灰の森の果て、賢者は少年の前世を知る
大陸の辺境、かつて森エルフが栄え、今は滅んだとされる地。瘴気と獣が人を拒む深い灰の森がどこまでも広がる。魔法は古代の遺物と呪いとしてのみ残り、体系化されることはなかった。集落は孤立し、閉じた社会は異端者を激しく排斥する。少年が生まれた村には、呪い子を殺さず隔離するという掟があった。
前世の記憶を持つ少年ソルは、呪い子として孤独な隔離生活を送ってきた。村人に疎まれ石を投げられ、存在を否定されながら、外の世界に助けを求めることを決意する。村を逃げ出した彼は、魔物に襲われたところを、本心を見せない流浪の魔女エフィに救われる。彼女はその代償として、なぜ行くのかと問う。賢者に会うためだと答えるソルだったが、その心は揺れていた。二人は賢者を目指して灰の森を越え、少しずつ奇妙な信頼を築いていく。
だが、ついに賢者と出会った夜、ソルは自分の前世が、賢者の滅ぼした種族を追い詰めた者だったことを知る。賢者、最後の森エルフは、ずっと彼を待っていた。エフィもまた森エルフの血を引いていた。隠れ家を村の追手が包囲する。エフィは命を燃やす呪いで時間を稼ごうとする。ソルは前世と今世の自分を切り離せず、賢者に自分を
「灰の森の果て、賢者は少年の前世を知る」をオーディオドラマ(音声)で無料で聴く — キャラごとの声のフルボイス(AI読み上げ/AI声優/オーディオブック)。
灰の森の果て、賢者は少年の前世を知る - 血の文字
焼け跡の灰は、まだ生温かかった。
ソルは、崩れ落ちた梁の残骸を跨ぎ、黒く炭化した壁板の前に立っていた。十六年間、自分を閉じ込めていた小屋。その骸が、夜明け前の薄闇の中で、静かに煙を上げている。
(ここに、戻ってきてしまった)
胸の奥で、何かが、じわりと滲む。悲しみではない。怒りでもない。もっと鈍くて、重いもの。失ったものの形を、指でなぞるような感覚。
黒石の守りを、握った。
石は、冷たかった。危険が去ったことを、その温度が示している。でも、胸の奥のざわめきは、消えなかった。
(今日、何かが終わる)
(そして、何かが、始まる)
そんな予感が、あった。
空は、東の端が、うっすらと白み始めていた。星の光が、一つ、また一つと、溶けていく。夜の終わり。十六年間、毎日のように見てきた、夜明けの気配。
なのに、今日のそれは、どこか違って見えた。
(今日は、満月の前日だ)
(明日の夜、俺は、焼かれる)
フェドの言葉が、頭の中で、繰り返される。浄灰の炎。掟に従い、穢れを浄める。あの低い、抑揚のない声。
(違う)
(俺は、もう、生贄ではない)
ソルは、灰の中から、一枚の布片を拾い上げた。
エフィから受け取った、灰の布。焼け跡の中に落ちていたそれを、そっと払い、胸元に押し込む。布は、指先に、ほんの少しだけ、温もりを残した。
(エフィ)
(お前は、全部知っていたのか)
答えは、ない。
ただ、胸の中に、あの朝焼けの光が、確かに残っていた。賢者の山で見た、あの、何もかもが金色に輝いていた瞬間。エフィが、隣にいた。
(お前が、消えた理由)
(お前が、俺に残したもの)
ソルは、唇を噛んだ。
(俺は、まだ、何も分かっていない)
「……おったか」
声がした。
ソルは、振り返った。
焼け跡の向こう、薄闇の中に、ヨルゲンが立っていた。杖をついた、老人。深く刻まれた皺。しかし、その目は、鋭く、ソルを見据えていた。
「……ヨルゲン」
ソルは、声を絞り出した。
ヨルゲンは、ゆっくりと、ソルに近づいてきた。杖の先が、灰を踏む。サク、サク、という音が、静かな朝の空気に、やけに大きく響いた。
「夜が明ける。時間がない。来い」
ヨルゲンは、それだけ言うと、背を向けて、歩き出した。
ソルは、一瞬、迷った。
でも、足は、自然と、ヨルゲンの後を追っていた。
(この老人は、何を知っている)
(俺を、どこへ連れていく)
答えは、分からない。でも、今は、この老人の導きに、従うしかなかった。
二人は、村の北端を、西へと歩いた。
