灰の星に咲く問い
地球は完全に廃墟と化し、人々はいくつかの丸いドーム状の都市で暮らしていた。
19歳のアレク・ハーティンは、そのドーム内で壊れた機械を修理する天才的なリーダーだった。誰もが彼に頼り、彼自身も自分の才能に自信を持っていた。彼の唯一の心の支えは、幼馴染で親友のサイラス・ヴェインだった。
しかしある日、生命維持装置の重要な機械を修理している最中、アレクは恐ろしい罠にかかってしまう。ドームの空気が漏れ、爆発が起こり、気がつくと彼は死の荒野へと一人追放されていた。これは誰かの故意の仕業だった。そして、彼はそれが親友のサイラスにしかできないことだと悟る。
裏切りへの怒りと悲しみに満ちたアレクは荒野を彷徨い、古代の衛星を操作する装置を偶然見つける。それは宇宙から地上を強大な力で攻撃できる最後の兵器だった。アレクはその装置を使いこなし、次々と襲いかかる無法者たちをまるで魔法のように撃退する。『空の魔術師』の噂は瞬く間に荒野中に広まり、やがてドームのサイラスの耳にも届く。
その力を手に入れたアレクはついにサイラスのいるドームへと戻る。町の人々は衝撃と恐怖に包まれながらも、どこか温かく彼を迎え入れる
灰の星に咲く問い - ラナの告白——崩れゆく信頼と、守るという選択
中層の廃棄食堂は、使われなくなって久しい場所だった。
壁の配管からは錆が浮き、天井の照明は半分以上が切れたまま。空気はどこかカビ臭く、床には古い配給箱が崩れたまま放置されていた。
アレク・ハーティンは、その部屋の中央に立っていた。
手には、折りたたまれた紙の束。観測所から持ち出した内部文書の写しだ。昨夜、ハンスと二人で、何度も何度も読み返した。
(これが、真実だ)
(ラナ・ヴィンセント。元上層区画情報統括補佐)
胸の奥が、冷たく重い石になったようだった。
荒野で出会ったあの日から、ラナはアレクの数少ない味方だった。情報をくれた。助言をくれた。孤独だったアレクの話を、ただ静かに聞いてくれた。
(あれは全部、演技だったのか)
(俺を、鍵として使うための)
扉が開く音がした。
振り返る。
ラナ・ヴィンセントが立っていた。片側だけ刈り上げた黒髪。切れ長の灰色の瞳。左耳に並んだピアスが、切れた照明の下で鈍く光る。
彼女は、いつもと変わらない表情だった。冷ややかで、何を考えているのか分からない、あの顔。
「呼んだのは、あんたか」
ラナの声は、淡々としていた。
アレクは、机の上に紙の束を置いた。
古い金属の机が、小さく軋んだ。
「見ろよ」
ラナは、アレクの顔を一瞬見てから、机に近づいた。
紙の束を手に取る。
一枚、二枚と、ゆっくりめくっていく。
その間、アレクはラナの表情をじっと見ていた。
(動じるな)
(今は、事実だけを突きつける)
(感情的になるな)
ラナは、最後の一枚まで読み終えると、紙の束を机の上に戻した。
それから、灰色の瞳をアレクに向けた。
「……どこでこれを」
「旧観測所だ。選別の実務拠点。知ってるだろ」
「……ああ。知っている」
ラナの声には、動揺のかけらもなかった。
アレクは、続けた。
「昨夜、見た。観測所の外壁沿いで、お前が上層部の手の者と会ってたのをな。封筒を渡してた」
沈黙。
ラナは、少しの間、アレクを見つめていた。
それから、小さく息を吐いた。
「そうか。見られていたか」
「言い訳はしないのか」
「言い訳する気はない。事実だ。私は元上層区画情報統括補佐だ。そして、あの封筒は、上層部の人間に渡した」
アレクの指先が、無意識に拳を作った。
(認めた)
(あっさりと、認めやがった)
「……お前は、俺に嘘をついていたのか」
「嘘はついていない。ただ、話していないことはあった」
「同じことだ!」
声が、部屋に響いた。
切れた照明の一つが、ちらついた。
アレクは、歯を食いしばった。
(落ち着け)
(感情に流されるな)
(まだ、聞くべきことがある)
「……なぜ、上層部を出た」
ラナは、まっすぐにアレクを見た。
「選別制度の実態を知ったからだ。資源が足りない。だから、耐性のない人間を外へ捨てる。上層部は、それを『外部移送』と呼んでいた。私は、その計画の情報を扱う立場だった」
