追放された無能の魔導士、真実の力で復讐を果たす
紋級一級――それはこの世界で「無能」の烙印を押される数字。カイルは三年間、パーティー「暁の牙」の囮として迷宮に縛りつけられ、笑われ続けてきた。手首に食い込む縄、焼けつくような火傷の痕、そして「無能は荷物だ」と吐き捨てるリーダー・ゲイルの声。それでも彼は怒らなかった。怒れば、もっと悪くなるから。ただ静かに、心の奥底で何かを澱ませながら耐えていた。
だが、五頭のシャドウハウンドに囲まれたその瞬間、カイルの胸の奥で「何か」が脈打つ。薄く消えた紋の痕の真下で、栓をされた力がほんの僅かに目を覚ました――。
これは、捨てられた男が「真実の力」で復讐を果たす物語。だがその復讐は、単なる逆襲ではない。彼を信じ、涙を流した一人の治癒師の存在が、凍りついた心を少しずつ溶かしていく。迷宮の闇に隠された、もう一つの真実とは。そして、カイルの紋に隠された秘密とは――。
読み始めたら最後、続きを止められない。王道ファンタジー復讐譚、ここに開幕。
追放された無能の魔導士、真実の力で復讐を果たす - 刻印の露見 ―― 振り返らない背中
朝の光が、タルヴァの町を静かに照らしていた。
石畳の上に長く伸びる影。カイルはギルド支部の前で立ち止まり、建物の看板を見上げた。アルカス同盟タルヴァ支部——冒険者たちが依頼を受け、報酬を得るための組織。その入口は、いつもより重く感じられた。
(ここで、終わらせる)
胸の奥で、そう呟く。
昨夜、リゼットが自分の紋を削って分け与えてくれた。あの温かい光が、カイルの封印を砕いた。三年間、栓をされていた魔力が、体の底から噴き上がる感覚。枯れ木が芽吹き、石畳に亀裂が走った。あの夜の森で、確かに何かが変わった。
でも、今はその力のことより、やるべきことがある。
カイルは左手のひらを開いた。古い火傷の痕。三年間、囮として使われてきた証。魔物の舌先が届く距離に縛りつけられ、ゲイルの嘲笑を背中で聞き続けた日々。そのすべてが、この火傷の下に眠っている。
「……行くか」
声は、静かだった。
隣に立つリゼットが、小さくうなずいた。
栗色の三つ編みが、朝の光を受けて柔らかく輝いている。大きな茶色の瞳は、昨夜の涙で少し赤く腫れていた。治癒師の法衣は、泥と薬草の汁で汚れたままだ。右のこめかみの古傷が、白く浮かんでいる。
「はい。……でも、カイルさん。本当に、これでいいんですね」
リゼットの声は、かすかに震えていた。
「ああ。これでいい。……これで、終わらせるんだ」
カイルは、ギルドの扉を押し開けた。
——中は、静まり返っていた。
朝早い時間だというのに、ギルドの受付前には人だかりができている。冒険者たちが、壁際に並んでこちらを見ていた。皆、固い表情で、何かを待っている。
受付の奥に、ミレーヌの姿が見えた。タルヴァ支部の支部長。三十代半ばの女性で、鋭い目つきと落ち着いた物腰が特徴だ。彼女の前のカウンターには、カイルが昨夜持ってきた羊皮紙の束が置かれていた。
そして、そのカウンターの前に——
ゲイルが立っていた。
短く刈った金髪。青い目。鷲鼻。顎に無精髭。左手の甲に、濃い紋が光っている。胸を張って立つ、あの男の姿。カイルが三年間、背中越しに聞き続けた嘲笑の主。
ゲイルの隣には、セラフィナがいた。
銀色の長い巻き髪。切れ長の紫の瞳。左の鎖骨に、深く濃い紋。常に薄く笑っている、その笑顔のまま、目だけが笑っていない女。カイルを「消耗品」と分類し、リゼットに毒を盛った張本人。
二人は、カイルが入ってくるのを見ると、同時に振り返った。
「おお、来たか。噂の無能が、ついにギルドにまで顔を出すとはな」
ゲイルの声が、ギルドの天井に響いた。
周囲の冒険者たちが、ざわめく。
「ミレーヌ支部長、こいつですよ。昨夜、私に妙な書類を突きつけてきたのは。紋の弱い奴の言い分など、誰が信じるって話ですよ」
