セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日
並行世界のあわいに浮かぶ、隠された楽園「ヴェリタス・コモンズ」。
時間の神も、死の使い手も、海の騎士も——元の世界ではすごい肩書きを持つ17人の住人たちが、ここでは洗濯や料理をする、ただの共同生活者。
自然を司るファウナは、世界樹エルダ・マグナの世話をしながら、今日も彼らの「ちょっと変」をなんとか収めようと奮闘中。
タイムマシンを改造する発明少女、ルール違反に目くじらを立てる時間の神、推しのアニメに命を懸ける死の使い手——。
平和な朝のはずが、気づけば時間に亀裂が入り、未来からスイーツ(?)が降ってきて、挙句の果てには異世界のドラゴンまで顔を出す始末。
それでも、花は今日も綺麗に咲いている。
ちょっとだけへんで、ちょっとだけ愛おしい。そんな日々を、のんびり笑ってお届けします。
――さて、明日はどんな「ちょっとへん」が待っているのでしょうか?
セレス・ファウナのまいにちが、ちょっとだけへんな日 - 深海からの来訪者とモヤモヤ石のひみつ
波の音だけが、コモンズの静けさを包んでいた。
深夜に起きた次元の揺れ。エルダ・マグナの根元を揺るがしたあの震動は、もう誰の記憶からも薄れかけている。でも、ファウナだけは違った。胸の奥に、ちいさなとげが刺さっているみたいに、ずっと落ち着かなかった。
「……なんだか、まだ終わってない気がするのよね」
麻の寝間着のまま、裸足で土を踏む。月はもう西に傾き、東の空がうっすらと白み始めていた。タイドプール・コーヴの見回り。それが彼女の日課だった。
断崖の下、直径50メートルほどの入り江は、波が驚くほど穏やかだ。次元の狭間から流れ込む海水は、透明で、底まで見える。
そこに、なかったはずのもの——
「……え?」
波打ち際で、何かが動いた。
深い青と白の髪。小さな体。頭のてっぺんで、サメのひれみたいな飾りがぴくぴくと震えている。
「うう……ここ、どこだ……?」
少女は、ずぶ濡れのまま顔を上げた。
大きなアクアブルーの瞳が、朝焼けを映してキラリと光る。腰には小さな碇がいくつもぶら下がっていて、立ち上がろうとするたびにジャラジャラと音を立てた。
「だ、大丈夫!?どこから来たの?」
ファウナは慌てて駆け寄った。
少女は、ぼんやりと空を見上げている。
「……あおい」
「え?」
「あおい!あおいぞ!これが『そら』か!すごーい!」
次の瞬間、少女は跳び上がっていた。
「あたし、ずっと暗いとこにいたんだ!光って、クラゲか、溶岩くらいしかなくて!でもここ、違う!全部が光ってる!」
そして、そのまま——
ドンッ。
「わっ!」
ファウナに抱きついた。
ずぶ濡れの服。潮の匂い。でも、何より驚いたのは、少女の体温だった。海の底にいたせいか、ひんやりと冷たい。でも、その冷たさが、100年の孤独を物語っている気がして。
「ありがとう!お前、ここを守ってるやつだろ!あたし、わかるんだ!」
「あ、あなた、いったい……」
「ガウル・グラ!海の騎士だよ!ずっとずっと、深海で一人でおつかいしてたんだ!でも、なんか波が『こっちだ』って言ったから!」
「ずっと、一人で……?」
「うん!100年くらいかな?クラゲとしか話してなかった!」
ファウナの胸が、きゅっとなった。
100年。誰とも話さず、暗い海の底で。
——まるで、自分のようだ。
調律者になってから、ファウナは誰にも弱音を吐けなかった。みんなの前では優しく、しっかりしなくちゃいけなくて。本当は寂しいのに、寂しいと言えなくて。
「……グラ。ここは、ヴェリタス・コモンズっていうの。いろんな世界から、みんなが集まって一緒に暮らしてる場所。あなたも、ここにいていいのよ」
「……いいのか?」
「いいの。だって、あなたはもう、一人じゃないもの」
グラの大きな目が、見開かれた。
それから、ぶわっと涙があふれる。
「う、うぅ……!あたし、さみしかった……!ずっと、だれかと、おしゃべりしたかった……!」
彼女はファウナにしがみついて、子供みたいに泣きじゃくった。
ファウナは何も言わず、背中をトントンと叩く。
(この子も、私と同じだったんだ)
———
ポタジェには、焼きたてパンの匂いが漂っていた。
「すごーい!これ、なんだ!?あったかい!」
グラは大テーブルにかじりついて、スープをスプーンですくうたびに歓声を上げた。
「それはカボチャのスープよ。ゆっくり食べてね」
「んまい!んまいぞ!深海じゃ、生の魚か、冷たい海藻だけだったんだ!」
ファウナは微笑みながら、彼女の濡れた髪をタオルで拭いてやる。濃紺と白のツートーンカラーの髪は、乾くにつれてふわりと広がった。うなじの小さなエラの名残が、かわいらしい。
「なあ、ファウナ!ここには、他にも誰かいるのか?」
「ええ。全部で17人。もうすぐ、朝食を食べに来ると思うわ」
「17人!すごい!みんな、友だちになってくれるかな!?」
「きっとなるわ。グラは、こんなに素直でいい子だもの」
「……でも、あたし、今まで友だち、できたことないんだ。深海じゃ、みんな逃げちゃうか、食べちゃうかで」
ファウナは、そっと彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。ここでは、誰も逃げたりしないわ」
グラは、また涙をためた。
そして、腰の碇の中から、大切そうに一つの石を取り出した。
拳大。半透明で、表面に淡い光の渦が絶えず回っている。
「これ!お礼にやる!」
「……なに、これ?」
