二次創作とAI — 渡すのは事実ではなく、あなたの読み

二次創作でAIを使うと、原作に書いてあることを丁寧になぞった、当たり障りのない話が返ってきます。キャラクターは崩れていないが、面白くもない。これは平均的な解釈が返ってきているからです。 そして二次創作という営みの本体は、平均的な解釈のもっとも遠いところにあります。

原作と同じものを書いても、何も起きない

当たり前のようでいて、ここが出発点です。原作で描かれた場面を、原作どおりに書き直しても、読者にとっての価値はほぼゼロです。原作を読めばいいからです。

では何を書くのか。原作が描かなかったことです。語られなかった時間、選ばれなかった選択肢、交わらなかった二人。二次創作の実体は、原作の余白に対する回答です。

だから、余白がどこにあるかを正確に見つけられる人ほど強い。原作を何度も読み返している人が良いものを書くのは、記憶量の問題ではなく、空白の位置を把握しているからだと思います。

探していたのは続きではなく、自分と同じ読みだった

二次創作を探すとき、読者が本当に探しているのは原作の続きではありません。自分と同じ解釈をしている人です。この人物はこういう時にこう動くはずだ、という自分の読みと一致する作品。

そして、それが見つかる確率は低い。組み合わせを考えれば当然です。 誰と誰の関係を中心に置くか、どの時期を書くか、原作のどの描写を重く見るか、その人物の弱さをどこに置くか。読みの分岐は無数にあり、同じ読みを持ち、かつ書く人が存在しなければ、その作品は世に出ません。

だから読者は、七割合う作品を読んで、残り三割の違和感を飲み込んできました。「解釈違い」という言葉が日常語として通用している文化は、他にあまりありません。 それだけ、自分の読みと出会えないことが常態だったということです。

自分の読みを渡して書かせられるというのは、この三割が消えるということです。他人の解釈を探す作業から、自分の解釈を形にする作業へ変わります。 二次創作にとっては、これが最も大きい変化だと思っています。

解釈とは、描かれていない場面での挙動を推論すること

「解釈」という言葉は曖昧に使われがちですが、二次創作の文脈ではかなり具体的な作業を指します。

この人物は、原作で描かれなかったこの状況に置かれたら、どう振る舞うか。何を言い、何を言わずに済ませ、どこで黙るか。これを原作の描写から演繹する作業です。

言い方を変えると、人物の行動原理を抽出して、未知の入力に適用している。原作が与えているのは有限の事例で、そこから規則を取り出し、事例にない場面へ適用する。相当に高度な推論です。

そして、ここに個人差が出ます。同じ原作を読んでも、抽出される行動原理は人によって違う。その差こそが、その人の作品になります。二次創作の個性は、文体ではなく解釈に宿ります。

キャラ崩壊と解釈の境界は、実は明確に引ける

よく揉める論点ですが、線引きは可能だと思います。

崩壊とは、原作の描写から演繹できない挙動のことです。解釈とは、演繹はできるが原作では実際には描かれなかった挙動のことです。

「この人物がこの状況でこう言った」に対して、原作のどの描写から導けるかを示せるなら、それは解釈です。示せないなら崩壊です。読者が怒るのは意外な挙動そのものではなく、導出の根拠がないときです。

面白いのは、大胆な解釈ほど根拠を必要とすることです。原作から遠い場所へ人物を連れて行きたいなら、その途中の道筋を丁寧に敷かなければならない。逆に言えば、道筋さえ敷ければどこまでも行けます。

根拠のない挙動

 冷徹で知られる彼が、そのとき突然泣き出した。

導出が見える挙動

 彼は泣かなかった。

 ただ、報告を読み上げる声が、一箇所だけ詰まった。部下の名前のところだった。

 読み終えてから、彼はもう一度、その行だけを黙って読み直していた。

一次創作より難しい条件がある

二次創作を軽く見る向きがありますが、書く側から見ると条件はむしろ厳しいです。

読者が既に答えを持っている。一次創作なら「この人物はこういう人です」と提示すれば通りますが、二次創作では読者の中に既に像があり、そこからずれた瞬間に違和感として検出されます。しかも読者ごとに像が微妙に違う。

