生存者のための遺書
近未来社会では、人類は支配する者と支配される者に分かれている。支配される者に権利はない。親のいない子供たちは施設で育てられ、成人すると使い捨ての資源として送り出される。支配階級の貴族であるヴェルナーは、こうした人々を使ったデスゲームを娯楽として主催している。予選は単純な消耗戦だ――何百人もが走り、生き残った者だけが本戦へ進む。本戦の勝者には「人権」が約束される。
カイトとレンは、ともに施設育ちで、別々の予選を運だけで生き延びた。本戦は砂時計都市と呼ばれる封鎖地区で行われる。参加者は全員、位置と所持アイテム数を観客に配信する装置を身につけている。支配者たちは賭けをし、脱落のたびに歓声を上げる。
カイトとレンは初めて出会い、すぐに互いを疑い合う。大所帯のグループに追われ、渋々手を組む。二人はそれぞれ独自に、同じ戦略を考え出していた。所持アイテム数ゼロのふりをするのだ。若い運用助手のサラは、淡々とルールを説明する。「指輪は六十個。生存ラインは三点。タイムアウトは即死」
しかし二人は同時に、ある抜け穴に気づく。未確認の指輪は装置に表示されない。確認するまで、自分の所持品を隠せるのだ。二人
生存者のための遺書 - 第6話 砂時計の街 ―― 公爵の気まぐれ、共犯者の指輪
朝の光が、スナドケイ区の廃墟を青白く照らし始めた。
カイトは封鎖壁の隙間から差し込む細い光を、ただ見つめていた。太ももの傷は、レンが裂いた布をきつく巻いたおかげで、血は止まっていた。だが、動かすたびに鈍い痛みが走る。
隣では、レンが浅い眠りから覚めたところだった。茶色の癖毛が冷えた空気に揺れ、そばかすのある頬が青白い光を受けて浮かび上がる。琥珀色の瞳が、ゆっくりと開いた。
「……朝か」
声は掠れていた。昨日の疲労が、そのまま声に滲んでいる。
「ああ」
カイトは短く返した。
レンは起き上がり、袖をまくった腕をさすった。左耳の小さなピアス穴が、光の加減でかすかに見える。昨夜の「どちらか一人しか生き残れないとしたら」という問いは、まだ二人の間に漂っていた。
レンが口を開きかけた、その時だった。
腕輪型のリソース端末が、二人の腕で同時に震えた。
カイトは端末に目を落とした。画面に、文字が浮かんでいる。
「生存ライン 変動 発表」
文字は、すぐに消えた。
「……なんだ、今の」
レンが端末を覗き込む。
「生存ラインが変わる、ってことか」
カイトは低く言った。
「変わる? 今までずっと三点だったのに?」
レンの声に、かすかな緊張が混じる。
「知るか。運営の気分次第だろ」
カイトは壁から背を離した。
その時、遠くから声が聞こえた。
拡声器を通した、事務的な女の声。
「——参加者の皆さん。規則の再確認です」
二人は、同時に顔を上げた。
声は、区画のあちこちに設置されたスピーカーから流れている。サラ・ノックスの声だった。リソース管理局所属の運営補助。ゲームの実務を担当し、規則の説明や端末の不具合対応を行う、リソース出身のスタッフ。
「本日より、生存ラインは、主催者側の判断により、朝夕の二回、変動する可能性があります。規則ですので確認してください」
カイトは、息を止めた。
「また、脱落者が出るたびに、観客席では次の脱落者を予想する賭けが行われております。ご了承ください」
声は、淡々としていた。
「以上です。生き延びてください」
スピーカーの電源が切れる音が、かすかに響いた。
沈黙。
「……生存ラインが、変動する」
レンが、ぽつりと言った。
「ああ」
「つまり、三点持ってても、運営が『今日は五点』って言ったら、三点は無意味になる」
「そういうことだ」
「そして、脱落者が出るたびに、観客は賭けてる」
レンの声が、低くなった。
「俺たちが死ぬたびに、あいつらは金を賭けて、喜んでる」
カイトは、答えなかった。
代わりに、ソダテヤ第7の記憶が、頭の奥で蘇った。
十二歳の冬。同室の少年が、脱走に失敗して連れ戻された。灰色の制服を着た職員たちに、壁際に並ばされた。そして、他の子供たちの前で、一人ずつ、頭を踏みつけられて。
あの時、カイトは、扉の隙間から見ていた。
声も出せず、指一本動かせず。
(あれは、娯楽じゃなかった)
(あれは、見せしめだった)
だが、トケイバコは違う。
(こっちは、娯楽だ)
