裏で嗤う
教室の片隅で、今日も鳴海快斗の机が蹴られる。隠される教科書、捨てられる上履き、そして決まり文句の「空気読めよ、陰キャ」。東京の名門私立・明鏡学園で、快斗は誰にも見えていない。誰も気にしない。誰も助けない。ただのいじめられっ子だ。
だが、誰も知らない真実がある。放課後、誰もいない教室で、快斗のスマホは鳴り止まない。「天音さん、過去の中間テストの過去問ありますか?」「あの先生の裏情報、いくらですか?」「彼氏の浮気調査、できますか?」
そう、快斗こそが“天音”——学園の裏市場を牛耳る伝説の匿名情報屋なのだ。半年間、彼は静かにいじめっ子たちの秘密を集めてきた。リーダー格・黒川竜也のカンニング証拠。No.2・田辺健太の万引き。他の連中の裏アカや、あやしいパパ活の噂。すべての証拠は、いつでも撃てる状態にある。
唯一の味方は、快斗の正体を知るクールでドライな一学年下の後輩、真島理久。「ただのビジネスです」と言い張る理久だが、なぜか稼いだ金はいつも「調査費用」として快斗の懐に戻ってくる。
舞台は整った。学園文化祭。メインステージ、全校生徒の面前で。華麗なる逆転劇が幕を開ける——だが、物語はそこ
裏で嗤う - 画鋲と嘘と、震えた手
月曜日の朝は、いつもより空気が重い。
二日間の休みを挟んだ校舎は、なんだか埃っぽくて、みんなの声がやけに遠くに聞こえた。廊下の突き当たり、二年C組の教室のドアを開けると、朝のホームルーム前の喧騒が、濁った水みたいに流れ込んでくる。
鳴海快斗は、無造作に伸びた黒髪の下から、静かに教室を見渡した。黒縁のメガネの奥の深い茶色の瞳が、いつもの席——窓際の一番後ろ——を捉える。
(……今日も、か)
心の内で、小さく呟いた。
足を踏み出す。古い床が、ギシリと微かに鳴った。教室の喧騒が、ほんの一瞬だけ、水面に波紋が広がるみたいに静かになる。誰かがこっちを見て、すぐに目を逸らした。それが、いつもの風景だった。
自分の席へ着く。黒川竜也の姿は、まだ教室の中央あたりで、数人のクラスメイトを笑わせている。彼の笑い声は、この教室の空気そのものを支配しているみたいに、大きく、甲高く響いていた。茶髪のセンターパートを手で整えながら、黒川は片手にスマートフォンを持ち、何かの動画を見せている。左耳のピアスが、朝の光を反射してチカチカ光った。
快斗は、椅子に手をかけた。
——そして、動きを止めた。
座面に、銀色の光。
朝の光を受けて、針の先が、鋭く光っている。画鋲だ。それも、ひとつじゃない。三つ。三角形を作るように、座面に突き刺さっていた。座れば、確実に尻に突き刺さる位置。狙いは、正確だった。
指先を、画鋲の頭に触れさせる。冷たい。金属の硬い感触が、指の腹をわずかに押し返す。
(田辺か)
快斗は、顔を上げなかった。視線だけを、教室の片隅、ロッカーの近くに立つ一人の生徒に向けた。田辺健太。茶髪のクセ毛を、何度も手で押さえつける仕草。細い目が、落ち着きなく周囲を泳いでいる。顔色は、今日も青白い。
田辺は、快斗の視線に気づくと、一瞬、体を強張らせた。唇が、何かを言おうとするみたいに震える。しかし、声にはならなかった。彼はすぐに視線を下げ、自分の手元を見つめる。その拳は、制服のスラックスの上で、ぎゅっと握りしめられていた。
「おい、鳴海!早く座れよ。何、突っ立ってんだよ!俺たちのクラスに、汚え空気が入ってくんだろ!」
黒川の声が、教室に響き渡った。集まっていたクラスメイトたちが、一斉に快斗の方を見る。黒川の取り巻きが、ゲラゲラと笑い声を上げた。
「た、竜也くん、それは……」
田辺の声は、か細く震えていた。誰にも届かないほどの、小さな声。黒川は、田辺の言葉など聞こえていないかのように、快斗を見つめたままだ。そのつり目の奥は、獲物をいたぶることを楽しむ、嗜虐の色で満ちていた。
快斗は、ゆっくりと画鋲を一つずつ、指でつまんだ。三つの画鋲を、右手のひらに集める。金属の冷たさが、手のひらに広がる。
教室の空気が、水を打ったように静まった。
