手品しかもらえなかった異世界召喚者、女神と共に最強のクズを転がし倒す
異世界に召喚されたのに、授かった権能はまさかの「手品」。
高校生・リョウは、ある日突然、女神ルーシェの儀式に巻き込まれて異世界召喚されてしまう。顔も声も変わり、戦闘力はゼロ、持っているのはトランプとコインとロープだけ。おまけに儀式を失敗した女神ルーシェは神力の八割を剥奪され、人界へ道連れにされる始末。
「あんたが協力すれば、私の神力も回復する。そうすれば元の世界に帰してあげる」
高慢ちきな女神と、手品しか能のない異世界人。噛み合わないはずの凸凹コンビが、頼れるのは互いだけという状況で歩き出す。
戦えない男に何ができるのか——。しかしその手品は、やがてこの世界に巣食う「最強のクズ」たちを騙し、崩し、転がし倒すための武器になっていく。
剣も魔法も要らない。必要なのは、観客を信じ込ませる一瞬の嘘と、諦めない心だけ。
女神と元・平凡男子高校生が繰り広げる、ノーダメージ異世界詐欺師道、ここに開幕。
手品しかもらえなかった異世界召喚者、女神と共に最強のクズを転がし倒す - 手品師の決意――ミーナのトランプとサングの悔恨
明け方の路地裏は、夜の冷たさをまだ残していた。
リョウは膝をついたまま、地面に散らばった黒い残骸を見つめていた。昨夜、ガレスに燃やされたトランプ。元の世界から持ってきた、たった一つの私物。その残骸は、もうカードの形すらしていない。
指先で、一片をつまみ上げた。
かさ、と音がして、灰が崩れ落ちる。
「……これだけじゃ、何もできない」
声は、掠れて消えた。
体中が痛い。肋骨が軋む。指は腫れ上がり、顔には痣。昨夜、路地裏でガレスに叩きのめされた現実が、痛みと一緒に体に染みついている。
(悔しい)
その感情だけが、痛みよりも強く胸を刺した。
「朝からそんな暗い顔して、縁起でもないわね」
銀色の髪が、薄闇に揺れた。
ルーシェが、路地の入り口に立っていた。腕を組み、眉間にしわを寄せた、いつもの不機嫌顔。その金色の瞳が、リョウの手元をじっと見ている。
「……見てたの?」
「見てたんじゃなくて、探しに来たのよ。宿にいないから」
「そっか。ごめん、心配かけた」
「はぁ? 誰が心配なんか。あんたがいなくなったら、私が神界に帰れないから探しただけよ。勘違いしないでくれる?」
ルーシェは、ふん、と鼻を鳴らした。
でも、その足は、リョウの隣まで近づいてくる。
「……それ、燃やされたやつ?」
「うん。全部、だめになった」
リョウは、焼け焦げた残骸を、そっと地面に置いた。
「手品の道具が、ない」
「手品の道具がないから何? あんた、手品でガレスに勝つつもりだったの?」
「勝てるとは思ってない。でも、手品しかないから」
「バカね。手品がなくなったなら、もう終わりじゃない。逃げなさいよ」
ルーシェの声は、冷たかった。
でも、その瞳は、リョウから逸らされない。
「……あんた、本当に、それでも戦うつもり?」
リョウは、答えなかった。
答えを出すには、指の痛みが、まだ強すぎた。
――――――――――――――――――――
リヴァーサイド市場の朝は、いつもより静かだった。
パン屋「ミーナの麦畑」の店先から、焼きたてのパンの匂いが流れてくる。それだけは、いつもと変わらない。
リョウが路地から出ると、店先に立っていたミーナが、こちらを見た。
茶色のくせっ毛を三つ編みにした、小柄な少女。明るい茶色の目が、リョウの顔を見て、大きく見開かれた。
「えぇっ!? リョウさん、その顔、どうしたの!?」
ミーナが、駆け寄ってくる。
「ちょっと、転んだだけだよ」
「転んだだけって、そんな痣だらけで! 嘘でしょ!?」
ミーナの手が、リョウの腕に触れそうになって、止まった。
「……あの、わたし、昨日、リョウさんを助けられなかった」
ミーナの声が、急に小さくなる。
「ガレスが、あんなことをしてるって、知ってた。でも、わたし、怖くて、何もできなかった。お店が、家族が、心配で」
「ミーナちゃんは、悪くないよ」
「でも……!」
ミーナは、ぎゅっと、自分のエプロンを握りしめた。
