灰の星に咲く問い
地球は完全に廃墟と化し、人々はいくつかの丸いドーム状の都市で暮らしていた。
19歳のアレク・ハーティンは、そのドーム内で壊れた機械を修理する天才的なリーダーだった。誰もが彼に頼り、彼自身も自分の才能に自信を持っていた。彼の唯一の心の支えは、幼馴染で親友のサイラス・ヴェインだった。
しかしある日、生命維持装置の重要な機械を修理している最中、アレクは恐ろしい罠にかかってしまう。ドームの空気が漏れ、爆発が起こり、気がつくと彼は死の荒野へと一人追放されていた。これは誰かの故意の仕業だった。そして、彼はそれが親友のサイラスにしかできないことだと悟る。
裏切りへの怒りと悲しみに満ちたアレクは荒野を彷徨い、古代の衛星を操作する装置を偶然見つける。それは宇宙から地上を強大な力で攻撃できる最後の兵器だった。アレクはその装置を使いこなし、次々と襲いかかる無法者たちをまるで魔法のように撃退する。『空の魔術師』の噂は瞬く間に荒野中に広まり、やがてドームのサイラスの耳にも届く。
その力を手に入れたアレクはついにサイラスのいるドームへと戻る。町の人々は衝撃と恐怖に包まれながらも、どこか温かく彼を迎え入れる
灰の星に咲く問い - 選別の谷——信頼の崩落と、守るという意志
上層区画の空気は、重く澱んでいた。
アレク・ハーティンは、ハンス・グレイヴァーの背中を追いながら、薄暗い廊下を進んでいた。足音が、やけに響く。壁に埋め込まれた照明は、その半分が切れかけていて、頼りない光が二人の影を床に揺らしていた。
(ここに、サイラスがいる)
胸の奥が、冷たく硬くなる。
ハンスは、廊下の突き当たりにある重い金属製の扉の前で足を止めた。振り返り、鋭い緑色の目でアレクを見る。
「中だ。入るぞ」
「ああ」
ハンスが、扉の横にある認証パネルに手をかざした。旧時代の技術で作られた、分厚い鋼鉄の扉が、低いうなり声を上げて開いていく。
光が、溢れ出した。
アレクは、一瞬、目を細めた。
そこは、かつての会議室だった。中央に長い机。壁には、旧時代の地図がいくつか掛けられている。しかし、その部屋は、もはや会議の場ではなかった。
部屋の中央、椅子に座らされたまま、両手を後ろで拘束されている男。
柔らかな茶色の巻き毛。深い琥珀色の目。
サイラス・ヴェインだった。
その顔には、殴られたような痣が浮かんでいる。口元には、乾いた血がこびりついていた。しかし、その瞳だけは、失われていなかった。アレクを見つめるその目には、かすかな光が宿っている。
「……来てくれたんだね、アレク」
サイラスの声は、掠れていた。それでも、その口調は、昔と変わらず柔らかかった。
アレクは、答えなかった。
代わりに、部屋の反対側を見た。
ラナ・ヴィンセントが立っていた。
片側だけ刈り上げた黒髪。切れ長の灰色の瞳。左耳に並んだピアスが、冷たい光を反射する。彼女の前には、上層部の技術兵が三人。手には電磁パルス棍棒を構え、ラナを威嚇していた。
「……遅かったな」
ラナは、ちらりとアレクを見た。その声は、相変わらず淡々としていた。しかし、その頬には、かすかに汗が伝っている。
「何があった」
「この男が、あんたを守るために上層部へ入り込んだ。それを、上層部が察知した。それだけだ」
技術兵の一人が、ラナに棍棒を向けた。
「黙れ! お前も同罪だ! 選別対象者を密かに逃がしていたな!」
アレクの指先が、無意識に胸元のオルビタ・キーへ伸びた。
布越しに、青い光が漏れる。
(使うな)
(今は、まだ)
アレクは、ゆっくりと手を下ろした。
ハンスが、アレクの隣に立った。その手は、腰の武器に添えられている。三人の技術兵を、鋭い目で睨みつけていた。
「お前ら、動くなよ。こっちの用は、そこの二人と話すことだ」
ハンスの低い声が、部屋に響いた。
技術兵たちは、一瞬、顔を見合わせた。しかし、ハンスの体格と、その場に漂う殺気に気圧され、後退る。
「……ちっ。議席が来るまでだ。それまで、好きにしろ」
技術兵たちは、棍棒を構えたまま、部屋の隅へと下がった。
アレクは、サイラスへ歩み寄った。
拘束された親友。かつて、何よりも信じていた男。自分を裏切り、ドームから追放した男。そして、実は、選別から自分を守るために、憎まれ役を引き受けた男。
「サイラス」
