灰の星に咲く問い
地球は完全に廃墟と化し、人々はいくつかの丸いドーム状の都市で暮らしていた。
19歳のアレク・ハーティンは、そのドーム内で壊れた機械を修理する天才的なリーダーだった。誰もが彼に頼り、彼自身も自分の才能に自信を持っていた。彼の唯一の心の支えは、幼馴染で親友のサイラス・ヴェインだった。
しかしある日、生命維持装置の重要な機械を修理している最中、アレクは恐ろしい罠にかかってしまう。ドームの空気が漏れ、爆発が起こり、気がつくと彼は死の荒野へと一人追放されていた。これは誰かの故意の仕業だった。そして、彼はそれが親友のサイラスにしかできないことだと悟る。
裏切りへの怒りと悲しみに満ちたアレクは荒野を彷徨い、古代の衛星を操作する装置を偶然見つける。それは宇宙から地上を強大な力で攻撃できる最後の兵器だった。アレクはその装置を使いこなし、次々と襲いかかる無法者たちをまるで魔法のように撃退する。『空の魔術師』の噂は瞬く間に荒野中に広まり、やがてドームのサイラスの耳にも届く。
その力を手に入れたアレクはついにサイラスのいるドームへと戻る。町の人々は衝撃と恐怖に包まれながらも、どこか温かく彼を迎え入れる
灰の星に咲く問い - 灰の記録——守られていた事実と、利用されていた真実
テッサ平原の夜は、音が死んだように静かだった。
アレク・ハーティンは、赤褐色の砂を踏みしめながら歩いていた。一歩ごとに、靴底が砂を砕く音がする。それだけが、自分の生きている証だった。
隣を歩くハンス・グレイヴァーは、無言だった。刈り上げた金髪が、時折吹く風に揺れる。鋭い緑色の目は、前方の暗がりをじっと見据えていた。
「あと二百メートルだ」
ハンスの声は、防護マスク越しでもよく通った。
「分かってる」
アレクは、胸元のオルビタ・キーに手を触れた。青い光が、布越しに漏れる。ヘリオスネット衛星群との接続は、まだ安定していた。
(使うな)
(今は、まだ)
自分に言い聞かせる。力に頼れば、簡単だ。でも、それでは何も変わらない。自分の足で、自分の目で、確かめなければ。
テッサ平原の地下に、旧時代の記録保管庫が埋まっている。ハンスが旧軍事施設の構造データから割り出した場所だった。ラナの密会で交わされた封筒。その出所を突き止めるために、二人はここまで来た。
「ここだ」
ハンスが足を止めた。
目の前には、崩れかけたコンクリートの塊があった。旧時代の建物の残骸。風化して、原型をとどめていない。でも、よく見ると、その下に、人が一人通れるほどの隙間があった。
「俺が先に入る。お前は後ろだ」
ハンスは、背負っていた小型の照明具を手に取った。旧時代の技術で作られた、手回し式の発電ライト。ギリギリと音を立てて、ハンドルを回す。
ライトが、青白い光を放った。
「警戒網の死角は、ここで間違いないんだな」
「ああ。俺が調べた限りでは、この周辺に監視装置はない。旧時代の記録保管庫は、上層部も存在を忘れてる」
アレクは、小さく頷いた。
ハンスが、隙間に体を滑り込ませる。アレクも続いた。
地下への入り口は、想像以上に狭かった。肩がコンクリートに擦れる。細かい砂が、髪に降りかかる。それでも、前に進むしかなかった。
やがて、空間が広がった。
ハンスのライトが、暗闇を切り裂く。
そこは、旧時代の記録保管庫だった。崩落した天井の下、無数の金属製の棚が並んでいる。棚には、古びた書類の束が、びっしりと収められていた。
「すげえな……こいつは、本物だ」
ハンスの声が、地下空間に反響した。
アレクは、ライトの光を頼りに、棚の間を歩いた。
空気は、冷たく、乾いていた。かすかに、カビと金属の匂いがする。旧時代の紙は、黄ばんで、触れると崩れそうだった。
(ここに、選別の記録がある)
(ラナのことも、サイラスのことも)
(すべての真実が)
アレクは、一つの棚の前で立ち止まった。
金属製のプレートに、かすれた文字が刻まれている。
「ヴァロス・ドーム 内部通達 極秘」
「……ここだ」
アレクは、慎重に、書類の束を引き出した。
紙は、乾燥していて、思ったよりも状態が良かった。旧時代の保存技術は、やはり優れている。
一枚、一枚、めくっていく。
選別制度の初期運用に関する記録。耐性検査の方法。対象者の選定基準。そして、名簿の管理手順。
(これが、上層部が隠してきたものか)
アレクの指が、ある一枚の書類の上で止まった。
「アーク1爆破事故に関する緊急措置報告書」
