FGO学園 〜聖杯は校庭に埋まってる〜
聖レガリア学園の裏庭で草むしりをしていた藤丸立香は、土の中から金色に輝く杯——聖杯を掘り出してしまう。その瞬間、右手の甲に消えない紋様が浮かび上がり、彼の「無意識の願い」が次々と現実になり始める。購買のパンは好物ばかりになり、机は勝手に片付き……。そこへ「あなたを守るために来ました」と転校生のマシュ・キリエライトが現れる。聖杯の力を制御できなければ、周囲の願いまで巻き込んで暴走する危険があるという。小柄で真剣な彼女との、少し不思議でちょっとドキドキする学園生活が始まる——。果たして立香は、聖杯の力を抑えられるのか。そして夢で聞こえた「必ず、迎えに来るから」という声の主は誰なのか。聖杯は、校庭に埋まってる。
FGO学園 〜聖杯は校庭に埋まってる〜 - 転校生マシュ、守る宣言と黄金の給食室
朝の光が教室に差し込んでいた。窓際の席で、藤丸立香は右手の甲をじっと見つめている。手袋の下に隠した金色の紋様が、今朝もほんのり温かかった。聖杯を拾ってから三日。購買のパンが自分の好物ばかりになったり、机の中が勝手に整理されていたりと、変なことばかり起きている。
「……気のせいだよな。うん、気のせい」
立香は小さく呟いて、手袋をはめ直した。
教室のざわめきが、ふと静かになる。教壇に立った担任が、にこやかに口を開いた。
「今日は転校生を紹介するぞ」
ざわ、と教室がまた動いた。転校生。しかもこの時期に。立香は何気なく顔を上げた。
教室の入り口から、一人の少女が入ってくる。淡い桜色のショートボブ。サイドに小さな三つ編み。紫がかった大きな瞳が、まっすぐ前を向いていた。小柄で、制服のスカートがふわりと揺れる。
(かわいい……)
立香は素直にそう思った。
少女は教壇の前に立つと、背筋を伸ばした。少しうつむきがちに、でもはっきりとした声で言う。
「マシュ・キリエライトです。今日からこのクラスでお世話になります」
ぺこり、と丁寧にお辞儀をする。クラスメイトたちが、ほう、と息を漏らした。
「おっとりしてて、かわいいな」「お人形さんみたいだ」
そんな声が聞こえる。立香も同感だった。
マシュは顔を上げた。その視線が、まっすぐ立香に向けられる。
「私、この学園に来た理由があります」
教室が、また静かになった。
「藤丸立香さんを、守るために来ました」
しん、と教室が凍りついた。全員の視線が、一斉に立香へ集まる。
「……えっ、僕?」
立香は、自分の耳を疑った。
「はい。藤丸立香さんです」
マシュは真剣な眼差しで、立香をまっすぐ見つめている。その顔に、冗談の色は一切ない。
「ちょ、ちょっと待って。え、なんで? なんで俺?」
立香は慌てて立ち上がりかけた。周りのクラスメイトたちが、ざわざわと騒ぎ始める。
「おいおい、転校生がいきなり告白かよ!」
「立香、お前何やったんだよ!」
「え、マジで? 初日から?!」
教室が一気に騒がしくなった。男子はニヤニヤし、女子は興味津々でマシュを見ている。
「聖杯の力を感じて、ここに来ました」
マシュは、ざわめきなど気にしない様子で続けた。
「立香さんのそばにいないと、私は私でいられないんです」
その言葉に、教室の空気がまた変わった。今度は、ざわめきが一瞬で止む。
(そばにいないと、私でいられない……?)
立香は、マシュの言葉を頭の中で繰り返した。
「えっと……マシュさん? とりあえず、席はあそこだよ。空いてるし」
立香は、ぽかんとした顔で、窓際の空席を指さした。
クラスメイトたちが、ずっこける。
「いやいやいや、そこは違うだろ!」
「立香、お前なんで流すんだよ!」
「天然か! 天然なのかお前は!」
マシュは、立香の指さす席をちらりと見て、それからまた立香を見た。
「ありがとうございます。立香さんのお隣、嬉しいです」
にこり、とマシュが笑う。桜色の髪が、ふわりと揺れた。
(あ、笑った)
立香は、その笑顔に一瞬見とれてしまった。
「……って、隣の席だったのかよ!」
立香は、我に返って叫んだ。教室中に笑いが起こる。
「お前、今更気づいたのか!」
「鈍すぎだろ!」
マシュは、立香の隣の席に着いた。カバンを置き、背筋を伸ばして座る。その仕草が、やけに様になっていた。
「立香さん。これからよろしくお願いします」
「あ、うん。よろしく……?」
立香は、まだ状況が飲み込めていなかった。
(聖杯の力……だって。ってことは、この子も例の聖杯に関係してるのか?)