視線が、集中する。好奇、侮蔑、憐憫、無関心。様々な感情が混ざった視線が、快斗の背中に突き刺さる。誰も、声を出さない。誰も、動かない。まるで、見えない壁が、快斗とクラスメイトたちの間にそびえ立っているみたいに。
担任の宮園敏夫が、その静寂を破った。
「……お前ら、ホームルーム始めるぞ。席に着け」
宮園は、手に持った出席簿を開いたまま、快斗の方を一瞥した。そして、すぐに視線を外し、教壇に向かう。彼の表情からは、何も読み取れなかった。ただ、快斗の手にある画鋲と、それを囲むクラスメイトたちを見た後、彼は小さく、ため息をついた。
快斗は、手近にあったゴミ箱へ歩み寄り、手のひらの画鋲を、無造作に捨てた。カラン、と、軽い音が、静寂を破って響く。
そして、何事もなかったかのように、自分の席へ戻り、椅子に座った。黒川は、それでも嬉しそうに、何事かを取り巻きに囁き、また笑い声が上がった。田辺は、ようやく黒川の元へ駆け寄り、何かを弁解するように、早口で話し始めていた。
快斗の表情は、一切動かなかった。
机の上に、ぎゅっと握った自分の左手を置く。指先が、微かに白くなっていた。
昼休み。
四時間目の終わりを告げるチャイムが、鳴り響いた。快斗は、ゆっくりと立ち上がると、教科書を机に置き、教室の後方へ歩き出す。目指すは、自分のロッカーだ。体操着に着替えなければ、午後の体育に出られない。
教室後方の壁沿いに、二十個のロッカーが並んでいる。快斗のロッカーは、端から二番目。金属の扉を開くと、中からは、予想通り、何も出てこなかった。
(やっぱりか)
体操着は、消えていた。
一瞬、田辺を探す。彼は、教室の前の方で、黒川の背中を追いかけるようにして、何かを話しかけている。必死な形相の田辺とは対照的に、黒川は、どこか手前勝手な笑みを浮かべ、田辺の肩を軽く叩いていた。その手が、田辺の体を、より一層委縮させているように見えるのは、気のせいだろうか。
「君、どうしたんだ?体操着、忘れたのか?それとも、どっかで脱いだのか?」
黒川が、わざとらしく声を張り上げた。教室にいたクラスメイトの視線が、再び快斗に集まる。黒川は、両手を広げ、大げさなジェスチャーで快斗のロッカーを指さした。
「あーあ、体育の時間に、汗だくの制服で出るとか、どんだけ不潔なんだよ。なあ、みんな?こいつのせいで、教室の空気が腐るぜ。お前みたいなのがいるから、このクラスは汚くなるんだよ!」
黒川の声に、取り巻きたちの笑い声が重なる。何人かは、顔を見合わせて、無理やりに口元を歪めて笑っている。教室の空気が、一つの塊となって、快斗にのしかかってくる。
田辺は、下を向いたまま、その場に立ち尽くしていた。彼の肩は、小刻みに震えている。
「やめなさい、黒川くん。今から体育の準備ですよ」
宮園の声だ。ただし、その声は、教室の外から聞こえてきた。彼は、廊下に立っていた。教室の中の異様な空気に、踏み込むことなく、ただ、必要最低限の注意を促す。それきり、彼は、職員室の方へと、静かに歩き去っていった。
黒川は、チラリと宮園の後ろ姿を見たが、特に気にする素振りもなく、つまらなそうに舌打ちをすると、自分の席へと戻っていった。
快斗は、黒川の背中を見送ることなく、教室のゴミ箱へ向かった。
蓋を開ける。
中から、グシャグシャに丸められた、体操着が出てきた。白いシャツと青色のハーフパンツが、泥だらけで、飲みかけのジュースのパックにまみれている。誰かが、わざと汚したかのように。
快斗は、それを拾い上げた。
生温かい果汁が、指に絡みつく。甘ったるい、腐敗しかけの匂いが、鼻をつく。
教室に、再び静寂が降りる。
誰一人として、声を発しない。
ただ、田辺の、押し殺したような息遣いだけが、微かに聞こえてくるようだった。
快斗は、体操着を手に、教室を出た。
理由は、わかっている。慰めてくれる者など、どこにもいない。ましてや、この汚れた体操着に着替えるわけにもいかない。
彼は、人気のない体育館裏の陰に、体操着を持っていき、水飲み場の水で、洗い流し始めた。冷たい水が、手を刺すように冷やしていく。
(……ああ、腹は減ったな)
