琥珀の罠 ~冷徹社長は夜だけ淫らに求める~
【琥珀の罠 ~冷徹社長は夜だけ淫らに求める~】
失恋の痛みを忘れようと、バーで出会った謎めいた男と衝動的に一夜を共にした28歳の広告代理店勤務・加賀美栞里。翌朝、緊急招集された会社の会議で現れた新社長は、昨夜の相手その人だった。
公私混同は一切許さないと公言し、冷徹な若き実業家として名高い西園寺怜真は、栞里を完全に無視する。だが、安堵も束の間、仕事終わりに「今夜9時、来い」とだけ告げられ、高級ホテルへと呼び出される。そこでは、昼間の氷のような態度が嘘だったかのように、怜真は彼女を灼熱の抱擁で包み込む。
「お前を誰にも触れさせない」——強烈な独占欲を叩きつけられ、二人だけの危険な秘密の関係が始まる。昼は他人、夜は恋人。ほろ苦い情事に心を溶かす栞里。だが、怜真の残酷さは留まるところを知らず、皆の前で叱責するためだけにオフィスへ呼び出したかと思えば、その夜には優しく抱きしめる。
混乱のさなか、怜真の元婚約者で大株主の妖艶な美麗が現れ、衝撃の事実を暴露する。「彼は復讐のためにあなたを利用しているの」。栞里の亡き父が怜真の父を裏切った過去があり、会社を乗っ取った上で栞里を心身ともに支配する
琥珀の罠 ~冷徹社長は夜だけ淫らに求める~ - 昼は冷酷な社長、夜は私だけの独占欲——二面性の檻
月曜の朝、六本木ヒルズ森タワーのエントランスをくぐりながら、栞里は心の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。
(忘れる。絶対に忘れる)
金曜の夜のことは、自分の人生にはなかったことにしよう。たまたまバーで隣り合っただけの、名前も知らない誰かとの、たった一度の過ちだ。それでいいはずだった。
なのに。
あの男が、自分の新しい社長だったなんて。
エレベーターの中で、栞里は小さく息を吐いた。扉が閉まる直前、駆け込んできたのは辻村愛だった。鮮やかな赤い髪を揺らしながら、いつもの明るい笑顔を見せる。
「[excited]おはよう、栞里!今日も朝から資料作り?」
「[gentle]ええ、まあ……そんなところです」
栞里は曖昧に微笑んだ。愛は制作局の同期で、小さなクリエイターだ。いつも元気で、人の話をよく聞いてくれる。こんな時だからこそ、その明るさが少しだけ胸にしみた。
でも、話せるわけがない。新社長と一夜を共にしたなんて、誰にも言えることじゃなかった。
三十八階に着くと、フロア全体がざわついているのがわかった。普段より明らかに人が多い。みんなスーツの襟を正し、緊張した面持ちで大会議室へと向かっている。
「[surprised]あれ、今日って何かあったっけ?」
愛が首をかしげた瞬間、館内放送が流れた。
『全社員の皆様、ただいまより第一回経営改革会議を開催いたします。管理職および主要スタッフは、直ちに三十八階大会議室へお集まりください』
秘書の藤堂の声だった。感情のこもらない、事務的で冷たい声。
栞里の背筋に、金曜の夜の記憶がよぎった。
(怜真——社長)
名前を思い浮かべるだけで、唇がかすかに熱を持った気がした。そんな自分に気づいて、栞里は無理やり頭を振る。
ダメだ。考えるな。
──
大会議室には、すでに八十人近い社員が集まっていた。ざわざわとした話し声が天井まで届きそうなほど響いている。壁一面のガラス窓からは、東京タワーと六本木の街並みが広がっていたが、誰も景色を楽しむ余裕はなかった。
栞里は愛と一緒に壁際の席に座り、膝の上で両手をぎゅっと握った。
壇上に、長身の男が上がってくる。
185センチの長身。漆黒の髪。氷のように冷たい青い瞳。
西園寺怜真。
彼が現れた瞬間、会議室の空気がぴりっと張り詰めた。全員が背筋を伸ばし、視線を壇上に集中させる。怜真はゆっくりとフロアを見渡した。その目は、栞里の列の前でほんの一瞬だけ止まった——気がした。
