ベルモンド・バンデラスは今日も店番
夢と現実のあわいに佇む、小さな喫茶店「トバリ亭」。
マスターのベルモンド・バンデラスは、見た目も声もとびきり渋いイケメン――なのに、中身はちょっとズレてる、お人好しで世話焼きなマスター。開店5億年(?)、来る者は拒まず、夢迷う誰かれともなく、コーヒーと不思議なドリンクでもてなしてきた。
静かすぎる金曜の夜、夢の最果てからただならぬ気配が近づいてくる。そして、ひとりでに開き始める扉――その向こうにいるのは、いったい誰?
にじさんじの仲間たちがふらりと訪れては、笑って、泣いて、たまに変なことに巻き込まれる。ダジャレと優しさと、ほんの少しの不思議でできた夢喫茶コメディ、開店です。
「いらっしゃい。おかわりは、まだまだいけるぜ」
今日もベルさんは、カウンターの向こうで誰かを待っている。
ベルモンド・バンデラスは今日も店番 - ナイトロア、トバリ亭を壊す
カウンターの影が、ぬるりと動いた。
「……あ」
ユメの小さな声が、静かな店内に落ちた。
土曜の夜。トバリ亭には、ほのかなコーヒーと柑橘の香りが漂っている。壁には色あせた映画のポスター。貝殻。小さなぬいぐるみ。来訪者たちが置いていった品々が、いつも通り静かに並んでいた。
でも、空気はいつもと違った。
重い。ねばつくような、黒い気配。
「下がってな、ユメちゃん」
ベルさんの低い声。落ち着いている。でも、その琥珀色の瞳は、カウンターの影をじっと見つめていた。
黒いかたまりは、昨夜、カウンターの影で小さくなっていた。笑い声と楽しい記憶の光に弱って、ビー玉ほどに縮んでいたはずだ。
なのに。
今、それは両手で抱えきれないほどに膨らんでいた。表面がぶるぶると震えている。まるで、中から何かが今にも飛び出してきそうに。
「おかしいな」
ベルさんが、エプロンを直しながら一歩前に出た。
「昨日の夜のうちに、おやすみ壺に封じるつもりだったんだが」
「ベルさん、あれ、どんどん大きく……」
ユメは、奥の座敷から半分だけ顔を出して、黒いかたまりを見ていた。肩までの黒髪をふたつ結びにした小さな頭。深い紺色の瞳が、不安でいっぱいに揺れている。リュックには、折り紙のうさぎがぶら下がっていた。
「大丈夫だよ。俺がついてる」
ベルさんは振り返って、ユメに笑いかけた。
その時だった。
黒いかたまりが、弾けた。
パァンッ!
破裂音。そして、黒い霧が一気に天井近くまで噴き上がる。
「うわっ!」
店の隅でメモ帳を開いていたジロウが、椅子から転げ落ちた。くすんだ水色の髪。左が銀色、右が薄紫のオッドアイ。首元の小さな三日月のタトゥー。いつものメモ帳とペンが、床に落ちる。
「ちょっと待って、一回整理する!今のなに!?」
「ナイトロアだ」
ベルさんの声は、静かだった。
「こわい夢の実体化。ユメちゃんの壊れた夢のかけらに混ざっていた恐怖が、形になったものだ」
「そ、それは知ってるよ!知ってるけど、昨日より大きくなってない!?」
ジロウは早口でまくしたてた。
黒い霧は、天井近くでうねっていた。無数の目が、霧の中に浮かんでは消える。ぎょろり、ぎょろりと、こちらを見ている。
「おおお!出たな黒いやつ!今度こそうちがやっつけてやるのじゃ!」
銀色の髪が、ふわりと揺れた。
アイシャ・ミスティ。自称・夢路の案内人。腰まで届く銀髪に、ところどころ青いメッシュ。星の髪飾りが、いくつもキラキラ光っている。左足首の星のアンクレットが、シャラリと鳴った。
「昨日はちょっと失敗したけど、今日は本気じゃ!この箒で、えいやーっ!」
アイシャは、店の隅に立てかけてあった箒を両手で握った。金色の瞳が、好奇心でいっぱいに輝いている。
「アイシャちゃん、待って!作戦を——」
「作戦は後じゃ!先手必勝なのじゃ!」
アイシャは、床を蹴った。
ふわりと浮き上がるような、軽い動き。銀髪が、夜の空気を切り裂く。
「くらえーっ!」
箒を振り下ろす。
でも。
黒い霧から、触手が伸びた。
にゅるり。
「え?」
触手は、アイシャの足首に巻きついた。
「うそじゃろ!?」
次の瞬間。
アイシャの体は、壁に向かって投げ飛ばされていた。
ドゴッ!!