心臓が、一瞬、大きく脈打った。
アレクは、その書類を、ライトの光の下に置いた。
文字が、浮かび上がる。
『対象者番号 技術者アレク・ハーティン 選別名簿からの除外について』
『同技術者の技術力は、ドーム・ヴァロスの生命維持装置維持に必要不可欠である。しかし、表立って選別対象から除外すれば、他の住民の反発を招く恐れがある。』
『そのため、事故に見せかけた追放という形で、外部へ退避させることを承認する。』
『外部からの干渉を防ぐため、当該技術者には真実を開示しないこと。』
アレクの手が、震えた。
紙を持つ指先が、白くなるほど、強く握りしめていた。
(……なんだ、これは)
(俺は、選別の対象だったのか)
(あの爆破は、俺を選別から守るための、緊急措置だったのか)
頭の中が、真っ白になった。
サイラスが仕組んだ。そう信じてきた。あの日、水再生装置が爆発して、俺は全身に火傷を負って、一万五千人の前で追放刑を宣告されて、荒野に放り出された。
あの時のサイラスの目。感情を失った、冷たい目。
(あれは、俺を守るための、演技だったのか)
(憎まれ役を、引き受けたのか)
アレクは、その場に、膝をついた。
「……ふざけろ」
声が、かすれた。
「ふざけるなよ、サイラス……」
拳を、コンクリートの床に叩きつけた。
鈍い音が、地下空間に響いた。
「アレク」
ハンスの声が、背後から聞こえた。
「こっちにも、何かあるぜ」
アレクは、ゆっくりと顔を上げた。
ハンスは、少し離れた棚の前で、一枚の紙片を手にしていた。
「ラナのものだ。たぶんな」
アレクは、立ち上がり、ハンスのそばに歩いた。
ハンスが、紙片を差し出す。
それは、古いメモ用紙だった。端が擦り切れて、黄ばんでいる。でも、そこに書かれた文字は、はっきりと読めた。
『選別制度の矛盾点 耐性なしの者を外へ出すのは、殺すのと同じ。別の移送ルートを確保する。』
『対象者を、名簿から外す。記録を改ざんする。』
『外へ出せば死ぬ。ならば、別の場所へ。』
『ヴァロスから北東、カレンシア・ドーム。あそこなら、食料生産技術が高い。受け入れの可能性がある。』
『私が、やる。』
アレクは、その文字を、何度も読み返した。
(ラナ)
(お前は、最初から)
(選別を止めようとしていたのか)
ハンスが、低い声で言った。
「こいつは、ラナが上層部の情報統括補佐だった頃のメモだ。暗号めいてるが、内容は分かる。選別対象者を、外へ捨てるんじゃなく、別のドームへ逃がす計画だ」
「……知ってたのか」
「いや、今、知った。だが、もう一つ、確かめたことがある」
ハンスは、胸元から、折りたたまれた紙の束を取り出した。
「ラナが、あの夜、密会で受け取ってた封筒の中身だ。俺が、観測所の近くで、技術兵が落としたのを拾った」
アレクは、その紙の束を受け取った。
広げる。
そこには、名前のリストが書かれていた。
『選別名簿からの除外者リスト』
十数人の名前。その中に、リィナ・ソルの名前もあった。
(……リィナが、外されている)
(ラナが、やったのか)
ハンスが、続けた。
「ラナは、あんたに隠れて、選別対象者を逃がす工作を続けてた。名簿から名前を消して、別の移送ルートに乗せる。そのためのリストが、あの封筒の中身だ」
アレクは、リストを握りしめた。
紙が、くしゃりと音を立てる。
(ラナも、サイラスも)
(二人とも、俺を守りながら)
(同時に、俺を利用していた)
(俺は、二人の計画の、中心にいた)
(部品だった)
(俺という人間は、ただの、部品だった)
胸の奥で、何かが、静かに、崩れ落ちる音がした。
怒りでもない。悲しみでもない。
もっと深い、暗い、虚無のようなもの。
「……俺は、何のために生きてきたんだ」
声が、震えていた。
「守られて、利用されて……俺の意志は、どこにあるんだ」
アレクは、壁に背をつけて、ずるずると座り込んだ。
冷たいコンクリートの感触が、背中に広がる。
「サイラスは、俺を追放した。あれは、選別から守るためだった。ラナは、俺に近づいた。オルビタ・キーを使わせるためだった。二人とも、俺を守って、俺を利用した」
「俺は、二人の計画の、駒だったんだな」
ハンスは、黙っていた。
ただ、青白いライトの光の中で、アレクの顔を、じっと見ていた。
沈黙が、地下空間を満たした。
やがて、ハンスが口を開いた。
「お前は、二人に守られた。同時に、二人に利用された。だが、それは、お前がそれだけの価値を持つ人間だからだ」
