Re:ゼロから始める異世界生活 残り香のカンパネラ
『Re:ゼロから始める異世界生活』の新たな物語が、ここに幕を開ける——
これは、戦いの物語ではない。喪失と、記憶と、それでも手放せない想いの物語だ。
王選の激戦を終え、ようやく訪れた穏やかな午後。紅茶の香りが溶ける庭で、スバルはエミリアの笑顔を見つめていた。しかしその胸の奥には、ロズワールの言葉が棘のように突き刺さったまま。死に戻りの孤独。誰にも言えない痛み。何度も死んで、何度もやり直して、そのたびに心に積もる黒い沈殿物。
そんな日常の均衡を、古い鐘の音が破る。
アーラム村の外れに建つ、四百年前の魔女教の遺物——記憶を喰う鐘楼。夜ごと響くその音は、人々から大切なものを少しずつ奪っていく。孫の名前を忘れた老婆。自分が何を待っているのか分からなくなったベアトリス。そしてスバル自身もまた、ポケットの中の青い刺繍のハンカチ——大切なはずなのに、渡してくれた相手の顔が思い出せない——
じわじわと侵食する忘却。それでも消えない、胸の奥の痛み。
「何かを切り捨てたら、全員を殺してやり直させてやる」
あの声が、再び蘇る。
これは、忘れてはいけないものを、それでも忘れていく物語。失う怖さ
Re:ゼロから始める異世界生活 残り香のカンパネラ - 名を与える夜 ―― 忘却の鐘、最後の音
夜明け前の空気が、鐘楼の最上層にひんやりと満ちていた。
東の空がほの白く滲み始めている。だが、その光はまだ、青銅の鐘を照らすには弱すぎた。壁に刻まれた魔女教の呪文が、闇の中でかすかに青白く浮かび上がっている。
ナツキ・スバルは、半透明の少年と向き合っていた。
四百年前、魔女教の儀式で生贄にされた、名もなき者。誰にも名前を呼ばれず、誰の記憶にも残らず、ただ死んでいった存在。その成れの果てが、今、スバルの目の前に立っている。
少年の痩せ細った体は、夜明けの薄明かりを受けて、輪郭がぼやけて見えた。粗末な服は擦り切れ、裸足の足は青白く透けている。だが、その瞳だけは、ぎらぎらと、異様な光を放っていた。
「……お前、さっき言ったな。俺の名前を、覚えてやるって」
少年の声は、かすれていた。
「ああ、言った。あんたの名前を、俺が覚える。あんたの存在を、俺がここに刻む」
スバルの声は、震えていたが、真っ直ぐだった。
少年は、スバルの顔を、じっと見つめた。
「ならば、見せてもらう」
少年の口元が、薄く、歪んだ。
「お前が、本当に孤独を差し出せるのか。お前の、その覚悟の本気度を。この鐘の前で、証明してみせろ」
スバルは、唇を噛んだ。
その瞬間、だった。
ゴォォォォン……
鐘の奥底から、低い、濁った音が響いた。
今まで聞いたことのない、重く、不気味な音。青銅の鐘が、風もないのに、微かに震えている。壁の呪文が、より一層強く、青白く輝いた。
スバルの全身に、鳥肌が立った。
首筋から腰へ、冷たいものが、ゆっくりと這い上がってくる。
(なんだ、この音……)
心臓が、早鐘を打つ。
少年は、自分の半透明の胸を、押さえた。
「……なんだ、この音は。この鐘には、僕以外の、何かが、眠っている」
少年の顔に、初めて、明確な恐怖が、浮かんだ。
「僕が、四百年前に、この鐘に、捧げられた時には、こんな音は、しなかった。……何かが、いる。この鐘の、奥底に」
スバルは、鐘を、見た。
青銅の表面に刻まれた、無数の呪文。その隙間から、黒い靄のようなものが、かすかに漏れ出しているように見えた。
(この鐘は、主の孤独だけを、喰ってきたわけじゃないのか……?)