「わたし、リョウさんの手品、大好きなの。あの笑顔も、みんなを楽しませるところも。だから、何かしたいって、ずっと思ってて」
ミーナは、背中に隠していた手を、前に出した。
「これ、受け取って」
リョウの前に差し出されたのは、新品のトランプだった。
包装もされていない、裸のままのカードの束。裏面には、麦の穂の模様が描かれている。
「お店で使ってるカードと、シャッフル用の紙の束。それと、これは、わたしがお小遣いで買ったやつ。……手品の種に使うんでしょ?」
リョウは、息を止めた。
「……なんで、これが手品の種になるって分かったの?」
「リョウさん、前に言ってたじゃない。手品は、道具が命だって。カードがなければ、何も始まらないって」
ミーナは、少しだけ笑った。
でも、その目は、潤んでいた。
「わたし、あの時、リョウさんを庇えなかった。ガレスが来た時、みんなと一緒に、目を逸らした。……ごめんなさい」
ミーナの声が、震える。
「謝らないで。君は、何も悪くない」
「でも、リョウさんのカード、燃やされたんでしょ? だから、これ、使ってほしいの。わたしにできること、これくらいしかないから」
リョウは、差し出されたトランプを受け取った。
ずしり、と、手に重い。
(守るべきものが、まだ、ある)
その重さが、指の痛みを、少しだけ和らげた。
「……ありがとう、ミーナちゃん。これ、すごく、嬉しい」
リョウは、新品のトランプを、胸ポケットにしまった。
「うん! リョウさん、また手品、見せてね! わたし、一番前で見るから!」
ミーナの笑顔は、朝の光に照らされて、輝いていた。
――――――――――――――――――――
路地裏に戻ると、ルーシェが壁にもたれて待っていた。
「あら、おかえり。パン屋の娘と、仲良くご対面だったわね」
「見てたの?」
「見てないわよ。聞こえただけ。あの子、声が大きいんだから」
ルーシェは、リョウの胸ポケットを指さした。
「それ、新しいカード?」
「うん。ミーナちゃんが、くれたんだ」
「ふーん。あの子、あんたのこと、随分と買ってるわね」
「買ってるって、人聞きの悪い」
「事実でしょ。あの子、あんたの手品を見て、目をキラキラさせてたじゃない」
「手品を見て喜んでくれるのは、嬉しいよ。僕の、唯一の取り柄だから」
「唯一の取り柄、ね」
ルーシェは、何か言いたげに、リョウを見た。
でも、口を開く前に、路地の奥から、別の足音が聞こえた。
――――――――――――――――――――
「リョウ」
低い声だった。
路地の影から、サングが姿を現した。
情報屋「サングの巣」の主。薄汚れた外套を羽織り、フードを深く被っている。その顔は、青ざめていた。
「サングさん……」
「話がある」
サングは、リョウの前に来ると、突然、地面に膝をついた。
「すまない」
「えっ?」
「俺が、お前の情報を、ガレスに流した」
路地裏の空気が、凍りついた。
「お前の権能が手品だけだってこと、戦闘力ゼロだってこと、全部、あいつに教えた」
サングの声は、震えていた。
「ガレスに、家族を脅された。従わなければ、妻と子供を、どうするか分からないと。……俺は、怖かった。だから、お前を売った」
リョウは、黙っていた。
「謝って済むことじゃない。分かってる。お前がどれだけ、あいつに痛めつけられたかも、知ってる。……本当に、すまない」
サングは、地面に頭を擦りつけた。
土下座だった。
「……顔を上げてください」
リョウは、静かに言った。
「サングさんの気持ち、分かります。家族を守るために、仕方なかった。……僕も、同じ立場だったら、同じことをしたかもしれない」
「お前……」
「責めません。だから、顔を上げてください」
サングは、ゆっくりと顔を上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「……お前は、本当に、馬鹿みたいに優しいな」
「馬鹿で結構です。それで、誰かが救えるなら」
サングは、涙を拭い、立ち上がった。
「償いになるか分からんが、情報を渡す」
サングの声が、真剣なものに変わる。
「ガレスの権能、豪腕王。あれは、使うたびに、あいつの体にも反動が返る」