畑の間の、細い道。朝露に濡れた草が、ソルの足首を濡らす。空は、刻一刻と、明るくなっていく。村の家々の輪郭が、闇の中から、浮かび上がってくる。
(村外れの、古い記録庫)
ヨルゲンが、以前、口にした言葉。
(あそこに、何がある)
(何が、待っている)
やがて、ヨルゲンは、村の西の外れ、雑木林の手前で、足を止めた。
そこに、小さな石造りの建物があった。
半分、地面に埋もれたような、古い建物。屋根は苔むし、壁には蔦が這っている。扉は、蝶番が朽ちて、半開きになっていた。まるで、何かが、中から出てきた後のように。
「ここじゃ」
ヨルゲンは、言った。
「村の、記録庫。誰も、もう、寄りつかん場所じゃ」
ヨルゲンは、半開きの扉を、杖で押し開けた。
ギィ、と、錆びた音が、静けさを裂いた。
中から、冷たい空気が、流れ出てくる。埃と、黴と、古い紙の匂い。何かが、長い時間をかけて、ゆっくりと腐敗していく、そんな匂い。
ソルは、ごくりと、唾を飲み込んだ。
(ここが)
(村の、記憶が眠る場所)
ヨルゲンは、中へと、入っていった。
ソルも、後に続いた。
足元は、石の階段だった。一段、一段、地下へと降りていく。壁には、ところどころ、苔が生えている。空気は、ひんやりとしていて、肌にまとわりつく。
(地下だ)
(石造りの、地下室)
階段を降り切ると、そこは、小さな石室だった。
天井は低く、壁には、無数の棚が並んでいる。棚には、古い巻物や、羊皮紙の束、木簡のようなものが、所狭しと積み上げられていた。
(これが、記録庫)
(村の、歴史)
ソルは、息を呑んだ。
十六年間、自分が幽閉されていた小屋とは、全く別の世界。ここには、村のすべてが、詰まっている。
(でも、俺には、読めない)
ソルは、自分の無力さを、改めて、噛みしめた。
文字。読めない。十六年間、誰も、教えてくれなかった。隔離小屋の中で、ただ、死を待つだけの日々。読み書きを学ぶ機会など、一度もなかった。
(悔しい)
(でも、悔しがっても、仕方がない)
ソルは、感情を、奥へと押し込めた。悔しさは、今、必要なものではない。必要なのは、事実だ。この記録庫に眠る、真実。
「読めぬことは、気にするな」
ヨルゲンは、ソルの心を見透かしたように、言った。
「わしが、読んでやる。一つずつ、な」
ヨルゲンは、棚から、一冊の古い帳面を取り出した。
革装丁の、分厚い帳面。ページは、黄ばみ、ところどころ、虫に食われている。
「これは、生贄の記録じゃ」
ヨルゲンは、帳面を開いた。
「何世代にもわたる、忌み子たちの、最期の記録。誰が、いつ、どのように、焼かれたか。すべて、ここに、記されておる」
ヨルゲンの声が、静かな石室に、響いた。
「最初の記録は、今から、およそ三百五十年ほど前。灰燎の遠征の後、この村が、今の場所に移り住んだ頃のものじゃ」
ヨルゲンは、ページを、めくった。
「『春の満月、忌み子イリス、十二歳。森人への贖罪のため、浄灰の炎に捧ぐ。その魂、森の怒りを鎮めんことを』」
ソルは、息を止めた。
十二歳。自分よりも、幼い。
(イリス)
(その子は、どんな顔をしていたんだ)
(どんな声で、泣いたんだ)
ヨルゲンは、淡々と、読み続けた。
「『秋の満月、忌み子ダン、九歳。森人への贖罪のため……』」
「『春の満月、忌み子セリ、十五歳……』」
「『秋の満月、忌み子オルド、七歳……』」
名前。年齢。そして、森人への贖罪。
古い記録ほど、その言葉は、丁寧に、繰り返されていた。儀式の詳細。火のつけ方。祈りの言葉。すべてが、細かく、記されている。
(森人への贖罪)
(この村は、森人を滅ぼしたことを、恐れていた)
(だから、生贄を捧げた)
ソルは、胸の奥が、冷たくなっていくのを感じた。
ヨルゲンは、読み続けた。
ページが、進むにつれて、記録の様子が、変わっていった。
「『春の満月、忌み子、浄化』」
「『秋の満月、忌み子、浄化』」
「『春の満月、忌み子、浄化』」
名前が、消えた。