ハンスの声は、感情を挟まない、淡々としたものだった。
「怒るか、許すかは、お前の勝手だ。だが、今、ここで、お前が決めるべきことは、別にある」
「……何だ」
「次に、どうするかだ」
ハンスは、ライトを、アレクの顔に向けた。
「お前が、二人の計画の駒だったとしても、お前の意志は、まだ、お前のものだ。今まで、お前が選んできたこと。リィナを守ったこと。力に頼らなかったこと。それは、お前の意志だ」
「二人が、お前を利用した。でも、お前は、二人の思い通りにだけ動いたわけじゃない。お前は、お前の意志で、ここまで来た」
アレクは、ハンスの顔を見た。
緑色の目が、まっすぐに、アレクを見つめていた。
「答えは、俺がやるもんじゃない。お前が、自分で出せ」
アレクは、目を閉じた。
(俺の意志で)
(誰かを守る)
(力に頼らず)
(自分の手で)
あの夜、リィナを守った時のことを思い出す。
自分の意志で、初めて、誰かを守った瞬間。
あの時、確かに、自分は、部品じゃなかった。
「……そうだな」
アレクは、ゆっくりと立ち上がった。
「俺は、俺の意志で、選別を止める。力に頼らず、この手で。サイラスにも、ラナにも、もう、流されない」
ハンスが、小さく頷いた。
「それでいい。それが、お前の答えだ」
その時だった。
ハンスの腰に下げられた無線機が、突然、耳障りな電子音を発した。
ピーーーッ。
二人の視線が、同時に、無線機に集まった。
「……何だ?」
ハンスが、無線機を手に取った。
これは、上層部から奪ったものだ。普段は、上層部の通信を傍受するために使っていた。
無線機から、ノイズ混じりの声が流れ出た。
『――至急、全技術兵へ。サイラス・ヴェインの拘束を完了した。繰り返す。サイラス・ヴェインの拘束を完了した。』
アレクの体が、硬直した。
『選別第二段階の発動を承認する。対象者の移送を、速やかに開始せよ。繰り返す。選別第二段階の発動を承認する。』
無線は、そこで、ぷつりと途切れた。
地下空間に、再び、静寂が戻った。
アレクは、無線機を見つめたまま、動けなかった。
(サイラスが、拘束された)
(選別第二段階が、始まる)
(リィナは、まだ、安全なのか)
(ラナは、どうしている)
頭の中を、無数の思考が、駆け巡った。
ハンスが、低い声で言った。
「……アレク。どうする」
アレクは、答えられなかった。
サイラスを救うべきか。
選別を止めることを優先すべきか。
どちらを選んでも、何かを失う。
「……分からない」
正直な言葉だった。
「分からない。でも、選ばなきゃいけない。今、この瞬間に」
ハンスは、無線機を、腰に戻した。
「どちらを選んでも、お前の意志で決めろ。俺は、それに従う」
アレクは、ハンスの顔を見た。
ハンスの目は、変わらず、まっすぐだった。
(こいつは、いつも、そうだ)
(感情を挟まず、事実だけを並べる)
(でも、それが、今は、ありがたかった)
アレクは、胸元のオルビタ・キーに手を触れた。
青い光が、指先に吸い込まれるように広がる。
(力に頼れば、すべてを焼き払える)
(でも、それでは、俺は、選別する側になる)
(それだけは、絶対に、嫌だ)
アレクは、オルビタ・キーから手を離した。
「……戻るぞ。ドームへ」
「ああ」
二人は、地下保管庫を後にした。
狭い隙間を通り抜け、赤褐色の砂の上に出る。
テッサ平原の空には、無数の星が、冷たく輝いていた。
アレクは、ドーム・ヴァロスの方向を見た。
遠くに、ドームの輪郭が、月明かりに浮かんでいる。
(あそこに、サイラスがいる)
(選別が、動き出している)
(リィナが、危ない)
(ラナは、何をしている)
風が、砂を巻き上げて、二人の足元を流れていった。
「ハンス」
「何だ」
「俺は、サイラスを救う。そして、選別も止める。両方だ。どちらかじゃない。両方、やる」
ハンスは、少しの間、アレクの顔を見ていた。
それから、口元を、ほんの少しだけ、緩めた。
「……お前らしいな。まったく、手間ばかりかけさせやがる」
アレクは、歩き出した。
ドーム・ヴァロスへ向かって。
自分が守ると決めたもののために。
赤褐色の砂を、一歩、一歩、踏みしめながら。
その胸の奥で、オルビタ・キーの青い光が、静かに、脈打っていた。Noveliaとは?
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