加えて、描写の省略が要求されます。原作の説明を長々と書くと、知っている読者には冗長で、知らない読者には足りない。どちらにも届かない。

制約が多いぶん、成立したときの精度が高い。狭い的を射る競技に近いと思います。

——AIが二次創作で失敗する理由

ここでの壊れ方は、他のジャンルとまったく違います。

一つめ。モデルは原作についての「平均的な理解」を持っています。多くの人が書いたその作品についての文章を学習しているので、最も一般的な読み方が分布の中心になる。ところが二次創作の価値は、個別の解釈にあります。中心を取る仕組みと、中心から離れた読みを求めるジャンルが、正面から衝突します。出てくるのは、誰かがすでに書いた解釈です。

二つめ。人物の再現が、語彙の模倣に落ちます。口調、一人称、決め台詞。表層の特徴は非常によく真似ますが、行動原理までは抽出していない。だから喋り方は完璧なのに、選択が「その人」ではない、という出力になります。二次創作の読者が最も敏感な部分が、ここです。

三つめ。原作にない状況への適用が弱い。学習した事例の内側を埋める作業は得意でも、事例の外側へ規則を伸ばす作業は不安定です。ところが二次創作は定義上、原作にない状況を扱います。最も必要な能力が、最も不得手な部分に当たっている。

だから、渡すべきなのは「あなたの読み」

ひっくり返すと、人間の仕事ははっきりします。

行動原理を、自分の言葉で一行にすること。「この人物は、守りたいものがあるときだけ嘘をつく」「この人物は、自分が傷つくより相手に幻滅されるほうを恐れている」。原作から演繹した、あなたの読み。

これを渡せば、出力は平均的な解釈から離れます。渡さなければ、必ず最も一般的な像に戻ります。

総論(AI小説は薄っぺらいのか)で「材料が他人のものでも、そこに解釈が乗れば作品になる」と書きました。二次創作は、その原則が最も純粋な形で現れる場所だと思います。素材は全部借り物で、乗っているのは解釈だけ。それでも作品になる。逆に、解釈が乗っていなければ、一次創作でも何も作っていないことになります。

書くこと自体とは別に、扱いの話

最後に現実的なことを。

二次創作は、権利者の黙認の上に成り立ってきた慣習です。明確に許諾している場合もあれば、ガイドラインを出している場合も、禁じている場合もある。作品ごとに事情が違います。

書くことと、公開すること、収益を得ることは、それぞれ別の判断です。混ぜないほうがいい。公開する場合は、その作品の権利者がどういう方針を示しているかを確認してから決めるのが筋だと思います。

創作論としての価値と、扱いの適否は別の話です。この文章は前者だけを扱っています。

渡すのは、描かれていない場面での挙動

実務では、原作の事実を並べても効きません。あなたが推論した挙動を渡します。

「この人は謝るとき、絶対に理由を説明しない」。「褒められると話題を変える」。原作にそう書いてあるわけではないが、あなたはそう読んでいる。これが解釈であり、平均から外れる唯一の材料です。

キャラ崩壊との境界も、ここで引けます。原作の描写と矛盾するなら崩壊、矛盾しないが書かれていないなら解釈。AIが出してくるのは常に最も一般的な解釈なので、放っておけば崩壊はしないが、あなたの読みにもなりません。

自分の読みを一行にして渡し、場面の組み立てを任せてみる

無料でAI小説を作る

登録で5,000ポイント付与。

よくある質問

キャラ崩壊が怖くて書けません

原作のどの描写から導けるかを、自分で一度言葉にしてみてください。示せるなら解釈です。示せない挙動だけが崩壊なので、基準は自分で判定できます。

原作の説明はどこまで書くべきですか?

最小限にしてください。知っている読者には冗長になり、知らない読者には結局足りません。前提を共有している相手に向けて書くほうが、作品としては強くなります。

AIに書かせると原作っぽいだけの文章になります

口調は真似ても行動原理は抽出されていません。「この人物はこういうときこうする」という規則を一行で渡してください。渡さなければ最も一般的な像に戻ります。

どの場面を書けばいいか分かりません

原作が描かなかった時間を探してください。語られていない空白の位置を正確に見つけられるかどうかが、そのまま出来に直結します。

続けて読む