SFをAIに書かせる — 前提は人間、帰結は機械
SFは演繹の文学です。前提を一つ変えて、あとは正直に考える。 ところがAIは前提を立てられません。学習された文章の平均から引く以上、出てくる前提は既存のSFで見た設定になります。しかしその代わり、前提から帰結を数え上げる作業は、人間より速い。 分担がここまで明確なジャンルも珍しいと思います。
SFは、演繹の文学である
このジャンルの中核は、たった一つの操作でできています。現実の前提を一箇所だけ変える。あとは、その変更から導かれることを正直に積み上げる。
重要なのは「一箇所だけ」と「正直に」の二つです。
前提をいくつも変えると、読者は基準を見失います。どこまでが我々の世界と同じなのか分からなくなると、何が驚きなのかも分からない。変えるのは一つ、あとは現実どおり。この制約が強いほど、変えた一点が際立ちます。
正直に、というのは、都合の悪い帰結を握りつぶさないという意味です。記憶を売買できるなら、貧しい人から売られます。冬眠ができるなら、戦争が起きる前に誰かが眠らされます。書き手が見たくない結論こそが、そのアイデアの本当の中身です。
アイデアだけ持っている人が、最も多い領域
このジャンルには独特の事情があります。設定を思いついたことがある人の数に対して、それを小説にした人の数が極端に少ない。
「もし記憶を売買できたら」「もし死期が正確に分かったら」。この種の着想を持ったことがある人は珍しくありません。ところが小説にするには、社会がどう変わり、制度がどう作られ、誰が損をするかまで詰める必要がある。思いつきから完成までの距離が、どのジャンルよりも長い。
だから、多くの人のアイデアは会話の中で消えてきました。飲み会で話して、面白いねと言われて、それで終わる。書かれなかったSFの量は、書かれたSFよりはるかに多いはずです。
変わったのは、この距離です。前提を一行渡せば、帰結の候補が並びます。誰が得をして誰が失業するか、法律はどうなるか、その制度を悪用する方法は何か。 自分では思いつかなかった二次被害が混ざり、そこから物語が立ち上がります。
ガジェットではなく、社会の反応を書く
新しい技術や設定を出したあと、書き手はその仕組みの説明をしたくなります。原理、構造、なぜそれが可能なのか。
しかし読者が面白がるのは、仕組みではなく人々の反応です。誰が得をして、誰が困るか。法律はどう変わるか。それを悪用する者はどう悪用するか。慣れてしまった世代は、それをどう当たり前のものとして扱うか。
技術の説明は一段落で足ります。そのあとに二十段落を使って、社会がそれをどう消化したかを書く。この配分にすると、同じアイデアでも読み味が変わります。
極端に言えば、仕組みは説明しなくても構いません。どう使われているかさえ書けば、読者は勝手に納得します。
神経接続型記憶転写装置は、海馬の電気信号を量子的に読み取り、別個体へ転送する。二〇四〇年代に確立されたこの技術は——
三年分で、家賃の四ヶ月ぶんになった。
窓口の女性は書類を見ながら、どの三年にしますかと事務的に訊いた。よく訊かれる質問らしかった。
二十代の前半は、相場が高い。
センス・オブ・ワンダーの正体は、スケールの落差
SFを読んでいて背筋が寒くなる瞬間があります。あれが何なのかを分解すると、たいていスケールの急な切り替えです。
目の前の小さな出来事を丁寧に書いたあとで、それが何万年の単位、あるいは銀河の単位で意味を持っていたことが分かる。あるいは逆に、宇宙規模の話をしていたのに、最後に一人の人間の些細な感情に着地する。
大きいものを大きいまま書いても、読者は驚きません。小さいものと並べたときの比が、驚きを生んでいる。
これは落差の原則と同じ構造です。ただしSFでは、落差の軸が感情ではなく尺度になっている。
内的整合性が崩れると、全部が嘘になる
SFの読者は、設定の粗に対して他ジャンルより厳しいです。理由は、そのジャンルの快感が演繹に依存しているからです。
前提から結論が導かれる、という信頼があるから読めている。途中で一箇所でも導出が破綻すると、それまでの積み上げが全部無効になる。