鈍い音。
「きゃあっ!」
アイシャは壁に激突して、そのまま床に崩れ落ちた。箒が、カランと転がる。
「アイシャ!」
ベルさんが叫んだ。
でも、アイシャは動かない。壁に背中を打ちつけて、気を失ったのか。銀髪が、床に広がっている。
「おねえちゃん……!」
ユメの悲鳴が、店内に響いた。
黒い霧は、その悲鳴を聞いて、さらに膨らんだ。
みるみるうちに大きくなる。天井に届きそうなほどに。
「いや……いやぁ……!」
ユメは、両手で耳をふさいで、その場にしゃがみこんだ。
ベルさんは、即座に動いた。
ユメの元へ走り、その小さな体を抱きしめる。自分の体を盾にするように、黒い霧との間に立った。
「大丈夫だ」
ベルさんの声は、低くて、落ち着いていた。
「大丈夫。俺が守る。だから、顔を上げなくていい」
ユメは、ベルさんの胸に顔をうずめて、小さく震えていた。
「わたしの……わたしの夢が、おかしいの……」
かすれた声。涙が、ベルさんのエプロンを濡らす。
「わたしの夢が、みんなを傷つけてる……」
「違うよ」
ベルさんは、ユメの頭をそっと撫でた。
「君のせいじゃない。あれは、君の心の奥にあった痛みが、勝手に形を変えただけだ」
「でも……でも……!」
ユメの涙が、止まらない。
黒い霧は、ユメの悲しみを吸い込むように、さらに大きく膨らんでいった。
「ジロウ!」
ベルさんが、鋭く呼んだ。
「ユメちゃんを、店の外へ!」
「わ、わかってるよ!」
ジロウは、震える足で立ち上がった。
「ユメちゃん、こっちに!早く!」
ジロウは、ユメの手を引こうと、駆け寄った。
でも。
黒い触手が、ジロウの足に巻きついた。
「うわっ!」
ジロウの体が、宙に浮く。
「ちょ、ちょっと待って——!」
触手は、ジロウを持ち上げたまま、一瞬止まった。
そして。
床に、叩きつけた。
ドゴォッ!!
「ぐあっ!」
ジロウの体が、床に打ちつけられる。メガネが飛び、メモ帳が散らばった。
「おにいちゃん……!」
ユメの声が、ひときわ大きく響いた。
「いやぁぁぁっ!」
その悲鳴を聞いた瞬間、黒い霧が、さらに膨張した。
店内の照明が、一斉に消えた。
パチン。パチン。パチン。
天井のランプが、一つずつ、音を立てて消えていく。
「……ちっ」
ベルさんの舌打ちが、暗闇に響いた。
「ユメちゃん、しっかり掴まってな」
ベルさんは、ユメを抱きしめたまま、暗闇の中で立ち上がった。
「大丈夫だ。大丈夫だよ」
繰り返す。その声は、いつも通り落ち着いていた。
でも。
ユメには、わかった。
ベルさんの体が、ほんの少しだけ、震えている。
「ベルさん……こわいよ……」
「ああ、そうだな。こわいよな」
ベルさんは、静かに言った。
「でも、大丈夫だ。こわいのは、君だけじゃない。俺も、アイシャも、ジロウも、みんなこわい。それでも、一緒にいる。それでいいんだ」
暗闇の中で、黒い霧の目が、ぎょろりと光った。
「……ユメちゃん」
ベルさんが、低い声で言った。
「君の夢は、おかしくなんかない。君の夢は、君のものだ。誰にも壊させない」
その時。
黒い霧が、店の壁を割った。
メリメリメリッ!!
