デビルマン:黙示録の愛
不動明はごく普通の高校生だった。幼なじみの飛鳥了から「世界を救ってほしい」と頼まれるまでは。悪魔の集会〈サバト〉へと引きずり込まれた明は、強大な悪魔アモンと融合し、悪魔の体と人間の心を持つヒーロー、デビルマンとなる。その先に待つのは、禁断の愛が炸裂する物語。
明が人知れず戦いを繰り広げる一方で、了の秘めた想いは熱病のように彼を焦がす。了はずっと、明を単なる友人としてではなく愛してきた。だが、明の優しさが同級生の牧村美樹にも向けられるのを目の当たりにし、了の内側では吐き気を催すような嫉妬が彼を引き裂く。悪魔の脅威を明に理解させるため、了は美樹を囮に使って明をサバトへ誘き出すという手段にまで手を染め、その嘘は苦い罪悪感となって了に重くのしかかる。
物語の核心は、ある夜に爆発する。化け物じみた所有欲に蝕まれた了は、もはや自らの執着を抑えきれなくなる。悪魔襲撃の虚偽の知らせで人気のない倉庫へ明を誘き出した了は、ついに自らの愛を告白する。混乱に陥る明。だが、了の歪で破滅的なまでの真摯さの深淵を目の当たりにした時、明はもはや目を背けることができなくなる。友情と激情の境界線が、初めて越えられたの
デビルマン:黙示録の愛 - 闇の饗宴──デビルマン誕生
放課後の教室は、柔らかな春の光で満ちていた。
窓の外では、ヒガシムラヤマの街並みが夕日に染まっている。この東京郊外の住宅街は、いつもと同じ風景だ。駅前の小さな商店街、立ち並ぶ家々、遠くに見える丘の上の洋館——飛鳥了の家だ。
不動 明は、窓辺に立ってぼんやりと外を眺めていた。黒髪のくせのあるショートヘアが、開いた窓からの風に揺れる。引き締まった体をトウリン学園の制服が包み、一見するとどこにでもいる高校生だ。でも、その深い黒色の瞳には、どこか強い意志が宿っている。
「明、ボーっとしてどうしたの?」
振り返ると、美樹がいた。長い黒髪をポニーテールにして、パッチリとした茶色の瞳が子犬のように明を見つめている。彼女が動くたびに、艷やかな髪がふわりと揺れた。
「美樹ちゃん、まだいたのか」
「まだって、ひどいなあ。待ってたのに」
美樹はそう言って、手に持った包みを差し出した。
「これ、朝早く起きて作ったの。明、いつもコンビニのパンばっかりでしょ」
包みを開けると、手作りの弁当が顔をのぞかせた。色とりどりのおかずがきれいに並んでいる。明は胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。
明は小学校の頃に両親を事故で亡くしてから、牧村家に居候している。両親は海外で仕事をしていて、飛鳥教授という考古学者と一緒に何か調査をしていたらしい。詳しいことはわからなかった。ただ、残された明を引き取ってくれたのが、美樹の両親だった。
それからずっと、美樹は明の面倒を見てくれている。学校でも、家でも。
「ありがとう、美樹ちゃん」
明が素直にお礼を言うと、美樹の頬がほんのり赤くなった。
その時だった。
「楽しそうだね」
冷たい声が教室に響いた。
