デビルマン:黙示録の愛
不動明はごく普通の高校生だった。幼なじみの飛鳥了から「世界を救ってほしい」と頼まれるまでは。悪魔の集会〈サバト〉へと引きずり込まれた明は、強大な悪魔アモンと融合し、悪魔の体と人間の心を持つヒーロー、デビルマンとなる。その先に待つのは、禁断の愛が炸裂する物語。
明が人知れず戦いを繰り広げる一方で、了の秘めた想いは熱病のように彼を焦がす。了はずっと、明を単なる友人としてではなく愛してきた。だが、明の優しさが同級生の牧村美樹にも向けられるのを目の当たりにし、了の内側では吐き気を催すような嫉妬が彼を引き裂く。悪魔の脅威を明に理解させるため、了は美樹を囮に使って明をサバトへ誘き出すという手段にまで手を染め、その嘘は苦い罪悪感となって了に重くのしかかる。
物語の核心は、ある夜に爆発する。化け物じみた所有欲に蝕まれた了は、もはや自らの執着を抑えきれなくなる。悪魔襲撃の虚偽の知らせで人気のない倉庫へ明を誘き出した了は、ついに自らの愛を告白する。混乱に陥る明。だが、了の歪で破滅的なまでの真摯さの深淵を目の当たりにした時、明はもはや目を背けることができなくなる。友情と激情の境界線が、初めて越えられたの
デビルマン:黙示録の愛 - 夏の朝、三人の誓い──アモン封印と縮む命
路上に、飛鳥了は倒れていた。
腹部から流れた血が、灰色の路面に黒い染みを作っている。陶磁器のように白かった肌は、今は土と血と煤で汚れていた。色素の薄い銀髪が、血の海の中で光を失って広がっている。
それでも、了は目を開けていた。
深い海の色をした青い瞳は、ぼやけかけている。それでも、ただ一点だけを捉えようとしていた。
炎の向こうに、影が立っていた。
身長二メートルを超える、人型の異形。全身を覆う蒼黒い甲殻。背中から広がる蝙蝠状の巨大な翼。額から突き出た、湾曲した二本の角。
アモンだ。
了の、明の、肉体を乗っ取った悪魔。
しかし、今のその姿は、違っていた。
膝をついている。
額を路面に押し付け、全身を震わせながら。まるで、自分の体の中で起きている何かに、耐えかねているかのように。
どぉっ、と大きな震動が走り、周囲に散らばった瓦礫が、パラパラと小さく跳ねる。
精神世界の最深部で、不動明の自我が、アモンとの最終決戦の幕を開けていた。
* * *
そこは、荒れ果てた廃墟のような空間だった。
色がない。
音もない。
ただ、無限に広がる灰色の荒野。崩れかけた建物の残骸が、朽ちた墓標のように点在している。空は、重く濁った雲に覆われ、光という光がすべて遮られていた。
――これは、明の精神世界だ。
その中心で、二つの存在が対峙していた。
一つは、明。
普段の高校生の姿のまま。黒いくせ毛のショートヘア、深い黒色の瞳。ただ、その目には、これまでにない静かな決意の光が宿っている。
もう一つは、アモン。
圧倒的だった。
高さは優に三メートルを超える。全身を覆う甲殻は、吸い込まれそうなほど深い蒼黒。蝙蝠状の翼をゆったりと広げ、額から天を突く二本の角は、まるでこの世界そのものを支配しているかのようだ。その巨体からは、目に見えないすさまじい圧力が放出され、空間そのものがビリビリと震えている。
「[cold]小僧」
アモンの声が、精神世界全体を揺らした。重低音が、地面を這い、廃墟の壁を伝わり、空気を震わせる。
「[sarcastic]何のつもりだ。その脆い自我で、我に挑むか?」
金色の爬虫類のような瞳が、明を値踏みするように細められる。
「[cold]笑わせるな。その愛とやらで、二億年の我を倒せるとでも?」
明は、黙ってアモンを見上げていた。
怖かった。
目の前に立つ存在の、圧倒的な質量。二億年分の殺意。自分が今まで戦ってきたどんな敵よりも、次元が違う。
心臓が、早鐘を打っている。
(勝てるのか、俺に)
でも。
明は、目を閉じた。
まぶたの裏に、浮かぶのは、了の姿だった。
血の海に倒れながら、それでも震える手を伸ばして、自分の名前を呼び続けた幼なじみ。
「好きだ、って言えなかった」
あの、泣きじゃくりながらの告白。
全部、自分のために。
歪んでて、間違ってて、でも、その全部が、自分に向けられていた。
(了が、俺を呼んでる)
明は、目を開けた。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「[gentle]アモン、お前に聞きたいことがあるんだ」
アモンの金色の目が、かすかに見開かれる。
「[gentle]二億年生きてきて、誰かのために、自分の命を投げ出したいと思ったことはあるか?」
「[angry]何を、たわごとを――」
「[gentle]俺は、あるんだ」
明は、一歩、前に踏み出した。
「[gentle]了が、俺のために、命をかけてくれた。だから俺は、その思いに応えたい。それだけなんだ」
アモンの中で、何かが、エラーを吐いた。
――理解不能。
了の行動は、自己保存の本能に完全に反していた。利己的要素ゼロ。打算、恐怖、裏切り――二億年のデータベースの、どの分類にも当てはまらない。
そして、今、明が言っていることも。
自分の命を投げ出してまで、他人のために戦う?
