ゲイ小説とAI — ステレオタイプに落ちる理由と、その外へ出る方法

AIにこの領域を書かせると、まずステレオタイプが出てきます。理由は仕組みの通りで、学習データの中で最も量が多い書かれ方が返ってくるからです。そして残念ながら、量が多いのは当事者が書いたものではなく、外から書かれたもののほうです。ここを外すには、平均の外にある材料を渡すしかありません。

BLとは、そもそも起点が違う

BLは、主に女性の書き手と読者が、商業の恋愛小説が扱わなかった欲望を自前で積み上げてきた領域です。中心にあるのは関係性の美学で、現実の当事者の生活を描くことは目的ではありません。それは欠点ではなく、そういうジャンルとして完成しています。

一方のゲイ小説は、当事者が自分たちの生活を書いてきた系譜です。三島由紀夫の『仮面の告白』は一九四九年、一九七一年には雑誌『薔薇族』が創刊されています。文学としても、生活の記録としても、それぞれ独立した蓄積がある。

だから主題も違います。BLの中心が二人の関係だとすれば、こちらの中心はしばしば社会のほうにあります。誰に言い、誰に言わないか。職場でどう振る舞うか。家族とどう折り合うか。

混ぜて書くと、たいてい両方から違和感を持たれます。どちらを書いているのかは、最初に決めておいたほうがいい。

当事者が読みたいものは、ずっと供給が細かった

このジャンルは、しばしば女性向けの作品群と同じ棚に置かれますが、読者も動機も系譜も異なります。そして当事者が読みたいものの供給は、長く細いままでした。

理由は市場です。部数が立つのは、恋愛としての型が明確な作品のほうで、生活や労働や家族や老いを扱った作品は数が出ません。恋愛以外を主題にしたものが読みたい、という需要は、企画として通りにくい。

さらに、リアリティの要求水準が高い領域でもあります。読者に当事者がいる以上、細部の嘘がすぐ分かる。だから外から書く人は書きにくく、当事者は書く時間がない。結果として、供給が細くなります。

ここで効くのが、生活の具体です。どこで気を張り、誰の前で何を言わないか。 これは統計の外にある情報で、持っている人にしか書けません。逆に言えば、持っている人が一行渡せば、AIは残りを埋められます。

主題は、恋愛に限らない

このジャンルを書こうとする人が、まず恋愛の話を考えるのは自然ですが、実際に厚みのある作品は恋愛以外を扱っていることが多いです。

親にどう伝えるか、あるいは伝えないまま何十年が過ぎるか。長く連れ添った相手が入院したときに、家族ではないという理由で立ち入れないこと。相続や看取りの場面で、制度の側に自分たちの関係が存在しないこと。老いること。

恋愛は始まりの話ですが、生活は続きの話です。続きのほうに、このジャンル固有の題材が集まっています。

逆に言うと、出会って結ばれて終わる構成にすると、BLと見分けがつかなくなります。

読者に当事者がいる、という前提

リアリティの要求水準が高いのは、読者の中に実際の当事者がかなりの比率で含まれているからです。

細部の嘘は、すぐに検出されます。どういう場面で人が言葉を選ぶか。どこで黙るか。どんな冗談は許されて、どんな冗談は許されないか。この手の細部は、外から想像して書くと必ずずれます。

だから、書く前に読むのが早いです。当事者が書いたものを何冊か読んでからのほうが、時間としては短くて済みます。

避けたほうがいい二つの型

長く問題にされてきた型が二つあります。どちらも、当事者文学が抵抗してきたものです。

一つは、戯画化。語尾や身振りを誇張して笑いの装置にする書き方です。娯楽作品で長く使われてきましたが、当事者の読者にとっては、自分たちが道具として扱われている場面になります。

もう一つは、悲劇の運命づけ。この属性であるがゆえに不幸になる、という筋を自動的に選んでしまうことです。実際に困難はありますが、困難があることと、物語として必ず不幸で終わらせることは別です。後者を反復すると、それ自体が一つの偏見になります。

