騎士サマの本音、まる聞こえですが何か?〜異世界ハーレム建国記〜
黒い企業で命を落とした20歳のタツヤは、女神の手違いで異世界に転生する。お詫びとして授かったスキルは、女性の本音が視える能力だった。
最初はその有用性に半信半疑だったが、冒険者ギルドで出会った金髪の女騎士リュネ・ヴァルデュール。冷たく棘のある外面とは裏腹に、その内なる声はまったく別物で――。
以来、戦闘中であれ浴場であれ、周囲の女性たちの本音が聞こえてくる。氷の女王と呼ばれる美貌の魔術師セリア・フィレンツァは実は寂しがり屋で、エルフの姫は人間の男に興味津々、女海賊船長は究極のツンデレ、計算高い女商人は一途な恋心を秘めていた。
スキルを駆使し、最強の美女たちの弱点や秘密を知ったタツヤは、次々とその心と身体を開いていく。だが、彼女たちの内なる声は愛情と同時に、昏い独占欲にも満ちていて、タツヤは日々の混沌に巻き込まれていく。
そんな中、女たちの本音から、この世界を統べる魔王が実は女であり、千年もの間『真実の愛』を探し求めていることを知る。タツヤは彼女すらも落とすことを決意する。
世界を救うのか、ハーレム王国を築くのか、それともヤンデレ地獄に堕ちるのか。本音が聞こえるからこそ、タツヤ
騎士サマの本音、まる聞こえですが何か?〜異世界ハーレム建国記〜 - 血染めの牙と泣けない男——俺が守れなかった、たった一人の
洞窟の空気が、重たく肌に張り付く。
――数が、おかしい。
リュネの魔法剣が闇を裂くたび、魔狼の断末魔が洞窟に木霊した。三体。五体。七体。倒しても倒しても、暗がりの奥で光る目が消えない。
「[serious]……左の岩柱、三体同時に来ます」
タツヤの声は掠れていた。スキルが拾い続けるメス個体の本能――縄張り意識、空腹、そして――情報が、全部、嘘だった。リュネの心の声が、短くそう叫ぶ。
「[cold]言われなくても」
――膝が、笑ってる。でも、こいつには見せない。
白銀の鎧が返り血で汚れ、リュネの呼吸は上がっていた。それでも彼女は、タツヤの前に立ち塞がり続ける。
「[gentle]次、右の天井から一匹、地面から二匹。地面を先に!」
「[angry]わかってる……!」
――また、だ。この人、先が読めてる。
群れの最後の一体を仕留めた時、リュネは剣を杖代わりにして膝をついた。肩で息をし、金色の髪が汗で頬に張り付いている。タツヤのスキルに、彼女の本音が流れ込んだ。
――ありがとう、ちゃんと言えたら良かったのに。
その瞬間。
岩天井の闇が、剥がれた。
気配も、音も、何もなかった。ただ巨大な黒い影が、タツヤ目がけて降ってくる。スキルに何も引っかからない。毛皮が星素を帯びて、本能の波長を完全に遮断している。
「……え」
思考が、真っ白になった。
「[angry]タツヤ!!」
横からの衝撃。鎧がぶつかる金属音。リュネが体ごとタツヤを突き飛ばした。
――逃げて。
スキルに、彼女の本音の残滓が届く。
次の瞬間。
ギャリ、と。
巨大な爪が、金色の鎧を紙のように引き裂いた。左肩から胸元にかけて、三条の深い傷。鎧の破片が石床に散り、赤が――赤が、飛び散った。
「……ぁ」
リュネが、短く呻いた。蒼い瞳が、焦点を失う。白い肌の上を、真っ赤な筋が幾筋も走って、ドサリ、と彼女は血溜まりの中に崩れ落ちた。
「[scared]リュネ……?」
自分の声が、遠く聞こえた。鎧が剥がれ、露わになった左肩から鎖骨にかけての白い稜線。そこを覆い尽くす、鮮烈な赤。鼓動が跳ね上がる。耳鳴りがする。
グオォォォ――――。
キング種が、唸り声を上げた。周囲の暗がりから、残存していた魔狼の群れがじりじりと距離を詰めてくる。
タツヤは震える右手で短剣を抜き、左手でリュネの体を抱き寄せた。温かい。まだ、温かい。
(くそ、くそ、くそっ!)