(そんなものは、弱さだ)
アモンは、頭の中で、必死にカテゴライズしようとする。だが、その試み自体が、精神構造にノイズを生む。
「[angry]黙れ、小僧!!」
アモンが、右腕を振り上げた。その一撃で、精神世界ごと明の自我を粉砕するつもりだ。
しかし。
ガキン!!
明は、まっすぐにそれを見据え、両手で受け止めた。自分の体の何倍もある巨大な腕を、意志の力だけで。
衝撃が、精神世界全体を走る。
廃墟の壁に、ピシピシとひびが入った。
「[angry]ぐ……ぅ……!!」
重い。骨が、筋肉が、悲鳴を上げる。
でも、明は、笑った。
「[gentle]なあ、アモン」
歯を食いしばりながら、それでも、確かに笑って。
「[gentle]俺、お前を倒すのに、技も、策略も、何にもいらないんだ。ただ、了に生きていてほしい。それだけで、俺は立てる」
その時だった。
アモンの精神世界で、緊急アラートが鳴り響いた。
――警告。未分類の思念。データベースに該当なし。
アモンは、明の過去の記憶データベースを参照した。この人間の弱点を探すために。
そこに広がっていたのは。
美樹と食べた夕飯。
了との、どうでもいい会話。
ヒガシムラヤマ中央公園で、二人で並んで空を見た日のこと。
コンビニ「マルエイ」で、どっちのアイスがおいしいかで三十分も議論したこと。
記憶の九割が、そんな、他愛のない日常で占められていた。
――処理不能。
――こんな、些細な。こんな、取るに足らない記憶が、なぜ。
――なぜ、これが、こいつの力の根拠なんだ。
アモンの精神構造が、今までにない強烈な不協和音を発する。
――二億年の知性が、十七歳の高校生の、普通の日常を、理解できない。
その事実が、アモンの支配を、根底から揺るがしていた。
「[angry]小僧ぉぉぉっ!!」
アモンは、力を解放した。二億年分の、純粋な悪意と殺意の奔流が、精神世界を津波のように飲み込む。
明の自我が、軋み、悲鳴を上げる。
(押しつぶされる――)
意識が、遠のきかける。
だが。
――明。
遠くから、声が聞こえた気がした。
了の声だ。
(了……俺、ここに、いるぞ)
明は、アモンの腕を掴んだまま、一歩、踏み出した。また一歩。
アモンの圧力に、真正面から体当たりする。
「[serious]う……おおおおおおっ!!!」
それは、技でも戦術でもなかった。
ただ、了に生きていてほしい。
その一点に絞り込まれた、純粋な意志の塊。
アモンは、この攻め方を、二億年の経験の中で、一度も経験したことがなかった。
恐怖でもない、怒りでもない、打算でもない、支配欲でもない。
(なんだ、これは――)
その動機に対する対処法を、アモンは持っていなかった。
じわり、と。
アモンの巨大な体が、押し戻される。
「[angry]馬鹿な……ありえん……!!」
明が一歩進むたびに、アモンは一歩後退する。
精神世界全体が、白い光に包まれ始めた。
「[angry]我が……二億年の我が、小僧ごときに……!!」
最後のあがきとばかりに、アモンの巨体から、無数の黒い触手が伸びる。それが明の自我に絡みつき、引きずり込もうとする。
「[serious]アモン、もう終わりだ」
明は、その触手を、一本一本、意志の力で引きちぎった。
「[serious]お前は、人間を弱いと言った。でもな――」
最後の一本が、プツリと千切れる。
「[gentle]大切な誰かのために、弱さを認めて、それでも前に進める。 それが人間の、本当の強さだ」
アモンの金色の目が、大きく見開かれた。
その瞬間、彼の中で、二億年分の絶対的な自信に、決定的なヒビが入った。
(これが、人間か――)
アモンの意志が、ついに、完全に折れた。
精神世界全体が、真っ白な光に包まれる。
「[angry]愚か者、め――」
アモンが、最後に何かを言いかけて、言葉が途切れた。
沈黙。
それは、敗北の沈黙だった。
* * *
外の世界で、明の肉体に、変化が起きた。
蒼白い光が、全身から滲み出し始める。
それは、アモンから引き剥がした、莫大な生命エネルギー。
光は、まるで意志を持つ生き物のように、数十センチ先で意識を失っている了の体へと、ゆっくりと流れ込んでいく。
了の腹部の、ぽっかりと開いた傷口。
そこに光が集まり、細胞が、組織が、音を立てて再生していく。
傷口が、少しずつ塞がっていった。