でも、すぐに滑るように次へ移っていく。
金曜の夜に、同じ唇で栞里の名前を呼んだ男とは思えない冷たさだった。
「[serious]これより、第一回経営改革会議を始める」
低い声が、マイクを通して会議室に響き渡る。
「[serious]先週提出された各部署の月次報告書について、私から評価を伝える」
大型スクリーンに、資料の一覧が映し出された。営業局、メディア局、管理部門——一枚ずつ、怜真が淡々とコメントを加えていく。その声には感情が一切感じられなかった。
そして、制作局の資料が画面に表示された瞬間。
栞里の呼吸が止まった。
それは、自分が金曜の午後に提出した資料だった。失恋のショックで、日付を間違えたあの資料だ。
(まさか)
「[cold]この資料の数字の根拠が一つも示されていない」
怜真の声が、会議室の空気を切り裂いた。
「[cold]市場分析のデータソースはどこにある。競合比較の参照元は。何より、提案の前提となる数字に何の裏付けもない。このクオリティでは話にならない」
制作局長の三枝が、すかさず口を開いた。
「[sarcastic]申し訳ございません、社長。この資料は営業アシスタントの加賀美が担当しました。すぐに修正させます」
五十代の三枝の顔には、わずかに嘲笑のようなものが浮かんでいた。旧経営陣派のこの男は、怜真のことをよく思っていない。でも、直接逆らう勇気はないから、代わりに栞里を矢面に立たせる。
怜真は、栞里の方へ一切視線を向けなかった。
「[cold]担当は誰でもいい。今週中に完全版を提出しろ。以上だ」
それだけ言うと、怜真は次の議題に移った。
栞里の頬が、かっと熱くなった。
周囲の視線が刺さる。憐れみ、嘲り、あるいは「やっぱり裏切り者の娘だ」という無言の非難——すべてが混ざり合って、肌に突き刺さってくるようだった。
(あの夜は……)
声を聞かせろ。逃げるな。
同じ男が、今は栞里のことなど存在しないかのように振る舞っている。その温度差に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
隣に座っていた愛が、膝の下でそっと栞里の手を握ってきた。
「[whispers]ひどいよ、これ……栞里のせいじゃないのに」
愛が口パクでそう伝えてくる。ヘーゼル色の瞳には、本気で怒っているような色が浮かんでいた。
栞里は何も言えず、ただ小さくうなずくことしかできなかった。
──
会議が終わったのは、午前十一時を過ぎた頃だった。
栞里は足早に廊下を歩き、三十九階のデスクへ戻ろうとした。その途中、廊下の向こうから怜真が歩いてくるのが見えた。
秘書の藤堂と、企画部の誰かと話しながら。
心臓が早鐘を打ち始める。
(どうすればいい)
すれ違う。その瞬間、怜真は栞里の方をちらりとも見なかった。ただ部下と話を続けながら、まったくの他人のように通り過ぎていく。
金曜の夜、同じ唇でキスをした男。
同じ手で、栞里の髪を撫でて、肌をなぞった男。
それが今は、完全に知らん顔をしている。
胸の奥で、何かがかすかに軋んだ。
怒り——なのか。悲しみ——なのか。自分でもよくわからない感情が、喉のあたりに引っかかっている。
──
昼休み。
社員食堂の隅で、栞里はサンドイッチをつついていた。食欲なんてなかったけど、何か食べていないと倒れてしまいそうだったからだ。
向かいの席に、トレイを持った愛がどさっと座った。
「[sad]さっきの会議、マジでひどかったよね。社長、なんか栞里のこと狙い撃ちしてたみたいじゃなかった?」
「[gentle]そんなことないわ。たまたま私の資料が悪かっただけよ」
栞里は目を逸らしながら答えた。