(脱落者が出るたびに、観客が賭ける)
(あの少年の死と、同じことが、今ここで)
カイトは、左眉の上の古い傷を、指でなぞった。
(あの夜、俺は壁に拳を打ちつけた)
(無力さを、痛みで上書きするために)
(今も、同じだ)
「……カイト」
レンの声で、カイトは現実に引き戻された。
「あんた、大丈夫か」
「問題ない」
「嘘だね。顔、真っ青だよ」
レンは、軽い口調で言った。だが、その目は、笑っていなかった。
「……別に」
カイトは、壁から離れた。
「東側の封鎖が解除された。移動するぞ」
「了解」
二人は、崩れた配管の影から、東側通路へと向かった。
――
その頃、スナドケイ区95層の上部に設置された空中観覧テラスでは、一人の男が、ガラス越しに区画を見下ろしていた。
銀髪を後ろに流した長髪。冷たい薄い青の瞳。常に微笑んでいるような口元。左手には、大きな宝石の指輪。
ヴェルナー・フォン・アルストレム公爵。
ケージ支配層の頂点に立つ五大貴族家の一つ、ヴェルナー公爵家の当主であり、ホルダー評議会の議長。そして、トケイバコの主催者。
年齢は四十歳。だが、その立ち姿には、年齢を感じさせない威圧感があった。
彼は、手にしたグラスを揺らしながら、眼下の廃墟を見つめていた。
「——退屈だ」
公爵は、穏やかな口調で呟いた。
「昨日までの淘汰は、あまりにも予定調和でした。弱者が弱者を殺し、強者が生き残る。何の面白みもない」
公爵の背後には、オッズマンが一人、直立していた。ホルダー出身者だけが就ける、賭け率を設定・管理する専門職。
「生存ラインの変動と、偽反応の散布は、すでに指示どおり実行しております」
オッズマンは、感情のない声で答えた。
「ええ、見ていましたよ。北区画のあの慌てぶり。馬鹿な子たちが、偽の反応に釣られて、互いに殺し合う。あれは、少しだけ面白かった」
公爵は、グラスを口に運んだ。
「ですが、まだ足りない」
「と、おっしゃいますと」
「まだ誰も、予想外の死に方をしていない」
公爵は、笑みを深くした。
「頭を潰される。刺される。撲殺される。そんなものは、ただの死だ。私が見たいのは、もっとこう、心が折れる瞬間ですよ。信じていた者に裏切られ、絶望の中で死んでいく。そういう死です」
公爵は、ガラスに手を触れた。
「生存ラインは、今日の私の気分で、朝と夕で変えなさい。朝は三点。夕方は、そうですね……五点にしましょう。三点持って安心している者たちの顔が、夕方にどう変わるか。楽しみではありませんか」
「かしこまりました」
「それから、静かすぎる区画には、また偽の反応を撒いてください。ただし、今度はもっと巧妙に。指輪の反応だけでなく、水場の情報も混ぜる。喉が渇いた者たちが、偽の水場に集まって、偽の指輪を巡って殺し合う。実に趣深い」
「承知しました」
公爵は、振り返らずに言った。
「君も下がっていい。私は、もう少しここで見ている」
オッズマンは、一礼して去っていった。
公爵は、再び眼下の廃墟に目を向けた。
「さあ、今日はどんな死を見せてくれるのか」
その声は、誰にともなく、静かに響いた。
――
東側通路は、昨日の封鎖が嘘のように、静まり返っていた。
カイトとレンは、壁沿いに身を低くしながら進んだ。太ももの傷が、一歩ごとに痛む。だが、カイトは顔に出さなかった。
「あんた、無理しなくていいよ」
レンが、前を向いたまま言った。
「してない」
「してるよ。足、引きずってる」
カイトは、答えなかった。
その時、前方から足音が聞こえた。
二人は、同時に物陰に身を潜めた。
足音は、規則正しく、ゆっくりと近づいてくる。
やがて、灰色の制服を着た少女が、通路の角から現れた。
黒い長髪を後ろで一つに束ね、切れ長の黒い瞳が、周囲を走査している。右耳の後ろには、小さな痣。腰には、参加者と同じ型の端末。
サラ・ノックス。
運営補助の少女が、二人の隠れている物陰の前で、立ち止まった。
「——そこにいるのは、分かっています」
声は、事務的だった。
カイトとレンは、顔を見合わせた。
「出てきてください。端末の点検です」
カイトは、ゆっくりと物陰から出た。レンも続く。
サラは、二人の顔を、順番に見た。
「……あなたたちは、昨日、東側の封鎖区域にいた二人ですね」
「ああ」
「そうだよ。お姉さん、覚えててくれたんだ」