「……君の目は、相変わらず真っ直ぐだね。安心したよ」
サイラスは、痛む体を起こそうとして、小さく顔を歪めた。
「立てるか」
「……少し、難しいかな。骨が、一本、折れているかもしれない」
アレクは、サイラスの拘束を解こうとした。しかし、その手を、サイラスが制する。
「待って。先に、聞いてほしい」
サイラスの瞳が、アレクをまっすぐに見た。
「僕は、君を守るために、上層部に入り込んだ。選別制度が動き出したことを知った時、最も強い権限を持つ場所にいなければ、止められないと思ったからだ」
アレクは、黙って聞いていた。
「あの爆破は、事故に見せかけた追放だった。選別名簿から、君の名前を除外するための、苦肉の策だったんだ。……僕は、君を、利用した。守るという名目で、君を傷つけた」
サイラスの声は、震えていた。
「君が荒野で、どれだけ苦しんだか、想像もできない。でも、ああするしかなかった。君の技術力は、ドームに必要とされすぎていた。上層部は、君を選別対象から外す代わりに、永遠に閉じ込めておくつもりだったんだ」
アレクの胸の奥に、冷たい棘が刺さった。
怒りではなかった。悲しみでもなかった。
(俺は、守られる価値のある人間だったのか)
(俺が生きるために、サイラスは、自ら悪者になったのか)
(俺の存在が、こいつを、ここまで追い詰めたのか)
アレクは、自分の手を見た。
無骨な、修繕技師の手。
この手で、サイラスを救えるのか。
「……お前は、馬鹿だ」
アレクの声は、自分でも驚くほど、かすれていた。
「……ああ、本当にね。僕は、君に何も言わず、君を利用した。最低の親友だ」
サイラスは、自嘲するように、笑った。
その笑顔は、昔と変わらないように見えて、どこか、ひび割れていた。
「……ラナ」
アレクは、ラナの方へ向き直った。
ラナは、壁にもたれて、腕を組んでいた。その灰色の瞳は、相変わらず、何を考えているのか分からない。
「あんたも、俺を利用した。オルビタ・キーを持つ俺を、選別を止める鍵として」
「……ああ。その通りだ」
ラナは、あっさりと認めた。
「私は、元上層部の情報統括補佐だった。選別制度の矛盾を知り、反対した。でも、力が及ばなかった。だから、ドームを出た。荒野で、あんたに出会った時、思った。この男なら、選別を止められるかもしれない、と」
「利用したことは、否定しない。謝るつもりもない。私は、あんたを選別から守るために、情報を渡し、助言をした。それは、事実だ」
ラナの声は、淡々としていた。
でも、その瞳の奥に、一瞬、何かが揺れた。
「……ただ、あんたに隠していたことがある」
ラナは、自分の胸元から、封筒を取り出した。
昨夜、上層部の手の者と密会していた時に、受け取っていた封筒。
「これを見てくれ」
ラナは、封筒をアレクに差し出した。
アレクは、封筒を受け取り、中身を引き出した。
それは、名簿だった。
しかし、観測所で見た選別名簿とは、違う。
この名簿には、名前の横に、日付と、場所が記されていた。
「……これは」
「選別名簿から、除外された人間のリストだ。私が、上層部の人間を買収して、密かに選別対象者を逃がす工作を続けていた。その記録だ」
アレクの指が、名簿を握りしめた。
紙が、くしゃりと音を立てる。
「私は、あんたを利用した。でも、それと同時に、選別対象者を、一人でも多く救おうとしていた。それは、あんたに言えなかった。あんたを巻き込みたくなかったからだ」
(利用された)
(守られていた)
その二つの事実が、同時に、アレクの胸に突き刺さった。
サイラスも。ラナも。
二人とも、アレクを守りながら、同時に、利用してきた。
(俺は、何なんだ)
(守られるために、利用されるために、生きてきたのか)
アレクは、唇を噛んだ。
鉄の味が、口の中に広がる。
「……お前らは、勝手だ」
アレクの声は、低く、震えていた。
「俺を守る。俺を利用する。全部、お前らの都合だ。俺の意志は、どこにある」
サイラスが、苦しそうな顔をした。
ラナは、ただ、静かにアレクを見ていた。
「……でも、分かった。お前らは、選別を止めようとしていた。それは、事実なんだな」
「……ああ」
「……そうだ」
アレクは、深く息を吸った。
そして、ゆっくりと、吐き出した。
「……なら、俺も、選ぶ」
その時だった。
