セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日
並行世界のあわいに浮かぶ、隠された楽園「ヴェリタス・コモンズ」。
時間の神も、死の使い手も、海の騎士も——元の世界ではすごい肩書きを持つ17人の住人たちが、ここでは洗濯や料理をする、ただの共同生活者。
自然を司るファウナは、世界樹エルダ・マグナの世話をしながら、今日も彼らの「ちょっと変」をなんとか収めようと奮闘中。
タイムマシンを改造する発明少女、ルール違反に目くじらを立てる時間の神、推しのアニメに命を懸ける死の使い手——。
平和な朝のはずが、気づけば時間に亀裂が入り、未来からスイーツ(?)が降ってきて、挙句の果てには異世界のドラゴンまで顔を出す始末。
それでも、花は今日も綺麗に咲いている。
ちょっとだけへんで、ちょっとだけ愛おしい。そんな日々を、のんびり笑ってお届けします。
――さて、明日はどんな「ちょっとへん」が待っているのでしょうか?
セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日 - 歪みに咲く花と時計塔の決意
ポタジェの明かりが消えてから、もう数時間。
深夜のコモンズは静かだった。いつもは住人たちの笑い声や、アメリアの工房からの爆発音が聞こえるのに、今は風がエルダ・マグナの葉を揺らす音だけ。
でも、その静けさは変だった。
なんとなく、空気がピリピリしている。
「……ん」
ブルーム・サークルの花園で、ファウナは地面に膝をついたまま目を閉じていた。昼間の騒動で疲れた体を休めていたけど、眠ってはいなかった。体の奥が、ざわざわする。
(エルダ・マグナが……騒いでる)
彼女は世界樹の根に手を当てる。
自然の力が、指先から根の先まで伸びていく。
ドクン、ドクン、ドクン。
いつもはゆっくりとしたエルダ・マグナの鼓動が、今日はやけに速い。まるで何かに怯えているみたいに。
「大変」
ファウナは立ち上がった。麻の寝間着のまま、裸足で。黄緑がかった金髪が、月明かりに透ける。左耳の上の小さな木の芽の飾りが、不安そうに点滅した。
彼女は急いでパルラメント・ホールの外に出る。
そして見た。
エルダ・マグナの根元に、光が渦巻いている。
青と金色が混ざった、不気味な渦。直径はまだ2メートルくらい。でも、どんどん大きくなっている。
「時間の歪み……まだあったの」
渦の中から、映像が流れ出た。
見たこともない高い建物。空を飛ぶ銀色の乗り物。人々が手のひらサイズの板をじっと見ている。
未来の映像だ。
「アメリアのタイムマシンの影響が、まだ残ってたんだ」
ファウナは地面に両手を押し当てた。
指が、土に沈み込む。自然の力が全身からあふれ出し、周りの花たちが一斉に光った。青い月明かり草、金色の太陽花、紫色の星屑草。
「みんな、力を貸して」
花びらが、風に舞い上がる。
何百枚、何千枚もの花びらが集まって、歪みの周りに巨大なバリアを作った。花のバリアだ。甘い匂いが、周囲に広がる。
でも。
ピシッ。
バリアにひびが入った。
「そんな……」
歪みが、思ったよりずっと強い。脈打つたびに、バリアが内側から押し広げられる。花びらが焦げて、黒くなって、地面に落ちる。
「もう少しだけ……お願い、耐えて」
ファウナは叫んだ。体が震える。自然の力を使いすぎると、自分の命を削ることになる。でも、手を離せない。
その時だった。
歪みから、大きい映像が映し出された。
白い鎧を着た少年剣士が、巨大なドラゴンに立ち向かっている。剣を構え、叫びながら飛びかかる——
ドラゴンの炎が、少年を包み込んだ。
そして、ゆっくりと倒れる。
「なっ……!」
半地下構造の書斎「インク・シャドウ」の入り口に、カリオペが立っていた。
黒いローブをまとった長身の女性。右手に持った詩集が、かたかたと震えている。顔はフードの下で見えないけど、声は涙で濡れていた。
「私の推しが……推しが死ぬなんて、うそよ……」
彼女の足元から、黒い霧が噴き出した。
死の力だ。
「あのアニメの最終回は、来月まで見られないはずだったのに!!」
カリオペが叫ぶ。
黒い霧が、ブルーム・サークルを包み込んだ。
花が、枯れる。
大好きな月明かり草が、みるみる茶色くなって、しわしわになって、地面に崩れ落ちる。太陽花の金色がくすみ、星屑草がぽろぽろと砕ける。
「やめてっ!!」
ファウナの悲鳴が、夜のコモンズに響き渡った。
「私の花……お願い、枯らさないで」
彼女は泣きながら、残った自然の力で植物の根を操った。土の中から細い根っこが何本も伸びて、カリオペの体に巻きつく。足首、腰、腕。
「カリオペ!気持ちはわかるけど、花を枯らすのはやめて!」
カリオペはハッと我に返った。
黒い霧が、少しだけ薄れる。
「……ごめんなさい。私、ちゃんとしなきゃ」
でも。
その瞬間、ドンッ!!
