ベルモンド・バンデラスは今日も店番
夢と現実のあわいに佇む、小さな喫茶店「トバリ亭」。
マスターのベルモンド・バンデラスは、見た目も声もとびきり渋いイケメン――なのに、中身はちょっとズレてる、お人好しで世話焼きなマスター。開店5億年(?)、来る者は拒まず、夢迷う誰かれともなく、コーヒーと不思議なドリンクでもてなしてきた。
静かすぎる金曜の夜、夢の最果てからただならぬ気配が近づいてくる。そして、ひとりでに開き始める扉――その向こうにいるのは、いったい誰?
にじさんじの仲間たちがふらりと訪れては、笑って、泣いて、たまに変なことに巻き込まれる。ダジャレと優しさと、ほんの少しの不思議でできた夢喫茶コメディ、開店です。
「いらっしゃい。おかわりは、まだまだいけるぜ」
今日もベルさんは、カウンターの向こうで誰かを待っている。
ベルモンド・バンデラスは今日も店番 - 消えた灯りと折れそうな笑顔
トバリ亭の中が、しんと静まり返った。
ついさっきまで、壁の映画ポスターやカウンターの木目を照らしていた暖かな灯りが、ひとつ残らず消えている。
黒い霧。無数の目。ナイトロアが、天井近くまで膨らんでいた。
その体から、にゅるり、にゅるりと黒い触手が伸びていく。狙うのは、空気中に漂う光の粒だ。
ユメが飲んだムーンライト・ラムネからこぼれ落ちた、暖色の夢のかけら。アイシャが笑った思い出の光。ジロウが静かに本を読んでいた記憶の灯り。
それらが、次々にナイトロアへ吸い込まれていく。
「あ……ああ……」
ユメが、奥の座敷から小さく声を漏らした。肩までの黒髪をふたつ結びにした小さな頭。深い紺色の瞳が、暗闇の中で不安に揺れている。
「みんなの光が、食べられてる……」
「下がってな」
ベルさんの低い声が、闇に響いた。
でも、その声はいつもより少しだけ、硬い。
ナイトロアは、光を吸うたびに膨らんでいく。
みるみるうちに、その体は店の天井を押し上げるほどになった。
「ちょっと待って、一回整理する!あれ、さっきの何倍になってる!?」
ジロウが、店の隅で叫んだ。くすんだ水色の髪。左が銀色、右が薄紫のオッドアイ。首元の三日月のタトゥーが、暗闇の中でほのかに光っている。
「光を吸って、巨大化してるんだ。このままじゃ店が持たない」
「そんなの見ればわかるよ!どうするのさ!」
ジロウの声は、震えていた。
その時だった。
ナイトロアの無数の目が、一斉にユメの方を向いた。
ぎょろり。ぎょろり。ぎょろり。
何十もの目が、ユメをじっと見つめる。
「……いや」
ユメの声が、細くなる。
「見ないで……見ないで……」
ユメは、両手で自分の顔を覆った。
でも、ナイトロアの目は、ユメの手の隙間から、彼女の心の奥へと入り込んでくる。
暗闇の中に、映像が浮かんだ。
学校の教室。昼休み。
ユメは一人で、自分の席に座っている。周りの子たちは、みんな楽しそうに話している。ユメの隣の席は、空っぽだ。
「……うぅ」
映像が変わる。
帰り道。ランドセルを背負ったユメの後ろから、女の子たちの声が聞こえる。
「ねえ、あの子、また一人で帰ってるよ」
「かわいそうに。誰も一緒に帰ってくれないんだって」
「声かけない方がいいよ。あの子、なんか暗いし」
ユメは、聞こえないふりをして歩く。でも、その足はどんどん遅くなる。
「やめて……」
ユメは、床に座り込んだ。
両手で耳を塞いで、小さく震えている。
「やめて……思い出したくないの……」
ナイトロアの目は、ユメの苦しみを吸い取るように、じっと彼女を見つめ続ける。
「ユメちゃん!」
ベルさんが、ユメのそばに駆け寄った。
でも、ユメは反応しない。
「ユメちゃん、俺を見ろ。大丈夫だ」
ベルさんは、ユメの肩に手を置いた。
ユメの体は、氷のように冷たかった。
「……わたし、みんなに嫌われてるの」
ユメの小さな声が、闇に消えていく。
「違うよ。君は嫌われてなんかない」
「でも……でも、誰もわたしと遊んでくれないの。わたしがいるだけで、みんな困った顔をするの」
ユメの涙が、床に落ちた。
「わたしがいなければ、みんなもっと楽しいのに。わたしがいると、みんなの夢が壊れちゃうの」