レンが、人懐こい笑顔で言った。
サラは、レンの笑顔を一瞬見つめ、それから端末に目を落とした。
「左手首を出してください」
二人は、腕輪型の端末を差し出した。
サラは、手際よく端末を確認していく。その動作は、機械のように正確だった。
「——規則の再確認です」
サラは、端末を操作しながら、淡々と告げた。
「生存ラインは、本日より朝夕で変更される可能性があります。朝の時点では三点です。夕方に何点になるかは、現時点では未定です。規則ですので確認してください」
「さっき放送で聞いたよ」
「ええ。ですが、直接お伝えするのが規則ですので」
サラは、カイトの端末を確認しながら、続けた。
「それから、これは規則にはない情報ですが」
サラの声が、ほんのわずかに低くなった。
「脱落者が出るたびに、観客席では、次の脱落者を予想する賭けが行われています。あなたたちの生死は、観客にとっては、娯楽の対象です」
カイトは、サラの目を見た。
サラの黒い瞳は、相変わらず無表情だった。だが、その奥に、何かが揺れているように見えた。
(こいつは、今、規則にない情報を、俺たちに教えた)
(なぜ)
「……なぜ、そんなことを」
カイトは、低く問うた。
サラは、一瞬だけ、カイトの目を見つめ返した。
「知っておくべきだと思っただけです」
「運営補助が、参加者にそんなことを言っていいのか」
「いいえ。規則違反です」
サラは、きっぱりと言った。
「ですが、私は、あなたたちにだけは、伝えておきたかった」
その言葉に、カイトは、かすかな違和感を覚えた。
(俺たちにだけ?)
(なぜ、俺たちなんだ)
レンも、笑顔のまま、サラの左手首に一瞬だけ視線を走らせた。
サラの左手首には、腕輪型の端末があるだけで、他には何もない。
(隠し印は、ない)
レンは、自分と同じ、クサビの構成員が予選通過後に刻まれる楔型の刻印の痕を探した。だが、サラの手首には、それらしい痕は見当たらなかった。
「点検は、以上です」
サラは、端末を二人に返した。
「……お気をつけて」
サラは、それだけ言うと、二人に背を向けて歩き去った。
その背中が、通路の向こうに消えるまで、カイトは見送った。
「……あの人、何か知ってるね」
レンが、静かに言った。
「ああ」
「あの人、俺たちの端末の未確定反応領域が、他の参加者より多いことに、気づいてた」
レンの声が、低くなった。
「たぶん、あの人は、俺たちが指輪を隠してるって、知ってる。なのに、指摘しなかった」
「……そうだな」
「あの人、敵なのか、味方なのか」
「分からん」
カイトは、通路の先を見つめた。
(あの女は、ただの運営補助じゃない)
(だが、クサビの協力者だという確信もない)
(俺たちにだけ、情報を流す理由は、何だ)
答えは、出なかった。
――
午後。
二人は、崩れた配管区画の奥で、休息を取っていた。
太ももの傷を確認するため、カイトは布を解いた。傷口は、赤く腫れていた。膿んではいない。だが、動かすと血が滲む。
「見せて」
レンが、カイトの足元にしゃがみ込んだ。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ。傷口、開いてる」
レンは、自分の服の裾を、さらに裂いた。
「これ、替えよう。古い布は、血で固まってる」
レンは、手際よく古い布を外し、新しい布を巻き直した。
「……手慣れてるな」
「施設で覚えたんだ。怪我の手当てくらい、できないと、死ぬから」
レンは、軽い口調で言った。
「あんたも、そうだろ。ソダテヤ出身なら」
カイトは、答えなかった。
レンは、布を巻き終えると、自分の左手首を、親指でなぞった。
何かを確かめるような、無意識の仕草。
カイトは、その仕草を見た。
(あれは、隠し印の位置だ)
(クサビの構成員が、予選通過後に刻まれる楔型の刻印)
(俺も、同じ位置に、同じ刻印がある)
カイトは、自分の左手首を見た。
腕輪型の端末の下に、かすかに見える、楔型の刻印。
「……レン」
カイトは、低く呼んだ。
「ん?」
レンが、顔を上げた。
「お前、今、左手首をなぞったな」
レンの動きが、止まった。
「それが、何か」
「お前、クサビの人間か」
カイトは、単刀直入に問うた。
レンは、笑顔を消した。
琥珀色の瞳が、カイトをじっと見る。