木の壁が、音を立てて裂ける。
「壁が……!」
床に倒れたまま、ジロウが叫んだ。
黒い霧の触手が、壁に飾ってあった映画のポスターに巻きついた。
ベルさんが、一番大切にしていた映画のポスター。色あせた紙に、古い映画のワンシーンが描かれている。
触手が、ポスターを黒く染めていく。
そして。
ビリッ。
紙が、破れた。
「……あ」
ベルさんの口から、小さな声が漏れた。
「あのポスターは……」
破れたポスターの破片が、暗闇の中をひらひらと落ちていく。
「ベルさん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ユメは、泣きながら謝り続けた。
「わたしが来たから……わたしの夢がおかしいから……」
「違う」
ベルさんの声は、強かった。
「君が来たから、俺は君に会えた。それだけで、十分だ」
黒い霧は、さらに膨らみ続ける。
店の床が、ミシミシと悲鳴を上げる。
「ジロウ、まだ動けるか」
「……なんとか」
ジロウは、痛む体を起こした。
「アイシャは?」
「……気を失ってる。でも、息はある」
ジロウは、壁際に倒れたままのアイシャを見た。銀髪が、床に広がっている。星の髪飾りが、かすかに光っていた。
「作戦を立てる。ユメちゃんを、店の外に出すんだ」
「でも、あの触手が……」
「俺が囮になる」
ベルさんは、ユメを抱きしめたまま言った。
「俺がナイトロアの注意を引く。その隙に、君がユメちゃんを連れて外へ」
「無茶だよ!ベルさんが狙われる!」
「俺は、この店のマスターだ。客を守るのは、当然だろ」
ベルさんは、暗闇の中で、わずかに笑った。
「それに、俺は頑丈なんだ。5億年、この店で色々なものを見てきた。これくらいで、くたばりはしないよ」
「でも……」
「ジロウ」
ベルさんの声が、真剣になった。
「君は、作戦参謀だ。俺の指示じゃなく、君の指示で動け。君ならできる」
ジロウは、一瞬、黙った。
そして、深く息を吸った。
「……わかった。作戦はこうだ。ベルさんが、ナイトロアの正面に立って注意を引く。僕は、その隙にユメちゃんを連れて、裏口から外へ出る。アイシャちゃんは……後で必ず助けに戻る」
「いい作戦だ」
ベルさんは、ユメをそっとジロウの方へ押し出した。
「ユメちゃん。ジロウと一緒に、外へ行こう」
「やだ……ベルさんも一緒に……」
ユメは、ベルさんのエプロンを握りしめた。
「俺は、すぐに追いかける。約束するよ」
ベルさんは、ユメの手を、そっと外した。
「ジロウ、頼んだ」
「うん」
ジロウは、ユメの手を握った。
「行こう、ユメちゃん」
「やだ……やだよぉ……」
ユメは、泣きじゃくった。
でも、ジロウはユメの手を引いて、暗闇の中を走り出した。
裏口へ向かって。
黒い霧が、二人の動きに反応した。
触手が、伸びる。
「させるか」
ベルさんが、触手の前に立ちはだかった。
「お前の相手は、俺だ」
低い声。
触手が、ベルさんの体に巻きつこうとした。
でも、ベルさんは動かなかった。
「お前が、ユメちゃんの夢を壊したんだな」
触手が、ベルさんの腕に絡みつく。
「だったら、俺が相手になってやる。彼女には、指一本触れさせない」
ベルさんの体が、ほんのり銀色に光った。
指先が、暗闇の中で、月明かりのように輝く。
「……おかわりは、まだまだいけるぜ」
ベルさんの口癖。
でも、その声は、いつものように軽くはなかった。
重く、冷たく、暗闇に響いた。
黒い霧が、一瞬、ひるんだように見えた。
でも、次の瞬間、さらに大きく膨らんだ。
「……そうか。まだ足りないか」
ベルさんは、静かに言った。
「だったら、もっと笑わせてやる。俺のダジャレで、な」
暗闇の中、ベルさんは、黒い霧に向かって、一歩踏み出した。
その背中を、ユメは涙でにじむ視界で見ていた。