時間の歪みが爆発した。
花のバリアが完全に砕け散り、ファウナは吹き飛ばされた。背中から地面に落ちて、息が詰まる。視界がぼやける。
(あ……ダメかも……)
意識が、遠くなる。
歪みから、何かが落ちてきた。
銀色に光る、小さな金属片。
それはキラリと月明かりを反射して、アメリアの工房の方へ飛んでいく。
———
一方、北の丘。
オーラリー・スパイア。
コモンズで一番高い時計塔の中は、真っ暗だった。
ただ、巨大な砂時計だけが、不気味な赤い光を放っている。
「まずい……まずいぞ……」
クロニイは砂時計の前で、両手をガラスに押し当てていた。銀色の長い髪が、汗で張り付いている。金色の瞳が、秒針みたいに細かく震えていた。
砂が、真っ赤だ。
そして、ガラスに無数のひびが走っている。
「300年前と同じだ」
脳裏に、あの日の光景が蘇る。
大きな地震。砂時計が、粉々に砕けた。時間軸が大混乱に陥って、コモンズの住人たちが消えかけた。
あの時、助けてくれたのはファウナだった。
何ヶ月もかけて、新しい砂を育ててくれた。
「また、彼女に頼るのか。私は——」
彼は奥歯を噛み締めた。
手が震える。呪文がうまく唱えられない。噛んでしまうたびに、砂の赤みが増していく。
(もう誰にも、迷惑をかけられない)
クロニイはポケットから、小さな紙切れを取り出した。
300年前に一度だけ使った、禁じ手の時間逆行呪文。
これを唱えれば、砂時計の時間を数時間だけ戻せる。でも、代償がある。自分の寿命が、何年か削られる。
「……借りを返すんだ。今度は俺が」
彼は紙切れを握りしめ、呪文を唱え始めた。
砂が、ゆっくりと逆流する。
ひびが、少しずつ塞がっていく。
———
ティッカー・ハウスでは。
「やばいやばいやばいっ!」
アメリアは工房の床に転がっていた金属片を見つめていた。
銀色の、歯車みたいな形をした部品。中心に小さな穴が開いている。
それが今、青白く発光している。
「なんでこれが光ってるんだよ!?」
彼女は昼間、ポタジェで拾った金属片を思い出した。未来から落ちてきたやつだ。ポケットに入れっぱなしにしていて、さっき気づいた。
光が、だんだん強くなる。
彼女の左手首にあるタイムマシンが、共鳴するように震え始めた。
「うわっ!これ、まずいやつだ!」
その時、窓の外で爆発音がした。
ブルーム・サークルの方角だ。
「……ファウナ!?」
アメリアは机の引き出しを開けた。
中から、キラキラ光る銀色の缶を取り出す。未来から持ち帰った栄養ドリンクだ。2157年製。「飲めば3日は寝なくても平気!元気100倍!」って書いてある。
「これを持ってくぜ」
彼女はドリンクをポケットに詰め込み、工房を飛び出した。
いつもの底抜けに明るい顔は、消えている。
「あたしのせいで、こんなことに……」
走りながら、唇を噛んだ。
でも、ポケットの中の金属片が、さらに強く光る。
タイムマシンが、ビーッビーッと警告音を鳴らし始めた。
「今はそれどころじゃないんだよっ!」
彼女は走るのを止めなかった。
———
ブルーム・サークルに到着したアメリアが見たのは、地面に倒れているファウナだった。
周りの花は枯れ果て、黒い霧がまだ漂っている。
「ファウナ!!」
アメリアは転がるように駆け寄った。
ファウナはかすかに目を開けた。
「……アメリア?」
「ごめん!ごめんな!あたしがタイムマシンを使ったから!」