スバルの頭の中に、ロズワールの言葉が、蘇った。
『何かを切り捨てたら、全員を殺して、やり直させてやる』
あの男は、何かを知っている。この鐘のことも、スバルの死に戻りのことも。
(……今は、考えるな。目の前のことに、集中しろ)
スバルは、拳を、ぎゅっと握りしめた。
黒い手袋の下で、左手が、微かに震えている。
「……あんたが、俺の覚悟を、見たいって言うなら」
スバルは、一歩、鐘の方へ、踏み出した。
「見せてやる。俺の、全部を」
スバルは、右手を、鐘へ、伸ばした。
指先が、青銅の表面に、触れる。
冷たい。
氷のように、冷たい。
だが、その冷たさの奥に、何かが、うごめいている。鐘の奥底から、もう一つの音が、スバルの指先を通じて、体の中に、流れ込んでくる。
(これが、記憶を喰う、感覚……)
スバルの頭の中に、映像が、浮かんだ。
レムの笑顔。エミリアの、真っ直ぐな瞳。ラムの、毒舌。ガーフィールの、笑い声。ベアトリスの、不機嫌そうな顔。
大切な、記憶。
(これを、失うのか)
スバルの胸の奥で、何かが、悲鳴を上げた。
だが、スバルは、手を、離さなかった。
「俺の、死に戻りの記憶を、くれてやる」
スバルの声は、絞り出すように、低く、響いた。
「俺が、何度も、死んだ記憶。その痛みも、孤独も、絶望も、全部、この鐘に、食わせる。……だから、みんなの記憶を、返してくれ」
少年は、スバルの顔を、じっと、見つめていた。
その瞳に、何かが、揺れた。
「……お前は、本気で、言っているのか」
「本気だ。俺は、もう、逃げない」
スバルは、鐘に、手を、押し当てた。
指先から、魔力が、流れ出していく。死に戻りの記憶が、鐘に、吸い込まれていく。
頭の奥が、痛い。
何かが、剥がれ落ちていく感覚。
(ああ、これが、記憶を、失うって、ことか)
スバルの視界が、ぼやけ始めた。
その時、だった。
「スバル!!」
息を切らした、声が、鐘楼の入り口から、響いた。
スバルは、はっとして、振り返った。
螺旋階段の、暗がりから、銀色の長い髪が、月光のように、揺れていた。
エミリアが、立っていた。
紫紺の大きな瞳が、涙で、濡れている。長く尖ったエルフの耳が、微かに震えていた。寝間着の上に、薄い上着を羽織っただけの姿。息が、荒い。ここまで、走ってきたのだろう。
「スバル、ダメよ。あなたの記憶を、勝手に、差し出したりしないで」
エミリアは、スバルに、駆け寄った。
そして、スバルの手を、両手で、ぎゅっと、握った。
「記憶がなくても、今の気持ちは、本物よ」
エミリアの声は、震えていた。
だが、その瞳は、真っ直ぐに、スバルを、見つめていた。
「あなたが私を守ってくれたことも、レムがあなたを想っていることも、記憶じゃなくて、今、ここにあるの。あなたが、一人で、全部、背負う必要なんて、ないのよ」
エミリアの手は、温かかった。
氷のように冷たい鐘に触れていた手とは、正反対の、温もり。
スバルは、エミリアの手を、握り返した。
「……エミリア、でも、それじゃ、みんなが」
「それじゃ、あなたが、一人で、消えちゃうっていうの? 私が、許さないわ。あなたは、一人じゃないのよ」
エミリアの声が、鐘楼に、響き渡った。
その声は、震えていたが、力強かった。
「私も、ここに残るわ。あなたが、一人で、消えちゃうなら、私も、一緒に、消える」
スバルは、エミリアの顔を、見つめた。
純粋で、真っ直ぐで、頑固な、銀髪の少女。
スバルは、小さく、笑った。
「……お前は、ほんとに、頑固だな」
「あなたが、私を、そうさせたのよ」
エミリアは、スバルの手を、離さなかった。
その時、だった。
「……スバル、さん」
かすかな、声が、聞こえた。
スバルとエミリアは、同時に、振り返った。
螺旋階段の、さらに暗がりから、青いショートボブの少女が、現れた。
レムだった。
鬼族の生き残りで、ロズワール邸のメイド。記憶を、完全に失ってしまった、はずの少女。