右手の甲が、じわりと熱を持つ。立香は手袋の上から、そっと紋様を押さえた。
(まさか、あの聖杯のせいで、こんなかわいい子が転校してくるなんて……)
立香は、隣のマシュをちらりと見た。マシュは教科書を開き、真面目な顔で黒板を見ている。時々、立香の方を気にするように、視線が動く。
(……とりあえず、放課後、話を聞いてみるか)
立香は、そう心に決めた。
放課後。
チャイムが鳴り、クラスメイトたちが次々と教室を出ていく。立香は、カバンを手に立ち上がった。
「立香さん」
後ろから声がかかる。振り返ると、マシュが立っていた。両手を前で重ねて、真剣な表情をしている。
「少し、お時間いただけますか」
「あ、うん。俺も話したいと思ってた」
二人は、教室に残った。夕日が窓から差し込んで、教室をオレンジ色に染めている。
「立香さん。右手の甲を見せていただけますか」
「え? ああ、これ?」
立香は手袋を外した。金色の紋様が、夕日に照らされて、きらりと光る。
マシュは、立香の手を両手で包み込むようにして、じっと見つめた。
「……やはり、聖杯が」
マシュが、小さく呟く。
「聖杯って、あの金色の杯のことだよな。マシュは、それについて何か知ってるのか?」
「はい。でも、詳しいことは……まだ言えません」
マシュは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「言えない?」
「ごめんなさい。私の立場では、お話しできることが限られていて」
「そっか。まあ、無理に聞こうとは思わないよ」
立香は、笑って言った。
「……立香さんは、優しいんですね」
「え? 普通だよ」
「いいえ。本当に、優しいです」
マシュは、立香の手を握ったまま、じっと立香の目を見上げた。
「でも、あなたを一人にしません」
「……え?」
「私が、必ず守ります。聖杯の力からも、聖杯を狙う者たちからも」
マシュの声は、静かで、でも強かった。
「聖杯を狙う者……?」
立香は、眉をひそめた。
「聖杯は、七大聖遺物の一つです。世界中の組織が、その力を欲しがっています」
「……物騒だな」
立香は、ため息をついた。
「でも、大丈夫です。私が、必ず守りますから」
マシュは、立香の手を、ぎゅっと握った。
立香は、その温かさに、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
(なんだろう。この感じ)
マシュの真剣な横顔が、夕日に照らされて、きれいだった。
「……ありがとう、マシュ」
立香は、素直に言った。
マシュは、一瞬きょとんとして、それから、ぱあっと顔を赤らめた。
「ど、どういたしまして……! むきゅ……」
マシュは、照れ隠しのように、自分の頬を押さえた。
「むきゅ?」
「な、なんでもありませんっ」
マシュは、慌てて手を離した。
(なんだ、かわいいな)
立香は、思わず笑ってしまった。
「とりあえず、帰ろうか。暗くなる前に」
「はい!」
二人は、教室を出た。
その夜。
星ヶ丘市の空に、月が浮かんでいた。聖レガリア学園の校舎は、静まり返っている。
——その時。
一階の給食室から、金色の光が漏れ始めた。
最初は、かすかな光だった。それが、だんだんと強くなっていく。給食室の窓から、廊下へ、光が溢れ出した。
「な、なんだ!?」
夜間の見回りをしていた警備員が、給食室の前で足を止めた。
「給食室が光って……うわっ!」
警備員は、あまりの眩しさに目を覆った。
金色の光は、まるで生き物のように、給食室の中を渦巻いている。
やがて、光はゆっくりと消えていった。
給食室には、甘い匂いが漂っていた。
翌朝。
立香は、いつも通り願い坂を上っていた。
(今日は、給食、何かな)
立香は、無意識にそんなことを考えていた。実は、今日の給食が楽しみだった。理由はわからない。ただ、朝から、なんだか給食が食べたかった。
「おい、立香! 聞いたかよ!」
校門のところで、クラスメイトの男子が駆け寄ってきた。
「今日の給食、やばいらしいぞ!」
「やばい? 何が?」