「反動?」
「ああ。あの腕輪の力は、強力だが、代償がある。使えば使うほど、あいつの体は、内側から壊れていく。一撃が重ければ重いほど、その反動も大きい」
リョウは、昨夜のガレスの姿を思い出した。
あの時、ガレスは、確かに、一瞬、苦しそうな顔をしていた。
「それから、もう一つ」
サングは、声を潜めた。
「ガレスは、お前を誘き出すために、ミーナを攫う計画を立てている」
リョウの心臓が、跳ねた。
「なんだって?」
「あいつは、お前がミーナに懐かれているのを知っている。あの娘を人質に取れば、お前が逃げずに来ると、そう考えてる」
「いつだ?」
「今日の、模擬戦の前後だ。広場に、お前が来なければ、ミーナの身に何が起きても知らん、と」
リョウの拳が、ぎゅっと握りしめられた。
「……教えてくれて、ありがとう。サングさん」
「礼を言われる資格は、俺にはない」
サングは、自嘲気味に笑った。
「だが、これで、少しは、借りを返せたか」
サングは、そう言うと、路地の奥に消えていった。
――――――――――――――――――――
「……随分と、お人好しなこと」
ルーシェが、壁にもたれたまま、リョウを見た。
「あの男、あんたを売ったのよ。普通、もっと怒るところじゃない?」
「怒ってないよ。……いや、少しは、傷ついた。でも、サングさんは、自分の弱さを認めて、それを償おうとした。それで十分だよ」
「あんた、本当に、甘いわね」
「甘いで結構。それで、誰かが救えるなら」
リョウは、さっきと同じ言葉を繰り返した。
ルーシェは、ため息をついた。
「……それで、どうするの? ミーナが狙われてるんでしょ。逃げる?」
「逃げないよ」
リョウは、即答した。
「逃げたら、ミーナちゃんが危ない。それに、ガレスは、僕が逃げたとしても、街を壊し続ける。逃げるだけじゃ、何も解決しない」
「はぁ? じゃあ、正面から戦うの? あんた、死ぬわよ」
「正面からは、戦わない」
リョウは、胸ポケットから、ミーナにもらった新品のトランプを取り出した。
「手品で、戦うんだ」
「手品で? ガレスに?」
「うん。手品の、ミスディレクション。相手の注意を、一瞬だけ逸らす技術。あれを使えば、ガレスの攻撃を、かわせるかもしれない」
「かわせるかもしれない、って……」
「サングさんの情報で、ガレスの攻撃には反動があるって分かった。一撃が重いほど、あいつの体も壊れる。なら、僕が攻撃をかわし続ければ、あいつは、自分で自分を壊していく」
ルーシェは、目を見開いた。
「……あんた、本気で言ってるの?」
「本気だよ。これが、僕にできる、唯一の戦い方だから」
リョウは、トランプの束を、指で弾いた。
ぱちん、と、小気味良い音が鳴る。
「手品は、人を騙す技術だ。観客の目を、手元から、別の場所へ、一瞬だけ逸らす。その一瞬が、命を救う。……僕は、その一瞬で、戦う」
ルーシェは、しばらく、リョウの顔をじっと見つめていた。
「……呆れた。本当に、呆れたわ」
ルーシェは、深いため息をついた。
「勝てる見込み、あるの?」
「正直、分からない。でも、やらなきゃ、ミーナちゃんが危ない。街が、もっと壊れる。それなら、やるしかないだろ」
「バカね。死ぬかもしれないのよ」
「死なないよ。手品師は、死なない」
リョウは、笑った。
でも、その笑顔は、痛みをこらえているようだった。
ルーシェは、もう一度、ため息をついた。
「……分かったわ。勝手にしなさい。でも、私も、広場には行くから」
「ルーシェ……」
「勘違いしないでよ。あんたが死んだら、私が神界に帰れないからよ。それだけ」
「うん。ありがとう」
「だから、勘違いしないでって言ってるでしょ! なんでそうなるのよ!」
ルーシェは、顔を赤くして、リョウの肩を叩いた。
「いやいや! なんで叩くんだよ!」
「あんたがバカだからよ!」
「理不尽すぎるだろ!」
二人の声が、路地裏に響いた。
その声は、朝の光と一緒に、市場へと流れていく。
――――――――――――――――――――
広場への道。
リョウは、新品のトランプを握りしめて、歩き出した。
石畳の上に、長い影が伸びている。
