告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜
屋上で出会った、名前も知らない少女――。
中学時代、泣いていた彼女に缶コーヒーを差し出しただけで終わった、ほんの一瞬の出会い。それなのに九浪カグラは、その笑顔が忘れられなかった。
高校進学後、「屋上で告白すると恋が叶う」という学園の伝説と、「屋上の鍵は生徒会長だけが持てる」という伝統を知ったカグラは、たった一つの想いを胸に全校生徒の前で宣言する。
「好きな子に告白したいから、会長になりたいんです!」
バカ正直すぎる演説が全校生徒の心を動かし、まさかの一年生会長が誕生! 手に入れた鍵とともに、カグラの高校生活は想像もしなかった方向へ転がり出す。
生徒会に集う美少女たちは、なぜか皆どこかワケあり。そして彼女たちは、次第にカグラへ心を寄せていく。
九浪カグラ、前代未聞の“九浪生徒会長”。
目指すは、たった一人との再会。
けれど待っていたのは、屋上をめぐる、予測不能なハーレム生徒会ライフだった!
胸キュン必至、青春ラブコメ開幕。
告白は放課後、屋上で。〜九浪カグラのハーレム生徒会〜 - 好きな子に告白したいから会長になる!
桜が、舞っていた。
校門からまっすぐに伸びる道。その両側に植えられた十二本の桜が、ひらひらと花びらを散らしている。
「うわあ……」
九浪カグラは立ち止まった。
くせっ毛の混じった黒髪が、風にふわっと揺れる。明るい茶色の目が、キラキラと桜色の空を見上げていた。
学園指定のネイビーブレザーはもう脱いで、小脇に抱えている。白いシャツの袖をまくった腕が、春の陽射しに少し冷たい。
「すっげえ。アイリス学園って、マジでこんな桜並木があるんだ」
ハナミザカ市立花丘地区。
ここが今日からカグラの通う、県立アイリス学園だった。
創立四十二年。元は農業試験場だった広い土地に建てられた、全校生徒七百二十名のそこそこ大きな高校だ。
校舎は四階建て。グラウンドにはまだ誰もいない。
入学式の朝。
カグラは一人、正門から続く桜のトンネルを歩いていた。
空気が、ほんのり甘い。
どこかでウグイスが鳴いている。
(いいなあ、この学校)
カグラは体全体で、春を吸い込むように深呼吸した。
嬉しいことがあると、すぐに顔に出る。今も口元がにやけているし、耳の先がほんのり赤い。
そのまま歩いていると、ふと校舎の一番上に目が行った。
屋上だ。
「屋上って、入れるのかな」
カグラは思いつくと、すぐに校舎の中へ駆け出した。
四階の階段を上がりきると、屋上へ続く扉があった。
「あれ」
押しても引いても、びくともしない。
鍵がかかっている。
「なんだ、開かないのか」
肩を落としたとき、後ろから声がした。
「ああ、新入生か。屋上は立入禁止だよ」
振り返ると、優しそうな男子生徒が立っていた。学年色の緑のネクタイをつけている。三年生だ。
「えっ、そうなんですか?」
「そう。屋上庭園の鍵は、生徒会長だけが持ってるんだ」
カグラは首をかしげた。
「生徒会長だけ?」
「ああ。アイリス学園の伝統でね。屋上の鍵は会長の特権なんだよ。それから校内放送の優先権と、文化祭の決定権も。まあ、そんなに使わないけど」
先輩はそう言って、階段を降りていった。
カグラはもう一度、閉ざされた扉を見た。
(屋上、行きたかったなあ)
なんでだろう。
わざわざ行くほどでもないはずなのに、すごく気になった。
まるで、あそこに何かがあるみたいに。
その夜。
ハナミザカ市東ヶ丘地区。
カグラは自宅の六畳間で、制服のまま布団に倒れ込んでいた。
天井を見つめる。
部屋の隅にはゲーム機が二台。本棚には少年漫画がぎっしり。
中学では剣道部だったけど、引退してからは体がなまっている。まだ細身だけど、シャツの下には意外と筋肉があるのを、カグラ自身は気にしていない。
「今日、疲れたな」
目を閉じる。
まぶたの裏に、桜がちらついた。
そのまま、すうっと意識が沈んで。
夢を見た。