「なんか、献立が全部変わってるんだって!」
「献立が?」
立香は首をかしげた。
給食室「黄金の匙」の前には、人だかりができていた。
「なんだこれ……!」
「ありえねえ!」
「誰だよ、こんなの考えたの!」
立香は、人混みをかき分けて、献立表を見た。
——本日の給食。
ハンバーグ。オムライス。カレー。唐揚げ。
立香は、目を疑った。
「……全部、俺の好物だ」
立香の声は、震えていた。
「お前の好物なのかよ!」
「ってことは、立香、お前がやったのか!?」
「ち、違う! 俺は何もしてない!」
立香は、慌てて否定した。
給食室の中から、怒鳴り声が聞こえてくる。
「なんでだ!? なんで献立が全部変わってるんだ!?」
調理師の田所料理長が、真っ赤な顔で叫んでいた。五十五歳、元ホテルシェフ。腕は確かだが、気が短い。
「誰だ、献立表を書き換えた奴は! 名乗り出ろ!」
田所は、手に持ったお玉を振り回しながら、怒り狂っている。
「あの、田所さん。俺じゃないです。本当に」
立香は、おそるおそる声をかけた。
「立香! お前か!?」
「違います! 俺、何もしてないです!」
「じゃあ、なんでお前の好物ばかり並んでるんだ!」
「それがわからないんですよ!」
立香は、頭を抱えた。
(まただ。また、聖杯のせいだ)
右手の甲が、じんわりと熱い。
「……あの、床が光ってないか?」
誰かが言った。
全員の視線が、給食室の床に集まる。
床に、金色の粉が溜まっていた。細かい金の粒子が、朝日に照らされて、きらきらと輝いている。
「なんだこれ……」
「金の粉?」
一人の生徒が、しゃがみ込んで、金の粉に触れた。
「甘い匂いがする……」
「甘い?」
「なんか、お菓子みたいな匂い」
生徒たちが、ざわざわと囁き合う。
立香は、青ざめた。
(また僕のせい……?)
「立香さん」
後ろから、静かな声がした。
振り返ると、マシュが立っていた。
「マシュ……」
「聖杯が、願現を起こしています」
マシュは、金の粉を見つめて、顔を曇らせた。
「願現……?」
「聖杯が、持ち主の願いを現実に反映させる現象です。小さいですが、確実に起きています」
「俺の願い……? でも、俺は給食の献立が変わってほしいなんて願ってない!」
「無意識の願いも、叶えてしまうのが聖杯なんです」
マシュの声は、真剣だった。
「無意識の……」
立香は、言葉を失った。
「立香さん。今日の朝、給食のことを考えませんでしたか?」
「え? あ、うん。今日の給食、何かなって……」
「それが、聖杯に伝わったんです」
「そんな、たったそれだけで……?」
「聖杯は、持ち主の願いを、とても敏感に感じ取ります。特に、立香さんのように、強い縁を持った方なら、なおさらです」
マシュは、立香の右手の甲を、そっと見つめた。
「このままでは、学園全体が危ないです」
「学園全体が……」
立香は、初めて、聖杯が本当に危険なものかもしれないと実感した。
「立香さん。詳しいことを話すには、許可が必要です。でも、私にできることは、全部します」
マシュは、立香の手を握った。
「私は、あなたを守ります。必ず」
マシュの手は、温かかった。
「……マシュ」
立香は、その手を、握り返した。
「ありがとう。でも、俺も、自分のことは自分でなんとかしたい。聖杯のことも、ちゃんと向き合わなきゃって思ってる」
「立香さん……」
「だから、一緒に、なんとかしよう。俺にできることがあるなら、やるから」
立香の言葉に、マシュは、ぱあっと顔を輝かせた。
「はい! 一緒に、頑張りましょう!」
マシュの笑顔は、朝の光の中で、とてもきれいだった。
(よし、ちゃんとしなきゃな)
立香は、心の中で、そう決意した。
その時。
「おい、雑魚どもが」
廊下の奥から、聞き覚えのある、傲慢な声が響いた。
立香は、振り返った。
金色の制服を着た男が、廊下を歩いてくる。金色のツンツンした髪。赤い瞳。縦長の瞳孔。身長は高く、一八二センチ。指には無数の宝飾指輪。全身から、金色のオーラが溢れ出している。
「ギルガメッシュ……」
立香は、呟いた。