その後ろを、ルーシェが、不機嫌そうな顔でついてくる。
「……ねえ、リョウ」
「何?」
「あんた、本当に、それで勝てると思ってるの?」
「勝てるとは、思ってないよ」
リョウは、前を向いたまま答えた。
「でも、勝たなきゃ、守れない。僕の手品で、笑顔になった人たちが、いる。ミーナちゃんが、カードをくれた。サングさんが、情報をくれた。……僕は、もう、一人じゃない」
「……そう」
ルーシェは、小さく呟いた。
「あんたの、その、無駄に前向きなところ、嫌いじゃないわ」
「え?」
「聞こえなかったなら、いいわ。バカ」
ルーシェは、顔を背けた。
リョウは、笑った。
「聞こえたよ。ありがとう」
「聞こえてないって言ってるでしょ! もう喋らないで!」
「はいはい」
二人は、広場へと向かう。
――――――――――――――――――――
市場の広場には、人だかりができていた。
しかし、その空気は、祝祭のものではない。
誰もが、不安そうな顔で、広場の中央を見つめている。
そこには、木で組まれた、簡易的な闘技台が設置されていた。
ガレスが、その上に立っている。
茶色がかった短髪は、寝癖がついたまま。細い目が、じっとりと、広場の入り口を見つめている。右腕の腕輪が、鈍く光っていた。
ガレスの視線の先に、リョウが立った。
「……来たか」
ガレスの口元が、歪む。
「てめえ、よく来たな。逃げずに、よく来た」
リョウは、ガレスの目を見た。
「ミーナちゃんを、狙ってるんだってな」
ガレスの目が、細められた。
「ああ、そうだ。あのパン屋の小娘。てめえが逃げたら、俺が、あの娘を、どうするか分かってるな?」
「分かってる。だから、来た」
リョウは、一歩、前に出た。
「お前の相手は、俺だ。ミーナちゃんには、手を出すな」
「はっ! いいぜ。てめえが、この俺に、手品で勝てるならな」
ガレスが、闘技台から飛び降りた。
ドン、と、地面が揺れる。
「来いよ、手品師。てめえの、その、女みたいな顔を、二度と笑えねえようにしてやる」
ガレスの右腕が、赤熱する。
リョウは、新品のトランプを、扇形に広げた。
「……来いよ。手品で、お前の力を、全部、暴いてやる」
朝日が、二人を照らした。
広場の空気が、張り詰める。
――――――――――――――――――――
一方、その頃。
広場から少し離れた、パン屋「ミーナの麦畑」の裏口。
ガレスの手下たちが、店の周りに集まっていた。
「おい、あの小娘、どこにいる?」
「まだ店の中だ。合図があれば、連れて行く」
手下たちは、店の入り口をじっと見張っていた。
ミーナは、まだ、そのことを知らない。
店の奥で、ミーナは、リョウに渡したのと同じ、麦の穂模様のトランプを、一枚、握りしめていた。
「……リョウさん、負けないで」
ミーナの祈りは、誰にも届かない。
だが、その祈りは、確かに、広場へと向かうリョウの背中を、押していた。
――――――――――――――――――――
広場の中央。
リョウとガレスが、向かい合う。
ガレスが、地面を蹴った。
「ぶっ飛べええええ!!」
拳が、風を裂いて、リョウに迫る。
リョウは、トランプを、空へ放り投げた。
ひらひらと、カードが舞う。
ガレスの視線が、一瞬、カードに逸れた。
その一瞬。
リョウは、ガレスの拳を、紙一重でかわした。
「なにっ!?」
「手品の基本だよ。観客の視線は、派手な動きに吸い寄せられる。……その一瞬が、命を救う」
リョウは、ガレスの背後に回り込んだ。
「てめえ……!」
ガレスが、振り向きざまに、もう一発、拳を放つ。
リョウは、また、トランプを投げる。
ガレスの視線が、また、カードに逸れる。
その一瞬で、リョウは、拳の軌道から、体を逃がした。
「ちょこまかと……! 真っ向から来いよ!」
「嫌だね。手品師は、正面から戦わない。それが、僕の流儀だ」
リョウは、トランプを、指の間に挟み、構えた。
「お前の攻撃は、重い。一発でも当たれば、僕は終わりだ。でも、当たらなければ、意味がない。……お前の力は、お前自身を壊していく。だったら、僕は、かわし続けるだけだ」
「……てめえ、何を知ってる?」
ガレスの顔から、笑みが消えた。
