セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日
並行世界のあわいに浮かぶ、隠された楽園「ヴェリタス・コモンズ」。
時間の神も、死の使い手も、海の騎士も——元の世界ではすごい肩書きを持つ17人の住人たちが、ここでは洗濯や料理をする、ただの共同生活者。
自然を司るファウナは、世界樹エルダ・マグナの世話をしながら、今日も彼らの「ちょっと変」をなんとか収めようと奮闘中。
タイムマシンを改造する発明少女、ルール違反に目くじらを立てる時間の神、推しのアニメに命を懸ける死の使い手——。
平和な朝のはずが、気づけば時間に亀裂が入り、未来からスイーツ(?)が降ってきて、挙句の果てには異世界のドラゴンまで顔を出す始末。
それでも、花は今日も綺麗に咲いている。
ちょっとだけへんで、ちょっとだけ愛おしい。そんな日々を、のんびり笑ってお届けします。
――さて、明日はどんな「ちょっとへん」が待っているのでしょうか?
セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日 - 石が消えた夜と、宇宙のおやつ
エルダ・マグナの根元に、沈黙が降りていた。
モヤモヤ石の表面に走った亀裂が、ピシッ、ピシッと音を立てて広がっていく。石の中心部が脈打つたびに、赤黒い光が漏れて、広場の地面を不気味に照らした。
ファウナは両手で石を包み込んだ。
「お願い、もう少しだけ……もう少しだけ、みんなの声を聞いて!」
指先が震える。石の振動が腕全体に伝わって、骨の芯まで痺れさせた。
その時。
「あたしが話す!」
グラが広場の中央に飛び出した。
頭のてっぺんのサメのひれが、ピンと立っている。大きなアクアブルーの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。腰にぶら下げた小さな碇が、ジャラジャラと鳴る。
「深海で、ずっと一人だったんだ!」
彼女は拳を握りしめて、空に向かって叫んだ。
「100年以上も!誰もいない、暗い海の底で!話し相手はクラゲと深海魚だけ!命令がなければ、誰とも話しちゃダメだった!ご飯だって、いつも一人!冷たい魚を、暗いところで、一人で食べてた!」
グラの声が、エルダ・マグナの葉を震わせた。
「誰かと一緒にご飯を食べたかった!お喋りしたかった!友達がほしかった!それだけで、それだけだったのに……!」
彼女は両手で顔を覆って、しゃがみ込んだ。
「ここに来て、初めてファウナと朝ごはんを食べた時、天国だと思った!あたたかいスープがあって、パンがあって、隣に誰かがいて……それだけで、もう……もう……!」
涙で言葉が途切れる。
「だから!みんなに喜んでほしくて!石を持ってきちゃった!ごめんなさい!ごめんなさい!」
グラの叫びが、広場に溶けていく。
その時。
石の振動が、ふわりと変わった。
赤黒かった光が、ゆっくりと、ゆっくりと、深海のような深い青色に変わっていく。亀裂の隙間から、無数の小さな泡が浮かび上がるように、光の粒子が漂い始めた。
「……待ってた」
ファウナは石を見つめた。
「あなたも、ずっと待ってたのね。誰かの本当の気持ちに、触れたかっただけなのね」
石が、小さく震えた。まるで、うなずくみたいに。
——でも、まだ足りない。
振動が再び強まり始めた。
グラの本音だけでは、まだ足りない。コモンズの全員の本当の気持ちが、揃わないと。
その時。
「次は、あたしだ!」
アメリアが立ち上がった。
いつもはキラキラしている青い瞳が、決意に燃えている。腰まで届くブロンドの髪が、風に揺れた。左手首のタイムマシンが、かすかに光を放つ。
彼女は、そっとゴーグルを外した。
「これ、見える?」
アメリアは自分の目元を指さした。青い瞳の周りに、うっすらと残る古い傷跡。昔、タイムマシンの実験で大失敗した時にできたものだ。
「あたし、本当はこれが怖くて、ずっとゴーグルを外せなかったんだ。また失敗したら、今度は目だけじゃ済まない。今度は、みんなを傷つけるかもしれないって」
彼女の声が震える。
「大失敗ばかりで、みんなに迷惑をかけてるって、わかってる。クロニイにも、ファウナにも、グラにも、いっぱい迷惑かけてる。それでも!それでもあたしは!」
涙が、傷跡を伝ってこぼれた。
「ここにいたいんだ!みんなと一緒にいたいんだ!ここが、大好きなんだ!」
