デビルマン:黙示録の愛
不動明はごく普通の高校生だった。幼なじみの飛鳥了から「世界を救ってほしい」と頼まれるまでは。悪魔の集会〈サバト〉へと引きずり込まれた明は、強大な悪魔アモンと融合し、悪魔の体と人間の心を持つヒーロー、デビルマンとなる。その先に待つのは、禁断の愛が炸裂する物語。
明が人知れず戦いを繰り広げる一方で、了の秘めた想いは熱病のように彼を焦がす。了はずっと、明を単なる友人としてではなく愛してきた。だが、明の優しさが同級生の牧村美樹にも向けられるのを目の当たりにし、了の内側では吐き気を催すような嫉妬が彼を引き裂く。悪魔の脅威を明に理解させるため、了は美樹を囮に使って明をサバトへ誘き出すという手段にまで手を染め、その嘘は苦い罪悪感となって了に重くのしかかる。
物語の核心は、ある夜に爆発する。化け物じみた所有欲に蝕まれた了は、もはや自らの執着を抑えきれなくなる。悪魔襲撃の虚偽の知らせで人気のない倉庫へ明を誘き出した了は、ついに自らの愛を告白する。混乱に陥る明。だが、了の歪で破滅的なまでの真摯さの深淵を目の当たりにした時、明はもはや目を背けることができなくなる。友情と激情の境界線が、初めて越えられたの
デビルマン:黙示録の愛 - 秘密の共有──歪んだ誓いと嫉妬の種
朝日が、ヒガシムラヤマの住宅街を白く染め始めていた。
牧村家の門の前に、明は立っていた。服の下には、昨夜のサバトでついた傷が生々しく残っている。左腕の切り傷はなんとか止血したが、肋骨のあたりが息をするたびに痛んだ。
(大丈夫だ。痛くない。大丈夫)
自分に言い聞かせながら、明は玄関に手をかけようとした。
「待っていたよ」
声がした。
冷たい朝の空気に、よく通る声だった。
振り返ると、飛鳥了がいた。
普段はヒガシムラヤマ駅から徒歩二十分の丘の上にある飛鳥邸にいるはずの彼が、なぜか牧村家の門の前に立っている。色素の薄い銀の髪が、朝の光を受けて白く輝いていた。深い海の色をした青い瞳が、じっと明を見据えている。
陶磁器のように白い肌に、感情の読めない表情が張り付いていた。
「了……どうしてここに?」
「どうしても何も。明、昨夜から連絡が取れなかったから、心配で来たんだよ」
了の声には、心配という言葉とは裏腹に、どこか責めるような響きがあった。
彼が一歩、近づいてくる。
その細長い指が、明の手首を掴んだ。
「傷は? 見せてごらん」
「大丈夫だって。それより了、ここで何を」
その時だった。
玄関の扉が勢いよく開いた。
「明っ!!」
美樹だった。
長い黒髪がポニーテールで揺れている。エプロン姿のままで、手にはフライ返しを持っていた。朝食の支度をしていたのだろう。パッチリとした茶色の瞳が、まず明を見て、それから了を見た。
その目が、警戒に細まる。
「飛鳥くん……? なんでここに?」
了は、美樹に冷たい笑みを向けた。
口元だけが笑っているのに、青い瞳はまったく笑っていない。まるで氷の彫刻のような表情だった。
「おはよう、牧村さん。朝から元気だね。でもこれは、君には関係ない話なんだ」
美樹の肩が、わずかに強張った。
「関係なくない! 明は私の家族なんだから。朝帰りして、傷だらけで帰ってきて、それで飛鳥くんまで玄関先に立ってたら」
「明に話があるんだ。すまないけど、今日は学校を休ませてほしい。牧村さんの許可は必要ないけどね」
了はそれだけ言うと、明の手首を引っ張った。
強く、有無を言わせない力で。
「ちょっと、了!」
「明、君に話さなければならないことがある。とても大事なことだ。さあ、行こう」
了が明だけに向ける声は、美樹に向ける声とはまったく違っていた。優しく、諭すような、でもどこか必死な響きが混ざっている。
明は振り返って美樹を見た。
美樹は、玄関の前に立ち尽くしていた。