年齢も、消えた。
森人への贖罪という言葉も、消えた。
残っているのは、ただ、忌み子と、浄化という二文字だけ。
(何だ、これは)
(何が、消えたんだ)
ソルは、ヨルゲンの手元を、じっと見つめた。
「気づいたか」
ヨルゲンは、帳面から、顔を上げた。
「新しい記録ほど、言葉が、消えておる。儀式の意味も、目的も、何もかも。残るのは、ただ、忌み子を、浄化した、という事実だけ」
ヨルゲンは、帳面を、閉じた。
「次に、掟の原本を見せよう」
ヨルゲンは、棚の奥から、別の巻物を取り出した。
古い、羊皮紙の巻物。紐で、きつく縛られている。
「これが、この村の、掟の原本じゃ。初代の村長が、記したもの。ここに、生贄の掟の、本来の姿が、記されておる」
ヨルゲンは、巻物を、床に広げた。
ソルは、息を呑んだ。
そこには、細かい文字が、びっしりと、書き込まれていた。
(これが、掟)
(俺を、焼こうとしている、掟)
ヨルゲンは、巻物の一部を、指でなぞった。
「ここに、生贄の掟が、記されておる。よく見よ」
ソルは、巻物を、覗き込んだ。
文字は、読めない。でも、何かが、違う。
(墨の色が、違う)
(ところどころ、色が、薄い)
(それに、文字の形も、少し、違う)
「気づいたな」
ヨルゲンは、静かに、言った。
「この掟は、何度も、書き換えられておる。新しい条項ほど、元の文字が、削られ、別の言葉が、書き加えられておるのじゃ」
ヨルゲンは、巻物の一部を、指で、そっと、なぞった。
「ここじゃ。ここに、血で、文字が、書かれておった。初代の村長が、自らの血で、記した文字。しかし、それは、後の者たちによって、削り取られた」
ソルは、目を凝らした。
削られた跡。羊皮紙の表面が、わずかに、凹んでいる。血の痕跡は、もう、ほとんど、残っていない。
(血で、書かれた文字)
(それが、消された)
「そして、代わりに、書き加えられたのが、この言葉じゃ」
ヨルゲンは、巻物の別の部分を、指さした。
「『穢れ』」
ソルは、その言葉を、心の中で、繰り返した。
(穢れ)
(忌み子は、穢れだ)
(だから、焼かれる)
「元の掟には、『穢れ』という言葉は、どこにも、なかった」
ヨルゲンは、言った。
「元の掟は、森人への贖罪のために、生贄を捧げよ、と記しておった。しかし、いつからか、村の者たちは、森人への罪を、忘れた。そして、自分たちの手で、血の文字を消し、代わりに、『穢れ』という言葉を、刻んだのじゃ」
ヨルゲンは、ソルの目を、まっすぐに見た。
「お前さんが、穢れと呼ばれるのは、お前さんの血のせいではない。村の者たちが、自分たちの罪を、隠すために、お前さんに、穢れを、着せたのじゃ」
ソルは、言葉を失った。
頭の中で、何かが、ゆっくりと、回り始める。
(村の者たちは、自分たちの罪を、隠した)
(森人を滅ぼした罪を)
(その罪を、忌み子に、着せた)
(俺に、着せた)
胸の奥が、冷たくなっていく。
(俺は、十六年間、何のために、あの小屋に閉じ込められていたんだ)
(何のために、生贄にされようとしているんだ)
(村人たちの、罪を、隠すためか)
ソルは、膝が、震えるのを感じた。
「……まだ、ある」
ヨルゲンは、巻物を、床に置いた。
そして、石室の、最奥へと、歩いていった。
そこには、一つの棚があった。他の棚とは、明らかに、違う。
棚には、鎖が、巻きつけられていた。
錆びた、鉄の鎖。何重にも、巻きつけられ、鍵が、かけられている。
(封じられている)
(何が、封じられているんだ)
ヨルゲンは、懐から、一本の鍵を取り出した。
小さな、鉄の鍵。ヨルゲンは、それを、鎖の錠前に、差し込んだ。
ガチャリ。
錠前が、外れた。
鎖が、床に、落ちた。
ジャラジャラ、という音が、石室に、響いた。
ヨルゲンは、棚の扉を、開けた。
中には、数冊の、古い書物と、一巻の、大きな羊皮紙が、納められていた。
「これは、この村の、最も古い記録じゃ。村が、まだ、この地に、移り住む前の、記録」