「ユメちゃん!」
ベルさんの声が、少しだけ大きくなった。
ナイトロアが、ユメの悲しみに反応して、さらに膨らむ。
店内が、暗闇に包まれていく。
「ベルさん、なんとかして!このままだとユメちゃんが!」
ジロウは、壁にもたれかかりながら叫んだ。その足は、さっきナイトロアに叩きつけられた時に痛めたのか、少し引きずっている。
「わかってる」
ベルさんは、ユメの前にしゃがみこんだ。
そして、にっこりと笑った。
「ユメちゃん、いいことを教えてあげよう」
ユメは、ゆっくりと顔を上げた。
「この店にはね、カレーがよく似合うんだ。なぜかって?それはね、カレーはライスと一緒にいると、安心するからさ」
ベルさんは、明るい声で言った。
沈黙。
「……ライス、と、安心、する……?」
ユメは、きょとんとした顔でベルさんを見た。
「そう!カレーライス!だから安心ライス!……なんてね」
ベルさんは、自分のダジャレに自分で笑ってみせた。
でも。
ユメは笑わなかった。
「……」
ユメは、またうつむいてしまった。
「あれ?おかしいな。今のは結構いけると思ったんだが」
ベルさんは、苦笑いした。
「もう一個いこう。えーと、この店にはパンがよく似合う。なぜかって?それはね、パンはお客さんを呼ぶから、パン客……いや、これも違うか」
ベルさんの声が、少しだけ早くなる。
「ユメちゃん、聞いてるかい?次はね、お茶がよく似合うんだ。なぜかって?それはね、お茶は飲むとほっとするから、ほっとティー!……どうだい?」
ユメは、耳を塞いだまま動かない。
「……ベルさん、もうやめて」
ユメの声は、涙で濡れていた。
「わたし、笑えないよ。こわくて、かなしくて、笑えないの」
「ユメちゃん……」
ベルさんの笑顔が、一瞬、消えた。
「なら、うちが笑わせてやるのじゃ!」
アイシャが、銀髪を振り乱して飛び出してきた。腰まで届く銀髪。ところどころの青いメッシュ。星の髪飾りが、暗闇の中でちかちか光っている。
「見ておれ、ユメ!うちの特訓の成果じゃ!いっせーのーで、あっぱれじゃじゃじゃじゃーん!」
アイシャは、両手を大きく広げて、変なポーズをとった。
「……あはは」
ユメの口から、小さく笑い声が漏れた。
「おっ、笑った!」
「いや、今のは笑ったっていうか、引きつっただけじゃないかな……」
ジロウが、遠くからツッコミを入れる。
「うるさいのじゃ!笑ったものは笑ったんじゃ!」
アイシャは、むくれた顔でジロウを睨んだ。
でも、その時だった。
ナイトロアの触手が、アイシャの足元を狙って伸びてきた。
「アイシャちゃん、危ない!」
ジロウは、痛む足を引きずりながら、アイシャの前に飛び出した。
触手が、ジロウの体を薙ぎ払う。
「ぐあっ!」
ジロウは、床に叩きつけられた。
「ジロウ!」
「くそ……また僕かよ……!」
ジロウは、床に倒れたまま、歯を食いしばった。
「ジロウ……うちのせいで……また、うちのせいでジロウが……!」
アイシャの金色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うちが突撃したから、ナイトロアが大きくなって、みんなが怪我したんじゃ……うちのせいで、みんなが……」
アイシャは、その場に座り込んで、わんわん泣き出した。
「アイシャちゃん、違うよ。君のせいじゃない」
ベルさんは、カウンターに手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
その足は、少し震えている。
「君がいてくれたから、ユメちゃんは笑えた。君が突撃しなければ、僕たちは何もできなかったかもしれない」
ベルさんは、アイシャのそばに歩いていって、彼女の背中をやさしく撫でた。
「大丈夫だ。まだ、終わってない」
でも、その声は、かすかに震えていた。
ナイトロアが、さらに膨らむ。
店の柱が、ミシミシと音を立てて、折れた。
バキッ。
天井の一部が、崩れ落ちてくる。
「ベルさん!上!」
ジロウが叫んだ。
ベルさんは、とっさにユメとアイシャを抱きかかえて、床に伏せた。
ドォォン!