レムの切れ長の青い瞳から、涙が、こぼれ落ちていた。前髪の下で、小さな鬼の角が、微かに見える。
「レムは……レムは、あなたのことを、覚えていません」
レムは、スバルの、もう片方の手を、握った。
「でも、あなたの目を見ていると、胸が、痛いの。どうしてかしら。この痛みを、失いたくないの」
レムの手も、温かかった。
スバルは、両手に、二人の温もりを、感じていた。
「ラム姉様に、止められました。でも、居ても立ってもいられなくて。……レムは、ここに、いたいの」
レムは、スバルの手を、ぎゅっと、握りしめた。
その力は、弱々しかったが、確かな、意志が、込められていた。
スバルの、胸の奥が、じわりと、熱くなった。
(俺は、一人じゃない)
(エミリアが、いて。レムが、いて)
(だから、俺は、まだ、戦える)
スバルは、顔を、上げた。
少年を、まっすぐに、見た。
少年は、その光景を、黙って、見つめていた。
その、半透明の体が、夜明けの光に、溶けていくように、薄れていく。
「……お前は、僕が、決して、得られなかったものを、持っている」
少年の声は、震えていた。
「僕は、誰にも、名前を呼ばれなかった。誰にも、手を、握ってもらえなかった。誰の記憶にも、残らなかった。……お前は、なぜ、そんなに、恵まれているんだ」
少年の声に、初めて、明確な、感情が、滲んだ。
怒りでも、妬みでもない。
ただ、悲しみ。
深い、深い、悲しみ。
スバルは、少年を、見つめた。
「……あんたの名前を、俺が、覚えてやる」
少年の、目が、見開かれた。
「あんたの存在を、俺が、ここに、刻む。だから、記憶を喰うのは、やめてくれ」
スバルの声は、力強かった。
少年は、一歩、後ずさった。
「……僕には、名など、ない。誰にも、与えられなかった」
「なら、俺が、付ける」
スバルは、少年の、半透明の体を、じっと、見つめた。
「あんたの名前は、今日から、ノアだ。俺が、そう呼ぶ。俺が、覚えてる。だから、もう、一人じゃない」
その瞬間、だった。
少年の体が、光り始めた。
足元から、指先から、無数の光の粒子が、溢れ出ていく。
「……なんだ、これは」
少年は、自分の手を、見つめた。
半透明だった手が、光の粒子に、変わっていく。
「……ノア」
少年は、その名前を、口にした。
「ノア。……それが、僕の、名前」
少年の顔に、微笑みが、浮かんだ。
四百年前に、死んだはずの少年の、初めての、笑顔。
「……ありがとう。お前は、僕を、覚えていてくれる。僕の名前を、呼んでくれる。……それだけで、僕は、もう、十分だ」
少年の体が、さらに、光の粒子に、変わっていく。
「お前の孤独を、俺は、ずっと、覚えている」
少年の声が、遠くなっていく。
「だから、お前も、誰かを、覚えていてやれ。……お前は、一人じゃない。お前には、お前を、覚えている者たちが、いる」
少年の体が、完全に、光の粒子に、変わった。
無数の光が、鐘楼の最上層を、舞い上がる。
まるで、蛍の群れのように。
光の粒子は、ゆっくりと、青銅の鐘に、吸い込まれていった。
そして、鐘の表面に刻まれた呪文が、一斉に、消えていった。
青銅の鐘は、ただの、古い鐘に、戻った。
静寂が、鐘楼を、包んだ。
スバルは、呆然と、その光景を、見つめていた。
「……ノア」
スバルは、その名前を、もう一度、口にした。
(俺は、忘れない。あんたのことを。あんたの、名前を)
スバルは、心の中で、そう、誓った。
その時、だった。
エミリアが、スバルの手を、強く、握った。
「スバル、見て。……記憶が、戻ってきてる」
エミリアの声が、震えていた。
スバルは、周囲を、見渡した。
鐘楼の壁に刻まれていた呪文が、消えている。鐘の表面も、ただの青銅に戻っている。
そして、スバルの頭の中に、映像が、蘇ってきた。
レムとの、約束。エミリアと、初めて会った日のこと。ラムの、毒舌。ガーフィールの、笑い声。
(戻ってきてる……)
スバルの胸が、熱くなった。