ヨルゲンは、羊皮紙を、取り出した。
「これは、遠征軍の、名簿じゃ」
ソルは、息を止めた。
(遠征軍)
(灰燎の遠征)
(森人を、滅ぼした、軍)
ヨルゲンは、羊皮紙を、床に広げた。
「ここに、名が、記されておる。かつて、森人を滅ぼした、七領主連合の兵たちの、名が」
ヨルゲンは、羊皮紙の一部を、指でなぞった。
「そして、この村の、初代の村人たちは、この名簿に、名を連ねておる者たちじゃった」
ソルは、目を見開いた。
(村の、初代の村人たちは)
(遠征軍の、兵士だった)
(森人を、滅ぼした者たちだった)
ヨルゲンは、静かに、続けた。
「七領主連合は、戦の後、瓦解した。戦に疲れた兵たちは、各地に、散り散りになった。その一部が、この地に、流れ着き、村を、作ったのじゃ」
ヨルゲンは、ソルを見た。
「この村の者たちは、皆、森人を滅ぼした者たちの、子孫じゃ。お前さんだけではない。村人全員が、同じ血の重みを、背負っておる」
ソルは、呼吸が、止まりそうになった。
(村人全員が)
(同じ血の重みを)
(俺と、同じ)
頭の中で、何かが、音を立てて、崩れていく。
(俺は、村人たちを、憎んでいた)
(忌み子として、虐げてきた村人たちを)
(でも、村人たちも、同じなのか)
(森人を滅ぼした、血の重みを、背負っているのか)
(それなら、俺と、何が違うんだ)
「お前さんの前世は、遠征軍の、生き残りじゃった」
ヨルゲンは、言った。
「賢者の庵で、そのことを、知ったのじゃろう」
ソルは、頷くことも、できなかった。
「お前さんは、森人を滅ぼした軍の、一員じゃった。そして、この村の者たちも、また、森人を滅ぼした者たちの、子孫じゃ。お前さんと、村人たちは、同じ血の重みを、背負っておる」
ヨルゲンの言葉が、石室に、響いた。
「お前さんは、穢れではない。しかし、村人たちも、また、穢れではない。皆、同じ、人間じゃ。罪を、背負った、人間じゃ」
ソルは、床に、座り込んだ。
力が、抜けた。
足が、立っていられなかった。
(俺は、何を、知ったんだ)
(俺は、何を、突きつけられようとしているんだ)
(村人たちを、責めることも、できない)
(赦すことも、できない)
(俺は、村人たちと、同じ血を、背負っている)
(それなら、俺は、誰を、恨めばいいんだ)
(誰を、許せばいいんだ)
ソルの顔から、血の気が、引いていった。
指先が、冷たい。唇が、震える。
(エフィ)
(お前は、このことを、知っていたのか)
(お前は、森人の血を引く者として、俺の前世を知って、それでも、俺の隣に、いてくれたのか)
(お前は、何を、思って、消えたんだ)
ソルは、黒石の守りを、握りしめた。
石は、冷たかった。
「……では、お前さんに、問おう」
ヨルゲンは、静かに、言った。
「お前さんは、父祖の罪で、自分を、焼くのか」
ソルは、顔を上げた。
ヨルゲンの目が、ソルを、まっすぐに、見据えていた。
「村人たちは、自分たちの罪を、隠すために、お前さんに、穢れを着せた。そして、お前さんを、焼こうとしておる。お前さんは、その火の中で、死ぬのか。父祖の罪の、身代わりとして」
ソルは、答えられなかった。
(分からない)
(俺は、どうすればいい)
(俺は、何を、選べばいい)
ヨルゲンは、ソルの沈黙を、じっと、待った。
やがて、ヨルゲンは、ゆっくりと、立ち上がった。
「わしは、答えを、持っておらん」
ヨルゲンは、言った。
「わしは、ただ、お前さんに、事実を、示しただけじゃ。何を、選ぶかは、お前さんが、決めることじゃ」
ヨルゲンは、杖をついて、石室の出口へと、歩いていった。
「……すまんな。わしは、何も、できん。ただ、事実を、伝えることしか」
ヨルゲンは、階段を、上っていった。
「明日の夜、広場で、裁きが行われる。お前さんが、何を選ぶか、村人たちが、何を選ぶか。すべては、明日の夜、決まる」
ヨルゲンの足音が、遠ざかっていく。
ソルは、一人、石室に、残された。
冷たい、石の床。
埃と、黴の匂い。