思考がぐちゃぐちゃになる。武器は短剣一本。魔法は使えない。体力は限界。守れる人間は、意識がない。
(俺は、何もできないのか――)
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
普段は一人ずつ聞こえていた女性の本音が、一斉にタツヤの脳に雪崩れ込む。メス個体の本能――発情、恐怖、逃走、縄張り争い。処理限界を超えた情報量が、頭の中で火花を散らす。
(もう、いい。持っていけ。全部、持っていけ――!)
タツヤは、スキルの制御を、全部捨てた。
次に起きたのは、爆発だった。
タツヤの体を中心に、不可視の衝撃が洞窟を満たした。受信が、発信に反転する。メス個体の本能が、一斉に暴走した。群れの秩序が、内側から崩壊する。
ギャウン!
一匹のオオカミが、隣の仲間に噛みついた。もう一匹が、岩壁に頭から突っ込む。我先に逃げ出す影、同士討ちの咆哮、混乱の連鎖。キング種すら、暴走した子分たちの大群に巻き込まれ、岩に激突して昏倒した。
めちゃくちゃだ。地獄絵図だ。
(……なんか、笑えないな)
頭痛と吐き気が同時にタツヤを襲い、彼は壁に手をついて、リュネを抱えたまま蹲った。
日が、落ちかけていた。
空が橙から紫に変わる頃、タツヤはリュネを背中に負ぶって、カルナックへの街道を走っていた。傷口には自分の上着を裂いて当てているが、滲み出す血が背中を湿らせていく。その温度だけが、彼女がまだ生きている証拠だった。
――……行かないで。
スキルが拾った、かすかな寝言。意識の底から漏れた、不器用な声。
――一人に、しないで……。
タツヤの足が、止まった。
「……は、」
喉の奥から、変な声が出た。
「[crying]……行かねえよ、行かねえから、早く、目を、開けてくれよ……!」
人目も構わず、タツヤは泣き出した。肩を震わせ、声を上げて、涙と風が頬を撫でる中、足だけは止めなかった。
銀翼の会の扉を、肩で押し開いた。
「[angry]医療班を!!早く!!」
受付にいたマリスが、驚いた顔で立ち上がる。
「な、なにが――」
――なんで生きて帰ってきたの…いや、リュネさんが、あんな傷……。
混乱した本音が届くが、タツヤには今、それを処理する余力なんてなかった。
医務室の扉が閉まるのを、タツヤは廊下で見送った。そして壁に背をつけて、ずるずると座り込む。
(スキルで補助して、スキルで混乱させて、スキルがなきゃ、俺は何も……)
自分の手の平を見つめる。キング種の奇襲を察知できなかったのは、スキルに頼り切っていたからだ。スキルが届かない相手には、完全に無力だった。
「[sarcastic]任務失敗ですな」
顔を上げると、廊下の向こうにドルフが立っていた。
「[sarcastic]契約継続の根拠が失われました。ヴァルデュール家への報告は、私が引き受けましょう」
笑顔だった。タツヤが何か言う前に、男は立ち去る。男の本音は、聞こえない。笑顔の裏が、完全に見えない。タツヤは再び、床に膝を抱えた。
――なんでこんな場所で意地張ってんの、馬鹿じゃないの。
夜中、見回りに来たマリスの本音が、廊下に座り続けるタツヤの耳に届いた。
「……生きてますか」
「[gentle]生きてます」
マリスは何も言わず、無言で毛布を一枚、タツヤの隣に置いて立ち去った。
――でも、ちょっと……心配。
その本音が、冷え切った廊下で、ほんの少しだけ温かかった。
夜が明けた。医務室の扉が開き、医師が出てくる。
「一命は取り留めた。絶対安静だ。剣を握るのは、最低でも三週間後になる」
その言葉を聞いた瞬間、タツヤは床に額をつけるように頭を垂れた。安堵と、まだ終わっていないという重さが、同時に胸を押しつぶす。
医師が立ち去り、半開きの扉から、眠るリュネの横顔が見えた。包帯でぐるぐると巻かれた左肩。鎧も剣もない、布一枚の姿。白い肩から鎖骨にかけての稜線が、タツヤの目に焼き付く。守りきれなかった証拠が、欲望ではなく痛みとして、彼女の存在を決定的に特別なものに変えていく。
廊下で壁にもたれ、目を閉じた直後。
背後から、静かな足音が近づいてきた。振り返ると、見知らぬ白いローブの女性が、タツヤを冷ややかに見下ろしている。
「[cold]あなたが、あの任務に連れていかれた人間ね」
――また、誰かが傷ついた。私がもっと早く動いていれば。
スキルが即座に拾った彼女の本音が、タツヤの疲弊した耳に静かに届く。タツヤは、ゆっくりと立ち上がった。