FGO学園 〜聖杯は校庭に埋まってる〜
聖レガリア学園の裏庭で草むしりをしていた藤丸立香は、土の中から金色に輝く杯——聖杯を掘り出してしまう。その瞬間、右手の甲に消えない紋様が浮かび上がり、彼の「無意識の願い」が次々と現実になり始める。購買のパンは好物ばかりになり、机は勝手に片付き……。そこへ「あなたを守るために来ました」と転校生のマシュ・キリエライトが現れる。聖杯の力を制御できなければ、周囲の願いまで巻き込んで暴走する危険があるという。小柄で真剣な彼女との、少し不思議でちょっとドキドキする学園生活が始まる——。果たして立香は、聖杯の力を抑えられるのか。そして夢で聞こえた「必ず、迎えに来るから」という声の主は誰なのか。聖杯は、校庭に埋まってる。
FGO学園 〜聖杯は校庭に埋まってる〜 - 転校生アルトリア、給食の時間割と屋上の告白
朝のホームルーム前。
教室の空気は、どこか落ち着かなかった。
窓際の席で、藤丸立香は右手の甲をさすっていた。手袋の下の紋様が、今朝は少し熱い。聖杯を拾ってから八日。購買のパンが好物ばかりになったり、給食のメニューが勝手に変わったり、花壇が金色になったり、噴水が光ったり。変なことばかり起きている。
「……今日は何も起きないといいんだけど」
立香は小さく呟いた。
隣の席では、マシュ・キリエライトが教科書を開いている。淡い桜色のショートボブ。サイドの三つ編みが、朝の光を受けてふわりと揺れた。紫がかった大きな瞳が、ちらりと立香を見る。
「立香さん。おはようございます」
「おはよう、マシュ」
マシュは、ほんの少しだけ頬を赤らめた。この五日間、毎朝こうして隣で挨拶するのが、もう当たり前になっている。
「今日も立香さんを守りますから、安心してください」
「あ、ああ。ありがとう」
立香は苦笑いした。
(マシュは、ほんとに真面目だなあ)
そう思っていると、担任が教室に入ってきた。
「はい、席につけー。今日は転校生を紹介するぞ」
教室が、ざわついた。
「また転校生?」
「今度はどんな子だ?」
「最近多くない?」
クラスメイトたちが、興味津々で教壇を見つめる。立香も、なんとなく顔を上げた。
教室の入り口から、一人の少女が入ってくる。
金髪だった。長い髪を一本に結わえたポニーテール。一房だけ、ぴょこんと跳ねたアホ毛。深い翡翠色の瞳が、まっすぐ前を向いている。背は小さく、制服のスカートが少し長い。
(……ちっちゃい)
立香は素直にそう思った。
少女は教壇の前に立つと、背筋を伸ばした。まるで騎士のような、凛とした立ち姿だった。
「アルトリア・ペンドラゴンだ。今日からこの学園で世話になる」
低く、よく通る声だった。
教室が、しんと静まる。
「かわいい……」
「金髪だ……外国人?」
「背、ちっちゃ」
ひそひそ声が聞こえる。
アルトリアは、そんな声など気にしない様子で、もう一度口を開いた。
「それで、早速だが、この学園の給食の時間割を教えてください」
教室が、一瞬、固まった。
「……は?」
立香の口から、間抜けな声が漏れる。
「給食の時間割……だと?」
「転校生の第一声がそれ?」
「え、何言ってるの?」
クラスメイトたちが、ざわざわと騒ぎ始めた。
担任が、苦笑いしながら、教卓の上のプリントを一枚取った。
「あー……給食の時間割な。これだ」
アルトリアは、プリントを受け取ると、真剣な顔でじっと見つめた。
「……ふむ。月曜はカレー。火曜は魚。水曜は麺類。木曜は肉料理。金曜は……おお、金曜はハンバーグか」
その翡翠色の瞳が、キラキラと輝いた。
「完璧に覚えた」
「早っ!」
立香は、思わずツッコんだ。
アルトリアは、プリントを大事そうに胸に抱えた。
「よし。では、席に着くとしよう」
担任が、空いている席を指さそうとした。
その時だった。
「あ、とりあえず席こっちだよ」
立香が、教室の後ろの空席を指さした。
アルトリアの翡翠色の瞳が、まっすぐ立香に向けられる。
じっと見つめてくる。
(な、なんだ?)