ゲイルは、カウンターの上の羊皮紙の束を指差した。
「カイル。お前、よくもまあ、こんな恥知らずな真似ができるな。自分が囮にされただと? 笑わせるな。お前は無能だから囮にされたんだ。それだけの話だ」
ゲイルは、カイルの目の前に歩み寄った。
身長185センチの巨体が、カイルを見下ろす。
「紋量計にかざせば『一』と出る、最低の数字。そんな紋で、よくもまあ、俺に逆らおうなんて考えたな。お前の言い分なんて、誰も信じるわけがない。なあ、皆?」
ゲイルが周囲を見回す。
冒険者たちは、黙っていた。
誰も、何も言わない。
「ほら見ろ。誰も相手にしてない。お前の負けだ、カイル。さっさとこの町から消えろ」
ゲイルの声が、勝ち誇ったように響いた。
カイルは、黙っていた。
怒りは、あった。
腹の底で、静かに燻っている。声を張り上げたい衝動。拳を握りしめたい衝動。でも、今は、それをする時じゃない。
(言葉で言い返す必要はない)
(俺には、見せるものがある)
カイルは、ゆっくりと、魔導士ローブの襟に手をかけた。
継ぎ接ぎだらけの灰色の布。その襟を、静かにずらす。
首筋が、露わになる。
「……これを見ろ」
カイルの声は、静かだった。
ギルドの中の空気が、変わった。
——カイルの首筋に、刻印が浮かび上がっていた。
白く、淡く、しかし確かに。螺旋と直線が組み合わさった、複雑な紋様。それは、ただの紋の痕ではなかった。
王宮魔導院の封印刻印。
レグニカ王国の魔法行政を司る国家機関が、正式な手続きで、この男の紋を封じた証。
「な……なんだ、それは」
ゲイルの声が、初めて揺れた。
「王宮魔導院の、封印刻印だ。……俺の紋は、最初から薄くなんてなかった。封じられてたんだ。……それを、お前は知ってて、俺を囮にした」
カイルの声は、静かなままだった。
でも、その言葉は、ギルドの空気を一変させた。
「おい、あれ、本物かよ」
「王宮魔導院の刻印だって……そんなの、ただの無能に刻まれるもんじゃないだろ」
「どういうことだ。あの男、紋を封じられてたのか」
ざわめきが、波のように広がっていく。
受付のミレーヌが、カウンターから身を乗り出した。
「……カイル。その刻印、本当に王宮魔導院のものなのか」
ミレーヌの声は、低く、真剣だった。
「ああ。……昨夜、紋を分け与えられて、封印が砕けた。そしたら、これが浮かび上がってきた。……俺の紋が薄かったのは、生まれつきじゃない。誰かに、封じられてたんだ」
カイルは、ミレーヌの目をまっすぐに見た。
「そして、そのことを、ゲイルは知ってた。……俺の首筋の痕を見て、薄い紋だと笑いながら、でも本当は、これが何か、分かってたんだ。……だから、俺を囮にした。俺の力が、本当は何なのか、知ってて、封じたまま、使い捨てにした」
カイルの声に、初めて、かすかな熱が宿った。
「黙れ! 何を勝手なことを! 俺は知らん! お前が無能だから、囮にしただけだ! その刻印だって、偽物に決まってる!」
ゲイルが、声を荒げた。
でも、その声には、さっきまでの余裕がなかった。
「……偽物かどうかは、調べれば分かる。王宮魔導院に問い合わせれば、この刻印の真偽はすぐに判明する。……ミレーヌ支部長。この記録を、見てほしい」
カイルは、カウンターの上の羊皮紙の束を手に取った。
「これは、俺が三年間、暁の牙で囮として使われてきた記録だ。迷宮の置き去りポイントの位置。魔物の誘導に使われた日時。リゼットが毎回、俺の治療に駆けつけた記録。……そして、ゲイルが紋の濃さを金で偽装していた証拠も、ここにある」
カイルは、羊皮紙の束を、ミレーヌに差し出した。
ミレーヌは、それを受け取り、一枚一枚、丁寧に確認し始めた。
ギルドの中は、水を打ったように静かだった。
冒険者たちが、固唾を呑んで見守っている。