アメリアはポケットから栄養ドリンクを取り出し、ファウナの口元に運んだ。
「これ、飲んでくれ!未来のドリンクだ!」
ファウナは弱々しく笑った。
「……また、未来のお菓子?」
「お菓子じゃない!栄養ドリンクだ!」
彼女は缶を開け、ファウナに飲ませた。
ごくん。
ファウナの喉が鳴る。
次の瞬間、彼女の目がパッと開いた。
「……え?なんか、体があったかい」
「やった!効いた!」
アメリアは涙をぬぐいながら、大声で笑った。
その時。
塔の方角から、強い光が放たれた。
「今度は何!?」
光の中から、クロニイが飛び出してきた。
いつもは真面目な顔が、今は必死の形相だ。
「ファウナ!!」
彼は歪みの前に立った。
「今回は、俺が借りを返す番だ」
クロニイは両手を広げた。
砂時計の修復で得た、一時的な時間制御の力。それを歪みの周囲に集中させる。
「戻れ。今はまだ、お前の来る時間じゃない」
彼が呪文を唱えるのと同時に、ファウナもエルダ・マグナの根を操った。
太い根っこが歪みに絡みつき、時間の力がそれを締め上げる。
ギシギシと音がした。
そして——
シュンッ。
歪みが、小さくなった。
完全には消えていないけど、収束した。今は安定している。
「やった……やったのか!?」
「……ああ、とりあえずはな」
クロニイはその場に膝をついた。
「ありがとう、クロニイ」
ファウナはゆっくりと立ち上がり、彼に微笑んだ。
「……当然のことをしただけだ」
クロニイは照れたように横を向く。
アメリアはそんな二人を見て、ポケットの中の金属片を握りしめた。まだ不気味に光っている。
(……これ、何なんだよ)
彼女は何かを決意した表情で、工房へ戻っていった。
———
歪みが塞がった直後。
ドンッ。
次元の狭間に、大きな揺れが走った。
それはコモンズの外周全体に広がって、やがて西の端にあるタイドプール・コーヴの深海へと届く。
誰も気づかない。
———
深海。
光が全く届かない、真っ暗な水の底。
そこに、彼女はいた。
青色の長い髪。サメのような鋭い歯。背中にはエイのヒレがついている。
海の騎士——ガウル・グラ。
もう100年以上、ここで一人で任務を続けていた。
でも、今日は違った。
遠くから、波が届いた。
「……ん?」
彼女は顔を上げた。
何かが、呼んでいる。
———
ブルーム・サークルでは、ファウナがクロニイに支えられながら歩き出していた。
「花が、たくさん枯れちゃった」
「……俺が、土を耕すのを手伝う」
「ふふ、クロニイが土いじりなんて、似合わないわね」
「うるさい!人が親切で言ってるのに!」
二人の笑い声が、静かな夜に小さく響いた。
カリオペは枯れた花を抱えて、インク・シャドウへと消える。
「ごめんなさい……私、ちゃんとしなきゃ……」
彼女の呟きは、誰にも聞こえなかった。
コモンズに、静かな夜が戻る。
でも、海の底から迫る新しい来訪者の気配は、まだ誰も知らない。
ファウナは立ち止まって、月明かりを見上げた。
「なんだか、まだ何かが起きそうな気がする」
「……私もだ」
二人はしばらく、無言で空を見つめていた。
エルダ・マグナの根元に、小さな光がキラリと瞬く。
消えたはずの歪みの名残が、まだそこにあった。Noveliaとは?
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