ホラーをAIに書かせる — 最大公約数の恐怖しか出てこない
AIにホラーを頼むと、幽霊が出て、血が流れ、鏡に何かが映ります。怖くありません。 既知の恐怖だからです。モデルは書かれた恐怖の平均を返すので、出てくるのは誰もが一度は読んだことのある怖さになります。そして恐怖というのは、誰もが知っている時点で機能を失います。
理解された恐怖は、その瞬間に終わる
怖さの正体は、理解できない状態が続いていることです。何かがおかしい。でも何がおかしいのか分からない。この宙吊りが持続しているあいだだけ、人は怖い。
だから説明は終了の合図になります。正体は霊だった、動機は怨恨だった、原因は地下の実験だった。どれも物語としては必要かもしれませんが、書いた瞬間に恐怖の部分は終わります。理解できたものは、もう怖くないからです。
この性質があるので、ホラーでは「どこまで説明しないまま終われるか」が勝負になります。全部説明して終わる話は、ホラーではなくミステリです。悪いわけではありませんが、別の快感を提供しています。
鏡に映っていたのは、三十年前にこの家で亡くなった女性の霊だった。彼女は夫に裏切られ、この部屋で命を絶っていた。だから今も、同じ時刻に鏡の前に現れるのだ。
鏡の中の自分が、こちらを見ていた。
当たり前だ。鏡なのだから。
ただ、私はもう三十秒ほど、まばたきをしていない。
あなたが本当に怖いものは、商品にならなかった
恐怖は、このうえなく個人的なものです。高いところが怖い人、狭いところが怖い人、人の善意が怖い人、実家が怖い人。 どれも本人にとっては本物の恐怖ですが、そのうち商業ホラーとして流通するのは一部だけです。
市場が扱えるのは最大公約数の恐怖に限られます。幽霊、殺人、呪い、感染。多数の人がある程度怖いと感じるものでなければ、本にならないからです。あなたが最も怖いと思っているものが、その中に含まれている確率は高くありません。
そして厄介なことに、自分の恐怖を人に説明しても伝わりません。「親が笑いながら怒るのが怖い」と言っても、多くの人はぴんと来ない。だから書き手も、それを作品にしようとしてきませんでした。伝わらないものは商品にならないというのが、これまでの前提でした。
その前提が要らなくなります。読者が一人でいいなら、伝わる必要がありません。 自分だけが本気で怖いものを中心に置いた一本を作れる。これはホラーというジャンルにとって、かなり大きな変化だと思っています。
全部が異常だと、怖くない
初めてホラーを書く人がやりがちなのが、最初から異常な世界を提示することです。呪われた館、血の海、悲鳴。読者はすぐ順応します。異常が標準になると、そこには落差がなくなる。
効くのは、九十九パーセントが正常で、一点だけ狂っている状態です。いつもどおりの朝、いつもどおりの通勤、いつもどおりの職場。ただ一つだけ、誰も触れないことがある。
このとき読者は、その一点を自分で探し始めます。そして探している時間のあいだ、ずっと怖い。異常の量ではなく、正常との比率が恐怖を作っています。
日本の怪談が使ってきた、距離の技術
日本の怪談には、独特の話法があります。「知り合いから聞いた話なのですが」「らしいです」「詳しくは分かりません」。語り手が、自分は当事者ではないと繰り返し表明する形です。
一見すると迫力を削いでいるようで、実際には逆に働きます。理由は二つあって、一つは情報が欠けることが正当化されるから。伝聞なら、肝心なところが分からなくても不自然ではない。書かないことに言い訳が立ちます。
もう一つは、その話が現実の側に置かれることです。創作として提示されたものには構えができますが、「誰かから聞いた話」には構えが作りにくい。虚構との境界を曖昧にする装置として機能しています。
書きにくいものを書かずに済ませ、しかもそれを弱点に見せない。かなり洗練された発明だと思います。
——AIがホラーで失敗する理由(一):空白を埋めてしまう
ここからAIの話をします。他のジャンルとは違う形で躓くので、分けて書きます。
言語モデルは、続きを補うことを目的に訓練されています。文脈が与えられたら、そこに最もふさわしい続きを生成する。欠けた部分があれば埋める。これが基本的な性質です。
ところがホラーは、欠けた部分を欠けたまま維持する技術です。正体を書かない、理由を説明しない、何が起きたかを明言しない。つまり、モデルの最も基本的な性質と、ジャンルの中核が正面から衝突しています。
実際にやってみると分かりますが、放っておけば必ず説明されます。不穏な場面を書かせた次の段落で、もう正体が明かされている。悪意ではなく、穴があれば埋めるようにできているからです。