部屋の外から、無数の足音が聞こえてきた。
金属のブーツが、廊下を叩く音。
そして、拡声器を通したような、冷たい声。
『選別第二段階を実行する。名簿に記載された住民を、速やかに移送せよ。繰り返す。選別第二段階を実行する。』
アレクの体が、硬直した。
「……始まった」
ラナの顔から、初めて、血の気が引いた。
ハンスが、扉のそばに駆け寄り、外の様子を窺った。
「警備兵が、居住区に向かってる。数は、かなり多い」
「リィナは」
「分からん。だが、あの様子だと、全員を一斉に連行する気だ」
アレクは、サイラスの拘束を解いた。
「立てるか」
「……ああ。大丈夫だ」
サイラスは、痛む体を押して、立ち上がった。
「ハンス、ラナ。行くぞ。選別を止める」
「ああ」
「……分かった」
四人は、会議室を飛び出した。
廊下は、騒然としていた。
技術兵たちが、無線で連絡を取り合いながら、走り回っている。
「おい、そこのお前ら、止まれ!」
一人の技術兵が、アレクたちの前に立ちはだかった。
「邪魔だ」
アレクは、技術兵の棍棒を、身をかわして躱した。
そして、その手首を掴み、捻り上げる。
「ぐあっ!」
技術兵が、悲鳴を上げた。
「悪いが、時間がないんだ」
アレクは、技術兵の腹に、膝を叩き込んだ。
技術兵は、白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
「やるな」
「機械いじりで、握力はあるんでな」
四人は、廊下を駆け抜けた。
中層区画への連絡階段を、一気に駆け下りる。
下るほどに、悲鳴と怒号が、大きくなっていく。
居住区画に飛び込んだ。
そこは、地獄だった。
警備兵たちが、住民の腕を掴み、引きずり出している。
「やめて! 離して!」
「抵抗するな! これは議会の決定だ!」
子供の泣き声。大人の怒鳴り声。物が壊れる音。
アレクは、その光景を、一瞬、呆然と見つめた。
(これが、選別)
(これが、上層部のやり方か)
「……リィナはどこだ」
アレクは、必死に、人混みの中を探した。
ラナが、アレクの袖を引いた。
「こっちだ。あの子の家は、この先の区画にある」
四人は、再び走り出した。
やがて、小さな住居の前で、足を止めた。
扉が、開いている。
中から、物音が聞こえる。
「いや! 行きたくない!」
「うるさい! お前は選別対象者だ! 大人しくしろ!」
アレクの頭の中で、何かが、弾けた。
「リィナ!」
アレクは、扉を蹴破った。
中では、二人の警備兵が、リィナの細い腕を掴んでいた。
リィナは、涙でぐしゃぐしゃの顔で、必死に抵抗している。
「お前ら、その子から手を離せ!」
アレクは、警備兵の一人に、肩から体当たりした。
「ぐわっ!」
警備兵は、壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
もう一人の警備兵が、棍棒を振り上げた。
「この、裏切り者が!」
アレクは、棍棒を、腕で受けた。
鈍い痛みが、腕を貫く。
(痛い)
(でも、離すか)
アレクは、警備兵の胸ぐらを掴み、引き寄せた。
「裏切り者で結構だ。俺は、この子を守る」
アレクは、警備兵の顔面に、頭突きを食らわせた。
「ぐぇっ!」
警備兵は、鼻血を流して、後ろに倒れた。
アレクは、リィナのそばに駆け寄った。
「リィナ、大丈夫か」
リィナは、アレクの胸に、しがみついてきた。
「アレクお兄ちゃん……こわかった……」
小さな体が、震えている。
「もう大丈夫だ。俺が守る」
アレクは、リィナの頭を、優しく撫でた。
その時、家の外から、複数の足音が聞こえてきた。
「アレク、囲まれた」
ハンスが、扉の外を見張っていた。
「数は、十人以上。増援だ」
ラナが、アレクの隣に立った。
「どうする」
サイラスも、痛む体を引きずりながら、前に出た。
「……アレク。君の判断に従う」
アレクは、胸元のオルビタ・キーに手を触れた。
青い光が、指先から溢れる。
(使えば、一瞬で終わる)
(ヘリオスネットの照射。上層部の警備兵を、全員、無力化できる)
(でも、それは、力による選別だ)
(俺が、選別する側になる)
アレクは、オルビタ・キーから手を離した。
「……使わない」
アレクは、はっきりと言った。
「俺は、衛星の力じゃなく、自分の判断で、選別を止める」