「……あんた、それを聞いて、どうするつもりだ」
「答えろ」
「答えないよ」
レンは、静かに言った。
「あんたこそ、どうなんだ。あんたの左手首にも、同じものがあるんじゃないのか」
二人は、見つめ合った。
沈黙。
配管区画の奥から、水滴が落ちる音が、かすかに聞こえた。
「……先に、俺のことを話す」
レンが、ぽつりと口を開いた。
「俺は、十五のとき、予選の最終盤で、弟と一緒に、くじ引きに選ばれた」
レンの声は、低く、静かだった。
「弟は、すごく怖がってた。だから俺、言ったんだ。『大丈夫、俺が守るから』って」
レンは、左手首を、また親指でなぞった。
「でも、予選の最終盤、追手が来て、俺は、弟に言った。『お前は先に行け。俺が追いつくから』って。それは、嘘だった」
レンの指が、止まった。
「弟は、俺の嘘を信じて、笑って、手を振ってた。『すぐ追いかけてくるんでしょ?』って。あいつ、最後まで、笑ってたんだ」
レンは、顔を上げた。
「俺は、あの嘘を守るためだけに、ここにいる。弟が信じた『すぐ追いかける』っていう嘘を、本当にするために。だから、俺は、生き延びる」
カイトは、黙って聞いていた。
「……あんたは、どうなんだ」
レンが、カイトを見た。
「あんたも、誰かに嘘をついて、ここに来たんだな」
カイトは、肯定も否定もしなかった。
ただ、予選の記憶が、頭の奥で蘇った。
(くじ引きに選ばれた少女がいた)
(その少女は、去り際に、俺に笑顔を見せた)
(『生きて』と)
(俺は、その言葉に、縛られている)
「……俺も、似たようなものだ」
カイトは、短く言った。
「予選で、くじ引きに選ばれた少女がいた。そいつは、去り際に、俺に笑顔を見せた。『生きて』と。俺は、その笑顔を、忘れられない。その笑顔に、縛られて、ここにいる」
レンは、カイトの目を見つめた。
「……そっか」
レンは、小さく笑った。
「俺たち、似てるね」
「ああ」
「弟の笑顔と、少女の笑顔。守れなかった約束と、守りたい約束。形は違うけど、同じ種類の、罪悪感だ」
レンは、自分の左手首を、ゆっくりと差し出した。
「見せるよ」
レンは、腕輪型の端末を、ずらした。
その下から、楔型の刻印が現れた。
クサビの構成員が、予選通過後に刻まれる、隠し印。
「俺は、クサビの構成員だ。可能な限り参加者を生かせ、って任務を帯びて、本選に投入された」
レンは、静かに言った。
カイトは、自分の左手首の端末を、ずらした。
同じ位置に、同じ形の、楔型の刻印。
「俺もだ」
二人は、互いの刻印を、見つめた。
沈黙。
「……そういうことか」
レンが、ぽつりと言った。
「俺たち、最初から、同じ穴の狢だったんだ」
「ああ」
「でも、任務の細部は、言わないよ。連絡員の名も、個別命令の内容も」
「俺もだ」
「それでいい。全部明かしたら、多分、俺たちは、ここで終わる」
レンは、端末を元に戻した。
カイトも、同じようにした。
二人の左手首に、再び、腕輪型の端末が隠れた。
だが、互いの正体を知ってしまった今、二人の間にあった見えない壁は、確かに、少しだけ低くなっていた。
同時に、新たな壁も、生まれていた。
(こいつは、クサビの構成員だ)
(任務は、可能な限り参加者を生かせ)
(だが、生き残れるのは、一人だけだ)
(こいつと俺は、いずれ、どちらかを選ばなければならない)
カイトは、レンの横顔を見た。
レンも、カイトを見ていた。
二人は、何も言わなかった。
だが、互いの目が、同じことを考えていると、語っていた。
――
日没前。
封鎖解除された工業廃墟の二階。
カイトとレンは、窓枠の外れた開口部の近くに、並んで座っていた。
夕陽が、スナドケイ区の廃墟を、赤く染めていた。
「……見せるものがある」
カイトが、静かに言った。
「奇遇だね。俺も」
二人は、同時に、立ち上がった。
カイトは、錆びた配管の隙間に手を入れ、小さな布袋を取り出した。
袋を開けると、中から、金属製の指輪が二つ、転がり出た。
未確定の指輪。
拾ったが、まだ手にしていないもの。端末には表示されない。
レンも、崩れた機械の裏から、小さな布包みを取り出した。
布を開くと、中から、指輪が一つ。
同じく、未確定の指輪。
「二つ」
「一つ」
「合わせて、三つ」
「ちょうど、生存ライン分だ」
二人は、三つの指輪を、床に並べた。