無数の、死者の記録。
(父祖の罪で、自分を焼くのか)
ヨルゲンの問いが、頭の中で、繰り返される。
(エフィは、自分を焼いた)
(存在ごと、消えることを、選んだ)
(お前は、自分の血の重みを、全部、知った上で、消えたんだな)
(お前は、俺が、人として、生きられるように、消えたんだな)
ソルは、エフィの顔を、思い浮かべた。
赤い髪。金色の左目。寂しそうな、笑顔。
(エフィ)
(お前の選択は、俺を、生かすためだった)
(それなら、俺は、死ぬわけには、いかない)
(でも、村人たちを、責めることも、できない)
(赦すことも、できない)
(ならば、俺は、どうすればいい)
ソルは、床に、突っ伏した。
冷たい石が、額に、当たる。
(分からない)
(何も、分からない)
(でも、一つだけ、分かることがある)
ソルは、顔を上げた。
(俺は、事実を、村人たちの前に、突きつける)
(血の文字が、消された事実を)
(村人たち自身の手で、掟が、書き換えられた事実を)
(そして、判断を、彼らに、委ねる)
(責めることも、赦すことも、しない)
(ただ、事実を、示す)
(それが、俺に、できる、唯一のことだ)
ソルは、ゆっくりと、立ち上がった。
膝が、震えている。
でも、心は、不思議と、静かだった。
(エフィ)
(お前の死を、無駄には、しない)
(お前が、俺に、くれたもの)
(この、生きている、という事実)
(それを、俺は、自分の言葉で、守る)
ソルは、石室の出口へと、歩き出した。
階段を、上る。
外の空気が、肺に、流れ込む。
空は、もう、すっかり、明るくなっていた。
朝の光が、村を、照らしている。
(今日は、満月の前日)
(明日の夜、裁きが、行われる)
(それまでに、俺は、準備を、しなければならない)
ソルは、焼け跡へと、戻った。
灰の中から、古い掟の写しを、取り出す。
昨夜、村長の家の床下から、奪還した、羊皮紙。
(これを、村人たちの前に、掲げる)
(血の文字が、消された条項を)
(村人たち自身の手で、掟が、書き換えられた証拠を)
ソルは、羊皮紙を、灰の布片と共に、胸元に、押し込んだ。
(読み書きができない俺には、何を語るか、もう、決まっている)
(必要なのは、事実そのものだ)
(言葉ではない。事実だ)
ソルは、空を見上げた。
太陽が、昇っていた。
(でも、一つ、問題がある)
ソルは、眉をひそめた。
(この写しが、本物だと、誰が、証明する)
(村人たちは、文字を読めない)
(読めるのは、村で、三人だけ)
(フェドと、マーグと、そして、もう一人)
(ヨルゲンは、もう一人とは、誰だ、と、言った)
(でも、ヨルゲンは、今、この場に、いない)
(そして、フェドは、敵だ)
(ならば、残るは、一人)
ソルは、村の東側、祈祷堂の方角を、見つめた。
(祈祷師、マーグ)
(あの男の協力を、得なければならない)
(写しの真贋を、村人たちに、示すために)
(でも、マーグは、十六年間、掟の改竄を、黙認してきた)
(あの男は、何を、知っている)
(何を、隠している)
ソルは、胸元の羊皮紙を、そっと、押さえた。
(マーグに、会いに行く)
(夜明け前の、祈祷堂へ)
(そして、あの男に、問う)
(お前は、何を知っているのか、と)
(お前は、何を、隠してきたのか、と)
ソルは、歩き出した。
村の東、祈祷堂へと。
朝の光が、ソルの背中を、押していた。
(俺は、逃げない)
(俺は、もう、逃げない)
(俺は、事実を、突きつける)
(そして、村人たちの、判断を、待つ)
(それが、俺に、できる、唯一のことだ)
(エフィ)
(見ていてくれ)
(俺は、自分の言葉で、生きる)
ソルは、祈るように、黒石の守りを、握りしめた。
石は、まだ、冷たかった。
でも、ソルの心は、もう、冷たくはなかった。
静かな、しかし、確かな熱が、胸の奥で、燃えていた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。