「最初は、私も仕事の一つだと思っていた。でも、名簿を見た。そこには、子供の名前もあった。生まれて十年も経っていない子供の名前が、ただの数字として並んでいた」
ラナの声は、相変わらず淡々としていた。
でも、その瞳の奥に、一瞬だけ、暗い炎のようなものが見えた気がした。
「私は、反対した。でも、力が足りなかった。上層部の決定は覆らない。だから、私はドームを出た。自分の意志で、荒野へ」
アレクは、ラナの言葉を聞きながら、胸の奥で何かが軋むのを感じていた。
(こいつは、選別に反対したのか)
(だったら、なぜ)
「……それで、俺か」
「……ああ。荒野で、あんたに出会った。オルビタ・キーを持つ男。衛星を操る力を持つ男。その時、思った。この人なら、選別を止められるかもしれない、と」
「最初から、そのつもりだったのか」
「……最初からだ。あんたを鍵として使うつもりだった。選別を止めるための、切り札として」
アレクの視界が、一瞬、揺れた。
(最初から)
(全部、利用するためだった)
(俺が、オルビタ・キーを持っていたから)
(俺が、衛星を操れるから)
(俺という人間を見ていたわけじゃない)
(俺の力を、見ていたんだ)
脳裏に、別の顔が浮かんだ。
サイラス。
幼い頃から一緒にいた親友。何でも話した。何でも信じていた。
(あいつも、そうだった)
(あいつも、俺を利用した)
(あの爆発で、俺を殺そうとした)
(俺の信頼は、あの時、音を立てて崩れた)
(そして、今、また)
アレクは、唇の内側を噛んだ。
鉄の味が、口の中に広がる。
「……そうか」
声が、かすれた。
「……お前も、そういうことか」
ラナは、何も言わなかった。
ただ、アレクをじっと見ていた。
その灰色の瞳は、相変わらず冷たかった。
でも、どこか、悲しみのようなものも見えた気がした。
(気のせいだ)
(こいつは、俺を利用してきたんだ)
(悲しむ資格なんてない)
アレクは、机の上の紙の束を、乱暴に掴んだ。
「……もういい。お前のことは、分かった」
「……待ってくれ。まだ話していないことがある」
「もう十分だ。お前が俺を騙してたこと、利用してたこと、全部聞いた。これ以上、何がある」
「選別は、もう実行段階に入っている。名簿に載った人間が、次々と連れ去られようとしている。私は、それを止めようとしている。あんたの力を借りずに、私のやり方で」
「……お前のやり方? 上層部に封筒を渡すのが、選別を止めることなのか」
「あの封筒は、選別の対象者リストの一部を、上層部の内部の、まだ良心のある人間に渡すためのものだ。少しでも、情報を外に流すために」
アレクは、ラナの言葉を信じられなかった。
(まだ良心のある人間?)
(上層部に、そんな奴がいるのか)
(それとも、これもまた、嘘か)
「……信じられるか」
「信じなくていい。でも、事実だ。私は、選別を止めたい。そのためなら、どんな手も使う。あんたを利用したことも、上層部と手を組むことも、全部、選別を止めるためだ」
ラナの声に、初めて、強い感情が込められた。
アレクは、その声に、一瞬、たじろいだ。
(こいつは、本気だ)
(少なくとも、選別を止めたいという気持ちは、本物かもしれない)
(でも、だからといって、俺を利用したことを許せるわけじゃない)
その時だった。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
二人の動きが、同時に止まった。
「……何だ?」
ラナの顔から、血の気が引いた。
「……まさか、もう動き出したのか」
「どういうことだ」
「名簿に載った人間の、強制移送が始まったんだ。予定より早い。……あんた、リィナ・ソルって子を知ってるか」
アレクの胸が、跳ねた。
(リィナ)
(名簿にあった、あの子)
「知ってる。顔見知りだ」
「あの子が、今日、移送される。上層部の警備兵が、居住区に踏み込む手はずになっている。……私は、それを止めるつもりだった。でも、もう時間がない」
アレクは、ラナの顔をじっと見た。