フライ返しを持つ手が、震えている。
その茶色の瞳に、初めて見るような不安と、疎外感が浮かんでいた。
「……美樹ちゃん、すぐ戻るから」
「……うん。わかった。気をつけてね」
美樹の小さな声が、朝の空気に溶けた。
了は美樹に一瞥もくれず、明の手を引きながら自分の車へと歩いていく。
明は、後ろ髪を引かれる思いで振り返った。
美樹がまだ、玄関に立って二人を見送っている。
彼女の胸の奥で、何かがざわつき始めたことに、明はまだ気づいていなかった。
了の車は、高級な輸入車だった。
革張りのシートが体を包み、エアコンの効いた車内は快適だ。でも、明の心は落ち着かなかった。
運転席の了は、何も言わない。
銀の髪が、窓から差し込む光に揺れている。
横顔は、まるで人形のように整っていた。
「了。どこに行くんだ?」
「僕の家だ。飛鳥邸の地下室に、君に見せたいものがある」
「地下室? 遊んだことないけど」
「そうだね。父の研究室だから、子供の頃は入らせてもらえなかった。でも今は、僕が管理している」
了の父、飛鳥教授は有名な考古学者だった。明の両親が海外で仕事をしていた相手でもある。十五年前に研究中の事故で亡くなったと聞いている。
それ以来、了は飛鳥邸に一人で住んでいた。
使用人は週三日通う家政婦だけ。
広大な洋館に、了だけの世界。
「研究室って、まさか、お前が言ってた悪魔の研究か?」
「そうだよ。明は昨夜、自分の体でそれを確かめたはずだ」
言葉に詰まった。
昨夜。
東京湾岸のカイガン第七倉庫で開かれた、悪魔の饗宴——サバト。
了に連れて行かれた明は、そこで悪魔アモンと「合体」した。
合体とは、悪魔族が他の生物と融合し、その肉体を乗っ取る能力だ。通常なら、人間の自我は悪魔に飲み込まれ、消えてしまう。
でも、明は違った。
アモンを押さえ込み、逆にその力を自分のものにした。
デビルマン——悪魔の力を持ちながら、人間の心を保つ存在。
了はそれを「人類を守るための希望」だと言った。
でも。
「着いたよ」
車が止まった。
飛鳥邸は、丘の上に建つ洋館だった。
敷地面積八百坪という広大な土地に、白い外壁の建物がそびえている。蔦が壁を這い、庭の木々は手入れが行き届いていた。でも、人の気配がなさすぎる。
了は鍵を開け、明を中へ導いた。
「こっちだ」
玄関ホールから、廊下を進み、階段を下りる。
地下室への扉は重い鉄製で、了が指紋認証と暗証番号を入力すると、低い音とともに開いた。
「すごい……」
明は思わず声を漏らした。
地下に広がっていたのは、まるで博物館のような研究室だった。
壁一面に古い文献が並び、標本ケースには見たこともない生物の化石が収められている。机の上には大型の顕微鏡や分析装置が並び、壁際のホワイトボードには複雑な図や数式が書かれていた。
部屋の中央には、巨大な骨格標本が直立している。
高さは三メートル以上。翼らしき骨が左右に広がり、頭蓋骨からは湾曲した角が二本、天井に向かって伸びていた。
「これは百五十年前、ネバダの廃坑で発掘された悪魔の化石だ。父が入手した。年齢は推定一億二千万年」
了は、部屋の中を歩きながら説明を始めた。
彼の声は、いつもの知的で落ち着いた口調に戻っている。
「悪魔族——ディモナス。地球の先住生物で、約二億年前から存在している。他の生物との融合能力を持ち、氷河期までは地上の支配者だった。だが気候変動で地下深くに追いやられ、現在は地底世界ガロンデに生息している。推定総数十万体」
了は、一枚の地図を広げた。
東京湾の海底地図だ。
「最大の出入り口はここ、カグラ裂溝。東京湾の海底深度百二十メートルにある、幅五十メートルの亀裂だ。悪魔はここから地上に侵出する。近年、地殻変動の活発化で封印が弱まっている。昨夜のサバトも、その一環だ」