「ベルさん……!」
ユメの声は、もう、かすれていた。
ジロウが、裏口のドアに手をかけた。
「開く……!」
ドアが、ゆっくりと開く。
外は、ナカツジの広場。淡い藍色の石畳が、いつも通り光っているはずだった。
でも。
外も、暗かった。
「なんで……外も真っ暗なの……」
ナカツジの広場が、黒い霧に覆われていた。
「くそっ……ナイトロアが、外にまで影響を……」
ジロウは、ユメの手を強く握り直した。
「大丈夫。僕がついてる。絶対に、守るから」
でも、ジロウの声も、震えていた。
店の中では、ベルさんが、黒い霧と向き合っていた。
「さあ、来いよ」
ベルさんの声が、暗闇に響く。
「俺は、ここだ」
黒い霧が、ベルさんに向かって、一斉に襲いかかった。
無数の触手が、ベルさんの体を包み込む。
「ベルさん!!」
ユメの叫び声。
でも、その声は、黒い霧に吸い込まれていった。
店内の照明は、もう完全に消えていた。
暗闇。
黒い霧。
そして、無数の目。
「……まだだ」
暗闇の奥から、ベルさんの声が聞こえた。
「まだ、終わってない」
その声は、かすれていた。
でも、確かに、生きていた。
ユメは、ジロウの手を握り返した。
小さな手が、震えている。
「ベルさん……おねえちゃん……おにいちゃん……」
ユメは、暗闇の中で、祈るように呟いた。
「みんな、わたしのせいで……」
「違うよ」
ジロウは、ユメの前にしゃがみこんだ。
「君のせいじゃない。絶対に、君のせいじゃない」
ジロウのオッドアイが、暗闇の中で、ユメを見つめていた。
「だから、泣かないで。僕たちは、君を守るために、ここにいるんだ」
ユメは、ジロウの顔を見た。
涙でぐしゃぐしゃの顔。
でも、その瞳に、ほんの少しだけ、光が戻った。
「……うん」
小さな声。
でも、確かに、ユメは頷いた。
その時。
店の中から、大きな音がした。
ガシャァァン!!
「ベルさん!」
ジロウが、店の中を見た。
暗闇の中、黒い霧が、店の奥で、さらに大きく膨らんでいた。
「ベルさんは……!?」
「……わからない。でも、今は、君を安全な場所に連れて行くのが先だ」
ジロウは、ユメを抱き上げた。
「つかまって」
ジロウは、暗いナカツジの広場を走り出した。
黒い霧が、二人を追いかけてくる。
でも、ジロウは走った。
ユメを守るために。
ベルさんの想いを、無駄にしないために。
「ベルさん……アイシャおねえちゃん……」
ユメは、ジロウの肩越しに、遠ざかっていくトバリ亭を見ていた。
店は、黒い霧に覆われていた。
「大丈夫。みんな、絶対に助ける。だから、今は、君だけでも」
ジロウの声は、震えていた。
でも、その腕は、ユメをしっかりと抱きしめていた。
ナカツジの石畳が、かすかに光っている。
でも、その光は、黒い霧に覆われて、ほとんど見えなかった。
夢の領域の中心にある、静かな広場。
今、その広場は、かつてないほどの闇に包まれていた。
ジロウは、走り続けた。
ユメを抱えたまま。
黒い霧から逃れるように。
でも、黒い霧は、どこまでも追いかけてくる。
「おにいちゃん、後ろ……!」
「わかってる!」
ジロウは、振り返らずに叫んだ。
触手が、ジロウの足をかすめる。
「くっ……」
ジロウは、歯を食いしばった。
「絶対に、離さない。絶対に、守る」
ジロウの足が、もつれた。
「うわっ!」
二人は、石畳の上に倒れ込んだ。
「おにいちゃん!」
「大丈夫……大丈夫だよ……」
ジロウは、ユメをかばうように覆いかぶさった。
黒い霧が、二人の頭上に迫る。
「……ちくしょう」
ジロウは、ユメを抱きしめたまま、目を閉じた。
その時。
「——そこまでだ」
低い声が、響いた。
ジロウが、目を開ける。
トバリ亭の方向から、銀色の光が走ってきた。
「ベルさん……!」