どうでもいいことを、考えた。
とぼとぼと、教室に戻り、自分の机に突っ伏す。閉じた瞼の裏で、黒川の笑い声と、田辺の沈黙と、宮園の無関心が、渦を巻いていた。
ポケットの中で、もう一つのスマホが、静かに熱を持っていた。それは、誰にも知られてはいけない、自分だけの秘密の端末。今は、それを開く気にもならなかった。
放課後。
西日が、廊下を長く伸ばしている。
快斗は、いつものように、本館の階段を上っていた。他の生徒たちは、部活へ、あるいは下校へと、一階の喧騒へ向かう。階段を上るにつれて、人の数は減り、次第に自分の足音と、衣擦れの音だけが、やけに大きく聞こえてくるようになる。
三階、四階。
四階は、特別教室が並ぶ、静かなフロアだ。美術室からは、シンナーの匂い。音楽室からは、かすかに、誰かが練習しているピアノの音が漏れ聞こえる。その音を背に、快斗は廊下の一番奥、突き当たりのドアの前に立った。
第二資料室。
『第二資料室』と書かれたプレートは、少し斜めに傾いでいた。
ポケットから合鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。カチャリ。
古いシリンダー錠は、今日も変わらず、軽い音を立てて開いた。ドアを開け、中に入る。途端に、廊下の音が遠のき、世界が切り替わる。
ここは、俺の城だ。
埃っぽい、古い本と、乾いた紙の匂い。薄暗い部屋の中、古い書架が六本、静かに並んでいる。窓際に置かれた旧型のプロジェクターは、今日も、黙したまま、俺の帰りを待っていた。
快斗は、黒縁のメガネを外す。
——世界が、クリアになる。
教室で被っていた、あの薄っぺらな仮面も、一緒に外れたような気分だった。
書架の裏へ回り、隠してあるサブスマホを取り出す。電源を入れた。暗号化メッセージアプリ「ヴェイル」のアイコンが、漆黒の画面に浮かび上がる。
未読の依頼が、数件。
『遍さん、文化祭の出し物、黒川くんは何やるんですか?』
『体育の成績、どうすれば2にならないで済みますか?』
『先輩のバイト先、怪しいって聞いたんですけど、本当ですか?』
俺は、手早く返信を打っていく。文化祭の出し物情報は1500円。成績の裏情報は、値段交渉が必要だ。先輩のバイト調査は、それは俺の領分じゃない。丁寧に、しかし、素っ気なく。俺の指先は、迷いなく、小刻みに、画面を叩いていく。
ふと、指の動きが、止まった。
自分の右手が、小刻みに震えている。
キーボードを叩いているつもりが、指先が、狙ったキーから、わずかにずれている。今日の昼間、あの教室で、画鋲を掴んだ手。ゴミ箱から、汚れた体操着を拾い上げた手。その手が、今、ここで、震えている。
(……なんでだ)
俺は、自分の手を、じっと見つめた。神経が、細かく痙攣している。自分の意思とは関係なく、手だけが、勝手に震えていた。まるで、体中に走った、あの冷たい何かの余韻が、まだ、指先にだけ残っているみたいに。
深く、息を吐き出す。
震える手を、もう片方の手で、ぎゅっと握りしめる。指先に、爪が食い込む。
(おかしいな。こんなはずじゃ、ないだろう)
心の中で、自嘲気味に呟いた。怒りも、悲しみも、とっくに捨てたはずだった。感情を殺すことは、この学校で生き抜くための、最低限の技術だった。なのに、体は、正直に、悲鳴を上げている。
「……感情は、殺しても、体は、正直だな」
その時だった。
ガチャリ。
ドアノブが回る音。
快斗は、反射的に、サブスマホを書架の影に隠した。心臓が、一度だけ、強く脈打つ。
「相棒、いるんだろ」
聞き覚えのある、低く、落ち着いた声。
ドアが開き、白髪の長い髪を一つに束ねた、背の高い痩身の少年が、部屋に滑り込むように入ってきた。切れ長の灰青色の瞳が、薄暗い室内を、ゆっくりと見渡している。感情を、あまり表に出さない、整った顔立ち。制服のネクタイの色は、一年のものだ。
「……勝手に入ってくんな」
快斗は、ぶっきらぼうに言った。
「合鍵の複製、君が作ったんだろ?僕の分も、作ってほしいって思ったんだけど」
理久は、口元をわずかに歪め、冗談とも本気ともつかない口調で言った。