入口に、飛鳥了が立っていた。色素の薄い銀の髪が、夕日に照らされて神秘的に輝いている。襟足が長く、風になびくたびに、まるで別世界の生き物のように見えた。深い海の色をした青い瞳が、じっと美樹を見据えている。何かを考えているような、でも冷たい視線。
180センチの長身が、教室の中でも一際目立っていた。
了は、明と幼い頃からの幼なじみだ。彼の父親が明の両親と同じ仕事をしていた関係で、小さな頃から一緒に育った。このヒガシムラヤマの街で、中央公園で泥だらけになって遊んだこともある。でも、了の目がこんなに冷たいのを、明は少し前から感じ始めていた。
「牧村さん、今日はお弁当? すごいね、早起きして作ったんだ」
美樹の肩が、わずかに震えた。
「……うん。明、栄養偏ってるから」
「ふうん。明は君の弟か何か? ずいぶん世話を焼くんだな」
了の口調は淡々としていた。でも、奥に何か、刺すようなものがあった。
明はとっさに了の話をさえぎった。
「了、ちょっと話があるんだろう? 美樹ちゃん、先に帰っててくれ」
美樹は少し迷った顔をして、でも小さくうなずいた。
「……気をつけてね、明」
そう言って、美樹は教室を出ていった。スカートの裾がひらりと揺れる。
教室に沈黙が落ちた。
了がゆっくりと近づいてくる。彼の足音だけが、カツ、カツと響いた。
「そんなに怖い顔をするなよ、明。僕はただ、見ていただけだ」
「了、美樹ちゃんに冷たくするなよ。昔からああいう言い方するの、やめろって言ってるだろ」
了の青い瞳が、一瞬だけ暗く濁った。
「僕は冷たくしたつもりはない。それに、明。君には関係ない話だろ」
「関係なくない! 美樹ちゃんは家族なんだ」
了は答えなかった。ただ、少しだけ口元を歪めて笑った。
その笑顔が、なぜか明の胸をざわつかせた。
了は机に手をつき、明の目をまっすぐに見つめた。
「明、今夜電話する。大事な話だ」
「大事な話? なんだよ、今ここで話せよ」
「今はダメだ。それに、電話で話した方がいい。いいね、絶対に寝るなよ」
了の声には、いつもの冷静さの奥に、何かただならないものがあった。明は何か言いたくなったけど、言葉が出なかった。
了はそれだけ言うと、教室を出ていった。彼の銀髪が、廊下の暗がりに消える。
残された明は、小さくため息をついた。
(了、どうしたんだ?)
幼い頃から知っている了とは、どこか違う気がした。でも、何が違うのかはうまく説明できなかった。
家に帰ると、美樹が玄関で待っていた。
「明、飛鳥くんと何話したの?」
「いや、大した話じゃないよ。今夜電話があるって」
美樹は唇をかみしめた。
「明、私ね、飛鳥くん、ちょっと怖い。ずっと前から思ってたけど、彼、明にすごく執着してるっていうか……。普通の友達の見方じゃない気がする」
「執着? なんだよそれ。了はただの幼なじみだよ」
「違う。女の勘だけど、彼、明に変な感情を持ってる。病的っていうか、なんていうか……」
明は聞いていてイライラしてきた。
「美樹ちゃん、了を悪く言うな。俺は了のこと、小さい頃から知ってるんだ。あいつはクールだけど、根はいいやつなんだよ」
「……でも」
「もうやめよう。大丈夫だから、心配するな」
美樹はうつむいて、小さくうなずいた。
その夜。
明は布団の中で天井を見つめていた。
(美樹ちゃんの言う通り、了は変わり始めてるのか?)