「ちょっと待ってくれ。お前、ひとりでこんな研究を……?」
「父の遺産だ。飛鳥教授は世界中の悪魔関連の遺物や文献を収集していた。僕はそれを引き継ぎ、さらに情報ネットワークを構築した。ヴァルガ・サークル——父が使っていたコードネームで、現在は十二名の協力者がいる。考古学者、オカルト研究家、元警察官、ハッカー。みんな悪魔の存在を知り、戦っている」
了は、机の端末を操作した。
画面に、数々の写真や資料が表示される。
世界各地で起きた不可解な事件。行方不明者のデータ。
「明。きみが思っているよりも、事態は深刻だ。悪魔の地上侵出はもう始まっている。彼らは人間と合体し、その肉体を乗っ取って社会に紛れ込んでいる。誰が悪魔かを外見で見分けることは不可能だ。政府の一部機関は把握しているが、パニック防止のために情報統制を敷いている」
明は、言葉が出なかった。
昨夜のサバト。
悪魔たちの咆哮。
人々が薬物と音楽で理性を失い、悪魔の「器」にされていく様子。
自分の中で目覚めたアモンの力と、その声。
——それはすべて、氷山の一角だったのか。
「了。俺は、昨夜お前に言われたからサバトに行った。悪魔のことを知りたかった。でも、まさか俺がアモンと合体するなんて……。お前、最初からそう仕組んでたのか?」
了の手が、わずかに震えた。
彼は小さく息を吐き、明の目をまっすぐに見つめる。
青い瞳が、暗く濁っている。
「そうだよ。きみをデビルマンにするために、サバトへ連れて行った。アモンは悪魔族の中でも最上級の戦闘種族だ。きみがアモンと合体し、自我を保てれば、人類を守る戦力になる」
「ふざけるな! 俺がもし悪魔に飲まれてたら、どうするつもりだったんだ!」
「でもきみは勝った! 飲まれなかった! デビルマンになったんだ! だから僕は——」
了は、声を詰まらせた。
普段は冷静沈着な彼が、明の前でだけは感情を抑えきれなくなる。
「……怖かったんだ。もしきみがアモンに負けたらと考えると、僕は」
了の細い指が、自分の腕を掴む。
一人でいるときの癖だ。何かから身を守るように、自分の体を抱きしめる。
「でも、これしか方法がなかった。誰かが戦わなければならない。きみしかいないんだ。人類を守れるのは、世界中できみだけなんだ」
「……なんで俺だったんだ? もっと強い奴なら他にもいるだろ。軍隊とか、警察とか」
了はしばらく黙っていた。
沈黙が、地下研究室の冷たい空気を一層重くする。
やがて了は、小さな声で言った。
「……僕のそばに、いてほしかったから」
それは、本音だった。
普段の彼からは考えられないほど、か細い声だった。
でも、明はその言葉の重みに気づかなかった。
「なんだ、そんなことかよ」
明は、了の肩をポンと叩いた。
「わかったよ。一緒にやろう。俺、よくわかんねえけど、悪魔がいるなら放っておけない。守りたい人たちがいるんだ。美樹ちゃんも、クラスのみんなも、守る」
了の肩が、硬直した。
美樹の名前が、彼の中で棘のように刺さる。
「……そう。それはよかった」
了の声が、また冷たいものに戻った。
でも明は、了の顔をまともに見ていなかった。
化石標本や資料に気を取られ、了の表情の変化に気づかなかった。
了は深呼吸をした。
そして口調を立て直すかのように、改めて明に向き直った。
「それで、明。一つだけ約束してほしいことがある」
「なんだ?」
「このことは、僕たち二人だけの秘密だ。デビルマンであること。悪魔と戦っていること。絶対に、誰にも話してはいけない」
「誰にもって、美樹ちゃんにもか?」
了の青い瞳が、明らかに苛立ちを帯びた。
「特に牧村美樹には、絶対に話さないでほしい」
「なんでだよ。美樹ちゃんは家族なんだ。心配してたし、それに」
ガンッ!