愛はじっと栞里の顔を見つめてくる。
「[serious]……なんかさ、先週から変だよ、栞里。朝礼の日からずっと、なんかふわふわしてるっていうか」
どきっとした。
「[surprised]そ、そんなことないです」
「[sarcastic]えー、絶対なんかあるでしょ。好きな人でもできた?」
愛がニヤリと笑う。
その瞬間、栞里は大きく首を振った。でも、わずかに顔が赤くなるのを、愛は見逃さなかった。愛の目がキラリと光る。
「[excited]あ、今ちょっと顔赤くなった!やっぱり何かあるんじゃん!」
「[scared]ないったら、ないの!」
栞里はサンドイッチを口に押し込んで、それ以上話せないようにした。
(好きな人、なんて)
とんでもない。相手は社長で、自分はただのアシスタントだ。それに、栞里の父を裏切り者として憎んでいるかもしれない相手だ。好きになるはずがない。
なのに。
胸の奥で、あの夜のぬくもりがまだくすぶっている。
──
午後の業務中も、栞里はデスクで資料のやり直しをしながら、まったく集中できなかった。
パソコンの画面に数字を打ち込んでは消し、また打ち込む。でも、頭の中では怜真の声が交互に響いていた。
『このクオリティでは話にならない』
『声を聞かせろ』
冷たい声と、熱い囁き。同じ男のものとは思えない二つの声が、ぐるぐると頭の中でこだましている。
(あの人は、本当はどっちなんだろう)
会議での怜真は、まるで機械みたいに冷徹だった。でも、ヴァンベールでの怜真は、まるで別人のように熱かった。どっちが本当の西園寺怜真なのか、栞里にはもうわからなくなっていた。
──
夜の九時を回った頃。
恵比寿の自宅マンションで、栞里はまだ資料のやり直しを続けていた。部屋の中は本と広告資料で溢れ、観葉植物がいくつか窓辺に置かれている。冷蔵庫には作り置きのおかずが数品。いつもの日常のはずなのに、今日は何もかもが違って見えた。
スマホが震えた。
非通知のメッセージ。
『今夜も来い』
前回と同じ文面。
指先が震えた。今度こそ行かないと決めて、『行けません』と返信を打つ。送信ボタンを押した。
その直後、着信音が鳴り響いた。
画面には【非通知】の文字。
初めての、直電だった。
栞里はスマホを握ったまま、十秒ほど動けなかった。指が震えて、うまくボタンを押せない。ようやく通話ボタンをタップして、耳に当てた。
「[serious]返信は要らない」
低い声が、鼓膜を直接震わせた。
「[serious]来い」
それだけ言って、通話は切れた。
栞里はスマホを握ったまま、ベッドの端に座り込んだ。
(行っちゃダメだ)
頭ではわかっている。これはおかしい関係だ。社長と部下。しかも、昼間はあんなに冷たく扱われているのに、夜だけ呼び出されるなんて、どう考えても普通じゃない。
なのに。
気がつくと、栞里はクローゼットからコートを取り出していた。
──
西麻布の住宅街。
生け垣の奥に隠れるように佇むホテル、ヴァンベール東京。看板すら出ていない完全会員制の超高級ホテルだ。バトラーが無言で最上階へ案内する。
プレジデンシャルスイート「月華」。
扉が開いた瞬間、栞里の視界に飛び込んできたのは、ジャケットを脱いでネクタイを緩めた怜真の姿だった。窓の外には東京タワーが赤く光っている。
怜真は無言のまま、栞里に近づいてきた。
「[cold]なぜ来た」
「[scared]……それは……」
答えられなかった。自分でもわからない。行く理由なんてどこにもない。なのに、足が勝手に動いた。
怜真は栞里のコートを強引に肩から引き落とした。
「[whispers]俺が呼んだからだ」
自分で答えて、怜真は栞里を壁に押しつけた。
昼間の冷徹さが、嘘のように消えている。怜真の手が栞里の顎を持ち上げ、唇を重ねてきた。深く、乱暴で、でもどこか切実なキス。