わからなかった。
でも、了のあの青い瞳に宿る暗い光が、頭から離れなかった。
深夜。明のスマホが震えた。
画面に、了の名前が出ている。
「了か?」
『明、よく聞け。これから言うことは、君が信じられないかもしれない。でも、本当のことだ』
了の声は低く、緊張していた。
『世界には悪魔が存在する。そして、その悪魔たちが今、地上に侵出を始めている。このままでは世界は終わる』
「……悪魔? 何言ってるんだ、了」
『信じないのも当然だ。だから、今から僕が案内する場所に来てほしい。東京湾岸のカイガン第7倉庫だ。僕の父が残した研究資料に、そこが悪魔たちの集う場所だと記されていた。今晩、そこを確かめに行く』
カイガン第7倉庫。
明も知っていた。東京湾の埋立地にある廃倉庫で、人気のない不気味な場所だ。でも、悪魔の集う場所と言われても、すぐには信じられなかった。
了の父——飛鳥教授は、有名な考古学者だった。彼が北極圏の氷層から何かを発見したことは、明も聞いていた。そして、研究中の事故で亡くなったことも。
「了、お前、本当に本気で言ってるのか?」
『本気だ。明、僕は世界を救いたい。でも、僕一人ではできない。君の力が必要なんだ。頼む、来てくれ』
了の声には、必死さがあった。それだけは、はっきりと感じ取れた。
明は小さくうなずいた。
「わかった。行くよ」
深夜のヒガシムラヤマ駅から電車に乗り、さらにバスに揺られて1時間半。
東京湾岸に着いた頃には、もう深夜2時を回っていた。
冷たい潮風が吹く。夜空には星も月も見えず、ただの闇が広がっているだけだ。
カイガン第7倉庫は、思ったより大きかった。地上1階、地下2階のその建物は、錆びたシャッターと崩れかけた外壁が、まるで死んだ生き物の亡骸のように見える。
入口に、了が立っていた。
「来たか、明」
了の顔は青ざめていた。でも、その目は異様なほどに輝いている。
「案内する。ついてきてくれ」
了が重い扉を開けた。中から、ドーン、ドーンと重低音が響いてくる。まるで地の底から聞こえる心臓の鼓動だ。
階段を下りる。
空気が変わった。生暖かく、鉄と汗と何か得体の知れない匂いが混ざっている。
地下フロアに足を踏み入れた瞬間、明は言葉を失った。
そこは、地獄だった。
ストロボライトがチカチカと点滅する。轟音のような音楽が体を打つ。200人近い人間たちが、汗まみれの裸で狂ったように踊り狂っている。
目は虚ろで、焦点が合っていない。飲み物に薬物が混ぜられている——異様な甘ったるい匂いでそれとわかった。
そして。
人間たちの体が、変わり始めた。
腕が異形に伸び、背中から触手が飛び出し、顔が獣のそれに変貌する。
あちこちで、人間と人間でない何かが融合していた。
叫び声が上がる。
それが歓喜の叫びなのか、恐怖の叫びなのか、もうわからなかった。
ここがサバト——悪魔たちの饗宴。
明は立ちすくんだ。
「了、これは……なんだよ、これ」
「見ての通りさ。人間と悪魔が合体している。合体——彼らの能力の一つだ。ここにいる連中は、悪魔の器にされるために集められた」
了は冷たく、淡々と説明した。
「世界は、もう終わり始めている。サバトは今や世界中で開かれているんだ。そして今夜、この場所で、最大の合体が行われる」
「最大の……合体?」
了は答えなかった。ただ、明の手を強く握った。
そして。
了は突然、明を悪魔たちの群れの中へ突き飛ばした。
「了——!!」
明の体が、異形の怪物たちの中心に投げ出される。
その瞬間、空気が震えた。
何かが来る。
明の全身を、強烈な悪寒が走った。
空間が歪む。そこに、何かが現れた——巨大な影。
身長2メートルを超える、蒼黒い甲殻に覆われた異形。蝙蝠のような巨大な翼。額から湾曲して突き出た双角。そして、縦に細長い金色の瞳。
アモン。
最強の悪魔が、明を見下ろしていた。
その金色の瞳が、鋭く光る。
冷たい嘲笑をたたえた瞳だった。
アモンは、ゆっくりと明に手を伸ばした。
その手が胸に触れた瞬間、
焼けるような痛みが全身を貫いた。
「う、ああああああああっ!!」
明の叫び声が、サバトに響き渡る。
アモンが、明の体に入り込んでくる。蒼黒い甲殻が、明の腕から胸へ、顔へと広がっていく。背中が裂け、そこから巨大な翼が生え出た。
意識が遠のく。
アモンが明の自我を食い潰そうとする。
(このまま、死ぬのか?)