了が拳を机に打ちつけた。
標本ケースがガタガタと揺れる。
「君を守れるのは僕だけなんだ! 彼女は違う! 君が何と戦っているかも知らない! なのにどうして彼女が優先されるんだ!?」
了の声が、地下研究室に響き渡った。
彼のいつもの冷静さは微塵もない。
目を見開き、肩で息をしている。顔色はさらに青白くなり、まるで別人のようだった。
明は言葉を失った。
「明。わかってくれ。これは君の命に関わることだ。悪魔に見つかれば、君も、君の周りの人間も危険に晒される。情報を漏らすことは、武器を敵に渡すのと同じだ。だから、秘密にしなければならない。僕だけが君を守れる。僕がずっと、きみを守るんだ」
了の声は震え、彼の青い瞳は熱に浮かされたように輝いていた。
独占欲と、愛情と、もっと深い何かがぐちゃぐちゃに混ざった輝きだった。
(……怖い)
明は直感した。
了のこの熱量は、ただの友情や正義感を超えている。
でも、幼い頃から知っている了を信じたいという気持ちもあった。
「……わかったよ。秘密にする」
明はため息をついた。
「でも了、俺は美樹ちゃんも守りたいんだ。だから俺の勝手だけど、美樹ちゃんに何かあったら俺はすぐに」
「わかった。それでいい」
了はそう言って、また冷たい微笑を浮かべた。
でも、その目はまだ熱を持っていた。
嫉妬と、独占欲の炎が。
了の家を出たのは、昼前だった。
明は自転車でトウリン学園へ向かう道すがら、スマホを取り出した。
画面には、美樹からのメッセージがいくつも並んでいる。
『明!大丈夫!?』
『どこにいるの?』
『飛鳥くんに変なことされてない?』
『ねえ、返事してよ。何かあったんじゃないの?』
明は慌てて返信を打った。
『大丈夫。ちょっと了と話してただけ。心配かけてごめん』
すぐに既読がついて、返信が来る。
『よかった…でも、明。飛鳥くん、なんか変だった。気をつけてね』
(気をつけて、か)
明はスマホをポケットにしまい、自転車のペダルを漕ぎ出した。
その時だった。
——ようやくわかったか、小僧。
脳内に、直接響く声がした。
低く、冷たい声。
アモンだ。
明は自転車を止めた。
心臓が、ドクンと跳ねる。
「で、出て行け……」
——なぜだ? 俺はお前の中だ。永遠に、離れられはしないぞ。
アモンの声には、笑みが混じっていた。
——所詮、人間は愚かだな。あの白い髪の小僧、了とか言ったか。あれはなかなか面白いぞ。お前を助けるとか言いながら、目が違う。独占欲と嫉妬の塊だ。
「了の悪口はやめろ!」
——悪口ではない。事実だ。それよりもっと面白いことを教えてやろうか? お前の大事な幼なじみ、了……あいつはな、お前の女を喰い殺すぞ。
「な、なにを……!」
——美樹とか言ったか。お前が大事にしているあの女だ。了はあいつのことを邪魔者だと思っている。目障りな存在だとな。そして了のあの狂気は、いずれ行動に移るだろう。人間の愛ほど狂ったものはない。
アモンは嘲笑っている。
——守れると思うなよ。お前がデビルマンの力を使えば使うほど、俺はお前を蝕む。お前が誰かを守ろうとすればするほど、お前の精神は弱る。そして、破滅だ。どちらかのな。了が美樹を殺すか、お前が俺に飲まれるか。さあ、どっちが先か、楽しみに見せてもらおう。
声が遠ざかる。
アモンの嘲笑だけが、頭の中にこびりついた。
明は自転車のハンドルを強く握った。
手が震えている。
(了が、美樹ちゃんを?)
そんなはずない。
了は幼なじみだ。小さい頃から一緒に育った。頭はいいし、ちょっと変なところもあるけど、根は悪い奴ではないはずだ。
——でも。
さっき研究室で見せた了の剣幕が、脳裏に蘇る。
机を叩き、声を震わせ、目を見開いて叫んだ了。
あれは、了の別の顔だった。
(もし、了が本当に美樹ちゃんを……?)
明はポケットからスマホを取り出した。
美樹からの最後のメッセージを見る。
『気をつけてね』
その言葉が、今は嫌に重く感じられた。
明は新たなメッセージを打つ。
『美樹ちゃん、今日は早く帰るよ。その、ちょっと話したいことがあるから』
送信。
すぐに返事が来た。
『いいよ! なんか久しぶりに明とゆっくり話せるね。楽しみにしてる!』
その明るい返信が、胸を締め付けた。
(守らなきゃ)
明は自転車を漕ぎ出した。
春の日差しの中、ヒガシムラヤマの街はいつもと変わらず平和だった。
でも明の心の中では、すでに嵐が吹き始めていた。
了の狂気と、アモンの嘲笑と、美樹の笑顔が、ぐるぐると渦を巻く。
デビルマンとしての戦いはまだ始まったばかりなのに、明が本当に守らなければならないものは、すでに一番近くにあるのかもしれなかった。
自転車が、アスファルトを走る音だけが、静かな住宅街に響いていた。Noveliaとは?
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