「……レム、お前、俺のこと、思い出したか?」
スバルは、レムの顔を、見た。
レムは、首を、横に、振った。
「……いいえ。レムは、まだ、あなたのことを、覚えていません」
レムの声は、静かだった。
「でも、レムの胸の、この痛みは、消えていません。むしろ、さっきよりも、強くなっている。……あなたのことを、想うと、胸が、ぎゅっと、苦しくなるの」
レムは、スバルの手を、握りしめた。
「記憶はなくても、あなたを好きな気持ちは、残ってるみたい」
レムは、そう言って、微笑んだ。
その笑顔は、儚げで、けれど、確かに、温かかった。
スバルの、胸の奥が、きゅっと、締め付けられた。
(記憶は、完全には、戻らないのか)
スバルは、その事実を、受け止めた。
だが、悲しみだけでは、なかった。
(それでも、レムの、この気持ちは、本物だ)
スバルは、レムの手を、握り返した。
「……ありがとう、レム」
スバルは、それだけ、言った。
エミリアが、スバルの、もう片方の手を、握った。
「私も、あなたと出会った日のこと、少ししか覚えてないの。でも、あなたが大切だってことは、わかるわ」
エミリアの紫紺の瞳が、スバルを、まっすぐに、見つめていた。
「記憶がなくても、今の気持ちは、本物よ。……スバル、あなたは、私の、大切な人」
スバルは、エミリアの顔を、見つめた。
銀色の髪が、夜明けの光に、輝いている。
スバルは、笑った。
今度は、無理やりではなく、自然に。
「……ああ。俺も、お前たちが、大切だ」
スバルの声は、震えていたが、真っ直ぐだった。
三人の、影が、鐘楼の最上層に、並んでいた。
スバルを、真ん中に。
左に、エミリア。
右に、レム。
二人の手が、スバルの手を、しっかりと、握っていた。
東の空が、白み始めていた。
夜が、明けようとしていた。
スバルは、鐘の奥底に、耳を、澄ませた。
……ゴォォォォン。
かすかに、低い、音が、聞こえた。
ノアが消えた後も、鐘の奥底から、もう一つの音が、消えずに、響いている。
(この音は、なんだ?)
スバルの胸に、冷たいものが、走った。
(ノアは、消えた。なのに、この音は、まだ、鳴っている)
スバルは、鐘を、見つめた。
青銅の鐘は、静かに、そこに、吊るされている。
だが、その奥底から、確かに、音が、響いていた。
(この鐘には、ノア以外の、何かが、眠っている)
スバルの頭の中に、ロズワールの言葉が、再び、蘇った。
『何かを切り捨てたら、全員を殺して、やり直させてやる』
(ロズワールは、この鐘のことを、知っているのか?)
(それとも、別の、何かを……)
スバルは、唇を、噛んだ。
新たな、脅威の予感。
だが、今は、その正体を、確かめる術が、ない。
「スバル、帰りましょう」
エミリアが、スバルの手を、引いた。
「みんな、心配してるわ。……ラムも、ガーフィールも」
「……ああ、そうだな」
スバルは、頷いた。
三人は、鐘楼を、後にした。
螺旋階段を、下へ、下へ。
外に出ると、朝の空気が、ひんやりと、肌に、心地よかった。
森の木々が、朝露に、濡れている。
遠くで、小鳥の、さえずりが、聞こえた。
スバルは、空を、見上げた。
東の空が、橙色に、染まり始めていた。
長い夜が、終わろうとしていた。
屋敷に戻ると、門の前で、ラムと、ガーフィールが、待っていた。
ラムは、桃色の髪を、風に、なびかせていた。左目を隠すように分けた前髪の下から、鋭い視線が、スバルを、射抜く。
ガーフィールは、金髪を、逆立てて、鋭い牙を、見せていた。額の大きな傷が、朝日に、浮かび上がっている。
「……バルス。レムを、勝手に、連れ出したわね」
ラムの声は、氷のように、冷たかった。
「……ああ。悪かったとは、思ってる」
スバルは、素直に、謝った。
ラムは、スバルを、じっと、見つめた。
「レムに、何かあったら、あんたを、殺してたわよ」
ラムの声は、本気だった。
「ラム姉様、レムは、大丈夫です。……自分から、行ったのですから」