その時だった。
脳裏に、美樹の笑顔が浮かんだ。
——「明、ちゃんと食べてる?」
——「無茶しちゃダメだよ!」
そして。
了の顔。
了が自分を裏切った。突き飛ばした。
その怒りが、胸の奥で激しく燃え上がった。
「ああああああああああっっっっ!!」
明の叫びとともに、全身から高熱の炎がほとばしった。
周囲の悪魔たちが、悲鳴を上げて焼け死んでいく。
炎は30メートル先まで届き、すべてを焼き尽くした。
倉庫が、燃える。
炎の中で、明は立ち上がった。
いや、もう人間ではない。蒼黒い甲殻、巨大な翼、金色に輝く瞳——デビルマン。
悪魔の力を持ちながら、人間の心を保った存在。
明は、周囲を見渡した。
悪魔たちは焼け死に、サバトは火の海と化していた。
力を抜くと、明の体から甲殻が消え、翼が引っ込んだ。人間の姿に戻る。
気がつくと、了が駆け寄っていた。
「明……! よかった、君は人間のまま戻れたんだ……!」
了が、崩れ落ちた明を抱きしめる。
彼の青い瞳から、涙がこぼれていた。それは狂喜と、罪悪感と、何かもっと深い何かが混ざった涙だった。
「僕は、君が悪魔に飲まれないか、怖かった。でも、君は勝ったんだ……!」
了の腕が、震えている。
その熱量に、明は戸惑った。
燃え盛る倉庫から脱出し、二人はタツミ倉庫街の片隅でうずくまった。
夜明け前の薄暗がり。タツミ第3倉庫の中はがらんとしていた。
明は壁にもたれて荒い息をしていた。
その時だった。
——よくもまあ、自我を保てたものだな。
頭の中で、誰かが話しかけた。
低く、冷たい声。
——だが勘違いするな。お前が勝ったわけではない。俺はここにいる。お前の中に。
アモン。
アモンの声が、明の精神世界に響いていた。
——愛だの絆だの、人間の弱さの象徴だ。お前が大事にしているその女、守れると思うなよ?
「やめろ……出て行け……!」
明は自分の頭を掻きむしった。ストレスが限界に達した時の癖——耳の後ろを無意識に掻く。
——お前の中には俺がいる。永遠にな。その女を守りたいなら、俺の力を使え。でも、使うたびに、お前は俺に近づく。覚えておけ。
了が、明の肩を抱いた。
「大丈夫だ、明。君が人でいられるのは、僕がいるからだ」
了の声は、震えているのに、どこか熱を帯びていた。
「これは、僕たち二人だけの秘密だ。誰にも話してはいけない。わかったね?」
「……二人だけの」
「そう。この戦いは、僕と君だけのものだ」
了の青い瞳が、異様な輝きを増す。その口調には、独占欲と愛情と、何か危ういものが満ちていた。
明は、了の異常なまでの熱量に、やはり戸惑った。
でも、今はそれ以上何も言えなかった。
牧村家に帰ったのは、夜明け前だった。
家の中は静まり返っている。居間のソファで、美樹が眠っていた。
ポニーテールがほどけて、長い黒髪が美樹の顔を隠している。その寝顔は、とても穏やかだった。
明は、美樹の顔をじっと見つめた。
(美樹ちゃん)
——守れると思うなよ?
アモンの声がよみがえる。
明は、拳を握りしめた。
(守る。絶対に守ってみせる)
まだ何もわからない。悪魔とは何か。どう戦えばいいのか。了があんなに取り乱している理由も、全部。
でも。
自分の中にはアモンがいる。
そして了がいる。
それだけの世界が、今、確かに動き出した。
朝日が窓から差し込む。
新しい一日が、始まろうとしていた。
明は美樹に毛布をかけ、自分の部屋に戻った。
疲れた体をベッドに投げ出す。
目を閉じると、アモンの金色の瞳が、闇の中で嘲笑っていた。Noveliaとは?
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