「全部だよ。お前の腕輪の反動。お前が、自分で自分を、内側から壊してるってことも」
ガレスの右腕が、さらに赤熱した。
「ふざけんなよ……! 俺の力は、こんなもんじゃねえ……! 俺は、強くなったんだ……! この力で、全部、思い通りにするんだ……!」
ガレスが、咆哮した。
「うおおおおおお!!」
ガレスの拳が、地面を砕いた。
石畳が、爆散する。
破片が、リョウに降り注ぐ。
「ぐっ……!」
リョウの頬を、石の破片がかすめた。
血が、一筋、流れる。
「ははっ! どうした、手品師! 避け切れてねえぞ!」
ガレスが、再び、地面を蹴った。
今度は、一直線に、リョウへ向かう。
リョウは、トランプを、ガレスの顔に向かって、投げつけた。
カードが、ガレスの視界を、一瞬、覆う。
ガレスの拳が、空を切った。
「くそが……! ちょこまかと……!」
ガレスの呼吸が、荒くなっている。
右腕の赤熱が、肩まで広がっている。
(効いてる)
リョウは、確信した。
(あいつの体は、確かに、自分で自分を壊してる)
「ガレス。お前の力は、強い。でも、その力は、お前を殺す。使えば使うほど、お前の体は、崩れていく。……それでも、お前は、その力に縋るのか?」
「うるせえ……! 力がなきゃ、何もできねえんだよ! 俺は……俺は、弱いままじゃ、生きていけなかったんだ!」
ガレスの叫びが、広場に響いた。
「お前みたいな、顔だけでチヤホヤされる奴に、俺の何が分かる! 俺は、底辺で、這いずり回って、生きてきたんだ! 力がなきゃ、踏みつけられて、終わりなんだよ!」
ガレスの声には、怒りと、悲しみが、混ざっていた。
「……そうか。お前も、必死だったんだな」
リョウは、静かに言った。
「でも、お前の力は、お前を守らない。お前を、もっと苦しめるだけだ。……それでも、お前は、その力を振るうのか?」
「黙れ! 俺の力は、俺のものだ! 俺が、どう使おうと、勝手だろ!」
ガレスが、最後の力を振り絞るように、右腕を振り上げた。
「これで、終わりだ……! 豪腕王の、全力だ……! てめえごと、全部、吹き飛ばしてやる……!」
ガレスの右腕が、太陽のように、赤く輝いた。
(来る)
リョウは、トランプを、全て、空へ放った。
五十二枚のカードが、朝の光を反射して、舞い散る。
「……これが、僕の、手品だ」
ガレスの拳が、放たれた。
――――――――――――――――――――
ドォォォォン!!!
爆発音。
広場に、土煙が舞い上がる。
観衆が、悲鳴を上げた。
「リョウ!」
ルーシェが、叫んだ。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
ガレスが、立っていた。
右腕を、地面に叩きつけた姿勢のまま、動かない。
そして、リョウは。
ガレスの背後に、立っていた。
「……なんで、てめえが、そこに……」
ガレスの声が、掠れる。
「手品だよ。観客の視線を、カードに集めて、その間に、移動した。……ミスディレクション。手品の、基本中の基本だ」
リョウの手には、一枚のトランプが、握られていた。
「お前の全力の一撃。確かに、すごかった。地面が、あんなに砕けた。……でも、その反動は、お前の体を、確実に壊した」
ガレスの右腕が、ぶるぶると震えている。
赤熱が、肩から、胸へと広がっている。
「ぐ……あ……!」
ガレスが、膝をついた。
「なんで……俺が……こんな……」
「お前の力は、お前を守らない。……お前が、力に頼れば頼るほど、お前は、壊れていく。それが、お前の、本当の姿だ」
リョウは、ガレスの前に立った。
「でも、お前が、その力に縋るしかなかったことも、分かる。……お前も、この世界で、必死だったんだろ」
「……同情かよ……! 俺に、同情なんか……!」
「同情じゃない。事実だ。……お前が、これ以上、自分を壊す前に、終わらせる」
リョウは、トランプを、ガレスの眼前に、突きつけた。
「もう、やめろ。ガレス。お前の負けだ」
ガレスは、リョウを見上げた。
その目には、怒りと、悔しさと、そして、ほんの少しの、安堵が、浮かんでいた。
「……ちくしょう……」
ガレスは、地面に、倒れ込んだ。
