力じゃなく、自分の手で)
(自分の意志で、誰かを守る)
(それが、俺が選んだ道だ)
アレクは、立ち上がった。
(今夜、動く)
(リィナのいる場所を、突き止める)
(そして、移送の前に、彼女を連れ出す)
(ラナへの問い詰めは、その後だ)
(順番を、間違えるな)
(まずは、目の前の命を守れ)
アレクは、工具室の扉を開けた。
通路に出る。
(ハンスに、リィナの居場所の調査を頼む)
(あいつは、元兵士だ。人の動きを読むのが得意なはずだ)
(それから、俺は、中層居住区へ行く)
(リィナの家を、直接、確認する)
(彼女が、まだ無事かどうか)
アレクは、歩き出した。
足音が、薄暗い通路に響く。
(今夜、すべてが動き出す)
(リィナを守り、ラナに真実を問う)
(そして、選別を、止める)
(力じゃなく、この手で)
アレクの胸の奥で、オルビタ・キーの青い光が、静かに、脈打っていた。
それは、力への誘惑だった。
でも、アレクは、その誘惑に、まだ、負けていなかった。
(俺は、選別する側にはならない)
(絶対に、ならない)
アレクは、そう、心の中で強く誓った。
朝の光が、ドームの天井から降り注ぐ。
その光の中を、アレク・ハーティンは、一人、歩いていった。Noveliaとは?
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