——AIが失敗する理由(二):恐怖は身体で起きている
二つ目は、もう少し根本的な話です。
恐怖は意味の理解ではありません。身体の反応です。呼吸が浅くなる、首の後ろがざわつく、部屋の暗い方向を見たくなくなる。読者の中で起きているのは、認知の手前の現象です。
モデルが扱っているのは、言葉と言葉の関係だけです。恐怖について書かれた膨大な文章を学習しているので、恐怖の記述を再現することはできる。ただしそれは「怖がっている人の描写」であって、読者を怖がらせる設計ではありません。
この差は、実際の出力にはっきり出ます。登場人物がとても怖がっている。震えているし、悲鳴も上げている。なのに読んでいるこちらは何ともない。作中の恐怖と、読者の恐怖が、別のものだと理解されていない。
——AIが失敗する理由(三):既知の恐怖しか出てこない
三つ目が、おそらく最も厄介です。
モデルが学習したのは、これまでに書かれた恐怖の集積です。つまり出力できるのは、すでに何度も書かれた怖さになります。鏡、井戸、髪の長い女、異常に礼儀正しい隣人、廊下の突き当たりの部屋。
ところがホラーの核心は未知です。何度も書かれたものは、定義上もう未知ではない。読者は既視感によって安心してしまう。「ああ、この手のやつね」と思われた時点で、その話は怖くありません。
ここに、もう一つ要素が重なります。現在のモデルは、不快なもの・不穏なものを避ける方向にも調整されています。読者を本気で落ち着かなくさせる方向と、調整の方向が逆を向いている。結果として、どこかで見た怖さが、角の取れた形で出てくることになります。
だから、人間が持つべきなのは「自分が本当に怖いもの」
以上をひっくり返すと、分担が見えます。
一つ、何を説明しないかを先に決める。「この現象の正体は最後まで書かない」と明示的に固定してしまう。放置すると必ず説明されるので、禁止として渡すのが確実です。
二つ、狂わせる一点を自分で選ぶ。九十九パーセントの日常はAIが書けます。どこを一点だけずらすかが設計の中心で、そこだけは渡さない。
三つ、これが一番大事なのですが、自分が実際に怖いと思っているものを一つ入れる。カタログにある恐怖ではなく、個人的なもの。子どもの頃に一度だけ聞いた音とか、誰かの言い方とか、説明すると馬鹿馬鹿しいもの。
個人的な恐怖は、まだ何度も書かれていません。だから学習された分布の中にも無く、既知になっていない。既知でないものだけが怖い、という原則からすると、そこが唯一の供給源になります。
言い換えると、ホラーで人間に残っている仕事は、書く技術ではなく、自分の中の嫌なものを一つ差し出すことです。
母は昔から、私を呼ぶとき必ず二回名前を呼んだ。
一回だけのときは、母ではない。
そう教わったのがいつだったか、思い出せない。
実務的なこと
最後に、書くときの手順を少しだけ。
ホラーは終わり方から決めたほうが安定します。どこまで明かして終わるかを先に固定しないと、書いているうちに必ず説明が増えるからです。これは人間が書いても同じで、書き手は自分の作った謎を解きたくなります。
連作にする場合は、説明を少しずつ出すのではなく、別の形の異常を並べたほうが持ちます。同じ現象を掘り下げると理解が進んでしまい、進んだ分だけ怖さが減ります。
渡すのは、自分が本当に怖いものの構造
実務では、恐怖の名前ではなく構造を渡します。幽霊が怖いのではなく、いるはずのない場所に誰かがいることが怖い。 この抽象化を自分でやってから渡すと、AIは場面をいくらでも作れます。
そして必ず、説明させない指定を入れてください。AIは空白を埋める方向に働くので、放っておくと正体・理由・背景を全部書きます。理解された恐怖はその瞬間に終わるので、「最後まで理由を説明しない」と明示する必要があります。
身体感覚の描写も苦手な領域です。モデルは喉が詰まる感覚を経験していません。自分が怖かったときに体がどうなったかを一行渡すと、そこだけ文章の質が変わります。
よくある質問
どこまで説明すべきですか?
終わり方を先に決めてください。「正体は最後まで書かない」と固定しておくと、途中の判断が全部それに従います。
AIに書かせると説明されてしまいます
仕様どおりの挙動です。禁止として渡してください。「この現象の原因に触れない」「正体を明かさない」と明示するのが最も確実です。
怖い設定が思いつきません
設定から探さないほうが早いです。自分が実際に苦手なもの、説明すると笑われそうなものを一つ思い出して、そこから状況を作るほうが確実に怖くなります。
連作にすると怖さが落ちます
同じ現象を掘り下げていませんか。掘るほど理解が進み、理解された分だけ怖さが減ります。別種の異常を並べるほうが持続します。