レムが、ラムの前に、進み出た。
ラムは、レムの顔を、見た。
「……レム、あんた、本当に、大丈夫なの?」
ラムの声が、微かに、揺れた。
「はい。レムは、大丈夫です。……それよりも、ラム姉様。レムは、ラム姉様のことを、覚えています。ちゃんと、覚えています」
レムは、ラムの手を、握った。
ラムは、レムの手を、握り返した。
「……当たり前でしょ。あんたが、ラムを、忘れるわけ、ないじゃない」
ラムの声は、震えていた。
ガーフィールが、スバルの肩を、叩いた。
「大将、おれは、これからも、ついてくっからな」
ガーフィールは、白い牙を、見せて、笑った。
「おれの、この盾は、大将のために、あるんだからよ」
ガーフィールは、腰に下げた、二つの盾を、誇らしげに、叩いた。
スバルは、ガーフィールの顔を、見た。
「……ああ、頼りにしてるぜ、ガーフ」
スバルは、ガーフィールの、金髪を、くしゃりと、撫でた。
ガーフィールは、照れたように、鼻を、こすった。
ラムが、スバルの方を、向いた。
「……バルス」
ラムの声は、小さかった。
「……ありがと」
ラムは、それだけ、言って、屋敷の中へ、入っていった。
スバルは、ラムの背中を、見送った。
(ラムが、俺に、礼を言うなんてな)
スバルは、少し、驚いた。
だが、悪い気は、しなかった。
その夜、スバルは、自室で、一人、ベッドに、腰を下ろしていた。
窓の外では、月が、雲の切れ間から、顔を覗かせている。
スバルは、ポケットから、一枚のハンカチを、取り出した。
小さな、刺繍入りのハンカチ。
レムが、くれたものだ。
……はずだ。
スバルは、ハンカチを、握りしめた。
(レムが、これを、くれた時のこと)
(あの時、レムは、なんて言ってたっけ)
思い出そうとした。
……少し、思い出せた。
レムの笑顔。レムの声。
「……スバルさん、これ、レムからの、お礼です」
レムの声が、頭の中で、響いた。
スバルは、ハンカチを、見つめた。
ぼやけていた刺繍の模様が、わずかに、輪郭を、取り戻していた。
完全ではない。
だが、確かに、何かが、戻ってきていた。
(完全には、戻らない)
(でも、確かに、何かは、戻ってきてる)
スバルは、ハンカチを、胸に、押し当てた。
その時、だった。
……ゴォォォォン。
遠くから、かすかに、鐘の音が、聞こえた。
スバルは、体を、強張らせた。
(また、鐘が……)
だが、その音は、今までの、記憶を喰う鐘の音とは、違っていた。
もっと、低く、重く、不気味な音。
ノアが消えた後も、鐘の奥底から、消えずに、響いていた、あの音。
スバルは、窓の外を、見た。
月明かりに、照らされた、静かな庭園。
その向こうに、アルヴァ森林の、黒い影が、広がっている。
(あの鐘の、奥底には、まだ、何かが、いる)
スバルの胸に、冷たいものが、走った。
ロズワールの宣告が、頭の中で、反響した。
『何かを切り捨てたら、全員を殺して、やり直させてやる』
(俺は、何も、切り捨てなかった)
(でも、あの鐘の、奥底の、何かは……)
スバルは、ハンカチを、握りしめた。
(俺は、これからも、戦わなきゃいけない)
(みんなを、守るために)
スバルは、決意を、新たにした。
窓の外では、月が、静かに、雲に、隠れていった。
遠くで、風が、森を、揺らす音がした。
鐘の音は、もう、聞こえなかった。
だが、スバルの耳の奥には、あの低い音が、まだ、残っていた。
(この音は、なんだ?)
(この鐘の、奥底に、眠っているものは……)
スバルは、その答えを、まだ、知らない。
だが、確かなことが、一つだけ、あった。
(俺は、もう、一人じゃない)
スバルは、ハンカチを、胸に、押し当てたまま、目を、閉じた。
長い夜が、終わった。
だが、新たな、夜の、気配が、すでに、すぐそこまで、来ていた。Noveliaとは?
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