異世界ビルメイキング - 夢の中の理想郷 -
普通の高校生である日向光一は、現実の無力感に苛まれながらも、ある運命の夜に夢の世界へと迷い込む。そこで彼は「建築マスター」という特別な能力に目覚める──それは、自分の理想を形にし、建物や街を自由に創り出せる力だった。
魔法と武術が交錯するこの世界で、光一は明るく好奇心旺盛な魔法使いセリカ、誠実で思いやり深い武闘家レンと出会う。三人は荒れ果てた荒野を活気あふれる町へと変貌させていく。市場が賑わい、宿泊施設が建ち、教育機関が整い、防衛施設がそびえ立つ。光一の創り出すものは単なる建物ではなく、多くの人々に希望を灯し、笑顔をもたらしていくのだった。
街が発展するにつれ、光一の自信も深まっていく。しかし、その繁栄は望まぬ敵の注目を集める。ライバル勢力が現れ、陰謀が渦巻き、光一の力の限界が露わになる。彼は気づき始める──建築だけではこの地を守りきれないと。本当に大切なのは、人と人との絆なのだと。
物語の最終章で、光一、セリカ、レンは夢を守り、理想の街を完成させるために力を合わせる。光一は自らの能力の限界に挑み、築いてきた絆を信じることを学ぶ。果たして彼は真に完璧な街を築き上げるのか、それとも
異世界ビルメイキング - 夢の中の理想郷 - - 灰原に降り立つ者——あるいは、模型の中に住む少年について
壁の中には、誰も住めない。
光一がそれに気づいたのは、模型の広場に指先でそっと触れたときだった。縮尺100分の1の石畳。精緻に刻んだ水路の溝。屋根の傾斜を何度も計算し直した宿の棟。爪の先ほどの屋台が、市場の通りに並んでいる。
どれも完璧だった。そして、どれも空っぽだった。
「こんなもの作っても……」
光一は小声で呟き、すぐに口を閉じた。続きの言葉は言わなかった。言う必要もなかった。答えはもう分かりきっていたから。
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放課後の教室は、企画会議の熱気がまだ残っていた。
黒板に貼られた模造紙には、文化祭の出し物候補が箇条書きになっている。「お化け屋敷」「クレープ屋」「脱出ゲーム」。クラスメイトたちが口々に意見を出し合い、笑い、突っ込み合う。その声が、光一の席まで届いていた。
日向光一は窓際の端の席で、シャープペンシルを持ったまま動いていなかった。
黒いショートヘアがやや額にかかっている。無造作だが清潔感のある髪型だった。スレンダーな体型に白いシャツ、黒のスラックス。目立つ特徴は何もない。強いて言えば、少し猫背であることと、何かを考えるときに額に細かな皺が寄ることくらいだ。深い茶色の瞳は、黒板の模造紙をぼんやりと見ていた。
視線の焦点は、そこにはなかった。
光一の頭の中では別の設計図が動いていた。
(お化け屋敷なら、導線設計が肝心だ。入口と出口を対角線上に置いて、内部を蛇行させれば滞留時間が稼げる。クレープ屋なら厨房スペースと待機列を分離しないと……)
手元のノートに、光一はいつの間にかレイアウト図を描いていた。人の流れ。スペースの使い方。どこに何を置けば最も効率的か。それを考えることは、呼吸と同じくらい自然なことだった。
「じゃあ、多数決でクレープ屋に決定!」
クラス委員の元気な声が響いた。
光一は手を止めた。
ノートに広げた設計図を見る。誰にも見せなかった図を。誰にも聞かれなかった意見を。
シャープペンシルのキャップを静かにはめて、ノートを閉じた。
(どうせ、俺が言うより上手くまとまるだろ)
それは言い訳だ、と自分でも分かっていた。でも、発言のタイミングを掴む方法が光一には分からなかった。輪の中に声を差し込むやり方が。自分の考えを「価値のあるもの」として差し出す勇気が。
廊下を歩きながら、光一は自分のノートの端を親指で繰り返していた。パラパラと、機械的に。
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自室に戻ると、棚が目に入った。
六段の本棚の半分が模型に占領されている。縮尺1/100の街が、そこに広がっていた。
光一は鞄を床に置いて、棚の前に立った。
一番左端の模型から順に見ていく。水路の走る広場。屋根を架けた市場の通り。小さな宿の棟。学び舎を模した建物。それらが緻密に配置され、石畳の道で繋がっている。使った素材は石膏と木材と、細い金属線。ニスを何度も重ね塗りして、表面に艶を出した。窓枠の一本一本まで、丁寧に仕上げた。