――――――――――――――――――――
広場が、静まり返った。
誰もが、何が起きたのか、理解できていない。
「……勝った、のか?」
「あのガレスに、手品師が……」
ざわめきが、少しずつ、大きくなっていく。
「リョウ!」
ルーシェが、駆け寄ってきた。
「……あんた、本当に、勝ったの?」
「勝った、というか、あいつが、自分で倒れた、というか」
リョウは、笑った。
でも、その体は、限界だった。
「……っ」
リョウは、その場に、崩れ落ちた。
「ちょっと、リョウ!? しっかりしなさいよ!」
ルーシェが、リョウの体を支えた。
「大丈夫……ちょっと、疲れただけ……」
「大丈夫に見えないわよ! あんた、痣だらけで、血も出てるし……!」
「でも、勝った。……ミーナちゃんを、守れた」
リョウは、空を見上げた。
青い空が、どこまでも広がっている。
「……僕の手品、まだ、捨てたもんじゃないだろ」
「……バカ。あんた、本当に、バカ」
ルーシェの声は、震えていた。
「でも、少しは、見直したわ。……ほんの、少しだけ」
ルーシェは、リョウの頭を、乱暴に撫でた。
「いてっ。何するんだよ」
「黙ってなさい。病人は、おとなしくしてるの」
「病人って、そこまでじゃ……」
「うるさい。黙って」
リョウは、黙った。
ルーシェの手は、温かかった。
――――――――――――――――――――
その頃、パン屋「ミーナの麦畑」の裏口。
ガレスの手下たちが、動き出そうとしていた。
「おい、広場で、何かあったらしいぞ」
「ガレスの旦那が、倒れたって……」
「マジかよ!? じゃあ、どうする?」
「どうするも何も、旦那がいなきゃ、俺らが動く意味がねえだろ。撤退だ」
手下たちは、慌てて、その場から逃げ出した。
ミーナは、まだ、店の奥で、トランプを握りしめている。
「……リョウさん、勝ったのかな」
ミーナの祈りは、まだ、誰にも届いていない。
でも、その祈りが、リョウを、確かに、生かした。
――――――――――――――――――――
夕暮れ。
リョウは、宿屋「金の鯉亭」の二階で、ベッドに横になっていた。
体中に、包帯が巻かれている。
ルーシェが、窓辺に立って、外を見ている。
「……ガレスは、街の外れに、放置されてるわ。誰も、助けようとしない」
「そうか」
「あいつ、まだ、生きてるわよ。……あんた、どうするの? とどめを刺す?」
「刺さないよ。僕は、人殺しじゃない」
「甘いわね。あいつ、また、復讐しに来るかもしれないわよ」
「その時は、また、手品で戦うよ。……それに、あいつは、もう、前みたいには、戦えない。自分の力に、自分で怯えてる」
「……あんた、本当に、人が良すぎるわ」
ルーシェは、窓から、リョウの方へ振り返った。
「でも、まあ、あんたがそういう奴だから、私も、ここにいるのかもしれないわね」
「え?」
「何でもないわ。バカ」
ルーシェは、顔を背けた。
リョウは、笑った。
「ルーシェ。今日は、ありがとう。支えてくれて」
「別に。あんたが死んだら、私が困るからよ」
「それでも、ありがとう」
リョウは、胸ポケットから、ミーナにもらったトランプを取り出した。
麦の穂模様の、新品のカード。
「……このカードで、僕は、戦えた。ミーナちゃんのおかげだ」
「あの娘には、ちゃんと、お礼を言いなさいよ」
「うん。明日、パン屋に行くよ」
「……そう」
ルーシェは、再び、窓の外を見た。
夕日が、街を、赤く染めている。
「……本当に、バカな男」
その声は、リョウには、届かなかった。
――――――――――――――――――――
夜。
リョウは、眠っていた。
枕元に、新品のトランプが、置かれている。
そのカードの上を、月明かりが、静かに照らしていた。
窓の外では、トラン河が、いつも通り、流れている。
街は、静かだった。
ガレスの支配は、終わった。
でも、リョウの戦いは、まだ、終わっていない。
歪んだ召喚の謎。
影の眷属の存在。
そして、神界への帰還。
リョウの旅は、まだ、始まったばかりだった。
――――――――――――――――――――
翌朝。
リョウは、宿屋の前で、ルーシェと並んで立っていた。
「さあ、行こうか」
「どこへ?」