「やめろ。用件なら、手短に頼む」
「それは、君の手が必要だって話。行くよ、体育館」
理久は、快斗の手元を、チラリと見た。快斗は、反射的に、震える右手を、ズボンのポケットの中に隠した。理久は、その仕草を、見逃さなかったが、指摘することはなかった。ただ、静かに、半歩、快斗の後ろへと、位置を変える。
「歩きながらでいい。機材を、確認してほしいんだ」
快斗は、無言で頷き、部屋の奥、書架の裏から、自分のカバンを手に取った。理久を先導する形で、第二資料室を出る。
廊下は、夕暮れ色に染まり始めていた。音楽室からは、相変わらず、ピアノの音色が、微かに流れてくる。二人の足音だけが、静かな廊下に、コツコツと、規則正しく響いた。
理久は、快斗の半歩後ろを歩いていた。その距離が、不思議と、心地よかった。クラスメイトとは違う、この後輩は、変に慰めたりしない。だから、楽だった。
体育館は、静まり返っていた。
夕方の体育館は、がらんとしていて、声が、やけに反響する。天井の高い空間に、二人分の足音が、コダマのように響いては、消えていく。
理久が、ステージ袖に向かい、常設の150インチスクリーンの裏にあるAV機材室の扉を開ける。
「中に入って」
快斗は、黙って機材室へ足を踏み入れた。
クーラーの冷気と、機械の放熱の熱が、混ざり合った独特の空気。壁一面には、映像入力端末や音響ミキサー、照明制御盤などが、複雑に配線され、小さなパイロットランプが、赤や緑に、呼吸するように点滅していた。
「外から、操作してみて」
快斗は、サブスマホを取り出し、ヴェイルにアクセスする。画面を数回タップ。
ヴェイル越しに、とあるアドレスへ、事前に登録しておいた短いコマンドを送信する。
すると、機材室とステージを繋ぐ、ケーブルの先の制御装置が、ネットワークを介して遠隔操作される仕組みだ。理久が、黒川のカンニング動画を、外部から、あの巨大なスクリーンに映し出すための、秘密の抜け道を作っていた。
「……映るぞ」
理久が、タブレット端末で、メインスクリーンを確認しながら言った。
快斗が、サブスマホから、テスト用の画像を送信する。
体育館の、150インチの巨大なスクリーンが、真っ白に光る。
そして、中央に、小さなマークが、浮かび上がった。
『遍』
アマネの、印。
「……できたな」
自分の声が、震えていないことに、快斗は、内心、驚いていた。
いつの間にか、手の震えは、止まっていた。さっきまで、あんなに小刻みに震えていた右手が、サブスマホを握りしめたまま、ピタリと、静止している。
(そうか)
快斗は、自分の右手を、静かに見つめた。教室にいる時は、感情を、押し殺している。第二資料室で、遍の仕事をしている時は、まだ、心が、ざわついていた。しかし、こうして、目の前に、計画が、確実に動き出している瞬間に立ち会うと、心が、澄み渡っていくのが分かる。
(ここが、俺の居場所だ)
「これで、本番の仕込みは、ほぼ完了。細かな調整は、当日、やればいい。君のサブスマホがあれば、この学園のどこからでも、映像を流せる」
理久は、淡々とした口調で告げ、機材室の照明を落とした。
パチン。
静かな音と共に、室内が、闇に包まれる。
真っ暗になったスクリーンには、もう、何も映っていない。さっきまで、確かに映っていた『遍』のマークは、跡形もなく消えていた。
暗闇の中。
「……ねえ、相棒」
理久の声が、暗闇の中で、静かに響いた。
「……なんだ」
「君は、この学校で、4年前、面倒なことがあったって、知ってるか」
その言葉に、快斗の手は、止まった。
「中等部の方でね。当時の三年生の先輩が、学校に、いじめのことを訴えたんだ。この、体育館の、何かの行事の後だったかな。面倒なことが、いろいろ重なって、学校側は調査を握りつぶして、結局、その先輩は、転校した」
理久は、機材の表面を、指先で、なぞるように、ゆっくりと撫で上げた。
「僕が、聞いた話だと、そこには、どうやらPTAの……力が、働いていたらしい」
快斗は、背を向けたまま、聞いていた。呼吸が、少しだけ、浅くなる。