ギルガメッシュは、立香の前に立つと、にやりと笑った。
「貴様、俺の宝物庫に加えてやろう」
「は?」
立香は、意味がわからなかった。
「その聖杯ごと、俺のものになれと言っている」
ギルガメッシュは、立香の右手の甲を見て、舌なめずりをした。
「聖杯だと……お前も知ってるのか」
「当然だ。あの程度の宝物、俺の宝物庫に収めてやる。感謝しろ、雑魚」
「誰が雑魚だ!」
立香は、思わず言い返した。
「立香さんは、誰かのものではありません!」
マシュが、立香の前に立った。左手に、薄い桜色の盾型の紋章が浮かび上がる。
「私が、立香さんを守ります!」
マシュは、盾を構えた。
「この雑魚が」
ギルガメッシュは、せせら笑った。
「お前ごときが、俺に盾突こうとはな。面白い」
「立香さんを、聖杯ごと俺のものにする。異論は認めん」
「意味がわからない!」
立香は、叫んだ。
「そもそも、なんでお前が俺の聖杯を知ってるんだよ! ってか、宝物庫ってなんだよ!」
「王の財宝に、説明など不要だ」
ギルガメッシュは、ふん、と鼻を鳴らした。
「お前の持つ聖杯は、本来、俺の宝物庫に収まるべき代物だ。それを、たかが人間の分際で拾いおって」
「拾ったんじゃない! 掘り出したんだ!」
「同じことだ」
「全然違う!」
立香は、頭を抱えた。
(なんでこうなるんだよ……)
周りには、いつの間にか、野次馬の生徒たちが集まっていた。
「あれ、ギルガメッシュだろ? あの転校生」
「金持ちで、性格最悪って噂の」
「また何かやらかす気かよ」
ギルガメッシュは、周りの声など気にしない。
「立香。お前は、俺のものだ。聖杯も、お前自身もな」
「だから、意味がわからないって言ってるだろ!」
立香は、もう泣きそうだった。
「立香さん、下がっていてください。ここは私が」
マシュは、盾を構えたまま、ギルガメッシュを睨みつけた。
「お前ごときが、この俺に勝てると思っているのか?」
「勝てなくても、立香さんを守ります」
マシュの声は、震えていなかった。
「……ふん。面白い。だが、今日はこれくらいにしておいてやる」
ギルガメッシュは、くるりと背を向けた。
「立香。覚えておけ。お前は、いずれ必ず、俺のものになる」
そう言い残して、ギルガメッシュは、金色のオーラを撒き散らしながら、廊下を去っていった。
「……なんだったんだ、今の」
立香は、へなへなとその場に座り込んだ。
「立香さん、大丈夫ですか?」
マシュが、心配そうに覗き込む。
「大丈夫……じゃない。全然、大丈夫じゃない」
立香は、天を仰いだ。
「新学期の静けさは、あっという間に消え去ったな……」
立香は、遠い目をして、呟いた。
給食室からは、まだ、田所の怒鳴り声が聞こえている。
「誰だ、献立を変えたのはー!」
立香は、右手の甲を、ぎゅっと握りしめた。
(聖杯か……。本当に、厄介なものを拾っちゃったな)
でも、隣で、マシュが心配そうに立ってくれている。
(一人じゃない。それだけが、救いだ)
立香は、ゆっくりと立ち上がった。
「マシュ。ありがとう。助かったよ」
「いえ。私こそ、立香さんを守れなくて、ごめんなさい」
「守れてるよ。マシュがいてくれたから、俺、まだ正気でいられてる」
立香は、笑った。
「立香さん……」
マシュは、また顔を赤らめた。
「……むきゅ」
「それ、口癖なのか?」
「ち、違いますっ! 今のは、その……」
マシュは、しどろもどろになった。
立香は、思わず笑ってしまった。
(なんだか、大変なことになってるけど)
(まあ、なんとかなるか)
立香は、そう思うことにした。
廊下の窓から、正門の方角に、金色の光が瞬いているのが見えた。
「……また、なんか光ってる」
立香は、ため息をついた。
「もう、勘弁してよ……」
マシュは、立香の隣に立って、正門の方角を見つめた。
「立香さん。何があっても、私がそばにいます」
「……うん。ありがとう」
二人は、並んで、金色の光を見つめていた。
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