「まずは、パン屋。ミーナちゃんに、お礼を言わなきゃ」
「……あんた、体、大丈夫なの?」
「大丈夫。痛いけど、動ける」
「無理すんじゃないわよ。倒れられても、迷惑なんだから」
「はいはい」
二人は、朝の市場へと、歩き出した。
リヴァーサイド市場は、今日も、活気に満ちている。
パンの匂い。商人の声。子供たちの笑い声。
リョウは、その光景を見て、笑った。
「……やっぱり、この街は、いい街だ」
「何言ってるのよ。あんた、つい昨日まで、この街で、ボコボコにされてたじゃない」
「でも、守れた。この街を、ミーナちゃんを。……だから、いい街だ」
リョウは、歩き続ける。
その後ろ姿を、ルーシェは、じっと見つめていた。
「……ほんと、バカ」
ルーシェは、小さく笑った。
そして、リョウの隣に、並んで歩き出した。
二人の影が、石畳の上に、長く伸びている。
その影は、もう、迷っていなかった。
――――――――――――――――――――
パン屋「ミーナの麦畑」の前。
ミーナが、店先で、パンを並べていた。
「あ、リョウさん!」
ミーナが、リョウに気づいて、手を振った。
「おはようございます! 昨日は、大丈夫でしたか!?」
「おはよう、ミーナちゃん。大丈夫だよ。ちょっと、痛いけど」
「よかった……! わたし、心配で、昨日、全然眠れなかったんですよ!」
「心配かけて、ごめんね。……これ、ありがとう。ミーナちゃんのカードのおかげで、戦えた」
リョウは、新品のトランプを取り出した。
「えっ、もう、使っちゃったんですか? まだ、新品なのに」
「使ったよ。これで、ガレスに勝った。……君のカードが、僕を守ってくれた」
ミーナの目が、潤んだ。
「……よかった。わたしのカードが、役に立って、本当に、よかった」
ミーナは、涙を拭いながら、笑った。
「リョウさん、また、手品、見せてくださいね! 今度は、わたし、絶対に、目を逸らしませんから!」
「うん。約束するよ」
リョウは、ミーナの頭を、そっと撫でた。
ミーナは、嬉しそうに、目を細めた。
――――――――――――――――――――
その時、市場の入り口に、一人の男が立っていた。
サングだった。
サングは、リョウに気づくと、軽く会釈をした。
リョウも、軽く手を挙げて、応えた。
サングは、それを見て、少しだけ笑うと、路地裏へと消えていった。
「……あの男、あんたに、何か用だったんじゃないの?」
「多分、謝りたかったんだと思う。でも、もう、謝ってもらったから。……あれで、良かったんだよ」
「ふーん。まあ、いいけど」
ルーシェは、パン屋の店先に並ぶ、焼きたてのパンを見た。
「……あんた、お腹、空いてないの?」
「空いてるよ。昨日から、何も食べてないし」
「じゃあ、買いなさいよ。私も、食べたいし」
「ルーシェも、パン、食べるんだ」
「女神だからって、食べないわけじゃないわよ! 失礼ね!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「うるさい! 早く買いなさい!」
「はいはい」
リョウは、パンを二つ買った。
「ありがとうございます! 焼きたてですよ!」
ミーナは、笑顔で、パンを包んでくれた。
二人は、パン屋の前で、焼きたてのパンを頬張った。
「……うまい」
「まあ、悪くないわね」
朝の光が、二人を、優しく包んでいた。
――――――――――――――――――――
パンを食べ終えたリョウは、空を見上げた。
青い空。
白い雲。
遠くから、トラン河のせせらぎが、聞こえる。
「……ルーシェ。僕、決めたよ」
「何を?」
「この街で、もっと、手品を極める。ガレスに勝ったのは、まぐれかもしれない。でも、手品で、人を守れるって、証明できた。……だから、僕は、もっと強くなる。手品で」
「また、バカなことを。手品で強くなるって、どうやって?」
「分からない。でも、やるんだ。……この街で、笑顔を守るために」
リョウは、新品のトランプを、胸ポケットから取り出し、空にかざしたNoveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。