夕陽を受けて、指輪が、鈍く光った。
カイトは、自分の端末を確認した。
画面には「0」の文字。
レンの端末も、同じだった。
「……表示されない」
「当たり前だよ。未確定だからね」
「観客にも、オッズマンにも、見えていない」
「そういうこと」
二人は、床に並んだ三つの指輪を見下ろした。
「これで、俺たちは、共犯だ」
「ああ」
どちらが言ったかは、記されない。
だが、その言葉は、確かに、二人の間に落ちた。
「この三点は、確定させない。周囲には、取れていない弱い二人と、見せ続ける」
「だね。それが、俺たちの戦法だ」
「だが、生存ラインが、当日変動する以上、この三点をいつ確定させるかが、どちらを生かすかの分岐点になる」
カイトは、指輪を見つめたまま言った。
レンは、答えなかった。
二人は、その認識を、言葉にせず共有した。
(この三点を、いつ、どちらが、どう使うか)
(それが、俺たちの生き残りを決める)
(そして、俺は——)
カイトは、レンの横顔を見た。
レンも、カイトを見ていた。
二人の視線が、交差した。
「……しまおう」
レンが、静かに言った。
二人は、指輪を、それぞれの隠し場所に戻した。
カイトは、二つの指輪を、錆びた配管の隙間に。
レンは、一つの指輪を、崩れた機械の裏に。
そして、二人は、再び、窓辺に並んで座った。
夕陽が、沈もうとしていた。
――
夜。
区画の照明が、ゆっくりと落ちていった。
代わりに、監視ドローンの数が、増えていく。
赤い接眼レンズが、闇の中を、無数に飛び交っていた。
カイトは、壁に背を預け、目を閉じていた。
だが、眠ってはいなかった。
頭の中で、算段を組み立てていた。
(レンを勝たせるために、この三点を使う)
(生存ラインが、夕方に五点に上がったとする)
(その場合、三点では足りない)
(だが、未確定の指輪は、他にもある)
(俺が、他の参加者から、指輪を奪う)
(そして、レンに渡す)
(レンの所持数を、五点以上にする)
(俺は、所持ゼロのまま、脱落する)
(それで、レンは、生き残る)
カイトは、計画を、何度も頭の中で転がした。
(問題は、レンが、それを受け取るかどうかだ)
(レンは、俺を生かそうとする)
(だから、俺は、レンに気づかれないように、指輪を渡さなければならない)
(レンの隠し場所に、指輪を追加する)
(レンが気づく前に、俺は、脱落する)
(それが、最善だ)
カイトは、そう結論づけた。
隣では、レンが、同じように目を閉じていた。
だが、レンもまた、眠ってはいなかった。
頭の中で、算段を組み立てていた。
(カイトを勝たせるために、この三点を使う)
(生存ラインが、朝に三点、夕方に五点に変動するなら)
(朝の時点で、三点を確定させれば、カイトは、朝の生存ラインを満たす)
(だが、夕方に五点に上がったら、三点では足りない)
(だから、夕方までに、あと二点、どこかから調達する)
(そして、カイトに渡す)
(俺は、所持ゼロのまま、脱落する)
(それで、カイトは、生き残る)
レンは、計画を、何度も頭の中で転がした。
(問題は、カイトが、それを受け取るかどうかだ)
(カイトは、俺を生かそうとする)
(だから、俺は、カイトに気づかれないように、指輪を渡さなければならない)
(カイトの隠し場所に、指輪を追加する)
(カイトが気づく前に、俺は、脱落する)
(それが、最善だ)
レンは、そう結論づけた。
二人は、互いの企みに気づかないまま、明日の生存ライン発表を待っていた。
砂時計型モニュメントの砂は、まだ落ちきらず、制限時間の終わりは、視界に入っていなかった。
外では、監視ドローンが、音もなく、闇を泳いでいた。
遠くで、誰かの悲鳴が、かすかに聞こえた。
そして、また、別の悲鳴が。
観客席では、今日も、賭けが行われている。
カイトは、耳を澄ませた。
悲鳴は、やがて、途絶えた。
静寂。
「……眠れないのか」
レンが、小声で言った。
「お前もだろ」
「うん。まあね」
レンは、目を閉じたまま、笑った。
「明日も、生きてたら、また、ここで」
「ああ」
二人は、それ以上、何も言わなかった。
闇の中で、二人の呼吸だけが、静かに重なっていた。
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