(こいつは、今、何を考えている)
(本当に、リィナを助けようとしているのか)
(それとも、これも、何かの罠か)
悲鳴が、また聞こえた。
今度は、さっきよりも近い。
アレクは、決断した。
「……場所はどこだ」
「中層居住区、第七ブロック。リィナの家は、配給所の裏手だ。私も行く」
「……好きにしろ」
アレクは、走り出した。
廃棄食堂を飛び出し、薄暗い通路を駆け抜ける。
足音が、金属の床に響く。
胸の奥で、オルビタ・キーが、かすかに震えていた。
(力を使えば、一瞬だ)
(衛星の光で、警備兵を焼き払うことだってできる)
(でも、それじゃダメだ)
(それじゃ、俺も、選別する側と同じになる)
(誰かを焼いて、誰かを守る。それは、上層部と同じだ)
アレクは、オルビタ・キーを握りしめた。
指が、震えていた。
(でも、リィナを守るには、力が要る)
(素手で、警備兵に勝てるのか)
(電磁パルス棍棒を持った、訓練された兵士に)
(……分からない)
(でも、やるしかない)
(力に頼らず、自分の手で、リィナを守る)
(そう決めたんだ)
中層居住区に出た。
通路は、混乱していた。
住民たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
その中を、アレクは逆走した。
配給所の裏手。第七ブロック。
角を曲がる。
そこに、いた。
三人の警備兵。上層部の技術兵だ。黒い防護服に、電磁パルス棍棒を携えている。
そして、その真ん中に、小さな少女がいた。
リィナ・ソル。
まだ十歳そこそこの、痩せた少女だった。
茶色い髪はぼさぼさで、頬には泥がついていた。
大きな目が、恐怖で見開かれている。
「いや! 離して! お母さん! お母さん!」
リィナは、警備兵の腕の中で、必死にもがいていた。
警備兵の一人が、リィナの腕を乱暴に掴んでいる。
「騒ぐな。外部移送だ。お前のためなんだ」
警備兵の声は、機械のように冷たかった。
アレクの頭の中で、何かが切れた。
(お前のため?)
(子供を、外に捨てるのが、ため?)
(ふざけるな)
アレクは、走り出した。
「離せ!!」
警備兵たちが、一斉に振り返る。
「何者だ」
「お前らに名乗る名前はない」
アレクは、一番近くにいた警備兵に、体当たりした。
肩が、男の胸にめり込む。
警備兵が、よろめいた。
その隙に、アレクは、男の手から電磁パルス棍棒を奪い取った。
重い。金属の塊。
(これで、戦う)
(武器は、これで十分だ)
「お前ら、上層部の言いなりか。子供を拉致して、それが仕事か」
「……お前には関係ない。邪魔をするなら、拘束する」
警備兵Cが、棍棒を構えた。
青白い火花が、棍棒の先端で弾ける。
(電磁パルス。まともに食らえば、体が麻痺する)
(避けるか、先に叩くか)
アレクは、地面を蹴った。
低い姿勢で、警備兵Cの懐に飛び込む。
棍棒が、頭上を通過する。
風を切る音。
アレクは、奪った棍棒を、警備兵Cの脇腹に叩き込んだ。
ゴッ。
鈍い音。
警備兵Cが、うめき声を上げて、膝をついた。
「一人」
背後から、気配。
振り返る。
警備兵Aが、棍棒を振り下ろしていた。
アレクは、体を捻って、紙一重で避けた。
棍棒が、床を叩く。
火花が散った。
アレクは、警備兵Aの腕を掴み、そのまま背負い投げた。
ドサッ。
男の体が、床に叩きつけられる。
「二人」
残るは、一人。
警備兵Bが、リィナを盾にするように、彼女の首に腕を回した。
「来るな! 来たら、この子を……」
アレクは、足を止めた。
(くそ)
(リィナを人質に取りやがった)
リィナの顔は、真っ青だった。
涙が、ぼろぼろとこぼれている。
「たすけて……たすけて……」
アレクの胸が、締め付けられた。
(今、ここで、力を使えば)
(衛星の光で、あの男を狙撃できる)
(でも、リィナに当たるかもしれない)
(それに、力に頼ったら、終わりだ)
(俺は、自分の手で守ると決めたんだ)
その時、警備兵Bの背後に、影が立った。
ラナ・ヴィンセント。
彼女は、音もなく近づき、警備兵Bの首に、細い腕を回した。
「……離しなさい」