だから、書きながら設定を足すのは危険です。新しい設定を後から足すと、前に書いた部分との整合を取る必要が出てきて、たいてい取れません。
実務的には、書き始める前に前提から三段階くらい帰結を出しておくと安全です。前提、その直接の結果、その結果が生む二次的な問題。ここまで決まっていれば、途中で足す必要がなくなります。
——AIが前提を立てられない理由
このジャンルでのAIの弱点は、他とは違う場所にあります。文章でも構成でもなく、発想の側です。
一つめ。モデルは学習した分布の内側を埋めることに長けています。既に書かれた事例のあいだを補間する作業です。ところがSFの前提は、分布の外側に置く必要がある。まだ誰も書いていない変更を一つ選ぶ、という操作は、内側を埋める仕組みとは別のことです。実際、SFの設定を考えさせると、既存の有名作の組み合わせが出てきます。補間しているので、当然です。
二つめ。モデルは連想で動きます。ある語の次に来やすい語を選ぶ。ところが演繹は「AだからB、BだからC」という連鎖です。連想と演繹は似て非なるもので、連想は途中で滑ります。三段目くらいで、前提と関係のない、しかしそれらしい結論が混ざる。
三つめ。都合の悪い帰結を避けます。記憶を売買できる社会の帰結として最も残酷なものを、調整を受けたモデルは選びにくい。ところが上に書いたとおり、そこがアイデアの中身です。
だから、人間が持つのは前提と、最も嫌な帰結
分担は、このジャンルでは特に明確です。
一つ、変える前提を一つ決める。これは人間の仕事です。既存作の組み合わせにならないよう、自分の生活の中の違和感から探すほうが確実です。
二つ、その帰結のうち、最も嫌なものを自分で選ぶ。書きたくない結論、書くと後味が悪い結論。それを先に決めて、物語の到達点にする。
三つ、変えない部分を明示する。「この一点以外は現実と同じ」と固定しておかないと、途中で設定が増えます。
逆に、その世界の日常の描写、脇役の生活、専門用語の肉付け、長編の整合性維持は任せて構いません。前提と着地点が決まっていれば、あいだを埋める作業はかなり任せられます。
短編に向いている理由
最後に一つ。SFは短編と相性がいいジャンルです。
前提を一つ変えて、その帰結を一つ書いて終わる。これで作品として完結します。長さが要らない。
逆に長編にすると、一つの前提だけでは持たなくなり、設定を足したくなる。足すと整合が崩れる。多くの長編SFが中盤で失速するのは、この誘惑に負けたときだと思います。
書き始めるなら、まず短いもので一つの前提を最後まで追ってみるのが早いです。
渡すのは、前提と、最も嫌な帰結
実務の要点は二つです。前提を一つだけ渡すことと、自分が最も嫌だと思う帰結を指定すること。
前提は複数渡さないでください。二つ以上変えると、どちらの効果なのか読者に分からなくなります。SFが強いのは、一点だけ変えた世界を最後まで正直に追いかけたときです。
帰結については、AIは穏当なものを出します。技術が普及して便利になり、一部に問題が起きるが制度で解決する。最も嫌な帰結だけは、人間が指定してください。 誰が最初に犠牲になるのか、その犠牲を社会がどう正当化するのか。ここに書き手の価値観が出ます。
よくある質問
設定は細かく作り込むべきですか?
作り込むより、一つの前提から三段階の帰結を出すほうが有効です。細部は必要になってから足せますが、導出の筋は後から入れられません。
科学的な正確さはどこまで必要ですか?
正確さより内的整合性です。現実と違っていても構いませんが、作中の規則から結論が導けることのほうが重要視されます。
アイデアが既存作と似てしまいます
設定から考えているからかもしれません。自分の生活の中で感じた違和感を一つ選んで、それを制度や技術に翻訳するほうが、重複しにくくなります。
AIに設定を考えさせると平凡です
仕組み上、既存作の補間になります。前提だけは自分で決めて渡し、そこからの肉付けを任せる使い方が現実的です。