「わかんない!でも、あったかいだろ!あたし、これを抱っこしてると、寂しくなくなるんだ!」
ファウナは石を手に取った。
確かに、温かい。抱きしめたくなるような、不思議な温もり。
その瞬間——
まばゆい光が、石から放たれた。
「「え!?」」
光は、ポタジェを飛び出し、半径200メートルを一瞬で包み込む。
ちょうど朝食を食べに来ていた住人たち。隣のパルラメント・ホールから出てきたクロニイ。書庫から顔を出したナノメア。全員が、光に飲まれた。
———
「……だから、この世は、はかなくて……」
いつもは「すっげー!」と叫んでいるアメリアが、ポタジェの隅で涙を浮かべ、自作の詩を朗読していた。
「星の光も、チョコの味も、みんな消えてしまう運命(さだめ)なんだぜ……」
「アメリア!?どうしたの、しっかりして!」
「あたしは、今、ものすごくセンチメンタルな気分なんだ。邪魔しないでほしい……」
その横を、猛スピードで誰かが走り抜けた。
「ふふっ!これが発明ってやつね!私にもできるわ!あの機械、ちょっと改造してみせる!」
黒いローブをひるがえし、いつもは詩集を抱えているカリオペが、工具を手に、アメリアの工房「ティッカー・ハウス」に駆け込んでいく。
「カリオペまで!?やめて、あの工房は爆発するのよ!?」
さらに、書庫から飛び出してきたのは、ナノメア。
「——!!!!」
寡黙な文明の神が、無言で壁を蹴って天井に張り付き、すごい勢いで書庫の周りを走り回っている。まるでアクションゲームの主人公だ。
「ナノメア!?あなた、そんなキャラだった!?」
そして——
床の上に、誰かが大の字で寝転がっていた。
「……時間管理なんて、めんどくさい」
「クロニイ!?あなたがそんなこと言うなんて、ありえないでしょ!十七ヶ条はどうしたの!?」
「ルールも、時間も、どうでもいい。俺は、今、とても眠いんだ」
「起きなさーい!!」
ファウナの叫びも虚しく、クロニイは気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「なにが、起きてるの……?」
手の中の石が、脈打つように輝く。
ファウナは地面に手を押し当てた。自然の力で、石の力を封じ込めようとする。
——ドクン。
石が、弾けた。
「きゃっ!」
力が、まったく通じない。
むしろ、石の光は強さを増し、混乱はさらに広がっていく。
(だめ。私の力じゃ、止められない)
調律者としての無力さ。打ちのめされる。
その時——
「……ごめんなさい」
小さな声が、聞こえた。
グラが、顔面蒼白で震えている。
「あたしの、石のせいだ。あたしが、こんなもの、持ってきたから……みんな、おかしくなっちゃった」
「グラ、違うの。あなたのせいじゃ——」
「ちがう!あたしのせいだ!」
彼女は叫んだ。
「あたしが、さみしくて!友だちほしくて!こんな石、拾ってきたから!やっぱりあたしは、一人でいるほうがいいんだ!誰かといると、めいわくばかりかける!」
涙が、ぽろぽろとこぼれる。
「帰る!海に帰る!もう、誰にも会わない!」
彼女は入り江に向かって走り出そうとした。
——その手を、ファウナがつかむ。
「だめよ。行かせない」
「はなして!あたしはいらないんだ!」
「いらないわけないでしょ。……私だって、ずっとそう思ってた。調律者として、しっかりしなきゃって。誰にも、本当の気持ちを言えなかった。でも、違うのよ。話していいの。弱音を吐いていいの。それが、友だちってものでしょ?」
ファウナは、グラをぎゅっと抱きしめた。
「あなたは、もう一人じゃないんだから」
グラは、声をあげて泣いた。
———
しばらくして。
泣き疲れて寝てしまったグラをポタジェのソファに寝かせ、ファウナは石を手にブルーム・サークルへ向かった。
花たちは、昨日のカリオペの暴走ですっかり元気をなくしている。
でも、それでも。
「お願い。力を貸して」
エルダ・マグナの根元に、石を置く。
傷ついた花たちが、わずかに残った力を振り絞って、淡い光を放った。
石と共鳴する。
——でも。
「……言葉は、ないのね」
石は、沈黙している。ただ、渦巻く光の中で、ファウナの顔を映すだけ。
(私は、どうして影響を受けなかったんだろう)
石の表面を、そっとなでる。
(アメリアは、あんな詩を読んで。カリオペは、発明に目覚めて。クロニイでさえ、仕事を放り出した。でも、私は、何も変わらない)
その時、遠くからアメリアの朗読が聞こえた。
「……みんなに、めいわくばかりかけて、ごめん……あたしは、ただ、みんなを、おどろかせたいだけなのに……」
ファウナは、はっとした。
(あれは、本音?)
いつもは「失敗も成功のネタだぜ!」と笑っているアメリア。でも、心の奥では、迷惑をかけていることを気にしていた。
石は、性格を入れ替えたんじゃない。
隠している本心を、表面に出しているんだ。
「……そうか。この石は、みんなの本当の気持ちを、知りたいだけなんだ」
——だから、私は影響を受けない。
ファウナは、唇を噛んだ。
ずっと、自分の本音を隠し続けてきた。
花が一番大事。でも、本当は、もっとみんなに頼りたい。
「……私だって」
涙が、こぼれた。
「私だって、たまには誰かに、『大変だ』って言いたい。『助けて』って。でも、調律者だから。みんなのお母さんみたいなものだから。そんなこと、言っちゃいけないと思ってた」
涙が、石の上に落ちる。
すると——
石の光が、ほんの少しだけ、柔らかな色に変わった。Noveliaとは?
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