止まりかけていた呼吸が、深く、ゆっくりとしたものに変わる。心臓が、再び力強く脈打ち始める。
(よかった……)
明は、その光景を、ぼんやりとした意識の片隅で感じながら、思った。
それと同時に、自分の体から、力が急速に抜けていくのを感じる。
肌の色が、目に見えて悪くなっていく。
手の震えが、止まらなくなる。
寿命が、削れている。
自分でも、はっきりとわかる。
残りは、あと数年あるかどうか。
(でも)
明の頭に浮かんだのは、了への感謝と、美樹への謝罪と、二人ともっと話したいという、単純な気持ちだけだった。
打算も、英雄願望も、どこにもなかった。
(俺は、これでいい)
満足だった。
* * *
夜が明ける直前、最も暗い時間帯。
東京東部の路上を、一台の自転車が、全速力で駆け抜けていた。
牧村美樹だ。
長い黒髪のポニーテールが、風を受けて激しくなびく。息は絶え絶えで、額には大粒の汗が浮かんでいた。パッチリとした茶色の瞳は、涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
生配信で一部始終を追い続け、家を飛び出してから、もう一時間以上が経っていた。
電車は、もう動いていない。だから、自分の足で来るしかなかった。
(明、飛鳥くん、お願い、無事で――)
ペダルを漕ぐ足に、力が入らない。それでも、美樹は止まらなかった。
そして、ようやく現場に辿り着いた。
崩れた家、燃え尽きた車、燻る火の手。
その中に、二人の影を見つけた。
地面に倒れた明の背中と、数メートル先で横たわる了の姿。
美樹の足が、一瞬、止まった。
――来ないで、化け物!
自分の叫び声が、頭の中で木霊する。
(また、私、逃げるの?)
しかし、次の瞬間、明の肩が微かに震えているのを見て、美樹の足は、理屈よりも先に動いていた。
自転車を投げ出し、転がるように駆け寄る。
「[scared]明っ!!」
明の隣に、膝をつく。
そっと、その肩に手を置いた。
「[gentle]……美樹、ちゃん」
明が、ゆっくりと顔を上げる。その肌は土気色で、唇には血が滲んでいた。それでも、確かに明の、優しい黒い瞳だった。
「[crying]明っ、ごめん、ごめんなさい!」
美樹は、泣きながら叫んだ。
「[crying]私、あの時、明にひどいことを……! 化け物なんて……違うのに! 明は、私を守ってくれただけなのに……!」
「[gentle]違う、俺の方こそ――」
「[crying]違わない! 私が悪かったの! ごめん、本当にごめん……!」
「[crying]だから、俺の方こそごめんって――」
二人が同時に謝り始め、言葉がかぶって、シン、と変な沈黙が訪れる。
その横で、意識が戻りかけていた了が、ぼんやりとした目で二人の方向を見て、口をパクパクと動かした。
(なに、やってんだ……)
声は出なかった。まだ、声帯に力が入らないのだ。顔は血と涙と煤でぐちゃぐちゃのままだが、その表情は、どこか間抜けな困惑に染まっている。
「[gentle]……美樹ちゃん」
明が、静かに口を開いた。
「[gentle]俺、触ってもいいか」
美樹の肩が、ビクンと震えた。
――来ないで。
あの倉庫で、自分が叫んだ言葉を、明がまだ覚えている。だから、怖がって、確認してしまうのだ。
その一言が、美樹には、何よりも深く刺さった。
「[crying]……うん」
美樹は、泣きながらうなずくと、自分から明の体に抱きついた。
「[crying]あったかい……明、生きてる……」
「[gentle]……ああ」
明は、美樹の背中に、そっと手を回した。
「[gentle]……ごめんな、美樹ちゃん。心配かけて」
「[crying]バカ! 本当にバカ! もう、明は……ぐすっ……心配かけすぎなんだからね!」
* * *
夏の朝日が、焼け焦げた建物の壁に差し込み始めた頃、了の意識が、完全に戻った。
「[whispers]……ここ、は」
了は、自分の腹を見る。アモンの爪に貫かれた、あの酷い傷が、きれいに塞がっていた。服は血で汚れたままだが、痛みは、もうほとんどない。
目だけを動かして、横を見る。
そこには、美樹に抱きかかえられるようにして座る、明の姿があった。
二人とも、傷だらけで、ボロボロで、泣き腫らした顔をしている。
了は、口を開きかけて、止めた。