立香は、少し気圧された。
アルトリアは、ゆっくりと立香に近づいてきた。
「……あなたがマスターですね」
「え? マスター?」
立香は、首を傾げた。
アルトリアは、立香の顔をじっと見上げた。その顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「聖杯の持ち主のことです。私はあなたと一緒にご飯を食べたいんです」
そう言って、アルトリアは、持っていた手提げ袋から、小さな包みを取り出した。
「これは、私の弁当箱だ。あなたと一緒に食べるために持ってきた」
立香は、ぽかんとした。
「いや、えっと……ご飯を食べたいって……」
「そうだ。あなたと食べるご飯は、きっと美味い。そう確信している」
アルトリアは、真顔で言い切った。
教室が、ざわめき始める。
「おいおい、また立香かよ!」
「転校生が来るたびに、立香に絡むな!」
「しかも今度は弁当持参かよ!」
立香は、慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと待って! マスターって何? 聖杯って、あの聖杯のこと?」
「そうだ。あなたの右手に、聖杯の紋様がある。私はそれを感じて、この学園に来た」
アルトリアは、立香の右手を、じっと見つめた。
立香は、とっさに右手を隠した。
「な、なんでそれを……」
「聖杯の持ち主には、英霊が引き寄せられる。私も、その一人だ」
「英霊……?」
立香は、隣のマシュをちらりと見た。
マシュは、唇を引き結んで、アルトリアをじっと見つめていた。
「立香さんは、私が守っています」
マシュが、すっくと立ち上がった。
教室の空気が、ぴりっと張り詰める。
アルトリアは、ゆっくりとマシュの方を向いた。
「ほう。お前も英霊か。桜色の髪……盾の紋章……なるほど」
「あなたこそ、立香さんに何の用ですか」
マシュの声は、静かだった。でも、いつものおっとりした口調とは、どこか違う。
「私は、マスターと一緒にご飯を食べたい。それだけだ」
「それだけ、ですか?」
「それだけだ。いや、それ以上に、私はもっと早くから立香と出会っていた」
アルトリアは、胸を張った。
「何を言ってるんですか。立香さんと最初に出会ったのは、私です」
「いいや、私の方が先だ。聖杯の気配を感じたのは、ずっと前からだ」
「私だって、聖杯の力に導かれて、この学園に来ました」
「私の方が、聖杯への想いが強い」
「私の方が、立香さんを守る覚悟があります」
二人は、至近距離で睨み合った。
教室中が、しんと静まり返っている。
「な、なんだこの修羅場……」
「転校生が来るたびに、こうなるのかよ」
「立香、お前、何者なんだ……」
クラスメイトたちが、恐る恐る囁く。
立香は、慌てて二人の間に割って入った。
「ちょ、ちょっと二人とも! とりあえず落ち着こう? な? 二人とも仲良くしようよ!」
立香は、精一杯の笑顔で言った。
その瞬間。
マシュとアルトリアの視線が、同時に立香に突き刺さった。
「……立香さんは、私の気持ちを分かっていません」
「……マスターは、女の戦いというものを分かっていないな」
「え? な、なんで二人とも俺を睨むの!?」
立香は、一歩後ずさった。
「立香さんは誰かのものではありません!」
マシュが、左手を前に突き出した。その手の甲に、薄い桜色の盾型の紋章が浮かび上がる。
「私は食べ物の恨みは忘れないわよ」
アルトリアも、持っていた箸を、まるで剣のように構えた。
「いや、食べ物の恨みって何!? まだ何もしてないよね!?」
立香は、叫んだ。
教室の後ろの方で、クラスメイトの一人が呟いた。
「転校生が来るたびに修羅場になるな……」
立香は、その声に、びくっと反応した。
「僕のせいじゃないよね!? え、なんでそうなるの!?」
立香は、半泣きで叫んだ。
教室中に、ため息と苦笑いが広がった。
――――
放課後。
立香は、教室でぐったりと机に突っ伏していた。
「……疲れた」
「立香さん、大丈夫ですか?」
マシュが、心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫……じゃない。朝からあの騒ぎだもん。しかもアルトリアって子、給食の時間になったら、本当に俺の隣で弁当食べるし」
「私も隣にいました」
「うん、いたね。二人とも、俺の机の上で箸を交えるのやめてくれない?」
立香は、情けない声で言った。
昼休みのことを思い出す。
アルトリアは、立香の机の上に、堂々と弁当箱を広げた。マシュも、負けじと立香の机の上に、持参した小さな包みを置いた。