「……これは、ギルドに提出された依頼書の控えだな。迷宮『深淵の喉』第四層、囮任務の記録。……ここに、カイルの名前がある。報酬は、パーティー全体に支払われている」
ミレーヌの声が、淡々と事実を読み上げる。
「……そして、これは、治癒師リゼット・アーヴィングの治療記録。カイルの負傷が、毎回、囮任務の直後に集中している。……これは、意図的な配置でなければ、説明がつかない頻度だ」
ミレーヌの目が、ゲイルに向けられた。
「……ゲイル。お前、紋の濃さを金で偽装していたのか。ギルドへの登録では、紋級5と報告されている。だが、この記録によれば、お前の実際の紋級は、3。……そうだな?」
ゲイルの顔から、血の気が引いていく。
「ち、違う! それは……それは、偽造された記録だ! カイルが、俺を陥れるためにでっち上げたんだ!」
ゲイルが、早口で否定する。
「偽造かどうかは、こちらで確認する。だが、これらの記録には、ギルドの受付印が押されている。……これは、簡単に偽造できるものじゃない」
ミレーヌの声は、冷たかった。
「それに、治癒師を囮に使った罪も、看過できない。リゼット・アーヴィングは、治癒師として暁の牙に登録されている。治癒師を危険な囮任務に同行させることは、ギルドの規約違反だ。……そして、先日、彼女が毒に倒れた件。あれは、依頼を装った罠だったと聞いている」
ミレーヌの言葉に、ギルドの中がざわめいた。
「おい、治癒師に毒を盛ったのか」
「あの銀髪の女か。笑顔で近づいて、薬草茶を振る舞ったって噂だぞ」
「最低だな。治癒師を狙うなんて、冒険者の風上にも置けん」
冒険者たちの視線が、ゲイルとセラフィナに突き刺さる。
冷たい、非難の視線。
ゲイルは、その視線に、初めて、たじろいだ。
「ま、待て。俺は、毒のことなんて知らん! それは、セラフィナが勝手に……」
ゲイルの声が、裏返る。
その瞬間——
「……ひどいわ、ゲイルさん。私、あなたに言われたから、やっただけなのに」
セラフィナの声が、ギルドに響いた。
それまで、ずっと黙って微笑んでいたセラフィナ。その笑顔が、音を立てて崩れていく。
「私は、何も知らなかったんです。全部、ゲイルさんに言われて。毒の調合も、偽の依頼も、カイルさんの紋を奪う計画も、ぜんぶ、ゲイルさんが考えたことです。私は、ただ、命令に従っていただけで……」
セラフィナの大きな紫の瞳から、涙が溢れ出した。
銀色の巻き髪が、震える肩に落ちる。
「私、怖かったんです。ゲイルさんに逆らったら、私も、カイルさんみたいに、囮にされるんじゃないかって。……だから、逆らえなかった。ごめんなさい、カイルさん。リゼットさん。私、本当は、こんなこと、したくなかったんです」
セラフィナは、カイルとリゼットに向かって、深く頭を下げた。
その姿は、まるで、哀れな被害者のようだった。
でも、カイルは、知っていた。
この女の涙が、計算されたものだということを。
(笑顔のまま人を陥れる女が、追い詰められたら、今度は涙で逃げる)
(そういう女だ。最初から、分かってた)
カイルは、何も言わなかった。
ただ、冷めた目で、セラフィナを見つめていた。
「てめえ……セラフィナ! よくも、よくも、俺に全部なすりつけやがったな!」
ゲイルが、セラフィナに詰め寄った。
青い目が、血走っている。鷲鼻が、怒りで震えている。
「お前がやったんだろ! 毒の調合も、紋の偽装も、ぜんぶお前が企んだことだ! 俺は、お前に言われて、仕方なくやっただけだ! お前が、あの無能の紋を欲しがったから、俺は、お前の言う通りに動いただけだ!」
ゲイルの怒声が、ギルドに響き渡る。
「違います! 私は、ゲイルさんに脅されていたんです! あの夜、封紋の塔で、カイルさんの紋を奪ったのも、ゲイルさんの命令です! 私、本当は、あんなこと、したくなかった!」
セラフィナが、涙ながらに叫ぶ。