どちらも、書き手に悪意がなくても起きます。既存作からの模倣で書くと、自然にこの型に入るためです。

開示の場面は、説明にしない

技術的な話を一つ。このジャンルでは、自分のことを誰かに伝える場面が重要な山になりやすい。

ここで失敗するのは、説明として書いてしまうときです。経緯を語らせ、相手が理解し、和解する。整理された筋ですが、読んでいて何も起きません。

実際のその場面は、たいてい整理されていません。言おうとしてやめる。関係のない話から入る。相手が先に察していて、その察し方に腹が立つ。伝わったのかどうか、最後まで分からない。

整えないほうが強い場面です。

整理してしまうと

「実は、ずっと言えなかったことがある。俺は男が好きなんだ」

 母はしばらく黙ったあと、静かに頷いた。

「……そう。話してくれてありがとう」

整理しないと

「食べないの」

 母は皿のほうを見て言った。さっきから、こちらを見ていない。

「うん」

 言おうと思っていた言葉は、まだ喉の下のあたりにあった。

「前に来た人、元気」

 ——知っていたのか。それとも、ただの世間話なのか。

 結局その日は、何も言わずに帰った。

——AIがこの領域で外す理由

このジャンルでの生成の問題は、文章力ではなく分布の偏りにあります。

一つめ。学習データに含まれる「ゲイの登場人物」は、その多くが当事者以外によって書かれたものです。娯楽作品の脇役、笑いの装置、悲劇の役割。当事者が自分のために書いたものは、量としては少数派になります。だから出力は、外から書かれた像の平均になります。

二つめ。上に挙げた二つの型が、まさにその分布に含まれています。戯画化と悲劇の運命づけは、放っておくと自然に出てきます。悪意の問題ではなく、多数派の書き方を再現しているだけです。

三つめ。このジャンルの細部は、生活の中でしか得られないものが多い。制度の不在が具体的にどう現れるか、どの場面でどんな言葉が選ばれるかは、記述された文章の統計からは拾いにくい部分です。

結果として出てくるのは、間違ってはいないが誰の生活でもない文章になります。

当事者でない書き手が書く場合

この点も、避けずに書いておきます。

当事者でなければ書いてはいけない、という立場は取りません。小説は他人について書くものですし、外からしか見えないこともあります。

ただ、外から書く場合には手間が要ります。読むこと、聞くこと、自分の想像が既存作の模倣になっていないか確認すること。この手間を省いた作品が、上の二つの型に落ちます。

書き手の位置を隠す必要もないと思います。誰が書いているかは、たいてい文章に出ます。

分担

人間が持つべきなのは、具体です。

どの場面で誰が黙るのか。何を言わずに済ませるのか。制度や周囲との摩擦が、どんな地味な形で日常に出るのか。この解像度は、調べるか、聞くか、経験するかでしか上がりません。

それを決めて渡せば、場面の組み立て、周辺人物、長さの調整は任せられます。渡さなければ、平均的な像が返ってきます。

渡すのは、生活の一点

実務として渡すべきは、関係の型ではありません。生活の具体を一つ。

「職場の飲み会で、恋人の話になると水を取りに立つ」。「実家に帰るとき、部屋の写真立てだけ伏せる」。この種の一行は平均から出てきません。そして一行あれば、その人物の輪郭が全部立ちます。

主題を恋愛に限らないことも指定してください。放っておくと恋愛の型に寄ります。 仕事、金、病気、親との関係、老い。どれもこのジャンルで書かれてきた主題ですが、平均としては出てきません。

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よくある質問

BLとして書くのとどう違いますか?

中心が違います。BLは二人の関係の美学、こちらは社会の中での生活が主題になりやすい。どちらを書いているかを先に決めてください。

当事者でなくても書けますか?

書けます。ただし読む・聞くという手間を省くと、既存作の型をなぞることになります。

悲劇にしないと物語にならない気がします

その感覚自体が、既存作の反復から来ている可能性があります。困難を書くことと、不幸で終わらせることは別です。

AIに書かせると型どおりになります

学習分布の多数派が、当事者以外の書いた像だからです。具体的な場面と、そこで選ばれる言葉を自分で指定してください。

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