「マスター、私の卵焼きを食べろ。自信作だ」
「立香さん、私も作りました。あ、でも、卵焼きは少し焦げてしまって……」
「マスター、まず私のを食べろ」
「立香さん、私のを先に食べてください」
「ちょ、ちょっと待って! 俺の机の上で、おかずの争奪戦やめて!」
立香は、二人の間に割って入った。
「じゃあ、俺が両方食べるから! 両方! それでいいだろ!」
「……両方、ですか?」
「……両方か。まあ、マスターがそう言うなら」
二人は、しぶしぶといった様子で、箸を引いた。
立香は、マシュの卵焼きと、アルトリアの卵焼きを、交互に口に運んだ。
「……うん、美味い。二人とも、料理上手だな」
立香がそう言うと、マシュは顔を赤らめ、アルトリアは胸を張った。
「当たり前だ。私は、食べることに関しては、誰にも負けない」
「私も、もっと練習します」
「いや、練習しなくていいから。もう十分美味いから」
立香は、苦笑いした。
(……まあ、こうやって、みんなでご飯を食べるのは、悪くないか)
立香は、そう思った。
――――
放課後、教室の空気が、少しだけ落ち着いた頃。
「マスター。少し、付き合ってほしい」
アルトリアが、立香の机の前に立った。
「え? どこへ?」
「屋上だ。話がある」
アルトリアの翡翠色の瞳は、真剣だった。
「立香さん、私も行きます」
マシュが、すかさず立ち上がる。
「いや、お前は来るな。これは、マスターと二人で話したいことだ」
「二人で……ですか?」
マシュの眉が、ぴくりと動いた。
「ああ。心配するな。マスターには、指一本触れない。私の誇りにかけてな」
アルトリアは、真っ直ぐにマシュを見た。
マシュは、しばらくアルトリアを見つめていたが、やがて、小さく頷いた。
「……分かりました。でも、立香さんに何かあったら、私、あなたを許しません」
「分かっている」
アルトリアは、くるりと背を向けた。
「行くぞ、マスター」
「あ、ああ……」
立香は、マシュをちらりと見た。
マシュは、心配そうな顔で、立香を見つめていた。
「大丈夫。すぐ戻るから」
立香は、マシュに小さく笑いかけてから、アルトリアの後を追った。
――――
屋上。
鍵は、いつの間にか開いていた。
アルトリアが、フェンスの前に立っていた。金髪が、午後の風にふわりと揺れる。
「……ここから見る星ヶ丘市は、なかなかいいな」
アルトリアは、フェンス越しに、街を見下ろしていた。
立香は、アルトリアの隣に立った。
「アルトリア……さん、だっけ。で、話って?」
「アルトリアでいい。マスター」
「じゃあ、アルトリア。話って何?」
アルトリアは、しばらく黙っていた。
風が吹く。
校庭から、部活の掛け声が聞こえてくる。
「……私は、生前、王だった」
アルトリアが、静かに口を開いた。
「王?」
「ああ。国を治め、民を守り、戦い続けた。……だが、私は、いつも一人で食事をしていた」
アルトリアの声は、淡々としていた。
「王の食事は、常に一人だ。誰かと食卓を囲むことなど、許されなかった。家臣たちは、私を敬い、恐れ、遠ざけた。家族も、友も、私の前では、常に一歩引いていた」
立香は、黙って聞いていた。
「私は、それが当たり前だと思っていた。王とは、そういうものだと。孤独であることが、王の務めだと」
アルトリアは、フェンスに手をかけた。
「……だが、今は違う。あなたと食べるご飯は、何よりも美味い。誰かと食卓を囲むことが、こんなにも温かいものだとは、知らなかった」
アルトリアは、立香の方を向いた。
翡翠色の瞳が、まっすぐ立香を捉える。
「だから、私は、あなたのそばにいる。それだけは譲れない」
その瞳は、真剣そのものだった。
立香は、胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。
(この子は、本当に、真っ直ぐなんだな)
「……寂しかったんだね」
立香は、ぽつりと言った。
アルトリアは、少しだけ驚いた顔をした。
「……寂しかった、か。そうかもしれないな。自分では、よく分からないが」
アルトリアは、少しだけ照れたように、目を伏せた。
「でも、今は、あなたがいる。だから、寂しくない」
立香は、その言葉に、胸を打たれた。
(……アルトリアは、すごく真っ直ぐだ)
立香は、アルトリアの真剣な瞳に、思わず見入ってしまった。
「アルトリアは、すごく真っ直ぐだね」
立香は、微笑んだ。
その瞬間だった。
右手の甲が、強く熱くなった。
「……え?」
立香は、手袋の下の紋様を押さえた。
同時に、アルトリアの背後で、屋上のフェンスが、金色に変色し始めた。