全部で三年かけて作った街だ。
誰も住めない街。
「こんなもの作っても……誰も住めない」
今度は最後まで言った。
声に出すと、思ったより軽かった。それが少し怖かった。諦めが言葉より先に来ていた証拠だから。
光一は窓の外に目を向けた。日が暮れかけた街並みが広がっている。どこかの家から、夕食の匂いが漂ってくる。遠くで子どもの声がした。現実の街の、現実の生活。そこに光一の設計図が入り込む余地は、これっぽっちも存在しなかった。
ベッドに倒れ込む。制服のまま。天井を見上げる。
(眠たい……)
そう思ったとき、光一の意識はもう落ちていた。
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次に意識が戻ったとき、空が橙色だった。
夕暮れ? いや、違う。光の質が違う。空気が違う。
光一は立っていた。
自室の床ではなかった。足の下にあるのは、土だ。砂と石が混じった、赤茶けた土。靴底越しでも分かる粗さと硬さ。
見回す。
広野だった。
地平線まで、荒れ地が続いていた。あちこちに、崩れた石壁の残骸が散らばっている。かつては建物の基礎だったと思しき石の縁取りが、草も生えないまま土に半ば埋もれている。焼けた梁の残骸。土の中に首だけ出した、枯れ井戸の石組み。砂に削られた壁の断面。どれも古い。何十年も、何十年も、ずっとそのままにされてきた廃墟の匂いがした。
夕暮れの橙色が、それらを染めていた。美しいとも思えないし、醜いとも言えない色だった。ただ、静かだった。恐ろしいくらいに。
「……え」
光一は立ち尽くした。
声が出なかった。正確には、声以外の何も出なかった。叫ぶべきか、走るべきか、その判断もできなかった。頭が、状況の整理を拒否していた。
(ここはどこだ。なんで俺、外にいる。さっきまで部屋で寝ようとしてたのに。夢か? でも、夢にしては土の感触がリアルすぎる)
恐る恐る、足を踏み出す。砂が鳴った。靴底が石を踏んで、コツ、と音を立てた。
夢じゃない、という確信が来た。それと同時に、軽いめまいがした。
光一は近くの石壁の残骸まで歩いて、手をついた。冷たかった。石の冷たさが、掌に直接伝わってくる。
(本物だ)
おかしな話だが、それでようやく呼吸ができた。本物だと分かれば、現実として処理できる。現実なら、考えることができる。
光一は深呼吸した。もう一度、周囲を見回す。
廃墟だらけの荒野。人の気配は、ない。風が砂埃を舐めるように吹いていた。空の色は橙から紫へ、少しずつ変わり始めている。夜が来る。
そのとき、手のひらが光った。
光一は固まった。
じわりと、掌の中央から淡い光が滲み出していた。熱くはない。痛くもない。でも確かに、何かが溢れてくる感覚がある。手首から肩へ、肩から胸の奥へ。それは血が巡るのに似ていたが、血ではなかった。もっと細かい、粒子のような何かが、体の中を流れていた。
光一は、ゆっくりと、傍にある廃材に手を伸ばした。
指が触れた瞬間、何かが繋がった。
廃材の中に、細かい粒子が満ちているのが分かった。目には見えないが、指先でその存在を感じた。石の結晶と結晶の隙間を満たす、微細な何か。光一はそれを引き寄せるように、掌に意識を集めた。
廃材が動いた。
砂の中に半ば埋もれていた石が、ゆっくりと持ち上がる。隣の破片と破片が引き寄せられ、欠けた断面が合わさる。まるで逆回しの映像のように、崩れた壁が再構築されていく。
光一は後ずさりそうになった。
でも、足が動かなかった。
すごい、という感情と、怖い、という感情が同時に来て、打ち消し合っていた。息を殺して、壁が組み上がっていくのを見ていた。高さ一メートルほどの石壁が、五秒もかからず完成した。
それは、模型の壁ではなかった。
光一は震える手で、できあがった壁に触れた。粗い石の表面。目地に詰まった砂。重量を持つ本物の石が、重力に従って静かに立っている。
(……これ、俺がやったのか)
答えてくれる人間は、誰もいなかった。
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遠方で、何かが吼えた。
低く、重く、腹に響く音だった。獣の声。人間の声ではない。光一は反射的に振り返り、地平線を見た。
篝火だった。
遠い、遠い地平線の向こうに、橙色の光の列が見えた。焚き火が、一定の間隔で並んでいる。自然発生した火ではない。誰かが、意図して並べた火だ。何のために? 誰が?