血を流しながら、全てを告白した記憶が、まだ生々しく残っている。
独占欲も、嫉妬も、美樹を罠にかけたことも、全部。
(今さら、僕は、何を言えばいいんだ)
了の、陶磁器のように白い顔が、さらに青ざめる。深い海の色をした青い瞳が、混乱に揺れた。
その時、了が起きたことに気づいた明が、顔を向けた。
「[gentle]……了」
明は、静かに言った。
「[gentle]ありがとな」
たった一言。
それだけで、了の目から、涙が溢れた。
何も言えない。
ただ、涙が、ボロボロと、止めどなく、汚れた頬を伝い落ちる。
「[gentle]了、よく聞いてくれ」
明の声は、弱々しかったが、芯が通っていた。
「[gentle]お前が美樹を罠にかけたことも、俺を壊しかけたことも、俺は、全部知ってる。それでも俺は、お前と一緒にやっていく。全部含めて、俺たちは、相棒なんだ」
了は、ただ、地面を見つめていた。
美樹が、了を正面から見る。
「[serious]飛鳥くん」
その声は、いつもの明るい美樹のものではなかった。
「[serious]正直言うとね、今でもあんたのこと、好きじゃないし、信用もできない。あんたがやったこと、多分、一生許せないと思う」
了の肩が、ピクリと震える。
「[serious]でも、明がそう言うなら、一回だけ、信じる。明が選んだ相手を、私は信じるって決めたから」
了は、何も言い返せなかった。
ただ、地面を見つめ続ける。
(何も、言い返せない)
美樹は、嘘をついていない。
弁解の余地も、言い訳を挟む隙間も、どこにもない。
美樹の正直さが、了の全ての言葉を、きれいに封じていた。
そして、その沈黙の中で、了は、初めて、自分の罪に、真正面から向き合った。
ゆっくりと、顔を上げる。
「[serious]僕は……」
了は、明と美樹を、交互に見た。
「[serious]僕は、明の寿命を延ばす方法を、必ず見つける。それだけが、生涯の仕事なんだ」
それは、今まで誰かのために自分の意志を使ったことのなかった、了の、初めての宣言だった。
* * *
明の精神世界の最奥。
アモンの意識が、じわじわと収縮していく。
その巨大な体は、もはや形を保てず、黒い靄のように揺らめいている。
完全に屈服した悪魔の意志は、明の自我のさらに奥深くへと、沈んでいく。
暗闇の中で、アモンが、最後に一度だけ、明の方を向いた。
金色の爬虫類の瞳と、明の黒い瞳が、静かに交差する。
「[whispers]…………」
アモンが、何かを言いかけて、沈黙した。
何かを言おうとして、その言葉を、永遠に見失った。
二億年の嘲笑が、初めて、完全に途絶えた瞬間だった。
(静かだ)
明は、自分の内側の静けさに、少しだけ笑った。
二億年分の絶望が、ようやく終わった。
* * *
外の世界。
「[gentle]……なんか、腹減ったな」
明が、ぽつりと言った。
炎に焼かれた廃墟の中、死にかけて、寿命が縮んで、親友は罪の重さに押しつぶされそうになっていて、これからどうなるかもわからない。
そんな状況で、今、一番に出てきた言葉がそれだった。
「[surprised]……え?」
美樹が、キョトンとした顔で明を見る。それから、次の瞬間。
「[laughing]……ぷっ……あはは!!」
涙で濡れた顔のまま、美樹はお腹を抱えて笑い出した。
「[laughing]なにそれ! 今それ言う!? もっと他に言うことあるでしょ、バカ明っ!」
「[gentle]いや、だって、腹減っては戦ができぬって言うし……」
「[laughing]誰が言ったのよ、そんな言葉!」
壁にもたれかかった了が、二人の様子を見て、何も言わずに、ふん、と鼻で息をした。
その表情は、泣いているのか、怒っているのか、笑っているのか、自分でもわからなかった。
ただし、いつもの「明は僕のものだ」という歪んだ独占欲の籠もった顔では、なかった。
それは、もっと、ずっと、柔らかくて、不器用な表情だった。
夏の朝日が、崩れた建物の壁に長く伸びる、三人の影を映し出す。
街は焼け、寿命は縮み、解決していない問題は山積みだった。
それでも、三人は、朝の路上に、確かに並んでいた。
並んで、生きていた。
傷だらけで、ボロボロで、それでも、たしかに。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。