ラナの声は、氷のように冷たかった。
警備兵Bが、驚いて振り返ろうとする。
その瞬間、ラナは、男の首に巻きつけた腕に、体重をかけた。
警備兵Bの体が、傾ぐ。
リィナの体が、解放された。
「今よ! アレク!」
アレクは、地面を蹴った。
警備兵Bに駆け寄り、奪った棍棒を、男の後頭部に振り下ろす。
ゴッ。
警備兵Bが、前のめりに倒れた。
「三人」
静寂。
三人の警備兵が、床に倒れていた。
全員、気を失っている。
アレクは、荒い息を吐いた。
肩が上下する。
手に持った棍棒が、汗で滑りそうだった。
(やった)
(力を使わずに、やれた)
(自分の手で、守れた)
リィナが、床に座り込んだまま、アレクを見上げていた。
「……おにいちゃん、だれ?」
アレクは、リィナの前にしゃがみ込んだ。
「……アレク。アレク・ハーティンだ。お前を助けに来た」
「……なんで? なんで、あの人たち、わたしを……」
「……今は、説明してる時間がない。とにかく、ここを離れるぞ。立てるか」
リィナは、小さく頷いた。
でも、足が震えていて、うまく立てない。
アレクは、リィナの体を抱き上げた。
軽い。
骨と皮ばかりの、小さな体。
(この子は、何も悪くない)
(ただ、名簿に名前があっただけだ)
(それだけで、外に捨てられそうになった)
アレクは、ラナを見た。
ラナは、倒れた警備兵たちを、冷たい目で見下ろしていた。
「……早く行け。増援が来る前に。私は、ここで時間を稼ぐ」
「……お前、何を」
「私が残れば、あんたたちが逃げる時間を作れる。それに、私は元上層部の人間だ。捕まっても、すぐには殺されない」
アレクは、ラナの顔をじっと見た。
(こいつは、今、自分を犠牲にしようとしている)
(俺とリィナを逃がすために)
(……なぜだ)
(俺は、お前を許していない)
(お前に、俺を守る資格なんてない)
でも、口から出たのは、別の言葉だった。
「……死ぬなよ」
ラナは、一瞬、驚いたような顔をした。
それから、小さく、笑った。
「……あんたこそ。その子を、しっかり守れ」
アレクは、リィナを抱えたまま、走り出した。
振り返らなかった。
(ラナ)
(お前を、許したわけじゃない)
(でも、お前が今、リィナを守ろうとしたことだけは、覚えておく)
通路を駆け抜ける。
悲鳴と怒号が、遠くで響いていた。
アレクは、下層への階段を駆け下りた。
機関区画のさらに下。
廃棄区画。
そこに、ハンスが事前に確保していた隠れ家があった。
古い空気循環ダクトの点検用通路の奥。
誰も近づかない、ドームの最底辺。
アレクは、隠れ家の扉を開けた。
中は、狭くて、薄暗かった。
でも、安全だった。
リィナを、床に降ろす。
リィナは、まだ震えていた。
「……ここなら、大丈夫だ。しばらく、ここに隠れてろ」
「……おにいちゃんは、どこに行くの?」
「……すぐ戻る。仲間に、報告しなきゃいけないことがある」
リィナは、不安そうな顔で、アレクの袖を掴んだ。
「……いや。ひとりにしないで」
アレクは、リィナの頭に、そっと手を置いた。
「……大丈夫だ。ここは、誰にも見つからない。俺は、必ず戻る。約束する」
リィナは、しばらくアレクの顔を見てから、小さく頷いた。
アレクは、立ち上がった。
隠れ家を出る。
通路に出ると、ハンス・グレイヴァーが立っていた。
刈り上げた金髪。鋭い緑色の目。
「……聞いたぜ。警備兵を三人、素手でやったんだってな」
「素手じゃない。棍棒を奪った」
「どっちでもいい。よくやった。あの子は無事か」
「ああ。今は、隠れ家で休んでる」
ハンスは、壁に背を預けて、深く息を吐いた。
「……ラナは、どうした」
「……あいつが、時間を稼いでる。俺とリィナを逃がすために、残った」
ハンスは、しばらく黙っていた。
それから、低い声で言った。
「……そうか。あの女も、腹を括ったってことか」
「……あいつを、許したわけじゃない。でも、選別された人間の受け入れ先を探す役割を、あいつに任せる。あいつは、元上層部だ。そういう場所を、知ってるかもしれない」
ハンスは、アレクの顔をじっと見た。