ハンスが、小さく笑った。
「まったく、手間ばかりかけさせやがる。だが、それが、お前だな」
サイラスが、うなずいた。
「……ああ。君は、そういう男だ。僕が、一番よく知っている」
ラナは、何も言わずに、棍棒を拾い上げた。
「サイラス。お前は、上層部に残れ。制度を、内部から壊せ」
「……分かった。僕が、最高議席として、選別を止める。もう、迷わない」
「ラナ。お前は、選別された人間の受け入れ先を確保しろ。荒野に、安全な場所を作れ」
「……了解した。私の情報網を使えば、数日で拠点を用意できる」
「ハンス。お前は、俺と一緒に来い。リィナを守る」
「ああ。任せろ」
アレクは、リィナを抱き上げた。
「しっかり掴まってろ」
リィナは、こくりと頷き、アレクの首に腕を回した。
「行くぞ」
四人は、住居を飛び出した。
外では、警備兵たちが、通路を塞いでいた。
「そこを動くな! 全員、拘束する!」
アレクは、リィナを抱えたまま、警備兵の一人を蹴り飛ばした。
「邪魔だ!」
ハンスが、棍棒で、二人の警備兵を薙ぎ倒した。
「道を開けろ!」
ラナが、警備兵の足元に、低い姿勢で滑り込み、足を払った。
「無駄な抵抗はやめろ。怪我をするぞ」
サイラスが、最後に、警備兵たちに向かって叫んだ。
「全員、武器を捨てろ! これは、最高議席の命令だ!」
警備兵たちが、一瞬、ひるんだ。
その隙に、アレクは、ハンスとラナを連れて、通路を駆け抜けた。
「サイラス、後は頼んだ!」
「任せてくれ。君は、その子を守れ」
サイラスの声が、後ろから追いかけてきた。
アレクは、振り返らなかった。
中層区画の迷路のような通路を、走る。
悲鳴と怒号が、遠ざかっていく。
やがて、廃棄区画の隠れ家に、たどり着いた。
アレクは、リィナを床に下ろした。
「もう、安全だ」
リィナは、まだ、小さく震えていた。
「……アレクお兄ちゃん、私、外に出されるの?」
「出さない。絶対に、出させない」
アレクは、リィナの目を、まっすぐに見た。
「俺が、守る。お前は、ここで、生きるんだ」
リィナの瞳から、大粒の涙が、こぼれ落ちた。
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
リィナは、アレクの胸に、顔を埋めた。
アレクは、リィナの背中を、優しく叩いた。
(守った)
(俺は、自分の意志で、この子を守った)
(力じゃなく、この手で)
胸の奥が、じわりと熱くなった。
それは、怒りでも、悲しみでもない。
初めて感じる、不思議な感覚だった。
「……アレク」
ハンスが、無線機を手に、近づいてきた。
「上層部から奪った無線機に、新たな通信が入った」
「何だ」
ハンスは、無線機の音量を上げた。
『――選別第二段階、発動を確認。移送対象者の選定を完了した。繰り返す。選別第二段階、発動を確認。』
『――また、外部監視網が、ドーム外に接近する複数の熱源を検知した。数は十前後。武装している。ダストウォーカーではない。繰り返す。ドーム外に接近する武装集団を確認。』
アレクの背筋に、冷たいものが走った。
(選別は、まだ止まらない)
(そして、外からも、脅威が来る)
(空の魔術師の噂を聞きつけた、外部の勢力)
「……どうやら、俺たちの戦いは、これからが本番らしいな」
アレクは、胸元のオルビタ・キーを、握りしめた。
青い光が、指の隙間から漏れる。
「……ああ。だが、もう迷わない」
アレクは、リィナの頭を、もう一度、撫でた。
「俺は、この子を守る。そして、選別を止める。誰にも、選ばせない」
アレクの声は、静かだった。
でも、その瞳には、強い意志の光が、宿っていた。
ハンスが、口元を、ほんの少しだけ、緩めた。
「……お前らしいな。まったく、手間ばかりかけさせやがる」
アレクは、立ち上がった。
廃棄区画の薄暗い通路の先には、まだ、長い戦いが待っていた。
選別の実行。サイラスの運命。ラナの工作。
そして、ドームの外から迫る、新たな脅威。
アレク・ハーティンは、小さな少女の手を握りしめながら、暗い通路の先を見据えた。
その胸の奥で、オルビタ・キーの青い光が、静かに、しかし力強く、脈打っていた。Noveliaとは?
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