天井の破片が、ベルさんの背中に降り注ぐ。
「ベルさん!」
ユメが悲鳴を上げた。
「大丈夫……大丈夫だよ」
ベルさんは、ユメとアイシャを守るように、全身を広げて覆いかぶさっていた。
その背中には、木の破片が突き刺さっている。
「ベルさん、血が……」
「気にするな。これは夢の血だ。すぐに止まる」
ベルさんは、笑った。
でも、その笑顔は、沈む夕陽のように、消えかかっていた。
「……まだ、終わらないよ」
ベルさんは、小さくつぶやいた。
ナイトロアは、まだ止まらない。
カウンターが、宙に浮いた。
壁の映画ポスターが、次々に黒く染まって、破れていく。
椅子が、粉々に砕けた。
「もう……もうダメだ……」
ユメは、完全に心を閉ざそうとしていた。
「わたしのせいで、みんなが……わたしのせいで、お店が……わたしのせいで、ベルさんが……」
ユメは、自分の膝に顔を埋めた。
「わたしなんて、いなければよかったんだ」
その時だった。
「お前のせいじゃない!!」
ジロウが、床に倒れたまま、大声で叫んだ。
「お前のせいじゃない!お前が悪いんじゃない!お前は、ただ寂しかっただけだ!誰かにそばにいてほしかっただけだ!」
ジロウは、痛む体を引きずって、ユメのそばに近づいた。
「それは悪いことじゃない!誰だって寂しい!僕だって、アイシャちゃんだって、ベルさんだって!みんな寂しいんだ!」
ジロウは、ユメの手を握った。
「だから、お前のせいじゃない。お前が夢を壊したんじゃない。お前の寂しさが、ナイトロアを呼んだんだとしても、それはお前のせいじゃない。寂しいって思うことは、悪いことじゃないんだ!」
ユメは、ゆっくりと顔を上げた。
「……おにいちゃん」
ユメの目から、涙がこぼれ落ちる。
「でも……でも、わたしのせいで、みんなが怪我したの。お店も壊れちゃったの。わたしがここに来なければ……」
ジロウは、首を横に振った。
「違う。君が来てくれたから、僕は君に会えた。アイシャちゃんも、ベルさんも、君に会えて嬉しかったはずだ」
ジロウは、ユメの手を、ぎゅっと握った。
「だから、お願いだ。自分を責めないでくれ」
ユメは、ジロウの手を、握り返した。
「……おにいちゃん」
その時だった。
ナイトロアの触手が、床を激しく叩いた。
ドゴォッ!
床が割れ、ジロウの体が、吹き飛ばされた。
「ジロウ!」
ジロウは、壁に激突して、動かなくなった。
「ジロウ!ジロウ!いやあああ!」
アイシャが、ジロウに駆け寄った。
「ジロウ!起きるのじゃ!ジロウ!」
アイシャは、ジロウの体を揺さぶった。
でも、ジロウは、ぴくりとも動かない。
「いや……いや……うちのせいで……うちが作戦を守らなかったから……ジロウが……!」
アイシャは、ジロウの体に抱きついて、泣き崩れた。
ナイトロアは、さらに膨らみ続ける。
店内の光は、もうほとんど残っていない。
ユメの楽しい記憶の光も、アイシャの笑った思い出も、ジロウの静かな記憶も。
すべて、ナイトロアに吸い尽くされていく。
「……ああ」
ベルさんは、カウンターに手をついて、立ち上がった。
その体は、傷だらけだった。
でも、ベルさんは、ユメとアイシャとジロウを守るように、全身を広げて立った。
「まだ、終わらないよ」
ベルさんの声は、かすれていた。
「終わらせない。絶対に」
ベルさんの指先が、ほんのり銀色に光った。
でも、その光は、ナイトロアの闇に、すぐに飲み込まれてしまう。
店内が、完全な闇に包まれた。
「ベルさん……!」
ユメの声も、闇に吸い込まれていく。
ナイトロアの無数の目が、闇の中で、ぎょろり、ぎょろりと光っている。
それは、まるで、この店ごと、みんなの心ごと、飲み込もうとしているかのようだった。
「……おかわりは」
闇の中で、ベルさんの声が、小さく響いた。
「まだまだ、これからだよ」
その声は、震えていた。
でも、確かに、そこにあった。Noveliaとは?
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