なろう系とAI — 平均であることが正解になる、唯一のジャンル

ここまで各ジャンルでAIの限界を書いてきましたが、このジャンルだけは話が違います。テンプレートが確立している領域では、平均的であることが欠点になりません。 読者が期待しているのが型そのものだからです。機械が最も得意とする条件が揃っている、数少ないジャンルです。

テンプレは、怠慢ではなく契約

追放される。実は有能だった。追放した側が困窮する。主人公は別の場所で歓迎される。かつての仲間が後悔しながら戻ってくる。

この形が何万作も書かれていることを、想像力の欠如として片付けるのは正確ではありません。読者が求めているものに正確に応えた結果です。

重要なのは、この読者が「次に何が起きるか」を知りたがっていないことです。むしろ逆で、知っている展開が予定どおりに来ることを確認しに来ている。裏切られたくない。安心を消費している。

だからテンプレは、読者と書き手のあいだの契約です。この契約を破ると、読者は驚くのではなく怒ります。

得意だからこそ、残る問題がはっきりする

このジャンルは供給が過剰なほどあります。市場が届かなかったという話は当てはまりません。読み切れない量の作品が、毎日増えています。

それでも読者が探し続けているのは、配合です。ざまあの相手は誰なのか。溜めはどれくらい長いのか。逆転はどこまで残酷なのか。追放された理由は理不尽なのか、自業自得を装われたのか。型は同じでも、配合は人によって好みが割れます。

そして配合は作品紹介から読み取れません。読んでみないと分からない。だから読者は、当たりを引くために大量に読み、途中で閉じる作業を繰り返してきました。供給が過剰なジャンルでも、探索のコストはゼロになりません。

自分の配合で作れるというのは、この探索が消えるということです。溜めを二十話やる作品が読みたいなら、そう指定すればいい。 市場では成立しない配合でも、自分ひとりのためなら成立します。

それでも「全部テンプレ」は埋もれる

ところが、契約を完璧に守っただけの作品は読まれません。同じものが何万作もあるからです。

読まれている作品を分解すると、だいたい同じ構造をしています。九割は完全にテンプレどおりで、一割だけ他と違う。

違う一割の置き場所は、たいてい決まっています。主人公の能力の癖、追放される理由の変則、ざまぁの与え方の趣味、あるいは舞台設定の一点。

全部変えると読者が降ります。何も変えないと見つけてもらえません。九対一の配分が、このジャンルの設計の中心です。

ざまぁは、溜めの長さで決まる

報いを受けさせる場面が気持ちよくならない、という相談は多いですが、原因はほぼ例外なく溜めの不足です。

読者が快感を得るのは、報いそのものではなく、我慢していた時間が終わることです。理不尽に耐えている時間が長いほど、解放の量が増える。

ここで書き手が焦ると、序盤で軽く理不尽を書いて、すぐ逆転させてしまう。読者はまだ何も我慢していないので、解放される感覚が起きません。

起承転結の落差の話と同じ原理です。承で積み上げていない転が効かないのと、理屈は一つ。ざまぁの場合、積み上げるのは希望ではなく不当さのほうですが、構造は変わりません。

長いタイトルは、合理的な発明である

あの長さを揶揄する声はありますが、機能から見ると理にかなっています。

読者はタイトルの一覧から作品を選びます。書影もなく、著者名にも意味がない環境では、タイトルが唯一の判断材料です。そこで「どのテンプレか」「どの一割が違うのか」を一行で示す必要がある。