「[whispers]お前は俺だけのものだ」
囁きとともに、ブラウスのボタンが一つ、また一つと外されていく。怜真の手が栞里の首筋をなぞり、鎖骨に歯を立てた。薄い痕が残るくらいの強さで。
(逃げなきゃ)
頭のどこかで誰かが叫んでいる。でも、体はまったく言うことを聞かなかった。むしろ、もっと触れてほしいとねだるように、腰がかすかに動く。
怜真の指が、ブラウスの下から滑り込み、栞里の乳房を優しく包んだ。親指が乳首をこすりあげると、甘い痺れが背筋を駆け抜ける。
「あ……っ」
声が漏れた。
「[whispers]もっと聞かせろ」
怜真は低く命じて、栞里のスカートの下に手を入れた。ストッキング越しに内腿をなぞられ、栞里の体がビクッと震える。
そのまま、怜真は栞里をベッドへと導いた。
服が床に落ちていく。ブラウス、スカート、ストッキング——すべてを脱がされて、栞里は裸でシーツの上に沈められた。窓の外の夜景だけが、二人を照らしている。
怜真は自分の服も手早く脱ぎ捨てた。鍛え上げられた胸板、引き締まった腹筋、そして——すでに硬くそそり立ったペニスが、東京タワーの光に照らされて浮かび上がる。
「[whispers]お前は俺だけのものだ。誰にも渡さない」
怜真はもう一度そう囁いて、栞里の脚を開かせた。指が秘部に触れる。そこはもう、とっくに濡れていた。
「[whispers]こんなに濡らして……誰のせいだ」
「[scared]……わ、わかりません……」
栞里は恥ずかしさで顔を背けた。でも、怜真の指が膣口をなぞり、クリトリスを優しく押すたびに、腰が勝手に跳ねてしまう。
「[whispers]素直じゃないな」
怜真は低く笑って、ペニスの先端を濡れた膣口にあてがった。そして一気に、奥まで突き入れる。
「ああっ!」
叫び声が部屋に響いた。膣の奥まで一気に満たされて、栞里の体が大きく仰け反る。怜真は容赦なく腰を動かし始めた。深く、速く、何度も何度も突き上げてくる。
「あっ、あっ、や……ま、待って……!」
「[whispers]待たない」
怜真の腰の動きがますます激しくなる。ペニスが膣内を擦るたびに、甘い痺れが全身に広がって、涙が滲んだ。
(なんで……なんでこんなに感じるの……)
昼間はあんなに冷たいのに。自分のことを完全に無視したのに。今はこんなに熱くて、求めてくる。その矛盾が栞里の理性をぐちゃぐちゃに溶かしていく。
一度目の絶頂は、あっけなくやってきた。
膣の奥がきゅっと締まって、全身がビクビクと痙攣する。イく瞬間、栞里の口からは声にならない声が漏れた。
でも、怜真は止まらなかった。
まだ硬さを保ったままのペニスを引き抜いて、今度は栞里の体をうつ伏せにひっくり返す。腰を高く上げさせて、後ろから一気に挿入してきた。
「ひあっ……!」
バックからの体位は、さっきよりもずっと深くまで届く。ペニスの先端が子宮口をノックするたびに、視界が白く弾けた。
「[whispers]お前のここ、俺の形を覚えろ」
怜真は栞里の腰を掴んで、さらに激しく突き上げる。
「やっ、もう、むり……イく、またイっちゃう!」
二度目の絶頂が、さっきよりもずっと深く栞里を飲み込んだ。膣がペニスをぎゅっと締めつけ、愛液が太腿を伝ってシーツに染みを作る。
それでも、怜真はまだ射精していなかった。
栞里の体を再び仰向けに戻して、今度は正面から向き合う。見つめ合いながら、ゆっくりとペニスを挿入してきた。
「[whispers]俺の目を見ろ」
「[crying]……む、むりです……恥ずかしくて……」
「[whispers]見ろと言った」
怜真の青い瞳が、真っ直ぐに栞里を射抜く。逃げ場はなかった。涙でぼやけた視界の中で、栞里は怜真の目を見つめ返した。