彼女は叫んで、泣き崩れた。
コートの裾が地面に落ちる。いつもしっぽみたいに揺れているのに、今はただ、ぐしゃぐしゃになった布切れみたいだった。
クロニイが、ゆっくりと彼女に近づいた。
銀色の長髪が揺れる。金色の瞳は、もう怒りで震えていない。眉間の深いシワが、少しだけ緩んでいた。
「……アメリア。お前がいてくれて、よかった」
彼は、そう言った。
アメリアが顔を上げる。
「……え?」
「俺は、お前の発明が無茶苦茶で、面白いと思っていた。心の中では、いつも、次の発明は何だと期待していた。それを言えなかったのは、俺の弱さだ」
彼はアメリアの肩に手を置いた。
「すまなかった。そして、ありがとう」
アメリアの涙が、一層大きくなった。
——その時。
石の光が、さらに強く、さらに柔らかくなった。
青い光が、金色に変わり始める。亀裂から溢れる光の粒子が、まるで星くずのように、ふわり、ふわりと舞い上がった。
「……ありがとう」
ファウナは石にささやいた。
「みんなの気持ち、ちゃんと聞こえたわ。あなたは、一人じゃなかった。ずっと、誰かとつながりたかっただけなのね」
——キィィィィィン。
石が、最後の振動を放った。
そして。
パァァァァッ。
モヤモヤ石が、無数の光の粒子に分解された。小さな、小さな星くずが、エルダ・マグナの根元いっぱいに広がっていく。金色と青色と、かすかな緑色の光が混ざり合って、まるで天の川みたいに、広場を包み込んだ。
粒子は、そっと、住人たちの肩に、髪に、手のひらに降り積もっていく。
「わあ……」
グラが手を伸ばした。小さな光の粒が、彼女の指先でふわりと弾ける。
その瞬間——
グラの頭のサメのひれが、ピンと跳ね上がった。
「あ!戻った!」
彼女は自分の体を見回した。
「元に戻った!あたし、あたしだ!」
アメリアも、そっと自分の頬に触れた。
「……あれ?泣いてる?なんであたし、泣いて——って、ゴーグル!」
彼女は慌ててゴーグルを拾い上げた。でも、手が止まる。
「……まあ、たまには外してもいいか」
アメリアは、照れくさそうに笑った。ゴーグルを外した素顔で。
クロニイが、その顔を見つめる。
「……似合ってるぞ」
「えっ」
アメリアの頬が、ほんのり赤くなった。
「な、なに言ってんだよ、クロ!気持ち悪い!」
「なんだと!せっかく素直に褒めたのに!」
「だって、クロが素直とか、気持ち悪すぎるだろ!」
「お前というやつは……!」
いつもの言い争い。でも、二人とも笑っている。
その時、カリオペが静かに立ち上がった。彼女は手に、枯れてしまった花の鉢を抱えている。ファウナの花園から持ってきたものだ。葉は茶色くしおれ、花びらは全て散っていた。
「ファウナ。これ、私のせいで枯らしちゃった花なの」
彼女は花をファウナに差し出した。
「私の死の力で、なんとかできないかしら。命を奪うだけじゃなくて、新しい命を吹き込むことだって——」
「カリオペ……」
カリオペは、深く息を吸った。そして——
「……聞いて。花へのラップ」
「えっ」
カリオペは、リズムを取り始めた。
「Yo!Yo!枯れたお花、チェック・イット・アウト! 死の力でリバイバル、リスペクト! 花びら落ちてもルーツは残る、お前のライフを今リリース!」
シーン。
広場に沈黙が降りた。
カリオペのラップは、もはやラップではなかった。リズムはバラバラ、韻は踏めておらず、声は震えている。死の神が、生まれて初めてラップに挑戦した結果だった。
そして——
花の鉢の中で、残っていた最後の一枚の葉が、ひらりと落ちた。
「……え?」
「カリオペ、気持ちは嬉しいけど、花が逆に枯れてるわ!」
ファウナは慌てて鉢を受け取った。
「ちょっとカリオペ、何やってんの!」
「あはははは!花が逆に死んじゃった!」
「……ラップで植物が枯れるとは、新しい時間の概念だな」
住人たちの笑い声が、広場に響いた。
カリオペは、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「私のラップが通じなかった……」
「大丈夫よ、カリオペ。私が直すから」
ファウナは花の鉢に手をかざした。左耳の上の小さな木の芽が、淡く緑色に光る。自然の力が、指先から花に流れ込んでいった。
茎が、ゆっくりと緑を取り戻す。新しい葉が、小さな芽が、ふわりと顔を出す。そして——
パッ。