「面倒なことに、巻き込まれたくなかったからね。続きは、また今度、気が向いたら話すよ」
理久は、そう言うと、機材のスイッチを、いくつか、オフにした。
「……お前は、どうして、その話を俺に」
快斗は、声を絞り出すように言った。
「さあね。君なら、知ってるだろうと思ってさ。この学校の、暗いところの話を」
理久の言葉に、快斗は、それ以上、何も言わなかった。
第二資料室でも、この体育館でも、ここは、誰も見ていない。だから、色々なものが、あぶり出される。二階堂事件。黒川征一郎。快斗の原体験。
自分でも気づかないうちに、快斗の背中が、わずかに強張っていた。
日は、とっくに沈んでいた。
体育館裏で、理久と別れる。
「気をつけて。ケヤキ坂、あそこ、暗いから」
「知ってるよ」
「たぶん、まあ、そうだろうね」
理久は、そう言って、駅とは反対の方向へ、歩き出した。
快斗は、校門へ向かう。
秋の夜風が、火照った頬を冷ましていく。校門から駅へと続く、ケヤキ並木の坂道。街灯が少ない区間が、ちょうど中腹にあった。夜の闇が、深くなる場所。
時計を見る。いつもより、遅い。早足で、坂を下り始める。
黒々とした、無音の空間に、自分の足音だけが、アスファルトに吸い込まれていく。
——その時、後ろから、声がした。
「よう、鳴海。こんばんは」
足を止める。
振り返ると、ケヤキの木陰から、黒川と、田辺、そして、数人の男たちが、にじみ出るように、こちらへ近づいてくるのが見えた。黒川グループ。
黒川が、先頭で、猫なで声のように、だが、目だけは、笑っていない。
「お前、今日、何で、あんなとこで、画鋲なんて捨てたんだ?ああ?俺たちの、せっかくの、朝のご挨拶プレゼントを、よぉ」
黒川は、無言で、快斗の肩を、掴んだ。
ぶっきらぼうに、力任せに、暗い区間へと、引きずり込む。
「お、おい、竜也、周り、誰か来ないか、見張ってろよ。早く、済ませようぜ」
田辺が、おどおどと、周囲を警戒する。顔は、恐怖で、ひどく歪んでいた。彼は、快斗の方を、一瞬、見た。しかし、すぐに、その視線は、黒川の背中へと戻る。
「昼間、随分と、すました顔してやがったじゃねぇか。お前、俺に言いたいことでも、あるんじゃねぇの?顔に、そう書いてあるぜ。なあ、みんな。こいつの顔、まじまじと見てみろよ。なんか、文句ありますって、顔に書いてあるだろう」
壁際に、追い込まれる。
黒川の顔が、すぐ目の前に、迫っていた。
「お前みたいな、ザコが、黙ってれば、何事もないんだよ。それを、わざわざ、朝から、目エ、つけてきやがって。お前、このクラスで、誰が一番強いと思ってるんだ?」
黒川は、ヒステリックに撒き散らすように、早口で、言葉を浴びせてくる。唾が、快斗の頬に、かかった。
快斗は、黒川の目を、真っ直ぐに見つめ返した。
(……その顔だ)
(お前が、いま、俺を見下している、その顔を、よく覚えておけ)
無表情の快斗の奥で、冷徹な熱が、静かに、燃え上がる。
「おい、何だよ、その目は。俺を、睨んでるのか?あ?田辺、こいつ、俺のこと、睨んでるみたいだけど、どう思う?」
「え、あ、いや、それは、その……分かんないっす、けど……」
田辺は、首を振り、しどろもどろに答える。
「お前、土下座して、謝れよ。そうすりゃ、今日のところは、許してやる。俺の、機嫌が、いい、うちにな。……土下座だよ。ほら、ここで」
黒川が、地面を、顎で指した。
田辺は、青白い顔を、手で覆い、震えていた。
快斗は、動かなかった。
無言で、ただ、黒川の顔を、見上げていた。
(もうすぐだ)
(鏡花祭まで、あと一週間)
(お前が、全校生徒の前で、壇上に立つ、その日まで)
夜風が、ケヤキ坂を駆け抜けた。ザワザワと、葉が、不気味な音を立てる。
黒川の嘲笑、田辺の保身、街灯のない闇。
それらすべてを、快斗は、冷徹な瞳の奥で、噛み締めた。Noveliaとは?
Noveliaは、AIでライトノベルや二次創作を「読んで・数タップで作って・キャラクターと会話できる」プラットフォームです。挿絵つきの新作が毎日届き、無料で始められます。