そこには——昼間の冷たさはなかった。代わりに、深い孤独と、激しい独占欲と、何かを必死に押し殺しているような苦しさがあった。
(この人も、苦しいんだ)
そう思った瞬間、三度目の絶頂が栞里を襲った。
「イく……イっちゃう、怜真さん……!」
叫びながら絶頂を迎える栞里の膣に、怜真もついに射精した。熱い精液が膣の奥に注がれる感覚が、全身を震わせる。
行為の後。
荒い息を整えながら、怜真は栞里の乱れた髪を指で払った。そして、間近から目を覗き込む。
「[serious]明日も、俺の前では平静でいろ。社内では他人だ」
その言葉のあまりの冷たさに、栞里の胸の奥がきゅっと音を立てた気がした。
(好きになってはいけない)
ベッドの上で、初めてその恐怖を自覚した。
この人を好きになってはいけない。体だけの関係のはずなのに、心まで奪われてはいけない。だって、昼間のこの人は、自分をただの部下としてしか見ていない。復讐の対象として、冷たく扱うだけだ。
わかってる。わかってるのに。
胸の奥で、何かがかすかに熱を持ち始めているのを、栞里はもう否定できなかった。
──
翌朝。
首筋に残った怜真の痕をスカーフで隠して、栞里は出社した。エントランスをくぐり、三十九階のデスクへ向かう。
その途中で、制作局長の三枝に呼び止められた。
「[sarcastic]加賀美、社長に目をつけられたんだってな。まあ、お前の父親のこともあるし、ここにいづらくなるのも時間の問題かもな」
三枝の口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。
周囲の同僚たちは、聞こえていながら誰も何も言わない。三枝の嫌みは、本当は怜真に向けられているのだ。でも、怜真に直接逆らえないから、弱い立場の栞里に八つ当たりしている——全員がそれを知っているのに、誰も庇わない。
栞里は一瞬、言い返そうかと思った。でも、父親の背任疑惑のことを持ち出されて、言葉が出なくなる。
「[gentle]……やり直し資料、今日中に提出します」
それだけ言って、栞里はデスクへと向かった。
(ここにいづらくなるのも時間の問題)
三枝の言葉が、耳の奥でこだましている。
──
午後。
打ち合わせ室の前の廊下で、栞里は一瞬だけ怜真とすれ違った。怜真は秘書の藤堂と話しながら歩いていて、栞里の前で立ち止まらない。
ただ、すれ違いざまに視線が一瞬だけ交差した。
ほんの一秒。
怜真の目には、何の感情も読めなかった。冷たく、深く、底の見えない青い瞳。栞里が会釈しようとした瞬間、彼はすでに前を向いている。
誰にも気づかれないほどの短い交差。
でも、栞里の心臓は激しく跳ねていた。
(私は、この人がわからない)
夜はあんなに熱く求めてくるのに、昼はまったくの他人。この二面性に、栞里はもう振り回されっぱなしだった。
──
仕事を終えて帰宅した夜。
恵比寿のマンションの部屋で、栞里は鏡の前に立った。
スカーフを外すと、首筋にうっすらと赤い痕が残っている。怜真がつけたものだ。指でそっとその痕をなぞりながら、栞里は小さくため息をついた。
(怜真のことを考えないようにしよう)
そう決意する。
そして、決意した三秒後には、もう彼の声が耳の中で響いていた。
『お前は俺だけのものだ』
鏡の中の自分が、かすかに顔を赤らめている。
(……ダメだ、私)
自己嫌悪と、どうしても抗えない熱が、同時に栞里の胸を締めつけた。
この感情が何なのか。
まだ名前をつけるのが怖くて、栞里は鏡から目を逸らした。窓の外には、恵比寿の街灯りが静かに瞬いている。
あの夜のことを、なかったことにはできない。
昼の怜真と、夜の怜真。どちらが本当の彼なのか——そして、自分はどちらの彼に惹かれているのか。
その答えが出せないまま、長い夜が更けていった。