小さな白い花が、ひとつ咲いた。
「……わあ」
「はい。元通りよ」
カリオペは、そっと花に触れた。
「……今度はアニメソングで挑戦するわ。絶対に成功させてみせる」
「え、まだやるの!?」
また笑い声。
エルダ・マグナの葉が、さやさやと揺れた。まるで、世界樹も一緒に笑っているみたいだった。
——
夕暮れ時。
空が、オレンジと紫のグラデーションに染まっていた。星見の丘の方から、そよ風が吹いてくる。
ファウナは、住人全員をエルダ・マグナの根元に集めた。
「みんな、聞いてくれる?」
全員の視線が、彼女に集まる。
「今日のことで、大切なことを教えてもらったの。本当の気持ちを言葉にすること。それが、どんなに難しいか。そして、どんなに温かいか」
彼女は、真っ直ぐにみんなを見た。
「モヤモヤ石は、もうない。でも、石が教えてくれたことを、忘れたくないの。だから——」
ファウナは、一呼吸置いた。
「これから、月に一度、ここで『本音の輪っか会』を開くことを提案します。本音で語り合う場を、これからも大切にしたいの。賛成してくれる人は、手を挙げて」
一瞬の沈黙。
そして——
「さんせー!」
グラが勢いよく手を挙げた。
「もちろんさ!あたし、毎回お菓子持ってくる!」
「賛成だ。ただし——」
クロニイが一歩前に出た。
「アメリアが次の発明のアイデアをそこで発表するのは禁止だ。時間の歪みが発生する原因になりかねん」
「えーっ!いいアイデアが浮かんだのに!」
「あはははは!」
また笑い声。
ファウナは、笑顔で続けた。
「発明の発表会は、別の日にやればいいじゃない。ね?」
「じゃあ、来週!アメリアの発明発表会をやる!」
「来週は早すぎるだろ……」
クロニイが頭を抱えた。
「あたしも出たい!深海で見つけた変な物、まだいっぱい持ってるの!」
グラが無邪気に言った瞬間——
「それはやめて!」
「やめろ!」
二人の声がハモった。
また、笑い声が広がる。
エルダ・マグナの根元が、柔らかな夕日に包まれていた。
——
その夜。
ポタジェのキッチンは、静かだった。
ファウナは一人で、夕食の後片付けをしていた。シンクに水を流し、お皿を洗う。スポンジが食器をこする音だけが、小さく響く。
窓の外には、満天の星空。ステラ・ノールの丘から見える、多元世界の星座が重なった夜空が、今日は一段と美しかった。
(——みんな、帰ったわね)
ファウナは、心の中でつぶやいた。
クロニイは時計塔へ。カリオペは書斎へ。グラは入り江の自分の寝床へ。ナノメアは地下書庫へ。アメリアも——
「……こっそり、こっそり」
声がした。
ファウナは手を止めた。
キッチンの隅。食器棚の陰で、アメリアがしゃがみ込んでいる。床に広げているのは、宇宙の図鑑だった。色とりどりの星雲の写真、銀河のイラスト、惑星の断面図。
そして彼女は、ノートに何かを夢中で書き込んでいた。
「この星のお菓子、どんな味なんだろ。流星群のドーナツに、ブラックホール・キャンディ……よし、次のタイムマシンは、宇宙航行モードに改造しないと。でもクロニイにバレたらまた怒られるかなあ……」
彼女の口元には、無邪気な笑みが浮かんでいる。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに。
ファウナは、そっと物音を立てないように、キッチンを離れた。
(——次の騒動は、宇宙のおやつ、か)
彼女は、小さく微笑んだ。
そして、パルラメント・ホールの外に出る。
夜空を見上げた。星が、たくさん瞬いている。
「でも、たまには宇宙のおやつも、悪くないかも」
自分の中に芽生えた、新たな好奇心。
ファウナは、照れ笑いをした。
左耳の上の小さな木の芽が、かすかに金色に光って、すぐに消えた。
風が、エルダ・マグナの葉を揺らす。
今はもういないモヤモヤ石に、心の中で語りかける。
——あなたの気持ち、ちゃんと聞こえたわ。さようなら。ありがとう。
そして彼女は、ポタジェの方を振り返った。キッチンの小さな窓から、アメリアの楽しそうなつぶやきが聞こえてくる。
「……明日も、忙しくなりそうね」
でも、その声には、ため息はなかった。
むしろ、次の騒動が楽しみと言わんばかりの、優しい余裕があった。
コモンズのゆかいな毎日は、まだまだ終わりそうにない。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。