光は、黒い霧を切り裂いた。
「悪いな、待たせた」
ベルさんが、立っていた。
エプロンは破れ、漆黒の髪は乱れていた。
でも、その琥珀色の瞳は、暗闇の中で、力強く輝いていた。
「どうやって……あの霧の中から……」
「俺は、この店のマスターだ。店を守るために、5億年、ここにいる」
ベルさんは、黒い霧を見据えた。
「そして、客を守るのも、マスターの仕事だ」
黒い霧が、ベルさんに向かって、再び触手を伸ばした。
でも、ベルさんは、動じなかった。
「ジロウ、ユメちゃんを連れて、迷子石の裏に隠れろ」
「でも……」
「行け」
ベルさんの声は、有無を言わせなかった。
ジロウは、ユメを抱き上げて、迷子石の裏に走った。
「ベルさん……!」
ユメの声が、闇に消えていく。
ベルさんは、一人、黒い霧と向き合った。
「……さて」
ベルさんは、破れたエプロンを脱ぎ捨てた。
「お前の弱点は、笑い声と楽しい記憶の光。知ってるよ」
黒い霧が、うねる。
「でも、今の俺は、笑えない。楽しい記憶も、お前のせいで、黒く染められちまった」
ベルさんの声が、低くなった。
「だから、別の方法で、お前を止める」
ベルさんの指先が、銀色に輝いた。
「俺の、この手でな」
黒い霧が、一斉にベルさんに襲いかかった。
ベルさんは、その場から動かなかった。
銀色の光が、闇を裂く。
「——おやすみ」
ベルさんの声が、静かに響いた。
でも、その声は、黒い霧には届かなかった。
黒い霧は、ベルさんの体を包み込み、そのまま、トバリ亭の方へと、ゆっくりと動き始めた。
店の中には、まだ、気を失ったアイシャがいる。
「……くそ」
ベルさんの声が、黒い霧の中で、くぐもった。
「アイシャ……すまない」
黒い霧は、トバリ亭の入り口に達した。
そして、店内へと、流れ込んでいった。
「ベルさん!!」
迷子石の裏から、ユメの叫び声が聞こえた。
でも、その声も、黒い霧に吸い込まれていった。
ナカツジの広場は、静かになった。
黒い霧だけが、トバリ亭を包み込み、うごめいている。
「……ベルさん」
ユメは、ジロウの腕の中で、小さく呟いた。
「わたし、ベルさんに、夢のたねをもらったの」
「夢のたね?」
「うん。新しい夢が、育つたね。わたし、それをもらって、うれしかった。やっと、夢を見られるって、思ったの」
ユメの涙が、ジロウの服を濡らした。
「でも、まだ、わたしの夢は、おかしいまま……わたしの心が、おかしいから……」
「違うよ」
ジロウは、ユメを抱きしめた。
「君の心は、おかしくなんかない。君は、寂しかっただけだ。誰かに、そばにいてほしかっただけだ」
ジロウの声は、優しかった。
「それは、おかしいことじゃない。誰だって、寂しい。僕だって、アイシャちゃんだって、ベルさんだって」
「ベルさんも……?」
「そうだよ。ベルさんは、5億年も、あの店に一人で立ってたんだ。きっと、ずっと、寂しかったはずだ」
ユメは、ジロウの顔を見上げた。
「でも、ベルさんは、笑ってるよ」
「ああ。ベルさんは、強いから。でも、本当は、君と同じくらい、寂しいのかもしれない」
ユメは、しばらく、黙っていた。
そして、小さく言った。
「……わたし、ベルさんに、ありがとうって言いたい」
「うん。絶対に、言えるよ。だから、今は、生き延びよう」
ジロウは、ユメの手を握った。
「僕が、君を守る。ベルさんが戻るまで、絶対に」
二人は、迷子石の裏で、身を寄せ合った。
黒い霧は、トバリ亭を覆ったまま、ゆっくりと、その形を変え続けていた。
夜は、まだ、明けない。
夢の領域の中心で、かつてない闇が、静かに、しかし確実に、広がっていた。Noveliaとは?
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