中学二年の頃。秋。
カグラは、他校を訪れていた。部活の交流試合だ。
試合に負けて、ふらふらと校内を歩いていたら、階段を見つけた。
上がってみる。
屋上に出た。
そこに、いた。
制服を着た女の子が一人。
柵にもたれて、肩を震わせている。
泣いていた。
長い黒髪が、夕日に透けて見えた。
顔は、よく見えない。
でも、泣いていることだけはわかった。
カグラは困った。
どうしよう。
声をかけるべきか。でも、なんて言えばいいのか。
(うーん)
悩んだ末に、カグラはポケットから缶コーヒーを取り出した。
自動販売機で買ったばかりの、まだ温かいものだった。
「あのさ」
女の子がびくっとして振り返る。
涙で濡れた、大きな目。
その目を見たら、なんとなく。
「これ、飲む? あったかいよ」
カグラは缶コーヒーを差し出した。
女の子は、きょとんとした。
それから、小さく笑った。
「……それ、自分が飲むつもりだったんでしょ」
「え? なんでわかったの?」
「だって、すごく大事そうに持ってるから」
そう言って、彼女はまた笑った。
さっきまで泣いていたのに。
夕日を浴びて、涙の跡が金色に光って。
「ありがとう」
小さな声。
でも、すごくはっきりと。
「……ありがとう」
カグラは胸のあたりが、じわりと熱くなった。
(あれ)
なんだろう、この感じ。
翌週、彼女は転校していた。
名前も聞けなかった。
どこに行ったのかもわからない。
カグラの手元に残ったのは、空になった缶コーヒーだけ。
ちゃんとありがとうって言おうと思ったのに。
名前、聞いとけばよかった。
「……っ」
カグラは目を覚ました。
部屋は暗い。
時計を見ると、午前三時。
「またあの夢か」
中学二年からずっと、時々見る。
あの夕日。屋上。涙の跡と、笑顔。
そして、缶コーヒー。
カグラは枕元に置いてある空き缶を手に取った。
洗って、ずっと取ってある。
ラベルはもう色あせている。
「元気にしてるかな」
名前も知らない、あの子。
たった一度、少しだけ言葉を交わしただけなのに。
なんでこんなに覚えているんだろう。
カグラは自分でも、よくわかっていなかった。
それから数日。
カグラはぼんやりと廊下を歩いていた。
まだ授業にも慣れないし、クラスメイトの顔も覚えきれていない。
教室にいると、窓から校庭が見える。
桜はもう散り始めていた。
「おっ」
掲示板の前で、足が止まった。
『生徒会長選挙 立候補者募集』
ポスターにはそう書いてある。
「生徒会長かあ」
「興味あるの?」
隣に、いつのまにかクラスメイトが立っていた。
まだ名前は覚えていない。
「うーん、よくわかんないけど。でも屋上の鍵、会長しか持ってないんだって」
「ああ、屋上のね」
クラスメイトがニヤリと笑った。
「知ってる? 屋上で告白すると、恋が叶うんだってさ。学園の伝説」
「えっ!?」
カグラの目が、大きく見開かれた。
「それ、まじ?」
「まじまじ。十五年前の会長カップルが屋上で結ばれてから、ずっとそう言われてるんだよ」
「会長になれば……屋上の鍵がもらえるんだよな」
「そりゃそうだけど」
カグラはポケットから、空の缶コーヒーを取り出した。
もう冷たい。
でも、ずっと持ち歩いている。
「俺、会長になる」
「はあ!?」
クラスメイトが大声を出した。
「お前、本気かよ!? 一年で立候補とか、聞いたことないぞ!」
「でも、やりたいんだ」
カグラの目は、真剣そのものだった。
クラスメイトはその目を見て、笑うのをやめた。
「……なんでそんなにやりたいんだよ」
「好きな子に、告白したいんだ。屋上で」
その言葉に、嘘はなかった。
あの日、名前も聞けなかった女の子。
もしいつか、もう一度会えたら。
今度こそ、ちゃんと伝えたい。
そのために、屋上に行きたいんだ。
「応援するよ」
クラスメイトが、ポンとカグラの肩を叩いた。
「なんかお前、バカ正直だけど、つい応援したくなるんだよな」
全校集会。
体育館のステージに、カグラは立っていた。