「嘘をつけ! お前が、笑いながら、カイルの紋が消えていくのを見てたんだろ! 『これで、あの消耗品も、本当に無価値になりましたわね』って、そう言ったんだ! 俺は、聞いてたんだぞ!」
ゲイルの言葉に、ギルドの中が、どよめいた。
「おい、今、聞いたか。『消耗品』だとよ」
「あの女、笑顔でそんなこと言ってたのか。ぞっとするな」
「二人とも、同罪だろ。どっちも、人の命を何だと思ってるんだ」
冒険者たちの声が、冷たさを増していく。
ゲイルとセラフィナは、もはや、周囲の視線など気にしていなかった。
二人は、互いの罪を、互いに押しつけ合っていた。
「お前が、カイルを囮にしろって言ったんだ! 俺は、お前の言いなりだっただけだ!」
「違います! ゲイルさんが、『無能は、囮に使うのが当然だ』って、いつも言ってたんです! 私は、それを聞いていただけです!」
「てめえ、この期に及んで、まだ、俺に罪をなすりつける気か! お前が、リゼットに毒を盛ったんだ! お前が、あの娘を殺そうとしたんだ!」
「あれは、ゲイルさんが、『治癒師の紋を奪えば、もっと強くなれる』って言ったからです! 私は、ゲイルさんのために、やったんです!」
二人の声が、ギルドの中で、醜く絡み合っていく。
罵り合う声。罪のなすりつけ合い。かつて、カイルを「無能」と笑い、囮として使い捨てた者たちが、今、自分たちの言葉で、自分たちを壊していく。
カイルは、その様子を、ただ、静かに見つめていた。
(止める必要はない)
(俺が、止める義理もない)
(こいつらは、自分たちの言葉で、自分たちの罪を、暴いていく)
カイルの胸の奥で、何かが、冷たく、静かに、澄んでいくのを感じた。
復讐の高揚では、なかった。
勝ち誇る気持ちでも、なかった。
ただ、三年間の重さが、ようやく、正しい場所に、置かれたような感覚。
(これで、いい)
(これが、俺のやり方だ)
カイルは、目を閉じた。
耳の奥で、ゲイルとセラフィナの罵声が、遠く聞こえる。
かつて、あの声に、自分は怯えていた。
無能と呼ばれるたびに、自分の存在価値が、削られていく気がした。
でも、今は、違う。
あの声は、もう、カイルの心には、届かなかった。
「……カイルさん」
リゼットの声が、カイルの耳元で、そっと響いた。
振り返ると、リゼットが、苦い表情で、カイルの袖を引いていた。
「……行きましょう。もう、ここにいる必要は、ないです」
リゼットの声は、静かだった。
でも、その瞳には、痛みがあった。
(この人は、こんな醜い争いを、見たくないんだ)
(自分が、毒を盛られた相手が、目の前で、醜く争っている)
(それを見るのは、辛いはずだ)
カイルは、リゼットの顔を見た。
リゼットの顔色は、優れなかった。
昨夜、紋を削って、カイルに分け与えた代償。治癒師の紋は、消耗が激しい。寿命を縮めると言われる。その紋を、カイルのために、削った。
その代償は、リゼットの体を、確実に蝕んでいた。
「……ああ。行こう」
カイルは、うなずいた。
二人は、ギルドの出口に向かって、歩き出した。
背後で、まだ、ゲイルとセラフィナの罵声が続いている。
「お前が悪いんだ! 全部、お前が!」
「違います! 私は、被害者です! ゲイルさんに、利用されただけです!」
二人の声は、もはや、言葉としての意味を失っていた。
ただの、醜い叫び。
カイルは、振り返らなかった。
振り返る必要は、なかった。
(もう、終わった)
(俺と、あいつらは、もう、何の関係もない)
カイルは、ギルドの扉を、静かに押し開けた。
——外の光が、二人を包んだ。
朝の市場が、活気づき始めている。
果物の匂い。焼きたてのパンの匂い。川の水の匂い。
タルヴァの町が、いつもと変わらず、目を覚ましていた。
「……カイルさん。私、思うんですけど」
リゼットが、カイルの隣を歩きながら、口を開いた。