つまりあの長文タイトルは、あらすじと商品説明を兼ねています。内容が分からないと読者は選べない。分からせるために長くなった、という順番です。

ついでに言えば、検索で拾われる語を含められるという実利もあります。

一話ごとに引きが要る

文芸の作法とはっきり違う点を一つ。

このジャンルは連載で、しかも読者はスマホで隙間時間に読みます。次の一話を開いてもらえなければ、そこで終わりです。

だから一話の終わりには、必ず続きを見る理由を置きます。謎でも、危機でも、次に何を言うかでもいい。きれいに着地させてはいけない。

書籍の章立てとは逆の作法です。一話ごとに完結感を出すと、読者はそこで満足して離れます。

——このジャンルだけ、AIが得意である

ここまでの記事では、モデルが「最もありそうな展開」を選ぶことを弱点として書いてきました。推理では犯人が読まれ、コメディでは笑いが起きず、ホラーでは説明してしまう。

なろう系では、それが長所になります。このジャンルが求めているのは、まさに最もありそうな展開だからです。テンプレとは、高い確率で出現する系列のことです。モデルの生成と、読者の期待が、初めて同じ方向を向いている。

実際に書かせてみると分かりますが、出力の水準がはっきり違います。追放も、ざまぁも、再会も、型どおりに気持ちよく運びます。長い連載での整合性維持も得意なので、条件が揃っている。

この連載で唯一、素直に向いていると言えるジャンルだと思います。

——ただし、得意すぎることの弊害がある

問題は、平均を出すのが得意だということは、平均から外れられないということでもある点です。

上に書いたとおり、このジャンルは九割の遵守と一割の逸脱でできています。AIは九割を完璧に書きますが、一割を選べません。任せると十割テンプレになり、何万作の中に沈みます。

もう一つ、テンプレには鮮度があります。数年前に効いた型が、いまは飽きられていることがある。読者が「またこれか」と思う閾値は、年々上がっています。モデルが学習しているのは過去の分布なので、少し前に流行った型を最も自然に出力します。いま何が擦られすぎているかは、判定できません。

つまり、このジャンルでAIに任せられないのは、書くことではなく選ぶことです。どの型を使うか。どこを外すか。その外し方はもう古くないか。

分担

人間が持つべきなのは三つです。

一つ、どのテンプレに乗るか。いま読まれている型を、実際に読んで判断する。これは調べる作業なので、誰でもできます。

二つ、外す一割の位置。能力の癖か、追放の理由か、ざまぁの与え方か。ここだけは既存の作品を真似ないほうがいい。

三つ、溜めの長さ。どこまで我慢させるかは書き手の度胸の問題で、短くしたくなる誘惑に耐える必要があります。

残りは任せて構いません。世界観の肉付け、脇役の配置、戦闘、日常回、長期連載の整合性。このジャンルでは、その部分が作業量の大半を占めます。

人間が持つのは、動機の歪みひとつ

実務としては、型はAIに任せてください。追放、ざまあ、成り上がり、ステータス表示。外さないことが品質になる領域なので、任せたほうが安定します。

人間が足すのは一点、動機の歪みです。なぜ主人公は復讐するのか。名誉のためか、金のためか、それとも自分を庇って死んだ人間の名前を誰にも呼ばれなくなったからか。ここだけが平均から外れる場所です。

得意すぎることの弊害も書いておきます。AIは放っておくと、テンプレを完璧に再現します。 完璧なテンプレは、読んだことのある話と区別がつきません。一箇所だけ歪ませるのは、読者のためというより、自分がその作品を自分のものだと思えるかどうかの問題です。

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よくある質問

テンプレに乗るのは恥ずかしいのですが

読者との契約なので、破ると読まれません。乗ったうえで一割だけ外すのが定石です。全部オリジナルにすると、そもそも見つけてもらえません。

ざまぁが気持ちよくなりません

ほぼ確実に溜めが足りていません。理不尽に耐える時間を、いまの二倍にしてみてください。

タイトルが思いつきません

内容を説明してください。凝った比喩より、どのテンプレでどこが違うかが一行で分かるほうが読まれます。

AIに書かせると平凡になります

このジャンルに限っては、平凡であること自体は問題ありません。問題は外す一割を選べないことなので、そこだけ自分で決めて渡してください。

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