「な、なんだこれ!」
立香は、目を見開いた。
フェンスが、まるで黄金で塗り替えられたかのように、キラキラと輝いていく。
「しまった……私の願いが漏れたか」
アルトリアは、舌打ちした。
「願いが漏れたって……アルトリアの願いって?」
「……さっきの、私の言葉だ。あなたのそばにいたいという、私の願いが、聖杯を刺激した」
アルトリアは、悔しそうに唇を噛んだ。
その時、屋上の扉が、勢いよく開いた。
「立香さん!」
マシュが、息を切らして駆け込んできた。
「マシュ! どうしてここに?」
「聖杯の魔力が急に強くなったのを感じて……アルトリアさん、何をしたんですか!」
マシュは、金色に輝くフェンスを見て、顔を青ざめた。
「私は、何もしていない。ただ、マスターと話していただけだ」
「話していただけで、聖杯が反応するはずがありません! あなたの願いが聖杯を刺激したんです! このままだと、また願現が!」
マシュの声が、震えている。
「願現って……前に、花壇や噴水が金色になった、あれか?」
「はい。聖杯が、持ち主や周囲の人の願いを、現実に反映させる現象です。小さいものならまだしも、今回は、魔力が大きすぎます」
マシュは、左手の盾型の紋章を、ぎゅっと握りしめた。
「二人とも落ち着いて! 僕が何とかするから!」
立香は、二人の間に立った。
「マスター、危険だ。下がっていろ」
「立香さん、私の後ろに!」
二人が、同時に立香を守ろうとする。
「だから、二人とも落ち着いてって!」
立香が叫んだ、その時。
金色の光が、フェンスを伝って、校舎の壁へと広がり始めた。
「光が……広がってる!」
立香は、フェンスの向こうを見た。
校舎の外壁が、じわじわと金色に染まっていく。
そして、給食室の方角から、金色の湯気が、もうもうと噴き出し始めた。
「給食室から、金色の湯気が……」
立香は、呆然とした。
「また僕のせいで……こんなことになるなんて」
立香の顔から、血の気が引いていく。
「マスター、顔を上げて」
アルトリアが、立香の手を取った。
「私の願いが原因なら、私が責任を取る。あなたが、自分を責める必要はない」
アルトリアの手は、小さくて、でも、力強かった。
「私も、一緒に止めます。立香さんを、一人になんてしません」
マシュも、立香のもう片方の手を、そっと握った。
「マシュ……アルトリア……」
立香は、二人の顔を、交互に見た。
「……分かった。俺も、逃げない。聖杯を、止めよう」
立香は、強く頷いた。
「行くぞ、マスター!」
「急ぎましょう、立香さん!」
三人は、屋上を後にした。
廊下に出ると、異変はすでに始まっていた。
教室の机が、次々と宝箱に変わっている。
「机が……宝箱に!」
立香は、廊下から教室を覗き込んだ。
木製の机だったものが、金色の装飾が施された、いかにも豪華な宝箱に変わっていた。中からは、金色の文房具が、こぼれ出ている。
「聖杯の願現が、学園全体に広がっています。このままでは、校舎がお菓子の家になってしまうかもしれません」
「お菓子の家って、あの、童話の?」
「はい。聖杯の暴走が進むと、周囲の願いが混ざり合って、とんでもない現実改変が起こるんです。前回は、給食のメニューが変わる程度で済みましたが……」
「今回は、私の願いが強すぎた。……マスターと一緒にいたいという、私の願いが」
アルトリアは、唇を噛んだ。
「アルトリアのせいじゃないよ。俺が、聖杯を拾ったのが、そもそもの始まりなんだから」
立香は、アルトリアの手を、ぎゅっと握り返した。
アルトリアは、少し驚いた顔をして、それから、小さく笑った。
「……マスターは、本当に、優しいな」
「立香さんは、そういう人です」
マシュも、微笑んだ。
その時、廊下の向こうから、悲鳴が聞こえた。
「うわあああ! 机が宝箱に! しかも中から金貨が!」
「俺の机から、王冠が出てきたぞ!」
「ちょっと、これ、もしかして、すごいことになってる!?」
クラスメイトたちの、困惑と興奮の入り混じった声が、あちこちから響く。
「……とりあえず、みんなを落ち着かせないと」
立香は、走り出した。
「立香さん、待ってください!」
「マスター、無茶をするな!」
二人も、立香の後を追う。
廊下の窓の外では、校舎の壁が、どんどん金色に染まっていく。
給食室からは、金色の湯気が、空高く立ち上っていた。
聖杯の暴走は、まだ、始まったばかりだった。Noveliaとは?
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