「……タルヴァって、いい町ですよね。川があって、市場があって、人も、あったかい。……ここで、小さな診療所を開けたら、いいなって、ずっと思ってたんです」
リゼットの声は、柔らかかった。
「……治癒師の私と、カイルさんで。……二人で、この町の人たちの、力になれたら、いいなって」
リゼットは、カイルを見上げた。
大きな茶色の瞳が、朝の光を映している。
「……ああ。いいな、それ」
カイルは、小さく、そう言った。
「……本当ですか? じゃあ、決まりですね。……カイルさん、私、頑張りますから。……カイルさんも、無理しないでくださいね。……あなた、すぐに、一人で抱え込むから」
リゼットの声が、少し、強くなった。
カイルは、苦笑した。
「……別に、気にするな」
カイルの口癖。
でも、今は、その言葉に、昨夜までなかった、柔らかさがあった。
「……はい。でも、気にしますよ。……私、カイルさんのこと、信じてますから。……だから、カイルさんも、私のこと、信じてくださいね」
リゼットが、カイルの手を、そっと握った。
小さくて、温かい手。
カイルは、その手を、握り返した。
「……ああ。信じるよ」
カイルの声は、小さかった。
でも、その言葉には、確かな温かさが、込められていた。
——二人は、市場の雑踏の中へ、歩き出した。
振り返らない背中。
もう、ギルドの中の醜い争いには、何の興味もなかった。
カイルの心は、静かだった。
三年間の屈辱。
無能と呼ばれ、囮にされ、使い捨てにされた日々。
そのすべてが、今日、終わった。
(これからは、自分のために、生きる)
(そして、リゼットのために)
カイルは、空を見上げた。
青い空。
雲が、ゆっくりと流れている。
——その時だった。
カイルの首筋に、かすかな熱が走った。
(……なんだ)
カイルは、無意識に、首筋に手を当てた。
指先に、刻印の感触。
王宮魔導院の封印刻印。
それは、消えていなかった。
昨夜、封印が砕けた後も、この刻印だけは、カイルの首筋に、白く、残り続けていた。
(この刻印は、何だ)
(なぜ、消えない)
カイルの胸の奥で、小さな不安が、顔を出した。
(俺は、何者なんだ)
(王宮魔導院が、なぜ、俺の紋を、封じたんだ)
答えは、まだ、どこにもなかった。
でも、カイルは、その不安を、今は、押し込めた。
(今は、先に進む)
(この町で、リゼットと、生きていく)
(それで、いい)
カイルは、リゼットの手を握り直した。
リゼットが、微笑んだ。
「……カイルさん。……行きましょう」
「……ああ」
二人は、タルヴァの町の朝の中へ、歩いていった。
——その頃、王都アルヴェントの北東にそびえる王宮魔導院塔。
高さ80メートルの魔導塔の最上階。
院長執務室の窓から、朝の光が差し込んでいた。
一人の男が、机の上の書類を見つめている。
黒い紋章入りの外套を纏った、封滅官——王宮魔導院に所属する執行部隊。封印を破った者や逃亡した被検体を「回収」することを任務とする者たち。
「……見つけたぞ」
男の声は、低く、冷たかった。
書類には、一枚の報告書が挟まれていた。
タルヴァの町。
アルカス同盟タルヴァ支部。
そこで、一人の男が、王宮魔導院の封印刻印を露わにした、と。
「二十年ぶりだな。……あの実験の生き残りが、まだ、いたとは」
男は、ゆっくりと立ち上がった。
窓の外には、王都アルヴェントの街並みが広がっている。
「回収対象、確定。……これより、タルヴァへ向かう」
男の声は、静かだった。
でも、その瞳には、冷たい光が宿っていた。
——カイルの首筋の刻印は、まだ、消えていなかった。
それは、まるで、これから始まる、何かの、始まりの印のように。
朝の光の中で、白く、静かに、輝いていた。Noveliaとは?
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