もう一度、獣の声が響く。
今度は近い。
(まずい。隠れないと)
光一は動いた。周囲を走り回り、廃材を集め始めた。石の欠片、焼けた木材の残骸、砂に埋もれた石組みの断片。手に触れるたびに、さっきの感覚が来る。細かな粒子が集まってくる感触。
(何がどうなってるか分からないけど、今は使うしかない)
設計図が頭に浮かぶ。シェルター。最低限の大きさで、最小限の素材で作れる構造。四角く囲って、屋根を架けるだけでいい。一人が入れる大きさ。素材の強度から計算すると——
壁の一面が組み上がった。
光一は屋根の傾斜を確認して、眉を寄せた。
(角度が浅い。雨が降ったら水が溜まる。もう五度は傾けた方が)
再び獣の声。さっきより明らかに近い。
光一は深呼吸して、手を止めた。
(今は……十分だ)
現実では、模型の屋根の傾斜を一センチ単位で調整し直していた。同じ角度を三回やり直したこともあった。なのに今、命の危機という状況になって初めて「十分」という言葉が出てきた。
我ながらおかしい、と思った。でも笑える余裕はなかった。
屋根が完成した。廃材で組んだ粗末な屋根だが、光一の力で強化された壁材は、手で叩いた感触が想定よりずっと硬かった。シェルターの中に潜り込み、入口を石で塞ぐ。
獣の声が遠ざかった。
光一は息を吐いた。
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一息ついてから、頭が痛くなった。
こめかみを押さえる。鈍い痛みが、脈打つように来ていた。目を閉じると、さっきの記憶が妙に霞んでいた。廃材をどこで拾ったか。壁をどの順番で組んだか。あれほど明確だったはずの手順が、霧がかかったようにぼんやりとしている。
(おかしい。さっきのことなのに)
記憶そのものが消えているわけではない。「壁を作った」という事実は分かる。でも、具体的なプロセスが、うまく手繰り寄せられない。砂の中に手を差し込んでいるような感覚。掴もうとすると、するりと逃げていく。
(この力、使うたびにこうなるのか……?)
痛みは三分ほどで引いた。でも、光一の中に残ったものは残った。
この力はただの万能ではない。何かを使っている。代わりに何かを消費している。
(気をつけないといけない)
それだけ理解できれば、今は十分だった。
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夜が完全に来た。
薄い壁越しに、夜風が唸っている。砂を舐めるような低い音。シェルターの中は暗く、狭く、座ると壁に背中と膝が触れるほどだった。制服のまま、光一は膝を抱えていた。
手を、壁に当てた。
冷たかった。石の、本物の冷たさが、掌に伝わってくる。模型の石膏とは違う。もっと重く、もっと粗く、ずっとリアルな触感だった。
光一は手をそこに当てたまま、しばらくじっとしていた。
自室の棚の上で、ガラスケースに守られていた模型を思い出した。誰にも見られなかった市場。誰も宿泊しなかった宿。誰一人、足を踏み入れなかった広場。完璧に作られたまま、ただそこにあるだけだった街。
ここにある壁は、粗末だ。計算も雑で、仕上げもない。屋根の傾斜はまだ気になる。
でも。
風は確かに遮っている。
この壁は、光一を守るために存在していた。それだけで、模型の壁とはまったく違うものだった。
光一の目が、静かに潤んだ。泣いているというより、何かが溶けている、という感覚。長い間固まっていた何かが、ゆっくりと緩み始めるような。
外の景色は分からない。でも、壁の隙間から覗くと、遠方に篝火の列が見えた。地平線に並ぶ光の点。あれが何なのか、まだ分からない。誰かがいる。この荒野に、光一以外の誰かがいる。それが味方なのか、脅威なのかも分からない。
(ここは……どこなんだろう)
廃墟だらけの荒野。かつては街があったと思しき跡。魔素と呼ぶべきか分からない何かを使って壁を建てる力。大気の中に漂う、細かな粒子の気配。この世界のことは、まだ何も知らない。
ただ、一つだけ分かることがある。
光一は壁に手を当てたまま、小さく呟いた。
「ここなら……作れるかもしれない」
セリフはそれだけだった。
答えてくれる声はなかった。夜風が、低く唸って過ぎていった。遠方の篝火が、揺れていた。
光一は膝を抱えたまま、目を閉じた。
篝火の残像が、暗闇の中でまだ揺れていた。