「……お前、それでいいのか」
「いいとか、悪いとかじゃない。あいつを、ここで切り捨てたら、選別を止める手が一つ減る。それだけだ」
ハンスは、小さく頷いた。
「……分かった。お前の決めたことなら、俺は従うぜ。ただし、選別はまだ止まってない。名簿には、他にも三十余名の名前が残ってる」
アレクは、壁を拳で叩いた。
鈍い音が、通路に響く。
「……分かってる。だから、次を考える」
「……サイラスのことは、どうする」
アレクは、目を閉じた。
(サイラス)
(あいつは、今、どこにいる)
(上層部に潜んでいる、という噂だけが、ずっと消えない)
「……まだ、掴めないのか」
「ああ。上層部内にいるって噂は、何度も聞く。でも、誰も、実際に姿を見た奴がいない。影みたいなもんだ」
アレクは、唇を噛んだ。
(サイラス)
(お前は、一体、何をしている)
(お前も、この選別を、知っているのか)
(それとも、お前が、選別を進めているのか)
(……分からない)
(分からないから、余計に、憎い)
「……サイラスのことは、俺が追う。お前は、リィナの安全と、ラナの動向を見張ってくれ」
「了解だ」
アレクは、隠れ家の扉に、もう一度、手を置いた。
中から、リィナの小さな寝息が聞こえる。
(守った)
(俺は、今日、初めて、自分の意志で、誰かを守った)
(力じゃなく、この手で)
(オルビタ・キーに、頼らなかった)
胸の奥が、じわりと熱くなった。
それは、怒りでも、悲しみでもない。
初めて感じる、不思議な感覚だった。
(これが、守るということか)
(これが、自分の意志で立つということか)
アレクは、オルビタ・キーを、胸の上から握りしめた。
青い光が、指の隙間から漏れる。
(俺は、これからも、この力に頼らずに、戦う)
(でも、もし、どうしても必要な時は)
(その時は、選別する側じゃなく、守る側として、この力を使う)
(そう、決めた)
その時、ハンスが、低い声で言った。
「……アレク。一つ、報告がある」
「……何だ」
「ドームの外だ。見張りをしてる連中から、連絡が入った。荒野で、動きがある。『空の魔術師』の噂が、外部に広がってる。それで、何者かが、ドームに接近してるらしい」
アレクの背筋が、すっと冷たくなった。
(空の魔術師)
(俺のことだ)
(俺の噂が、荒野に広がってる)
(そして、何者かが、ドームに近づいている)
「……何者だ」
「分からん。数は、十人前後。武装してる。ダストウォーカーじゃない。もっと、組織的な動きだ」
アレクは、壁にもたれかかった。
(選別だけじゃない)
(今度は、外からも、脅威が来る)
(俺の力が、呼び寄せたのか)
(それとも、別の何かが)
「……分かった。とりあえず、見張りを続けさせろ。俺は、リィナを守りながら、次の手を考える」
「ああ。お前も、無理するなよ」
ハンスは、そう言って、通路の奥へ消えていった。
アレクは、一人、薄暗い通路に残された。
天井から、かすかに、空気循環機の駆動音が聞こえる。
(ラナ)
(サイラス)
(選別)
(そして、外からの脅威)
(問題は、山積みだ)
(でも、今日、俺は、一つだけ、確かなことを手に入れた)
(自分の意志で、誰かを守った)
(力じゃなく、この手で)
アレクは、隠れ家の扉を開けた。
リィナが、床の上で、小さくなって眠っていた。
涙の跡が、頬に残っている。
アレクは、リィナのそばに座り込んだ。
壁に背をつける。
(この子を、守り切る)
(絶対に、外には出させない)
(そして、選別を、止める)
(サイラスを、見つけ出す)
(ラナのことも、いつか、ちゃんと向き合う)
(……今は、それでいい)
アレクは、目を閉じた。
胸の上で、オルビタ・キーが、静かに、青く、脈打っていた。
それは、力への誘惑であり、同時に、守るための覚悟の灯りでもあった。
アレク・ハーティンは、暗い廃棄区画の隅で、小さな少女の寝息を聞きながら、静かに、次の戦いへと、心を研ぎ澄ませていた。Noveliaとは?
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