観客席には約七百名の全校生徒。
ざわざわと、話し声が響いている。
(うわ、やべえ)
足が震える。
頭の中が真っ白になりかけた、そのとき。
カグラはポケットの中の缶コーヒーに手を伸ばした。
冷たい感触。
(そうだ。俺は、これを渡せなかったんだ)
カグラは顔を上げた。
「俺、九浪カグラです! 一年です!」
声が、体育館に響いた。
ざわめきが、少し静かになる。
「俺が会長になりたい理由は、ただ一つです」
深呼吸。
「好きな子に告白したいから、会長になりたいんです!」
一瞬の沈黙。
それから、クスクスと笑い声が漏れた。
一年坊主が、何を言ってるんだ。
そんな空気が、確かにあった。
でも。
カグラは続けた。
「俺、中学の時に、ある女の子に会いました。屋上で泣いてたんです。だから、コーヒーをあげようと思って。でも、名前も聞けなかった。次の週には転校しててもう会えなくて」
笑い声が、消えた。
「もし、もう一度会えたら。今度はちゃんと、話がしたいんです。だから俺、会長になって屋上の鍵をもらいます。そしていつか、その子を屋上に呼ぶんです」
カグラは、缶コーヒーを握りしめた。
「それだけです。他のことは、なにも考えてません」
沈黙。
誰もが、息をのんでいた。
そこにいたのは、ただのバカ正直な一年坊主じゃなかった。
自分の気持ちに、どこまでも素直な一人の人間だった。
誰かが、拍手をした。
一人、また一人。
気がつけば、体育館中が割れんばかりの拍手に包まれていた。
「すっげえ」
「あんな演説、初めて聞いた」
「なんか、泣きそうになった」
ステージの上で、カグラはぽかんとしていた。
(え、なにこれ。俺なんかやった?)
自分では、よくわかっていなかった。
でも、この瞬間を撮影していた生徒の動画が、校内SNS「ハナトーク」にアップされて。
二十四時間で、再生回数三千二百回。
全校生徒の四倍以上の数字を叩き出した。
選挙結果発表の日。
カグラは得票率五十七パーセントで、対立候補の水上レン先輩を破った。
水上レン。
二年生の優等生で、きちっとした演説をしていた。
でも、カグラの正直すぎる言葉には敵わなかった。
「え、俺が?」
掲示板の前で、カグラは目を丸くした。
隣で見ていたクラスメイトが、背中をバンバン叩く。
「やったな、会長!」
「マジかあ……」
本館三階。
生徒会室。
二十五平方メートルほどの部屋に、長机二台、パイプ椅子八脚。
古いソファが一つ。
窓からはグラウンドが見える。
「はい、これが屋上の鍵だ」
前任の会長、三年生の男子が、銀色の鍵を差し出した。
「受け取ってくれるか、新会長」
カグラは、両手でそれを受け取った。
手のひらに収まる、小さな鍵。
ずっしりと重い。
「……ありがとうございます」
前任の会長が部屋を出ていったあと。
カグラは一人、鍵を見つめた。
銀色の表面が、窓からの陽射しを反射している。
(これで、屋上に行けるんだ)
まぶたの裏に、あの女の子の笑顔が浮かぶ。
夕日の中で、涙の跡が金色に光っていた。
「ありがとう」
あの声が、まだ耳に残っている。
「いつか必ず、ここにきみを呼ぶからな」
誰にも聞こえない、小さな声。
カグラは、鍵をぎゅっと握りしめた。
窓の外では、桜がもうほとんど散っていた。
でも、その下で何かが芽吹き始めている。
新しい風が、学園に吹こうとしていた。
カグラはまだ知らない。
この鍵を手にしたことで、学園中の美少女たちの目に留まることになるなんて。
自分がこれから、どんな恋愛の嵐に巻き込まれるのかなんて。
今はただ、胸の奥がじんわりと熱かった。
あの日、名前も聞けなかった女の子。
もう一度会いたい。
その気持ちだけで、ここまで来た。
「待っててな」
カグラは、空の缶コーヒーをポケットにしまった。
まだ冷たい。
でも、ずっと温かいままのような気もしていた。Noveliaとは?
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